Humankind 希望の歴史 下 人類が善き未来をつくるための18章

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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784163914084

作品紹介・あらすじ

「人間への見方が新しく変わる」ーーユヴァル・ノア・ハラリ(『サピエンス全史』著者)推薦!

「希望に満ちた性善説の決定版!」ーー斎藤幸平(『人新世の「資本論」』著者)推薦!

「邦訳が待ちきれない!2020年ベスト10洋書」Wird日本版選出

本国オランダでは発売忽ち25万部突破ベストセラーに。24カ国での翻訳が決定。

近現代の社会思想は、”性悪説”で動いてきた。だが、これらは本当か。

×ホッブズいわく「万人の万人に対する闘争」
× アダム・スミスによると、人は損得勘定で動くホモエコノミクス
×ダーウィンが唱えた、自然淘汰説
×ドーキンスは『利己的な遺伝子』を執筆
×少年たちのいじめ本性を描いた『蠅の王』がノーベル文学賞

著者は、この暗い人間観を裏付ける心理学や人類学の定説の真偽を確かめるべく
世界中を飛び回り、関係者に話を聞き、エビデンスを集めたところ意外な結果に。

?スタンフォード大の囚人実験(普通の人間は邪悪になれる)
?ミルグラムの電気ショック実験(アイヒマン実験は)
?イースター島絶滅は人間のエゴ説(ジャレド・ダイアモンド) 

善人が悪人になってしまう理由とは。なぜ人類は生き残れたのか。
これから生き延びるためにどうすればよいかが書かれた「希望の書」。

感想・レビュー・書評

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  • ー 良いことをすると、気分が良くなる。世界に生きていると言うのは、素晴らしいことだ。私たちは食べ物を好むのは、それがなければ飢えるからだ。セックスを好むのは、それをしなければ絶滅するからだ。人助けが好きなのは、他者がいないと自分もいなくなるからだ。良いことをすると気分が良くなるのは、それが良いことだからだ。

    これが本書の主張の全てだろうなと思う。最強の説得力。生まれながらに「気持ち良く」感じる行為は、本来人間に期待され備わった性質なのだから、良いことした後の爽快感は、性善説の証明になるという事。

    著者は「スタンフォード監獄実験」や「ミルグラムの電気ショック実験」など、人間が服従により悪意を果たすような実験、傍観者効果のように、自己防衛本能を発揮する利己的な存在である事に反証するが、何もこうした議論をせずとも、前述の内容で語れてしまえそうな破壊力がある。

    では、なぜ悪事は存在するのか。

    人間は、生まれつき脳内に同族意識の芽を備えている。同じ色の実験だが、確かに、スポーツではユニフォームの色で敵と味方を分けている。また、乳幼児は生まれながらに外国人恐怖症の傾向を備えている。共感こそが、私たちを最も親切で最も残虐な種にしているメカニズムだという。〝善事は、味方にしか及ばない“

    ならば、敵と味方を区別する境界線を知っておきたい所。それこそが、共通の「物語」だ。数百万人の人々とともに、並外れた規模で協働するために、宗教や資本主義、国家主義を創造した。これはユヴァル理論だが、しかし「物語」には、強制装置が必要だと著者はいう。いや、必要とは言ってないが、現実的に、暴力とセットだと言うのだ。暴力の脅威によって強化されている。例えば、お金はフィクションかもしれないが、請求を無視すれば、当局が追いかけてくる。強制装置には、相互監視社会や同調圧力もあると思う。

    自発的、そうでなくても強制的に、敵と味方は分かれていく。限定的な善意は、この境界線の不安定さに揺さぶられ、時に暴走する。正義の快楽、とは敵や違反を罰する事だ。気持ち良い事は、本来人間に備わった性質。ここでの暴力は正義ではないか。なんと真逆。これを知った上で、この二面性と境界線の克服こそ、必要な論点である。

  • 上下巻の感想

    上巻は過去の実験、論文が嘘、誤りだったという内容がメイン。
    多くは以前、聞いたり、読んだりして、信じていたもので衝撃を受けてしまった。

    下巻は人を理解する事でこんなに素晴らしい事が起きたという例がいくつか紹介され、邦題の通り、希望を抱く内容だった。

    読み終えて、
    これまで信じてきた物が嘘なら、この本も嘘?
    一体、何を信じればいいの?、?

