津波の霊たち: 3・11 死と生の物語 (ハヤカワ文庫NF)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (448ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784150505691

作品紹介・あらすじ

2011年の東日本大震災における津波被災に焦点をあて、巨大災害が人々の心に与えたトラウマと余波に外国人ジャーナリストが迫る。

感想・レビュー・書評

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  • リチャード・ロイド・パリー『津波の霊たち 3・11 死と生の物語』ハヤカワ文庫。

    あれから10年。在日20年の英国人記者が東日本大震災の津波による悲劇と被災地の不可思議に迫ったルポルタージュ。英国ラスボーンズ・フォリオ文学賞受賞、日本記者クラブ賞特別賞受賞。

    リチャード・ロイド・パリーと言えば、ルーシー・ブラックマン事件の真相に迫った傑作ルポルタージュ『黒い迷宮』が記憶に残る。

    74人の生徒と10人の教師の命を奪った宮城県石巻市の大川小学校で起きた津波による痛ましい事件の全貌が関係者へのインタビューを通じて描かれる。何故、北上川の下流に位置する危険な小学校で、教師は子供たちを山へ避難させなかったのか。生き残った子供と命を失った子供たちの運命の別れ道は。読んでいて胸が締め付けられるような描写が続く。福島第一原発事故が人災であったように、大川小学校の悲劇も生徒たちの命を守るべき教師たちの判断ミスによる人災であった。

    また、被災地で目撃されるようになった数々の霊的現象。まだ古からの自然や風習が細々ながらも生き続ける東北地方では余り珍しいことではない。生き残ったことへの罪悪感なのか、亡くなった人びとへの哀悼なのか。そうした不可思議に頼ってさえでも我が子の遺体を見付けようとする大川小学校事件の遺族の哀しみたるや……

    --- 以下は蛇足 ---

    本書を読み、自分なりに10年前のあの日のことで思い出したことを書き止めてみようと思う。

    本書のプロローグに書かれているように、確かに大地震の前兆は2日前の3月9日からあったのを覚えている。職場で昼休み前に突き上げるような揺れを感じたが、さしたる大きな地震でもなく、気にも止めなかった。その後、同じ震源地でM5からM6クラスの地震が頻発していたことには全く気付かなかった。というのも、当時妻が九死に一生という病気でやっと退院したばかりで、そんな異変を気にする余裕が無かったのだ。また、自分の会社が半年前に春から系列会社と統合するなどあり、仕事も忙しくなっていた。

    そして、東日本大震災が起きた金曜日。妻の体調も快復してきたので、久し振りに晩酌を楽しもうかななどと思いながら出社した自分は、午後3時からの主催会議の前にトイレの個室を利用していた。まだ会議までに時間があるので、珈琲を飲もうとトイレを出ようとしたその瞬間に突然大きな揺れが始まった。すぐに収まるかと思った揺れは、次第に激しさを増し、天井の蛍光灯が落下したり、壁が崩れたりするので、個室に止まるしかなかった。個室の中で激しい揺れにかき回されながら、なす術も無く、この世の終わりではという考えが頭の中を過った。

    長い揺れが収まり、防火扉の閉まったトイレから出ると廊下には建屋の内装が散乱しており、非常灯が灯っていた。隣の休憩所で早目の休憩を取っていた同僚が顔を出して来たので、これはもう駄目だ、早く外に避難した方が良いと言葉を交わした。目の前の職場を行くと什器や机が倒れたり傾いたりしていた。最初は誰ひとり姿が見えなかったのだが、よく見ると、社員は全員、机の下に潜っていた。大きな声で、外に逃げるぞと声を掛け、全員を建屋の外に誘導した。

    外で職場毎に安否確認をしている最中にも余震が襲い、建屋の窓を破壊していった。携帯のワンセグでニュースを見ると、宮古市を津波が襲う映像が流れ、沿岸部の気仙沼市の半島に移住して来たばかりの義理の両親の安否が気になった。

    社員の安否確認が済み、速やかに退社することが決まる。自宅に戻る道は車であふれ返り、信号機は全て消え、それでも互いに道を譲りながら交互に通行していた。

    家に戻ると妻が呆然としていた。電気が使えないので暖房も無く、厚着をして食物や懐中電灯、ラジオや電池を集めるなどして、ラジオで今の状況を把握することに努めた。妻によれば、気仙沼に住む母親から午後4時に津波が来て家に帰れないというメールが来たらしい。津波が来たことを把握しているのであれば、命には別状はないはずと、妻を励ますのが自分には精一杯のことだった。

