- Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
- / ISBN・EAN: 9784151200625
作品紹介・あらすじ
美しい海辺のリゾートへ旅行に出かけた失明間近の母とその息子。遠方の大学への入学を控えた息子の心には、さまざまな思いが去来する-なにげない心の交流が胸を打つ表題作をはじめ、11歳の少年がいかがわしい酒場で大人の世界を垣間見る「カフェ・ラブリーで」、闘鶏に負けつづける父を見つめる娘を描く「闘鶏師」など全7篇を収録。人生の切ない断片を温かいまなざしでつづる、タイ系アメリカ人作家による傑作短篇集。
感想・レビュー・書評
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「微笑みの国」と呼ばれるタイ。外国人観光客からは南国の楽園に見えるが、実際は貧困に喘いでいる庶民の生活を詳しく描写する短編集だった。安価な歓楽街と見慣れない仏教寺院の景観、そしてビーチを楽しむためにタイを旅行する外国人が多いのかも知れない。
移民・ドラッグ・売春・賭け事・喧嘩といった、不摂生・不衛生な庶民の生活が詳しく描写されていて、切ない気分になる。
特に最後の「闘鶏師」は、思わず顔をしかめたくなる場面が多かった。社会が丸ごと地元の権力者に支配されていて、抵抗すればするほど全てを搾取され、救いようのない環境である。それでも諦めずに抵抗してしまう人間の「執着心」の恐ろしさを見事に描いており、背筋が凍るような思いであった。
本書のタイトルである「観光」では、病気を抱えながら逞しく生きる母親と、残された時間の中で親孝行しようとする健気な息子の姿が描かれている。この「残されたわずかな時間」を、親子が旅する海岸の地形にたとえながら(地峡や砂州の描写)表現し、読者に印象付けようとする手法が面白かった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
読んでいるあいだずっと、不思議な感覚がしていた。
哀しいとか切ないとか悔しいとか、思うのだけど、それらは登場人物たちが抱くものと同じではないような気がした。わたしの感情はわたしのものでしかなく、“共感”とも“感情移入”とも違うものだった。わたしが入り込むことのできない世界で、彼らのストーリーは彼らのものとして展開していった。
読み進めていくうちに、気づいた。
この本の登場人物たちは、文字通り“わたしが入り込むことのできない世界”=タイに住む人たちだからかもしれない。
徴兵制度があったり、ガイジンが日常生活の一部になっていたり、貧富の差が著しく自分の立場に影響したりする世界。生きてきた背景も生きている環境も違う、そこから見える未来の景色もきっと違う。だから、わたしが日本に居ながらこれを読んで抱く感情と、実際に彼らが抱く感情は、違うと思うのだ。
それでもラッタウットさんの描写が巧みなので、登場人物たちの感情を想像することはできる。動作や情景描写が多いのだけど、そこに心が表れているからすごい。でもそこから得られるわたしの想像はやはり想像でしかないような気がした。きっとこんなんじゃない、もっと複雑で込み入った感情なのではないかと思うのだ。
バンコクに行ったときに見た人々の顔を思い出した。
煌びやかな百貨店と発達した鉄道の間の暗い道にいる人の顔。
ゴミ山の向こう側にある路地からこちらを眺めている人の顔。
すごく無表情だと思った。
目が合っているのか合っていないのか分からない。なにを思っているのかなにも思っていないのか分からない。
わたしはそこに貧富の差の問題を感じずにはいられなかった。
これを読んだ後に考えると、あれは諦めのような類の表情だったのかなと思う。そして、もし本当に外側に対してそういう感情があったとしても、彼らの内々―家族や友人たちの間では、優しい表情を見せているのではないかと思う。そう願う。この本の登場人物たちのように。 -
著者はタイの方。タイといえば微笑みの国。でもその微笑みにも13種類の意味があるそうな。短純なイメージでくくられがちな観光国を舞台にした7編による短編集。どれもその微笑みと同じく微妙な色あいを伴なった光と影が描かれていて心に残ります。この作家凄いです。
特にカンボジアからの難民の少女とのふれあいを描いた「プリシラ」が良かった。無邪気なままではいられない現実。
今度タイに行く時には決して前と同じようには見えないだろうな。 -
タイの作家による短編集。元々英語で書かれた作品ではあるけれど、多分タイの作家って初めて読んだと思う。