    と、思いつつ、どうせ騙されるなら、希望を持った方がいいよねという結論にしました。

  • まさにジャイアントキリングだった上巻に対して下巻は少し抑えめ。
    しかし下巻も一気に読めた。
    人類の歴史観が少し変わったかな。

    これからの未来に非常に役立つと思われる。

  • 【感想】
    Humankind下巻。
    下巻についても上巻と同じように、具体的事例を多少恣意的に使っていたりする。圧倒的なデータで主張を裏付けるというよりも、むしろ個々の際立って強烈な性善説エピソードを採用し、それに寄りかかっている感は強い。本書の内容を全否定するわけではないし、わたしもどちらかと言えば「人間の本性は性善」派ではあるが、論じられている内容は多少薄味に解釈するのがちょうどいいかもしれない。

    ただ、ラブアンドピースの一辺倒で締めくくるのではなく、教育システムの正しいありかたといった「具体的な改善案」まで踏み込んで、積極的に自らの意見を出しているのはとても面白いと思う。
    筆者は究極的には、「世の中を改善するためには、人々の信念を変えることが重要」だと述べている。ピグマリオン効果を採りあげ、「『人間は邪悪だ』とみんなが信じているから、ほんとうに邪悪になってしまう。ならば、『誰もかれもが善良だ』と信じれば、世の中は良い方向に進むのではないか」と心地よい主張をしている。たしかに、悲観論と楽観論が同列に並ぶ世の中であれば、なるべく他人を信じることで、社会全体が生きやすくはなるのは間違いない。例え人間の本質がペシミズムに寄っているとしても、多少の努力をすれば楽観的に生きられるならば、改善すべきは世の中にこびりつくどうしようもない諸問題よりも、われわれの意識の一端であると言える。まさに希望的な書だ。

    上巻の感想↓
    https://booklog.jp/users/suibyoalche/archives/1/4163914072
    ――――――――――――――――――――――――――――――
    【まとめ】
    1 共感はいかにして人の目を塞ぐか
    軍隊にとって重要なのは戦術と訓練とイデオロギーであるが、しかし最終的に軍隊の強靭さを決めるのは、兵士間の友情の強さである。第二次世界大戦では、友情と忠誠心と団結、すなわち人間の最善の性質が、何百万という普通の男たちを、史上最悪の虐殺へと駆り立てたのだ。

    赤ん坊を研究する心理学者、ポール・ブルームは次のように言う。「わたしは共感を良いこととは思わない」。
    彼によると、共感は、あなたの人生に関わりのある特定の人や集団だけに光を当てる。そしてあなたは、その光に照らされた人や集団の感情を吸い取るのに忙しくなり、世界の他の部分が見えなくなる。

    では、一体何が善人を悪人に変えたのか。どのようにして人々は自分と同じ――共感できる人々を殺すことができたのか。
    それは「距離」である。
    第二次世界大戦で亡くなったイギリス人兵士の死因の75%が、迫撃砲、手榴弾、空爆、砲弾といった「遠距離武器」であった。軍隊は敵との「心理的距離」を広げるための方法をいくつも用いている。軍隊規律では敵を人ではなく「的」とみなし、共感できる人間ではないことへの条件付けを行っている。裏を返せば、多くの兵士は的に近づきすぎると、良心的兵役拒否者に変わるということだ。


    2 権力の腐敗
    数千年の間、わたしたちは語られる問題に対して、懐疑的になることができた。饒舌な誰かが立ち上がって、「自分は神によって選ばれた」と宣言しても、笑い飛ばすことができた。その人が集団にとって邪魔になると、背後から矢を射ることもできた。
    しかし、軍隊と司令官が現れると、これらすべてが変わる。反対すると暴力によって容易に命を落とすようになったのだ。この瞬間から権力者の引きずり下ろしが困難となり、神々と王は容易には追放されなくなったのだ。

    階層的な社会では、マキャヴェリ主義者が勝つ。何故なら、彼らは恥を知らないという究極の強みを持っているからだ。
    人間は羞恥心を持つように進化した。人に恥じ入らせることは、リーダーの増長を抑制する最も確実な方法だからだ。恥はルールや規制や検閲や強制より効果がある。恥を知る人は自制するからだ。
    しかし、現代の民主主義社会においては、恥を知らないことはその人にとってプラスに働く。羞恥心に邪魔されない政治家は、他人があえてしようとしないことを、堂々と行うことができるからだ。