    夕食代わりに煎餅を食べ、ペットボトルのお茶を飲み、暗闇の中で余震に驚きながらラジオに耳を傾けると陸前高田が壊滅、宮城県の荒浜で2、300体の遺体が見付かるなどと信じられない情報ばかりが流れてきた。寝たような、寝ていないような、世界が何もかも変わってしまったような不安な暗い夜。

    翌日は土曜日だったが出社し、会社の被害状況を確認すると共に業務の再開に向けて復旧作業をした。それから金曜日までは午前中だけの出社になり、午後は食料や飲料の買い出しに近辺をさ迷った。義理の両親の安否が気になるが、何の情報も無く、Googleのパーソンファインダーで両親を検索すると多くの方々が安否を気遣う履歴が残っていた。次第に車のガソリンが減るが、スタンドも休業状態となり、余り車では出歩けなくなった。

    金曜日の夜、Twitterを検索していると近くのガソリンスタンドにタンクローリーが入るという情報を得て、1時間ほど並び、何とかガソリンを満タンにすることが出来た。翌日の土曜日に気仙沼の義理の両親の家に行くつもりだったのだ。

    土曜日に食料や飲料水を満載して、気仙沼市内に入ると目の前に信じられない光景が広がっていた。全てが津波に流され、海が見える鹿折地区の市街地。大きな船が打ち上げられ、道路の脇には家屋の残骸や車などがあふれていた。唐桑半島に向かう途中の高架橋にも衣服などが引っ掛かり、辛くも残ったホームセンターの屋根には黄色い車がのっていた。海辺はすっかりと景色が変わり、多くの建物が津波の被害を受けていた。義理の両親は果たして無事なのかと不安がよぎる。

    幸い義理の両親の家は高台にあったため、津波の被害は受けなかったが、海辺の建物は壊滅、建物の残骸や船であふれていた。義理の両親は無事だったのだが、地震発生時に津波で壊滅した隣街の陸前高田市のホームセンターで買い物をしていたという。買い物を終え、帰ろうと車に向かった時に大きな揺れがあり、揺れが収まってから車に乗ろうとすると駐車場のアスファルトが割れ、車が傾き、走行不能だったらしい。ホームセンターの店員が車を押してくれたので、何とか亀裂から抜け出し、走行可能となった。その店員に礼を言うと、津波が来るから兎に角早く高台に避難しろと言われたらしい。

    車で気仙大橋の手前に辿り着くと大渋滞で全く進まない。仕方無く旧道の古い橋に向かうと既に落橋しており、通行不能。一瞬、陸前高田の避難所に指定されている市民会館に行くことを考えたようだが、置いて来た猫が気になり、自宅へ帰ることにしたようだ。もしも、市民会館に避難していたら命が無かったかも知れない。

    もう一度、気仙大橋に向かうと奇跡的に渋滞は解消されており、橋は通過出来たものの、川の水は干上がり、遠くまで海の底が見え、尋常では無い事態が近付いていることを感じたらしい。津波の浸水域を気にしながら自宅へと急ぎ、半島に入る坂道を下ると、遠くの方から津波が電信柱を薙ぎ倒しながら迫って来た。慌てて車をバックさせ、国道に戻ると津波があらゆる物を次々と飲み込んで行くのが見えたそうだ。自宅には帰れず、行き場を失い、国道で途方に暮れていると近くの人が山側にある中学校が避難所になっていることを教えてくれた。その夜は中学校で一晩を過ごしたということだ。

    翌日、自宅に置いて来た猫が気になり、瓦礫をかわしながら、歩いて自宅を目指したようだ。途中、見知らぬ人からお握りや飲み物をもらったりしながら、何とか自宅に到着。家も猫も無事で、ひと安心したようだ。その後、電気も水道も電話も使えない生活が半年ほど続いた。

    本体価格1,020円
    ★★★★★

  •  東日本大震災から十年、当時のニュース報道動画が頭の中で甦る。

     9月1日から読み始め10月10日に読了した。

    併読していた本は読めるのに、この本は一向に進まない。でも、嫌なら止めればいいとは思わなかった。

     著者は《ダ・タイムズ》の東京支局長ジャーナリストとして日本に住む英国人が、大震災という現実に遭遇した。読み始める前に英国の人に、日本の心情的な部分が理解できるのかという懐疑的な思いもあった。宮城県石巻市釜谷地区の大川小学校とその周辺を重点的に取材して、その場所に初めて訪れたのは2011年9月、震災から半年後だったが、彼は根気よく取材を重ね、予想は見事に裏切られたというのがこの本を読み終えた正直な感想です。