書かれている情景はタイならでは(白人観光客相手の生業、徴兵制、闘鶏など)かもしれないけど、描かれている少年少女の心の機微はユニバーサルなものだと思った。鬱屈した思い、後悔、悔しさ、などなど。繊細な感性。
少し乾いていて、淡々としていて、どこか物寂しい文体。感情的にならずに伝えようとしてるけど、隠しきれない後悔や哀愁が滲み出ているような。
一番好きなのは、3番目の「徴兵の日」。
友情で篤く結ばれた2人の青年。迎えた徴兵抽選会の日。親からの賄賂の有無が2人の明暗を分ける。脆く崩れ去る友情。短いながらしっかりまとまった美しい作品。
国語の教科書や試験の現代文に載りそうな一作。
最後の「闘鶏師」は最もドラマチックな中編。読んでいて苦しくなる。
最後の最後に物語が展開し、これからというところで終結してしまったのが少し残念。でも綺麗な終わり方ではあった。 -
悲しかったり過酷だったりする話ばかりなのに、ちょっと距離をとったような語り方がやさしくうつくしい。物事のひどさをそのまま叩きつけない抑制と強さを好ましく思った。これはアジア的ということになるんだろうか。
最後の「闘鶏師」は読むのがつらくてひどく時間がかかってしまったが、あの話にあの結末を持ってくるのは本当に驚いたし素晴らしいと思った。
泣いたのは「観光」。お母さんがかっこよくて。 -
タイ系アメリカ人作家による短編集
失明間近の母とリゾートへ観光に行く表題作『観光』、闘鶏に負け続ける父親を見つめる娘の視点から書かれた『闘鶏師』、徴兵抽選会に友人と向かう『徴兵の日』が特に面白かった
タイの人々の暮らしを垣間見ることができ、思わず目を背けたくなるような過激な表現も出てくる
華やかな観光大国であるタイの市井の人々を描いた本作は生活の中に大きな”貧困“や”差別“が日常的にあることを感じた
その中でもはっとするような美しい文章が度々出てきて心を打たれました
すごく面白い本でたくさん海外の賞を取っているようだけど、この作品以降作者が何をしているかどこにいるかも分からないらしい(!)
もしまた新作が出たら読んでみたい -
観光大国と呼ばれるタイだが、観光客から見るタイ、タイ人と、タイ人から見るタイ、「ガイジン」に乖離があることを知った。
明るくない話ばかりだが、不思議と後味は悪くなくさっぱりしている。
とあるラジオで紹介されていて手に取り、海外文学が苦手な自分が珍しく読み切れた作品。
生々しすぎて面白さを感じながら読むことは難しかったが、方々で評価された作品のようなので、もっと色んな作品を受け入れられるようになりたいと思った。 -
7つの短編で、全てタイ舞台だけど、どこか子ども時代を思い出すかのような作品もある。
悲劇的で切ないパートは、悪物がのさばる世の常を描いていたが、主人公たちがたまに見せる勇気に感動。
特にラスト「闘鶏師」の引き込まれ具合すごかった。 -
すごい。久しぶりに面白い小説読みました。
読めてすごく得した気分です。
こんなところで死にたくない と 徴兵の日 が特に好きでした。
タイの人って外国人をこういう風に見てるんだなというのはもちろん面白かったし、タイの人たちの生活や考え方って日本とは大きく違うように思っていたけれど、描かれている人達はたしかにタイに生きているのに日本人の自分でも心情がすごくよくわかるし不思議と違和感がないところが意外で面白かった。タイを知るっていう意味で読み始めても、誰もが自然と引き込まれると思います。 -
ここ数年で一番泣いたかもしれない。
タイから見た外国、外国人と、外国人から見たタイ、タイ人は違う。微笑みの国、観光立国タイの悲哀とどこか冷めた目。タイを訪れる"ガイジン"側としてこういう風に見られていることもあるんだなと思うと同時に、日本を訪れる"ガイジン"に対しての日本人としての自分の感慨とは、また違うなとも思った。それは日本とタイとの生活環境、経済環境が全然違うからだろうなぁ。
また男女の差、貧富の差、兵役、難民なども絡まりあっていて、今の日本ではあまり感じることが少ないけれど、今後はあり得るかもしれない、もしかして今もう始まりかけているかもしれない、とも感じた。
複雑な社会情勢のタイで生きる若者の切実さが哀しくもあり強くもあり。高速をぶっ飛ばすおんぼろバイク、木によじ登りマンゴーの実を投げる様、どれも美しくて泣いてしまった。
本当に良い作家に出会えたのだけど、本作以外の邦訳単行本がないようで寂しい。でも、いつになっても良いので次回作を待ちたい作家ができたことが嬉しい。
「ガイジン」
「カフェ・ラブリーで」
「徴兵の日」
「観光」
「プリシラ」
「こんなところで死にたくない」
「闘鶏師」