    3 ピグマリオン効果
    教師に「成績が伸びる」と言われた子どもたちは、本当は伸びしろなんか無かったとしても、より多くの励ましと称賛が与えられることで、実際に成績が伸びる。これを「ピグマリオン効果」といい、逆の減少を「ゴーレム効果」と呼ぶ。ピグマリオン効果は、多くの追証実験によって「有用性がある」と確認されている。

    20世紀の2つの主要なイデオロギーである資本主義と共産主義は、とある人間観を共有していた。それは、人は放っておくとやる気にならず、モチベーションを上げるためには報酬が必要だという考えだ。だが、この考えは今や部分的に否定されている。ボーナスと目標には創造性を蝕む可能性があることが分かったのだ。

    わたしたちは幾度となく、他人は自分のことしか考えていないと決めつける。英国で行われた研究では、人口の大多数(74%)が、富や社会的地位や権力よりも、思いやりや正直さや正義感といった価値に共感することがわかった。しかし、ほぼ同じ割合(78%)の人が、「他者は自分本位だ」と考えていた。 

    人をどうやってやる気にさせるかではなく、どうすれば、人が自らやる気になる社会を形成できるかが肝心だ。人間の本性は怠惰や拝金主義といったネガティブなものではなく、自発さというポジティブな場所に眠っているのだから。
    現代人は「多元的無知」に陥っている。多元的無知とは、誰も信じていないが、誰もが「誰もが信じている」と信じている状態のこと。つまり、みんなが「人間の本性は利己的で強欲だ」と信じているのは、他の人がそう考えているはずだという仮定から生まれたのではないか。ならば、最悪な人間ではなく、最良の人間を想定することも可能なはずだ。


    4 コモンズ
    共産主義は最も議論を呼ぶイデオロギーの一つだが、人間は、日常生活の中で絶えず共産主義的な姿勢を見せる。見知らぬ人に見返りを求めず親切にしたり、身の回りにあるものを共有して過ごしたりする。

    「歴史が語るのは、人間は基本的に助け合う生き物、つまりホモ・コーペランスだということです」と、デ・モーアは指摘する。「市場開発と民営化が加速した時期の後、わたしたちは、長期的な協力を前提とする制度を構築してきました」。

    人間の本性は利己的だ、とわたしたちは経済学の授業で教わった。この生まれながらの性質に、国家は少々の連帯感を付加することができるが、それは高所からのトップダウンによってのみ可能であると。しかし今では、この見方は完全に逆だということがわかる。


    5 差別を防ぐ
    1956年の春、ゴードン・オールポートが、当時アパルトヘイトが法律として確立していた南アフリカへ向かった。彼は生涯を通じて、次の2つの基本的な疑問を追求していた。
    ①偏見はどこから生まれるのか
    ②偏見を防ぐにはどうすればよいのか

    数年に及ぶ探究の後、彼は奇跡的な治療法を発見する。それは見知らぬ人とより多く交流することであった。アパルトヘイトは解決策ではなく問題の原因であり、差別を解決するにはまったく逆の方法を取ればいいのだ。

    これは「接触仮説」と呼ばれる。
    第2次世界大戦中にアメリカ軍が収集したデータによると、黒人と白人がいる小隊では、黒人を嫌う白人の数が、普通の隊の1/9ほどまで減少していた。また、2016年に英国で行われたEU離脱の是非を問う国民投票では、文化的多様性が少なく、異なる人々との交流が少ないコミュニティほど、より多くの人が離脱に賛成票を投じた。
    交流はより多くの信頼、連帯、思いやりを生み出す。さらに、交流はあなたの人間性を変える。多様な友人を持つと、知らない人に対してより寛容になれるからだ。


    6 筆者が考える人生の10か条
    ①疑いを抱いたときには、最善を想定しよう
    ②ウィン・ウィンのシナリオで考えよう
    ③もっとたくさん質問する
    ④共感を抑え、思いやりの心を育てよう
    ⑤他人を理解するよう努めよう。たとえその人に同意できなくても
    ⑥他の人々が自らを愛するように、あなたも自らも愛そう
    ⑦ニュースを避けよう
    ⑧ナチスを叩かない(極端なヘイトを行うものにも寛容な態度でいる)
    ⑨善行を恥じてはならない(親切な行動は伝播する)
    ⑩現実主義者になろう(現実は悲観で埋め尽くされてはいない)

