わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫 イ 1-3)

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (537ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784151200342

感想・レビュー・書評

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  • 幼少期を上海の外国人居留地・租界で過ごしたイギリス人のクリストファーは、今やロンドンの社交界でも噂の名探偵。彼が探偵になった理由は他でもなく、かつて上海で行方不明になってしまった両親を探しだすためだった。父、母、フィリップおじさん、そして隣の家に住んでいた日本人の友だち・アキラとの日々を回想しながら、遂にクリストファーは真相解明のため再び上海へ向かう。しかし、かつての〈故郷〉は戦火に飲み込まれつつあった。


    古川日出男の解説がめちゃくちゃ上手いのであれを読んだ後に付け足したいこともないくらいだけど、この小説を読んでいて、昔からずっと考えていることを思いだしたのでそれを書きたい。
    児童文学に孤児の主人公が多いのはなぜだろう、と不思議に思っていた時期があった。名作と呼ばれる作品が書かれた頃は今よりもっと孤児の人口が多かったからとも言えるだろうし、また子どもを主人公として動かすのに大人がでしゃばらないほうがよいという作劇上の理由もあると思う。
    でも私は(日出男も書いているように)、人は子ども時代に一度は精神的な孤児になるターニングポイントがあるのだと思う。それは一番近しい存在であるはずの家族、特に親が〈他者〉であることに初めて気づいたとき、子どもを襲う感情ではないだろうか。
    我々はある程度の年齢まで親が語る世界を全世界と思って育つ。親がいない人も子ども時代に最初に信頼した人の影響は強く受けるだろう。親が語る視点を唯一のものとし、自分が見る世界と同一視していた子どもは、しかしどこかの時点でそれが唯一でも至上でもないことを知るはずだ。その失望、絶望、孤独、不安、不満が私たちを"孤児"にする。崩れてしまった世界をもう一度立て直すためには、自分と親は違う人間だということを飲み込まなければならない。そうした精神的な過渡期に、孤児を取り囲む世界のあり方を書いた児童文学が求められるのだろう。という仮説がずっと私の頭の中にあったのだった。
    しかし本書の語り手クリストファーは、逆に孤児になったがために親、特に母が語る世界と適切な距離を取れないまま大人になってしまった。上海の記憶と両親をめぐる未解決事件は彼のなかで大きく膨らみ、人生すべてをひっくり返すドラマティックなものであるべきだと彼は考えるようになった。人びとに自分を認めてもらうために。
    クリストファーは同じく孤児で、社交界での地位を人一倍気にしているサラを最初軽蔑しているが、彼自身も名声に固執している。解決した事件を自慢げに語る口ぶりはポアロのようで笑えるが、誇張癖の裏側には精神的に不安定な少年期を送ったことが見てとれる。壮年になり、引き取った孤児のジェニファーから思いやり溢れる言葉をもらえるようになったにも関わらず、亡きサラからの手紙を自分に都合よく解釈しようとするラストはとても切ない。罪悪感に蓋をして、身勝手な自分を棚に上げて、過去のよいところだけを何度も夢みる。『ロリータ』のラストで感じたような孤独と寂寥感。人はそれぞれ自分に見えている世界を生きるということの、祝福と悲哀。
    『わたしを離さないで』の一つ前の作品なだけあり、全体の構成はとてもよく似ている。『わたしを離さないで』のほうがよりブラッシュアップされ、洗練されているが、本作のミステリーあり・ラブロマンスあり・ユーモアあり・市街戦ミッションありのサービス多めなイシグロも好きだ。ちょっと下世話なゴシップ要素を取り入れても品が良くなってしまうところも、私には美点に感じられる。
    また、この小説はメタ探偵小説としても面白い。上海の租界という設定は古き良き探偵気分を盛り上げるし、アキラとクリストファーの探偵ごっこもリアルな子どもの世界の嫌さを書いていて(笑)楽しい。作中で幼いクリストファーが大人から言い含められる場面もあるが、ホームズやピンカートン作品のように現実の世界にもたったひとつの揺るがぬ真実があり、それを暴いて秩序を取り戻すことができると信じることは、それ自体とても幼稚な考えではある。けれどクリストファーにはずっとそれが〈世界〉だったのだ。日中戦争がまさに勃発した瞬間の上海にいてさえ覚めないほどに。その幻想と現実の狭間を覗き込むとき、笑いと涙が共に浮かんでくる。

  • わたしたちが孤児だったころ。カズオイシグロの本のタイトルは、いつもこれしかないと思わせるタイトルをつけてくれる。
    この本には、主人公は勿論、幾人の孤児が登場する。サラ、ジェニファーを含む3人が主に指している人物だと思うが、要素として日本人としてのアイデンティティが今一つ持てずにいたアキラも精神的には孤児だし、犬を助けて欲しがった少女は、戦争で散っていった民間人の遺子である。アキラと思われる日本兵の子供も孤児になってしまうかもしれない。

    そして、孤児達は、様々なバックヤードや性格違いがあるものの、根底の心根にあるものは非常に似通っているように思える。
    現実から目を逸らし、答えのみつからない幸せや真実を追い求める。あるいは、自身は大丈夫であるという振りをする。そのこと自体に本人は気付いていなかったりする。