     津波は、河口から約5㎞の距離にあった学校を襲い、校庭にいた児童78名中74名と、校内にいた教職員11名のうち10名が死亡した。その他、学校に避難してきた地域住民や保護者のほか、スクールバスの運転手も死亡した。

     教職員の間では、裏山へ逃げるという意見と、校庭にとどまるという意見が対立した。しかし、当校自体が地域の避難場所に指定されており、すでに避難してきた老人がいた。

     最高責任者である校長が、午後から年休を取って不在であった。当初の津波予報は波の高さが6mだったが10mに修正された。

     小学校で避難場所について意見の対立が口論となり、最早収拾がつかない状態になっていた。最終的に三角地帯(新北上大橋のたもと河川)へ避難することになり、教職員と児童らは地震発生から40分以上たってから移動を開始した。しかし防災無線は、「海岸線や河川には近づかないで下さい」と呼びかけていた。津波確認から、15時36分つまり50分経って押し寄せた。

     唯一、生き残ったE教諭は、避難の引率の最後尾にいて押し寄せてくる波を見て引き返し裏山に逃げたが、既に津波が押し寄せてきて身体が黒い水に浮いた状態で押し上げられ裏山の木に掴まって、九死に一生を得たと説明している。仮に引率が裏山へ避難したとしても、当日は降雪が凍結により滑って登れないという情報もあった。

     当時の自治体の現状では、大川小学校の大惨事は避けられなかったのではないかと思わざるを得ない。

     この小説は、東日本大震災の大惨事で甚大な被害状況を克明に伝えている。これは人の命の問題だと言うことはわかっています。しかしながら悪質なネット民は、この著書を参考にブログ等にて当事者の個人批判と裁判結果の批判、厳しすぎる政治批判まで展開しています。

     この本を政治批判や誹謗中傷の道具に使うなよ

  • 小川糸さんの本を読んで、この本の存在を知りました
    先日のNHKでは南海トラフが起きたらという番組もしていました。たまたまこの時期に読み終わることになりました。

    仙台空港にも行ったことがあるし、松島や福島にも行った
    テレビで津波のニュースを見た時、信じられなかった。大川小学校のドキュメンタリーも見た
    人災だと思った

    さらにこの本。
    外国人目線からの道北、事実、生き残った人たちの苦悩、真実を知りたいだけなのに何年もかかること、震災の後の人間関係、霊の存在

    12年経つ今も、苦しんでいる人がたくさんいる
    本当に起きたことだと知っている事と、現実は違いすぎて、本当の理解はできないと思う
    だからこそ、忘れないようにだけはしたいと思った

  • 今年で10年。もう10年も経ってしまったのかと驚いているけど、それでも戦い続けてる人がいるのを忘れてはいけないと改めて気付かされた。
    イギリス出身のジャーナリスト、リチャードロイドパリー氏が書いた本だけど、とてもきちんと丁寧に調べていて
    この方じゃないとここまで詳細に書けなかったなと思う。
    昨年、石巻に住んでいる友人に半日被災地を案内してもらった。
    当たり前けど、テレビとかネットで見るよりも衝撃的で言葉にならないとしか言えない。
    海沿いまで家があって、そこで普通に暮らしてたのだという記憶とか
    各場所に設置してある、写真で見る今と災害前とか。
    大川小学校にももちろん行ってきた
    本に書かれている、全くその通りのことを友人も私に話してくれた。
    沢山の人が亡くなり沢山の行方不明の方を今でも探していると。
    偽善や利権、地位とかお役所仕事に振り回されている遺族の方々がいると。
    目の前で知人や友人が波に瓦礫に攫われて戻らなくなるのを見たと。
    生き残った方々が口を揃えて言う至る所で霊を見ますというのは、間違っていないと私は思う。

  • 『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(池上正樹著)を読んだのは2013年7月だったが、今本書を読んだことにより、多くのことを補足できて大変良かった。

    大川小学校の件を軸にしながらも、それ以外の事象についても(全くとっ散らかることなく)丁寧に多くのことが書かれているし、内容が内容であることから、こちらも真摯な態度で読んだため、多くの時間と体力を要した。

    私は何かを食べながら読書をすることはないのだが、図書館で借りてくる本は大抵、何かしら汚れていて、平気で食べ物で汚す人が多いことにいつも呆れている。
    そして、本書にはお煎餅と思しきものが付いていた。
    この本を、お煎餅齧りながら読む人の神経が私にはわからない。