  • そもそも人間の本質は「善」であると唱えている。
    「性善説」を人類の歴史、集団心理などから切り込んで持論を展開。
    人間は善の仮面をつけた悪に誘惑されやすいという。
    なぜか。
    それは私たちは共感することで寛大さを失い、少数者に対してその他大勢を「敵」と見るからだという。
    その心理状態なんとなくわかる。
    興味深い実験があった。
    子供たちに赤と青のTシャツの好きな方を選ぶ実験をすると、青のTシャツを多く選んだ子達が、赤のTシャツを選んだ少ない方の子達をいじめるようになる。
    人間の心理は既に子供のころに、このような心理になることがわかる。

    だが、人間の本質は「悪」ではなかった。
    過去の心理状態の実験の数々は真実でなかったことをブレグマンは独自目線で解き明かしていく。
    無人島に着いた少年たちが残虐な行為をしていく「蠅の王」では、実は少年達は互いに思いやり、生き延びたこと、「スタンフォード監獄実験」では看守役が囚人を殴るのは役を演じていたことがわかる。

    他者に寛容でお互いが良い関係であること、
    それは、全ての人が勝者になる。
    許すことができれば反感や悪意にエネルギーを浪費しないですむ、
    「人生の指針とすべき10のルール」の中で人を人として更生させていく矯正施設ノルウェー刑務所の例を挙げている。
    刑務所の所長が言う。「汚物のように扱えば人は汚物となる、人間として扱えば人間らしく振舞う」と。
    この刑務所の出所後再犯率の低さは世界最高だという。
    更生後の人は社会で働き税金を納め、再び犯罪を犯すことが低くなっている。
    これぞウィンウィンの関係になると説く。

    そして人は思いやりの心をもち寛容である、弱気者に手をさしのべる、本来そういう生き物であると結論づけている。
    それでは地球温暖化や凶悪事件など人類が起こした問題はどのように捉えたらよいのか。
    歴史が繰り返した数々の問題があるからこそ、人間の本性の原点に目を向けるよう気づかせてくれたのでは。

    私たちにできることは何か。
    他人の失敗や発言を非難したり、ダメなところが目についてしまいがちな心に、思いやりを持って接していく、よいところを見る、そういうところから始めてみようと思う。
    人は人を許し、受け入れて前を向かって歩いていく、人に対して新しい視点に立ち接していくことを教えてくれた、とても良い本に出会えた。

    多くの人に読んで欲しい本です。 

  • 下巻は、「善人が、悪人になる理由 」からスタートする
    ドイツの兵士が、勇敢に戦う理由は、イデオロギーではなく、友情から。戦争の死因は、遠隔なものほどおおく、接近戦ではわずかだ。
    権力は、麻薬のようなもので、人を鈍感にする。
    文明がもたらした、疾病、戦争、圧政を解決するのは啓蒙主義、すなわち理性である。

    「新たなリアリズム」、をはさんで、「もう一方の頬で」で、人間が寛大であるためには、対話であり、接触であり、交流が必要であることが示される。
    隣人に、危害を加えることは、普通の人には、難しいのだ。
    「エピローグ」で人生の指針とすべき10のルール
    が示されて、著者の主張がまとめられる。

    勇気をもって自分の本性に、忠実となり、新しい現実主義を始めよう が、希望の歴史の最後のメッセージでした。

  • めちゃくちゃいい本でした。
    「人類の性質は、悪なのか、善なのか」という永遠の問題について、歴史や様々な研究から、丁寧に考察した本で、現代の「希望の書」だと思いました。
    ぜひぜひ読んでみて下さい❕

  • 「“ベーシックインカム”は人を幸せにするか?」ブレグマン×パックン対談 | 文春オンライン
    https://bunshun.jp/articles/-/2675

    『Humankind 希望の歴史 下 人類が善き未来をつくるための18章』ルトガー・ブレグマン 野中香方子 | 電子書籍 - 文藝春秋BOOKS
    https://books.bunshun.jp/ud/book/num/1639140800000000000L

