- Amazon.co.jp ・本 (533ページ)
- / ISBN・EAN: 9784163806907
作品紹介・あらすじ
「私には希望がある」-国民の圧倒的支持を受ける総理・宮藤隼人。「政治とは、約束」-宮藤を支える若き内閣調査官・白石望。「言葉とは、力」-巨大権力に食らいつく新聞記者・神林裕太。震災後の原子力政策をめぐって火花を散らす男たちが辿り着いた選択とは?『マグマ』で地熱発電に、『ベイジン』で原発メルトダウンに迫った真山仁が、この国の政治を問い直す。
感想・レビュー・書評
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【感想】
政界の黒さを強く感じた作品。
もしかすると、普段触れている情報は日本政府によって捻じ曲げられたものばかりなのか?と恐ろしくなってしまう。
いかに情報収集を試みたところで、所詮「国」という巨大なフィルターによって自分たちは踊らされているだけなのだろうか?
そう考えると、とても無意味な事ばかりなんだなと自分の小ささを感じてしまった。
この物語は総理大臣「宮藤」が主人公ではなく、その側近たちや政治を追うマスコミ達にスポットを当てた物語。
宮藤の内面や感情は、ラストまでほぼまったく描写されていなかった為、彼の演説シーンのたびに作中の登場人物と同じように読んでいる自分もまた宮藤に陶酔してしまった。
同時に、物語の始めには高いカリスマ性を持ってスピーチを行なっていた宮藤が、まるでヒトラーのように独裁者となっていって落ちぶれていく様も描かれている。
タイトルの「コラプティオ」とは、恐らく宮藤自身を表していたのではないか。
必ずしも欲望が表れたわけではなかったと思うが、宮藤が徐々に抱いていた慢心や、彼自身の正義は、必ずしも国にとって不要になっていったのかと思うと、寂しい気持ちになってしまった。
ただ、彼の正義は果たして誤ったものだったのだろうか?
彼は間違った選択をしてしまったのか?
そのあたりは読み終わった今でも全く分からない。
また、「原発の輸出」というテーマにも驚きだったが、この物語自体があの東日本震災の直前に連載されていたという事実もまた恐ろしい。
タイムリーすぎるだろ・・・ほんまに、よく出版されたなぁ・・・
登場人物のすべてにクセがありつつ、人間臭さも垣間見せる辺り、流石真山仁の作品だなと感服。
こんな総理大臣がいれば、今の日本はどうなってしまうのだろうか。
真山仁のほかの作品も読みたくなった今日この頃です。
【引用】
コラプティオ
ラテン語で「汚職、腐敗」
宮藤隼人(くどう はやと)
「政治とは、約束。」
「約束は公約とは違う。今日ここで出会った君たち一人ひとりと心を通わせるようなパーソナルな感覚。互いの信頼の礎となる大切な誓いだ!」
「政治とは約束だ。努力すれば、希望が叶う社会を創り上げる。それが私の約束なんだ」
「希望とは、未来の現実でなければならない。」
宮藤が外資系金融マンの傲慢を撒き散らし、高級ブランド品に身を包んだ隙のない男なら、所詮は嘘八百が取り柄の政治家の戯言と、訳知り顔で言えただろう。
だが、宮藤は違った。
身なりは地味でも言葉の力を熟知していた。
社会の現状を訥々と語り、軽はずみな約束は一切口にしなかった。
その上で具体的な数字を掲示して、現実的な次善策を訴えたのだ。
p55
有頂天は人を隙だらけにする。
得々として語るのを聞くうちに、神林が随分と薄っぺらな人間に思えてきた。
p58
「新聞記事は、人を生かしもすれば殺しもする。その自覚のないもんは、記者やめてまえ。」
東條の目に殺気が宿った。場違いな目つきに神林は当惑した。
p180
白石は改めて、澤池遼子という女性を見つめた。
目鼻立ちがはっきりとした現代的な美人だった。
そして、白石に厳しい言葉をぶつけられ開き直っているが、そこに卑しさがない。
おそらくは裕福な家庭で何不自由なく育ったのだろう。
その結果、自分が正しいと思ったことは、他人も理解してくれると決めつけている。
彼女には他者の視点がないのだ。
p259
宮藤の言葉には、語りの磁力がある。
声がいいとか上背があるとかではない、これはオーラだ。
宮藤が情熱を込めて発する声は、聴衆の心を虜にする。
言葉とは力。宮藤はそれを体現していた。
神林も記者としての自覚を忘れて拍手していた。
p261
演説に舞台効果のプロを参画させる事自体はアメリカなどでは常識になっている。
白石は今日の会場の熱狂ぶりを見ていると、ヒトラーがドイツで政権を獲得した翌年に行なった大規模な党大会「意志の勝利」を思い出した。
p269
チャーチル
「悲観主義者は好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見出す。」
p276
「木曽駒ケ岳のような男になれ、望。
そのためには真面目なだけじゃだめだぞ。
辛い事に耐える強さとしなやかさが必要だ。
誰かを打ち負かすのではなく、己に克て。」
p322
「おまえは何者なのだ?」
