この道の先に、いつもの赤毛

  • 早川書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (240ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784152100917

作品紹介・あらすじ

ボルティモア郊外でコンピューターの出張修理をしながら、一人暮らす40代のマイカ。人付き合いを避け、決まった日課を堅持し平穏に過ごす彼の元を、マイカの息子だと名乗る青年が訪れ──孤独な中年男性のやり直しを、タイラー独特のユーモアを交えて描く長篇

感想・レビュー・書評

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  • 社会規範を守り
    判で押した日々を送る
    四十路の主人公。

    いつものことばかりの
    生活に、

    いつもではないことが
    飛び込んできて、

    彼の内に波紋を投じる。

    その波紋が
    いつしか彼の行動を、

    そして人生を変える。

    そう、
    現状を変えることには
    失敗のリスクを伴う。

    えてして多大な労力も
    払わなければならない。

    すなわち、
    現状維持を選択すれば、

    失敗のリスクを負わず
    労力も払わなくて済む。

    だから私たちは、
    本当は変わりたくても、

    無意識の内に現状維持
    を選択する。

    いつもではないこと。

    それは、
    往々に招かれざる客で
    あるが、

    本当は「変わりたい」と
    思っている私を導きに
    きた、

    運命の使者かもしれない。

  • 「マイカ・モーティマーのような男は、何を考えて生きているのかわからない。一人暮らしで、付き合いが少なく、その日常は石に刻んだように決まりきっている」

    これが書き出し。そのあと、彼のルーティンの紹介が続く。毎朝七時十五分からのランニング、十時か十時半になると、車の屋根に<テック・ハーミット>(ハーミットとは隠者のこと)と書かれたマグネット式の表示板をとりつけ、パソコンの面倒を見る仕事に出かける。午後は通路の掃除やゴミ出しなど、管理人を兼ねているアパートの雑用だ。住んでいるのは半地下で細目を開けたような三つの窓から外光が入る。

    仕事上で出会う客とのやり取りや、つきあっている女友だちとの関係、女系家族の末弟としての家族上の儀礼的な付き合いをのぞけば、主人公に関わりをもつ人間はいなさそうだ。大学でコンピュータ工学を学んだ後、友人とIT関係の会社を立ち上げる。初めこそうまくいってたものの諸事情により挫折し、今に至る。かといって、くさっているわけでもなく、まあまあ毎日をなんとなくやり過ごしている四十過ぎの男。

    派手なところはまったくない。可もなく不可もなし、という中年男の日々が、淡々と描かれる。こういう生き方を歯がゆいと思う人にはまったく向いていない小説である。しかし、成績を上げろ、とせっつく上司もいなければ、仕事もできないくせにいらぬことばかりやってはこちらに尻拭いをさせる部下もいない。よくあるパソコンの問題を解決する仕事もほぼ毎日あるし、管理人としての手当ては雀の涙だが、アパートの店賃は無料だ。共感する読者もいることだろう。

    料理もすれば、月曜日はモップ掛け、木曜日はキッチン周りの掃除と曜日を決めて家事全般に手を抜かない。これでは結婚を急ぐ気になれなくても無理はない。過去につきあった女性も何人かいたが、関係が深まるとアラが目につくようになり、それが原因で別れてきた。今つきあっているのは小学校教師のキャスで、彼より少し年下の三十代後半の女性。一緒に夕飯を食べてどちらかの家に泊まる関係だ。彼としてはこれ以上進めようとは思っていない。

    ある日、一人の若者が家を訪れる。名前はブリンクといい、マイカの大学時代の恋人だったローナの息子だという。夏休みでもないのに何をしに来たのかという疑問はあるが、一晩泊めてやることにした。ブリンクはマイカが自分の本当の父親ではないか、と尋ねる。義理の父親よりもマイカの方が、ウマが合いそうだとも。しかし、ローナとはそういう関係ではなかった。そうなる前に他の男とキスをしてるところを見て、別れたのだ。

