ヘミングウェイ スペシャル 2021年10月 (NHK100分de名著)

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  • NHK出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (111ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784142231300

作品紹介・あらすじ

「マッチョな文豪」はいかにして生まれたのか。意外な実像と今日性に迫る。

ハードボイルドで勇猛果敢、狩りや闘牛を好み、恋多きアメリカ現代文学の「パパ」。古き佳き男らしさの象徴と目されがちなヘミングウェイだが、このノーベル賞作家はそれほど単純ではない。その作品世界には過酷な戦争体験、抑うつ気質やクィア的性向など複雑な実人生が投影されている。また文章修業における勤勉さは、エンタテイメント性と前衛性の奇跡的な融合をもたらし、新しい文学的地平を拓いた。晩年の代表作『老人と海』、闘牛士の生きざまを活写した初期短編『敗れざる者』、若きパリ時代の回想録『移動祝祭日』の3作品から、いま注目すべきエコロジーや身体性などのテーマを読み取り、「文豪」の仮面に隠された人間像に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 都甲先生が取り上げたヘミングウェイ作品の1つ「敗れざる者」というタイトルを見て、沢木耕太郎さんのノンフィクション作品集に「敗れざる者たち」があり、もう30年以上前に読んだのを思い出した。
    https://booklog.jp/item/1/B000J8EULI
    「敗れざる者たち」の文庫本を開くと、“あとがき”にヘミングウェイからインスピレーションを受けてこのタイトルを付けたというような記述がたしかにある。

    でも都甲先生の解説を読んだ後、改めて沢木さんの「敗れざる者たち」を読み返すと、ヘミングウェイが「敗れざる者」や「老人の海」にこめた“敗れざる者”のイメージと、沢木さんが「敗れざる者たち」連作にこめたイメージとに、微妙な差異があるのに気づかざるを得なかった。

    「敗れざる者」と「老人と海」とには、ほぼ同じタイプの人物像が描かれている。
    つまり、勝負をするのは自分、自分の力は自分が一番わかっている、まわりは引退をほのめかすがまだ勝負は終わっちゃいない、天の恵みさえあれば勝利を手繰り寄せる自信は十分にある、自分はただ自分の才能を信じて動いたらいいのだ、と。

    一方で沢木さんのノンフィクションでは、勝利者でない者に勝利者と同じだけのスポットライトを当てて、勝てなくても(一位になれなくても)光を放つ部分を探し出そうとしているように読める。

    一緒のようだが、ヘミングウェイの作品では、主人公は究極のところ、一位になれなくてもそれ自体には執心がないように読める。主人公が求めるものはただ一つ。誰がなんと言おうとも自分自身が勝者だと自認できるような瞬間を求めているのである。他人の評価を排除し、そのうえで自分という存在と徹底的に闘って得られる“何か”を求めているのだ。その“何か”を勝利に結びつけるのは単純すぎる。極論すれば、勝者ですら得られていない自分を満足させる“何か”を求めているのが、ヘミングウェイの「敗れざる者」だ。

    この着想は、本書で解説されていない「キリマンジャロの雪」を読んで得られた。
    同作品はアフリカの大地で不慮の負傷から図らずも死が目前にせまった作家が主人公だ。パリでの刺激的な生活や数多くの女性関係から得られた小説にすべき数々のテーマが皮肉にも死を目前にして次々と頭に浮かんでくる。
    そんななか、キリマンジャロの頂上近くの雪渓に豹(ひょう)の氷漬けの死体があるのを作家は思い出す。豹がなぜそんな死ぬしかないところにあえて行ったのか謎だったが、死が迫った今となってはその意味がわかる。だが憎いことに、ヘミングウェイはその意味が何なのかをはっきりとは書かない。まるで死が迫った者だけにそれを知る特権があるとでも言いたいかのように…