「自分は何者でもないんだ」
「自分が何者かは、相手が決めることだ。
ウエスエリアでの自分は、教師であり、父であり、兄貴であり、息子でもある。それは相手が決める。」
p439
最近の宮藤は周囲の意見を聞かなくなっただけではなく、行動にまで他者を寄せ付けない威圧感を漂わせている。
ことさらに正義を振りかざして、宮藤はより大きな力を得たかったのかもしれない。
もしかすると宮藤は権力の魔力に取り憑かれているのではないかと、白石は感じ始めていた。
マックス・ヴェーバーは、虚栄心は政治家にとっての大罪だと言っている。
無論、政治家は無欲な解脱者であるべしとは思わない。
そんな人物には魅力がない。
虚栄心や欲望は大なり小なり必要で、それが充たされることで政治家はさらに大きくなる。
ところが虚栄心というのは本人が気づかぬうちに膨張し、理性や自省を食い潰す。
慢心を生み権力に溺れて、本来有していた「徳」を崩壊させてしまう怪物だ。
憂国の士がいつしか狂気を帯びた独裁者に変身する。
p523
「この国には、もう少しの間だけ英雄が必要なんだ。そのイメージは守りたい。
だから、宮藤を失墜させたくない。」
という白石の思いに、神林は共鳴した。
青臭い理想論だったが、神林は涙が出るほど心揺さぶられた。
だから、このバカげた大芝居を引き受けたのだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
途中からおもしろくなり、続きが気になって仕方ないほどだった。
読後に思ったのは、総理はいつ頃から独裁的になっていたのか? 主人公の秘書官が官邸スタッフになる前からなのか? たぶんそうなんたろう。
自分を客観視すること、人の意見に耳を貸すことは難しいけど大事なことだと改めて思った。
それと、記者の命がけの取材の部分はこちらもドキドキしながら読んだ。
骨太でおもしろく、考えさせられる話だった。 -
3・11震災後の日本、首相の宮藤が原子力産業を中心にして、日本を再建しようという物語。主人公は、首相の右腕として官邸に入った白石と、新聞記者の神林。
印象に残った神林の言葉
「事故直後だけ大騒ぎした国民って、いったい何なんでしょうか。いまや原発の恐怖も忘れて、問題の本質を追求することすらうやむやにして、もっと豊かな生活を求める。挙句に宮藤のようなカリスマ的指導者が登場したら、何も考えないですべてを任せてしまう。~」
原発推進とカリスマ支持はフィクションだが、一般的に日本人の特徴は、その通りだと思う。問題意識を、それぞれが持たない限り、日本の政治は変わっていかないのかも、と感じてしまう。
政治家はどうして腐敗するのか、どうやって暴走するのかということも、この本のテーマだと感じた。非常に面白い視点だった。また、メディアは政治家の暴走を監視する役割を持つのだと言って、神林と上司の東條の活躍が描かれているが、それではメディアの暴走は誰が監視するのだろう。特に日本の国民の特性を考えると、これも難しい問題だと、改めて感じた。メディアを監視すべきは誰かと考えると、情報を受け取る一人一人だと思う。何も考えずに受け取るのなら、カリスマ支持の仕組みと同じになってしまう。 -
未来日記
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“corruptio” ラテン語で「汚職・腐敗」の意
原発事故が発生した日本。その原発を使って日本経済を再生するため他国の不正権力に力を貸した総理大臣。
初めは、その側近である若者とその友人である新聞記者がそれぞれの思惑の中で、一方は自分の信じる正義のために政権を守り、もう一方は成果をもとめて政権を打倒しようとする展開。だが、中盤あたりからその構図が変化してくる。このあたりから話は盛り上がりを見せる。
政治とは正直・潔白では語れない。
改めて、国民の一人として何かできないのか考えさせられる作品。
この作品中に出てきた気になるフレーズ
「悲観主義者はすべての好機の中に困難を見つけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見出す」
チャーチル
「木曽駒のような男になれ。そのためには真面目だけじゃだめだぞ。辛いことに耐える強さとしなやかさが必要だ。誰かを打ち負かすのではなく、己に克て」
白石の父親
「報われなくても努力することを忘れなかった。暇さえあれば読書に勤しみ、博識で芸術や文学に造詣が深かった。」
白石の父親 -
北区議会員の音喜多さんのお勧めにあがってたので読んでみました。
日本では珍しいカリスマ型の宮藤、その宮藤に学生時代心酔した官邸スタッフの白石、白石の元同級生の記者神林。その三人が織りなす劇場型の政治とそれを伝えるマスコミの葛藤がとてもダイナミックに描かれていてとても面白かった。
ちょうどISISによる日本人人質のタイミングもあり、重なるところもありました。
正義は誰のため?国のため?日本人のため?世界のため?