    本書は英語で書かれているものが日本語に翻訳されているわけだが、そのことにより、名詞と形容詞が独特な表現となっていて、それが妙にしっくりくるというか、適切な言葉選びであり、理解しやすかった。

    特に、お子さんを亡くしたお母さん同士の間にできてしまった気持ちの溝について書かれているところや、政府や隣国について表現したところは、日本人ジャーナリストなら使わないであろう表現がかえって良かった。

    日本人の国民性も、日本のことを熟知しているが外国人であるジャーナリストの視点で書かれていると、「なるほど客観的に見ると日本の国民性や政府ってそうだよな」ということを気づかせてくれる。
    (著者はたぶん「日本人は政府に対して我慢し過ぎ」と思っている)
    そしてそれは残念なことに、東日本大震災後、ここ最近2年間に起きた様々な出来事においても、全く何も変わっていないと思う。

    本書は元が日本語の資料の場合は、英語に訳したものをまた日本語に訳すのではなく、そのまま日本語の資料を載せたらしいし、日本人が訳しているから良いのだが、他の数ヶ国語にも翻訳されているとのことだが、それはどこまで正しいニュアンスが伝わる翻訳をされているのかな?とほんの少し気になる。

  • 12年前の震災で児童74人が津波の犠牲になった大川小の悲劇と、遺族による県・市を相手取った訴訟の行方を、外国人ならではの視点で追ったルポ。特徴的なのは、幽霊目撃、憑依など被災地に頻発したという心霊現象にも着目している点。地元住職が主宰する移動傾聴喫茶「Cafe de Monk」の活動を初めて知ったが、最後に語られる除霊のエピソードには心が痛んだ。

    どれだけ時が経っても、当事者にとってあの悲劇の幕が閉じることはない。遺族の中にも忘れたいと願う人と、忘れてはいけないと思う人がいて、そこに葛藤が生じ、一つの結論で片付けられなくなる。誰かの是は誰かの否でもある。一枚岩に見えるグループの中でさえ、個々の目標はバラバラで方向性が食い違っていたりする。子どもの遺体捜索や、逃げ遅れの真相を求める活動の現実を知るにつけ、物事を一面だけで判断してはいけない、という思いも改めて強くした。そもそも海外向けらしいので、できるだけ多くの国の人に読んでもらいたい良書。

  • 祝文庫化!

    津波の霊たち──3・11 死と生の物語 | 著訳者,ハ行,パ,パリー, リチャード・ロイド | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000013785/author_HAgyo_PA_3063/page1/order/

  • 東日本大震災、特に津波被害のあった東北地域について、日本に長く滞在するイギリス人の視点で見ているのが興味深い

    家族を亡くし、家を失くし、その辛さに大小なんてなくてよいのに、まわりに比べたら、、と我慢と忍耐をしてしまう日本人

    日本のらしさが、復興を促したけれど、閉塞感、苦しみを増大させたのかもしれない

    大川小の件は、深く知らなかったので、とても考えさせられた
    大川小の父母たちのそれぞれの行動が胸を打った
    子どもたちのほうが親を支えてくれている、本当にそう

    今生きていることに意味がある
    精一杯、生きよう

  • 生半可な気持ちで読む本ではない。
    だが、被災した人たちと同じ国で暮らす人間として、知っておくべき。

    津波は一瞬で多くの人の命を奪うだけでなく、生き残った人たちの関係性も破壊してしまう。

  • おいそれと感想が言えるものではない。

    本作品は著者が感情的にならずに、俯瞰で物事を捉えている為読み手による解釈は様々なのではないだろうか。

    知らない事実を知れた事に感謝すると同時に無知を恥じる。
    読み進むのがこれ程怖いと思った作品はないだろう。

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著者プロフィール

英『ザ・タイムズ』紙アジア編集長および東京支局長。1969年生、英マージーサイド州出身。オックスフォード大学卒業後、1995年に『インディペンデント』紙の東京特派員として来日。2002年より『ザ・タイムズ』紙に属し、東京を拠点に日本、朝鮮半島、東南アジアを担当。アフガニスタン、イラク、コソボ、マケドニアなど27カ国・地域を取材し、イラク戦争、北朝鮮危機、タイやミャンマーの政変を報じる。著書に、『狂気の時代』(みすず書房、2021年)のほか、日本を舞台にしたノンフィクション『黒い迷宮』(2015年)、『津波の霊たち』(2018年。ともにハヤカワ・ノンフィクション文庫)がある。『津波の霊たち』で2018年ラスボーンズ・フォリオ賞、2019年度日本記者クラブ賞特別賞を受賞。

「2021年 『狂気の時代』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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