    つまり、「敗れざる者」の哲学は、周りがいくら隠れた美点を見出して評価しようとしても、美点の本来的な姿はその者自身にしかわかり得ないというパラドックスであり、ヘミングウェイはそれの小説化に果敢に挑戦したのだ。
    沢木さんが勝っていない者から勝利者とは違う“何か”を見つけ出しそれに何らかの栄冠を与えようとしたのなら、ヘミングウェイが考えた「敗れざる者」の勝利とは、他人が介入し得ない絶対的な主観に基づく、勝利のさらに上の“何か”の追求であり、そもそも“何か”の前提が違うという話だ。

    沢木さんの作品が劣るのではない。ヘミングウェイがすごすぎるのだ。

  • 「ヘミングウェイスペシャル」都甲幸治著、NHK出版、2021.10.01
    113p ¥600 C9498 (2021.11.05読了)(2021.09.27購入)

    【目次】
    【はじめに】二人のヘミングウェイ
    第1回 大いなる自然との対峙~『老人と海』①
    第2回 死闘から持ち帰った不屈の魂~『老人と海』②
    第3回 交錯する「生」と「死」~「敗れざる者」
    第4回 作家ヘミングウェイ誕生の軌跡~『移動祝祭日』

    ☆関連図書(既読)
    「武器よさらば」ヘミングウェイ著・大久保康雄訳、新潮文庫、1955.03.20
    「日はまた昇る」ヘミングウェイ著・大久保康雄訳、新潮文庫、1955
    「老人と海」ヘミングウェイ著・福田恒存訳、新潮文庫、1966.06.15
    「誰がために鐘は鳴る(上)」ヘミングウェイ著・大久保康雄訳、新潮文庫、1973.11.30
    「誰がために鐘は鳴る(下)」ヘミングウェイ著・大久保康雄訳、新潮文庫、1973.11.30
    (アマゾンより)
    「マッチョな文豪」はいかにして生まれたのか。意外な実像と今日性に迫る。
    ハードボイルドで勇猛果敢、狩りや闘牛を好み、恋多きアメリカ現代文学の「パパ」。古き佳き男らしさの象徴と目されがちなヘミングウェイだが、このノーベル賞作家はそれほど単純ではない。その作品世界には過酷な戦争体験、抑うつ気質やクィア的性向など複雑な実人生が投影されている。また文章修業における勤勉さは、エンタテイメント性と前衛性の奇跡的な融合をもたらし、新しい文学的地平を拓いた。晩年の代表作『老人と海』、闘牛士の生きざまを活写した初期短編『敗れざる者』、若きパリ時代の回想録『移動祝祭日』の3作品から、いま注目すべきエコロジーや身体性などのテーマを読み取り、「文豪」の仮面に隠された人間像に迫る。

  • 【1回目】取り上げられていた『老人と海』は読了。オンエアは、『敗れざる者』『移動祝祭日』の分については未見の状態での読了。予想していた以上におもしろく読めた。録画を視聴すると、より理解が深まるだろうと期待している。ステレオタイプ化されていたヘミングウェイ像の転換には、大きく寄与するものではなかろうか。

  • アーネスト・ヘミングウェイの代表作、三作品を解説。あまり取り上げらることのない短編小説の「破れざる者」「移動祝祭日」の解説は興味深い。

  • 卒論を『キリマンジャロの雪』で書いているのでヘミングウェイの作品はほぼ読んでいますが、『老人と海』はテーマが単純で深い読みのできない作品で、おもしろみもないので代表作のように言われているのはなんだかと思っておりました。

    しかしながら、『100分de名著』の都甲さんの解説はすばらしく、「パパ・ヘミングウェイ」としてマッチョなイメージのあったヘミングウェイが、最近の研究では性的指向が曖昧であったり、決して強くはない人物であったこと、『老人と海』や『敗れざる者』など弱い者、負け続ける者をくりかえし書いていたこと、キューバを舞台にスペイン語を話す人々の物語であり、ラストに隠されたアメリカ批評など、新しい発見がたくさんありました。