    後半は特に顕著で、クリストファーは、一歩引いてみると、あまりにも幼稚で幻想的な冒険譚を繰り広げる。戦争という超現実の真っ只中で。
    「慎重に考えるんだ。もう何年も何年も前のことなんだ。」
    空想に遊びふけっていた子供時代を未だ抜け出せていないのだ。

    悲劇的な真実が明らかになった後、20年後になって、冒険譚は一応の幕引きを迎える。
    そして、上海だけが故郷といっていたクリストファーは、ロンドンも故郷として馴染んできた、残りの人生をここで過ごすことも吝かではない、という。
    1人の虚しさを思い出すようになる。反面、昔の栄光に追い縋っている面も見られる。子供から大人へ、成長する瀬戸際なんじゃないかなと自分は解釈した。
    ここからどうなるかは、クリストファー次第。

  • イシグロの時間の不思議な時間の扱い方に驚嘆する。
    ねじれた結末については、どうかと思うわけだが。

  • イギリスと上海(中国)の間を行き交い、事件解決と共に、アイデンティティを追求する男の物語。

    「戦争」が絡む文学を手にすると、そこに人間への希望と失望を必ずやみることになる。
    そして、戦争と平和が、こんなにも「隣人」であることに衝撃を受ける。

    本を閉じたとき、嗚咽ではなく、心の襞を静かに潤わす涙が出た。

  • カズオイシグロを読んでみよう!と手に取ったものの、語り口に馴染めず読了ならず。原文で読めばおもしろいのかな...

  • 後半からは、一気に最後まで読みました。
    というより、読まずにはいられませんでした、先が気になって。

    どういったらよいかわからない気持ちです。
    幼い日の、当時の自分には責任はないし、気付くはずもない小さな判断が自分と周囲の人の運命を変えてしまったかもしれないという罪悪感、無力感。
    正義感、責任感、向上心、愛情を持っていたからこそ訪れてしまった家族の悲劇、知人の悲劇、世の中の悲劇…。そして、それを利用して生き延びる人々もいる。

    ひとつの事実によって、これほどまでに、自分の思い出や自尊心や家族や知人への印象・想い、経験したことの意味が変わってしまうということがあるのでしょうか。
    自分がこの主人公だったら、事実を知った後、どうやって自分を保って生きていけば良いのかわからない。自分の責任ではないけれど、自分の人生を全否定したくなる瞬間がありそう。
    ただまさに、命をかけて自分を愛してくれた人がいるんだという事実、これひとつが主人公の生きていく支え、であるとともに、だからこそ、その人が一生苦しむことになってしまった悲しさ。
    主人公の寂しさはわたしには想像を絶するものでした。

  • チープな結論でびっくりした。

  • わたしたちが孤児だったころ

  • 上海の租界に暮らしていたクリストファー・バンクス
    10歳で両親が相次いで謎の失踪

    ロンドンで大人になった主人公が探偵として名をなし
    ついに両親疾走の謎を解くために中国へと向かう

    やがて明かされる残酷な真実

    淡々とした文章で読むのがつらい。
    探偵ってこんなに権力あるの?という疑問や
    主人公の突っ走りすぎる性格にイライラしたり。

    シーーンとした読後感

  • カズオ・イシグロの、何というか静謐を湛えたような独特の文体が好きで、これまで『日の名残り』や『私を離さないで』、『忘れられた巨人』を読んできた。久しぶりに彼の手による著作を手にしたわけだが、その語り口は独特で、物語は時に淡々と、時に波に揺られるように、あるいは時に劇的に進められていく。

    上海で生まれ育ち、しかし幼くして両親と生き別れ、イギリスにいる伯母へ引き取られ、長じて探偵業を営んでいる男が主人公。タイトルにあるように、この主人公の境遇である“孤児”がテーマだと思うんだけど、「これがそうです」といったような感想は持ち得ない。しかし、読書中は常に読み進められずにはいない感覚で(このあたりは村上春樹と共通したものがある)、500ページ強の長さも気にならなかった。読後は、ほのかに暖かい気持ちと、少しの喪失感を味わう、そんな小説だ。

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著者プロフィール

カズオ・イシグロ
1954年11月8日、長崎県長崎市生まれ。5歳のときに父の仕事の関係で日本を離れて帰化、現在は日系イギリス人としてロンドンに住む(日本語は聴き取ることはある程度可能だが、ほとんど話すことができない)。
ケント大学卒業後、イースト・アングリア大学大学院創作学科に進学。批評家・作家のマルカム・ブラッドリの指導を受ける。
1982年のデビュー作『遠い山なみの光』で王立文学協会賞を、1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞、1989年『日の名残り』でブッカー賞を受賞し、これが代表作に挙げられる。映画化もされたもう一つの代表作、2005年『わたしを離さないで』は、Time誌において文学史上のオールタイムベスト100に選ばれ、日本では「キノベス!」1位を受賞。2015年発行の『忘れられた巨人』が最新作。
2017年、ノーベル文学賞を受賞。受賞理由は、「偉大な感情の力をもつ諸小説作において、世界と繋がっているわたしたちの感覚が幻想的なものでしかないという、その奥底を明らかにした」。

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