    変わり映えのしない毎日に突然亀裂が走る。それも自分の息子を名乗る若者の登場だ。マイカはそれまでの平穏な日々に隙間風のようなものが入り込んできたのを感じる。そんなとき、キャスとの関係にひびが入る。無断で飼っていた猫が原因で部屋を追い出されそうになり、マイカに相談したところ、彼は本気で相手にしなかった。しかも、当てにしていたマイカの家の空き部屋に、先手を打つようにブリンクを泊めたことが、きっかけだった。

    前半ののほほんとしたマイカがどことなく肯定的に感じられたとしたら、後半はそれが逆転する。マイカ・モーティマーは、他者との間に距離を置くことで自分を守ってきた。最小限の付き合いだけを許し、それも間に金を介在させることで、互いの関係性にあえて距離を置く。ルーティンを守ると言えば聞こえはいいが、それなくしては生活というものが成り立たないのでやむなくそうしているだけだ。独り居の生活で、何らかの約束事を作らなかったら、自堕落なものになってしまう。それを恐れるからのルーティンだ。

    一見自由に思える一人暮らしだが、気力体力十分な間は何とかしのげても、いつかはうまくやっていけなくなる時が来る。同じアパートの住人にもその実例がある。ブリンクの出現で、それまで目にしてはいたが、気にしていなかった自分の将来の姿が見えてくる。散らかりっ放しの姉の家で食事した際、マイカのルーティンはお笑い種にされ、別れ話が出たと聞いた家族はキャスと撚りを戻すよう説得する。実の弟よりキャスの方に価値を認めている。

    マイカは甲殻類だ。自分というものを硬い殻の中に入れ、他人にはそれに触れさせない。たしかに、そうしていれば自分は傷つかないだろうし、他人との間に距離を保てば相手を傷つけることもない。願ったりかなったりだ。ところが、息子の身を案じてマイカの家を訪ねたローナは、マイカの独りよがりで勝手な決めつけをなじる。キスした相手とは何でもなかったのに、彼は一度こうだと思い込むと、相手の言い分に耳を貸さなかった、と。

    必要以上、人との関わりをもたないで長くやってくれば、自己理解は独善的なものとなり、自分を作るうえでの可塑性は失われる。マイカは愛したり愛されたりする人が傍にいない、キャスのいう「つらい心を抱えた人」になりつつあった。ワイルドの「わがままな大男」を思い出させる「小さな男の子」の登場をきっかけに変化が現れる。末尾近くの「おれが間違えたのは、ただ一つ、完璧を期そうとしたことだ」というマイカの心の中の叫びが痛い。

    完璧を期す、などというのは人間にできることではない。人間は間違えるものだ。どうしようもなく、何度も間違えては、以前の間違いを認め、修正を重ねては別の方向に舵を取り、少しずつ正しい方角を目指すしかないのだ。原題は<Redhead by the side of the Road>。ここでいう<Redhead>は、実は道端の消火栓のことである。眼が悪くなってきたマイカにはいつもそれが赤毛の人のように見えることをいう。マイカの老化と思い込みの激しさを揶揄するタイトルになっている。表紙カバーのイラストも味があって好い。

  • Anne Tyler
    https://annetyler.com/

    この道の先に、いつもの赤毛 | 種類,単行本 | ハヤカワ・オンライン
    https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015066/

  • じんわりと読む。なんかよくわからないタイトルだなと思っていたけど、そういうことだったのね。書き出しがよい。”交通の神”がよい。「つらい心を抱えた人」そういうことだ。

  • あー、ものすごくよくわかる、この感覚。

    どんなに用心して、どんなに計画して、どんなに予定通りに実行しようとしても、それを阻むようなことが次々とやって来きて、なかなか思い通りにはならない。

    でも、全て予定通りに進んでいくと、ある日、なんだかつまらなくなったことに気がつく。
    できることしか、やらなくたっていたから……。

    自分で用意した小さな箱の中で安心していると、ある日突然それから先がわからなくなる。

    朝のランニング途中で「この道の先に、いつもの赤毛」を見ていた毎日から、突然違う道に投げ出された、中年独身男性の物語でした〜。
    面白かった。

  • 石に刻んだように決まりきった毎日を過ごす43歳のマイカ・モーティマー。
    なんだか…わりといそうだよね、こういう人、っていう感じ。「完璧」な暮らしをしていて、自分は何も悪くないと思っていて、なのになぜかうまくいかないことが多くて、人生なんてこんなものって思い込んで、暴れるでもなくヤケになるでもなく静かに暮らす中年男性。まるで自分の父親を見ているかのような気持ちにもなる。