価値観によって立ち位置が大きく変わります。田坂の原理主義的な考え、支持したいです。まずは、理想を追い求めないと落とし所も見えません。
悲観主義者はすべての好機に困難を見つけるが、、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす-チャーチル
白井がこのアイリッシュモルト(ブッシュミルズ)を好む理由があるあ。この酒は革命の酒なのだ。英国の横暴によって分断されたアイルランドの戦士達が必ず闘いの前に飲み明かした酒だった。 -
“リーダーシップ”あふれる総理大臣が登場したことにより将来への希望の兆しを見せる日本。しかし、その希望の兆しが虚像だったら・・・。
元々は、別冊文藝春秋に連載していた同名の小説らしいのですが、3.11東日本大震災の発生とそれに伴う福島第一原発事故を受け、内容を大幅に加筆修正して刊行されています。3.11をベースにしていますので、事あるごとに3.11が語られますし、福島第一原発事故も語られています。加筆修正前の作品を知らないのですが、これほどの加筆だとすると、ほとんど違う作品になってしまっているのではと心配してしまいます。
“有限実行”“リーダーシップ”を旨とする政治家は、一人二人と頭に浮かばないわけではないですが、冷静に考えて彼らはデマゴーグあるいは、究極のポピュリストではなかったでは無いのかな?と思うこともあります。上手く、選挙民をのせていますよね。その意味では、我々有権者は、もっと冷静に考えて、判断する必要があるのかなとも思いました。
最後の結末が、読者の想像に任せるような描き方になっていることについては、私は、ちょっと微妙。せっかくなんだから、もっとはっきりと描けなかったんですかね? -
非常に面白かった。普段マスメディアではタブーのような扱いを受けている(?)国際政治の常識が当たり前のように作中で語られることに驚くとともに、フィクションとはいえこういうことを堂々と語れる国に住んでいることに幸せを感じた。
東日本大震災をうけて大幅な加筆修正を行ったということで、細かな点でやや無理を感じられる部分もあるものの、全体を通して著者の情熱が感じられる傑作だと思う。
文庫化する際に更に加筆修正が行われることを期待する。
図書館にて。 -
今年一番読み応えがあった小説。政治論とか原発開発テーマの帰結には様々な論議があるとは思うが、ハゲタカ以上の力作で、NHKの連続ドラマで映像化される機会があるなら是非見てみたい。特に、脇役の田坂と東條のキャラクターが立っており魅力的である。
彼らの人物像に近い人たちが昭和の時代には実際にいたように思う。老練であざとい人たちの存在を感じなくなった分、すぐに底の浅さが窺えてしまう、悪い意味でも以前より透明感の増した今の平成の政権や政治家に、「深謀遠慮」というイメージは抱きにくい。こんな現実に飽いていた時に、本書のような骨太の物語は待ち望んでいたものである。 -
連載期間中に日寿司日本大震災が起こり、書籍化を際し大幅に加筆修正している。
被災地のことを考え、作品を発表するにあたり大変な苦悩があったかと思われる。
今の日本にも、宮藤のような「希望のシンボル」となるようなカリスマ性をもった政治家の存在が欲しい。そして、田坂や白石のように「先を見極められる」人たちが権力闘争の影においやられることなく、彼らをサポートしていってもらいたい