    とくにアメリカ文学の系譜、モダニズム文学の影響などからあらためてヘミングウェイを見るというのは勉強になりました。

    最近ではフィッツジェラルドと比べると人気のないヘミングウェイですが、今こそ「男らしさ」という固定観念を引きはがして読み返してみるべきというのも納得です。

    『美の巨人たち』という番組でムンクの『叫び』は「叫んでいるのではなく叫びを聞いているのだ」という解説を聞いて以来、絵を見るときには知識も必要だと思うようになり、美術展では必ず音声ガイドを借りて見るようにしています。
    もちろん、なんの知識もなく、「これは好き、これは美しい」と感じることも大切だと思いますが、より楽しむためには背景を知っていたほうがいい。
    今回の『100分de名著』は文学にも同じように解説があってもいいんだなと思いました。


    以下、引用。

    文は短く。最初の段落は短く。気持ちの入った言葉を使え。自信を持って書け。逃げ腰になるな。
    ムダな言葉は全部削れ。
    「カンザスシティ・スター」紙 文体心得

    モダニズム文学の中心人物であるガートルード・スタインは、アメリカのラドクリフ・カレッジという女子大学(当時はハーヴァード大学の提携校)で、ウィリアム・ジェイムズという心理学者の講義を受けていたのですが、彼の考え方が二十世紀文学に大きな影響を与えたと言われています。
    それは、意識は常に流れており、その瞬間瞬間に何が起こっているかを克明に見ていくことが大事だというものです。彼に学んだスタインは、それを文学で表現するにはどうすればいいかと考え、シンプルな言葉で繰り返しが多いという文体を生み出しました。

    不要なものはどんどん削ぎ落とすというヘミングウェイの文章は、裏を返せば書いてあることはすべて必要なものだということです。

    ドロシー・パーカー
    ゾラ・ニール・ハーストン
    ユードラ・ウェルティ
    フラナリー・オコナー

    そもそも文学は、国を単位に成り立っているものではないのです。
    『移動祝祭日』で見たように、アメリカの作家、アイルランドの作家、フランスの作家や詩人がパリにいて、日常的に会って話しながら、「文学とは何か? 芸術とは?」と議論しモダニズム運動をおこしていた。

  • Kindle、¥

  • ヘミングウェイの魅力が短いながらも端的に表現されている。まずは『老人と海』。ただのマッチョ小説ではなく、海・カジキとの連帯的関係性、サメとの敵対的関係、マヌエルとの連帯など、何十年も繰り返してきたことだから、たかが九十日、魚が取れなかったから何だと言うのだ、いずれ採れると信じる点。通常の関係とは別の関係性を取り結ぶことについて言及しているあたり、ドゥルーズの哲学との接続があるように感じた
    フィッツジェラルドやスタインとの関係や、セザンヌに学んだという方法論など初めて知ることが多く楽しめた。ヘミングウェイの正しい読者ではなかったので、移動祝祭日、敗れざる者も含め読みたいと思う

  • 本編を通して、ノーベル文学賞受賞の意味が少しわかりました。もう少し時間ができたら挑戦したいと思います。

  • ヘミングウェイの本はまだ読んだことはなく、読んでみたいと思わせてくれた。
    何事も読み始めること。

  • 2021/09/28
    マッチョな男らしい、如何にもアメリカらしいイメージのあるヘミングウェイ。

    漢の中の男した牙城を叩き壊してLBGTQ的な側面からヘミングウェイに迫ろうという都甲幸治先生の試み。
    楽しみ。

    それまでに3冊読んでおかないと

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著者プロフィール

翻訳家、批評家、アメリカ文学者。早稲田大学文学学術院教授。 一九六九年、福岡県に生まれる。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。
著書に、『偽アメリカ文学の誕生』(水声社)、『 世紀の世界文学 を 読む』(新潮社)、訳書に、C・ブコウスキー『勝手に生きろ!』(河出文 庫)、ジュノ・ディアス『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』、同『こうし てお前は彼女にフラれる』、ドン・デリーロ『天使エスメラルダ』(共訳、い ずれも新潮社)など多数がある。

「2014年 『狂喜の読み屋』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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