    主人公マイカの人生はよくあるごく普通の話だし、しかもこんな地味な中年男性。だけど、物語には彩りがある。なんてことはないのに、目が離せなくてどんどん読み進めたくなってしまう。
    ちょっと眉をひそめてしまいそうなマイカの家族の話も、そこにはごく普通の日常と確かな愛が溢れていて、そのシーンを読み終えると愛おしいものになってしまうのだ。

    特に後半部分では、マイカの行動の変化にドギマギしてしまって、これから何かが起こることを期待しつつページをめくる。
    ほんの少しのことだけど、完璧だったマイカの行動を少し変えるだけで読み手を不安にさせる手腕に、すごいなぁと思った。
    タイトルも素晴らしい。途中で「あ、なるほど!これがタイトルか!」と気づくのだけど、本当に全てが素晴らしいと思って感激してしまった。

    他の作品も読んでみたい。

  • 43歳のマイカはコンピュータのなんでも屋をしながら、規則正しい生活を送っている。小学校教師の彼女はいるが、アパートの管理人もしながら、一人暮らしをしている。そこへ、マイカの息子を名乗る学生がやってくる。

    私が、思い描いているようなアメリカっぽい生活が描かれている。華やかなという意味ではなく、むしろ単調な日々。マイカの個性的な兄弟たちやなんでも屋の顧客たちがストーリーを盛り上げている。別れ話になっていく彼女とのラストのシーンも、アメリカっぽくて良かった。

  • 読みながら何回「ふふふっ」となっただろう。
    ITサービスを生業とする独身40男が主人公で、犯罪も災害も起こらないのにここまでユーモラスな物語を書けるアン・タイラーはやっぱり凄い。

  • 静かな雰囲気の小説で、心地よかった。

    毎朝同じ時間にランニングに出かけるマイカの決まりきった生活に、非日常な出来事が起こっていく。大学時代の元カノの息子が訪ねてきたり、彼女にフラれたり。

    家出したブリンクと、その家族たちがマイカの家から出て行った後の、
    「もうパーコレーターは、溜息のような音を立てているだけだった」
    この表現がたまらなく好き。

    最後の「つらい心を抱えた人。おれがそうなっちゃった。」が老人ホームの件と繋がっているところも痺れた。

    マイカの暮らしはとっても質素だけど周りは賑やかで、終わりも素敵だったし、なんだかほっこりした気分が残った。

    目から入る情報は文字だけなのに、その人がどんな風貌でどんな服を着ていて、どんな部屋に住んでいるのかや風景など、これらが想像できる小説って、やっぱりすごいな〜と思った。

  • 『マイカ・モーティマーのような男は、何を考えて生きているのかわからない。……』
    という最初のセンテンスだけを思いついてこの話を書きはじめたそうだ。

    一言で言えば、まあ堅物の人付き合いの上手くできない人マイカ。
    アパートの管理と、パソコンなどの技術サービスをしている。

    運転しているときは、『交通監視システム』に、制限速度を守り、ウィンカーを出し、静かなブレーキ操作をすることをしっかり評価されていると空想しながら。
    彼女とはなにかチグハグでうまくいかず、そこに大学時代のガールフレンドの息子がやってくる…
    そこから色々なことが起き、そのガールフレンドにも何か言われ…
    少しずつ人の心がわかってくるのか、1人が寂しいと思うのか、ちょっとだけ進んだように話は終わる。

    ふだんの話がそのまま綴られていて、それでも少し変化がある感じがアン・タイラーらしい。
    やっぱりアン・タイラーはいいなと思う。もう80歳を過ぎたらしいけれど、まだまだ書いて欲しい。 

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