  • 上巻からの続きです。上巻の際には過去に実際にあった実験の結果などを詳細に検証して、例えば捏造や恣意的なものを被験者に前もって伝えるなどで本来の実験があるべき条件で実施されていないために結論は無効である、つまりその試験は結論を導く以前に成立すらしていないと書いていた章がかなりありました。それらが世の中を席巻しているため性悪説が基本となっていると。
    下巻ではどのように人は考えて行動すればよりよい世界になっていくのかということが、捏造なき試験や史実とともに考察されていきます。より良い世界とは私が下巻を通じてふわっと感じた感覚であって、実際に具体的に「良い世界」の定義は個人間で違うでしょうが。
    16章テロリストとお茶を飲む は特に興味深い章でした。人は右の頬を打たれたら左の頬を差し出す事ができれば最終的には吉となる。それを個人間だけでなく地域や国の規模として出来ればもっと世の中は良い方向に進むのでしょう。
    感想を書くのはとても難しいのですが、大半の人は親しい人には優しく、自分から遠くなるほど敵意を持ったり、または逆に無関心になるという事。外国人恐怖症や異民族浄化などはそのせいでしょう。そのような事をなくすためには対話、コミュニケーションがとても大事だということ。書いてしまえば、そんなの当たり前過ぎでて誰でも知ってるわと言われそうですが、大半の人は私も含めてそれがをするのが難しく、出来ていなのではないでしょうか。善い行いも悪い行いも水面の波紋のように連鎖していくものなので自分がよい行いをすることを積極的に人の前でやるという事も大事なようなのでポツポツと実行していこうかなと思います。
    本書の中では今の経済や社会の仕組みなどにも多く言及していますが、そこを読むと今の世に絶望を感じてしまいました、残念ながら。

  •  性善説・性悪説。人類の見方は歴史的に様々な見方をされてきたが、どちらかというと性悪説を元にした見方が多かった。ホッブズの「万人の万人に対する闘争」など、過去の様々な事象はことごとく人間の邪悪な心理によってなされてきたと描かれてきた。しかし、本当にそうだったのだろうかとブレグマンは考える。そして、多くの事象を掘り返していくとことごとく真実は逆で、人々は優しく、協力的で、善人であったことを示す。ネアンデルタール人は邪悪なホモ・サピエンスにより虐殺されたという見方は、単にホモ・サピエンスがよりコミュニケーション能力に長けており、生き延びるための知恵をより多くの個体で共有できたことによってではないかと考える。また、スタンフォード監獄実験の結果は実験者による意図的なシナリオによって狂乱が生み出されていたことが暴かれた。BBCでの再現実験では囚人と看守は協力的な関係を築き、共に和やかに過ごしていた。(番組としては何も起こらないつまらないものとなった)さらに、戦争においては人々が本当は銃を撃ちたくない、戦いたくないと感じており。実際の発砲率が低かったことも示している。クリスマスには休戦し、共に歌を歌い、友情を育んでいたことも示している。本当に多くの事例を挙げてブレグマンは何を示したかったのか。それは現在の社会システムは「性悪説」を前提に人は利己的であるがためにそれを制する目的で設計されているが、そうするよりも「性善説」に依拠した協力と信頼を取り戻すことによって本来あるべき社会システムを目指そうということではないか。狩猟採集時代、人類は常に移動することで様々なグループと出会い、共に生き延びてきた。あるとき、「豊饒の地」を見つけた人々は定住を開始し、農業を始めた。ここから自分の領地であると線を引き出す人が現れ、私有財産が生まれ、闘争が起こり、首長が必要とされた。そしてそれが人種・国境という区切りとなり、よそ者に対する偏見と嫌悪にあふれた世界ができあがった。本当はみんな「普通の人」なのに交流・コミュニケーションがないために相手を知らないだけなのだ。みな、固定観念や幻想に取り憑かれて、多元的無知な状態にあるだけなのだ。だからこそ国境を取り払い、人々が縦横無尽に交流する社会を築き、共に協力・共有して真の「豊饒の地」を目指していくべきだとブレグマンは示したのだと思う。そしてそれを成し遂げることは「性悪説」をはびこらせた人間が少数だったことから、我々が少しずつでも変わることができれば成し遂げられ得るのだと締める。
     この本でも多くの事例をこれでもかと示した上で、「本当は何が真実で、何を目指すべきなのか」をブレグマンは書いている。遠目から眺めているだけでは気が付けないことは多くあり、やはり現地現物をリアリスティックに観察することでしか気が付けないことは往々にしてある。現実を直視して見つめ直すこと、「思いやり」を持って物事に接することを重視して世界と対峙していくことで真に必要なことを掴めるようになりたい。

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著者プロフィール

1988年生まれ、オランダ出身の歴史家、ジャーナリスト。ユトレヒト大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で歴史学を専攻。これまでに歴史、哲学、経済に関する4冊の著書を出版。その一つ、『進歩の歴史』(History of Progress)は、2013年の最高のノンフィクション作品としてベルギーで表彰されている。

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