エベレストを越えて (文春文庫 う 1-5)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (307ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167178055

作品紹介・あらすじ

一九八四年二月、マッキンリーに消えた不世出の冒険家が、一九七○年の日本人初登頂をはじめ、五回にわたる挑戦を通じて人類を魅きつけてやまないエベレストの魅力のすべてを語る。

感想・レビュー・書評

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  • 「エベレストを越えて」植村直己(著)

    1982年7月 単行本 文藝春秋刊

    1984 12/28 文庫第1刷
    2019 12/5 第19刷

    2020 8/1 読了

    植村直己のエベレストとの関わりが
    まとめられた作品。

    文章も洗練されて大人になった植村直己が新鮮に感じます。

    読み進めて驚いたのが
    これ…初めて読むよ!って事でした。

    全部読んだと思ったのに^^;

    その後の冒険との関わりが大きく変わった時期の事が書かれていて

    今となっては
    あー…そう言う事なんだ…

    と、妙に納得出来ましたよ。

    大◯隆法に
    あのマッキンリーで何が起きたのか

    聞いてみたいよ。
    全く信じてはないけど。

  • 1982年発行の単行本を再読。カバーは植村の登頂写真ではなくエベレストだ。発行者は当時文藝春秋にいた半藤一利。

    あとがきで「原稿を書くということは山登りより苦しい」と記す植村だが、改めて文章もうまいと感じる。平易な言葉を重ね、テンポもあって読みやすい。そして何より、様々な場面で植村らしい優しさや謙虚な人柄が伝わってくる。コックが隊員にどなられると自分のことのようにつらいという植村。10歳くらいの子供も30kgの荷物を背負うポーターには「私たちのような文明人のもつ甘えはどこにもない」と思いを寄せ、「私は日本の山だってろくに知らない」「K2もノー、カンチェンジュンガもノーと偉そうに言うのは、私がそこまで登る技術がないから」と記す。

    本書の中心は『青春を山にかけて』にもある日本山岳会の遠征だが、終章ではエベレストの経験をふまえた「南極の夢」が語られ、あとがきの日付は「南極出発の前夜」となっている。『青春を山にかけて』は植村の最初の著作だが、本書は最後の著作らしい。今度はこの二冊の間、これまで手を出していなかった極地への冒険も読んでみたいと思う。

  • 「植村直己」の山岳ドキュメント作品『エベレストを越えて』を読みました。

    『青春を山に賭けて』に続き「植村直己」作品です。

    -----story-------------
    「私にとって、良い山とはひとつの極限を意味している」 -山を愛し、山に消えた不世出の冒険家にとって、エベレストこそは至上の"良い山"であった。
    一九七〇年、日本人として初登頂したのをはじめ、五回にわたるエベレスト行の総決算としてつづった本書は、登山家「植村直己」の<山への遺書>となった。
    -----------------------

    『青春を山に賭けて』の中で紹介されていた冒険歴の中から、エベレスト行きだけを抽出して、詳細を綴っている作品です。

    意外なことに、エベレストについては、実際に登頂できたのは1回だけで、残りは全て失敗しているんですよねぇ。

    悲惨な遭難事故を多く経験しているのも、ここエベレストです。


    でも、そんな失敗談の方が「植村直己」の山や極地への思いが、強く伝わってくる感じがしましたねぇ… 一方で、食べ物(ヒマラヤでのシェルパの食事、アマゾンのピラニア、エスキモーの生肉)から現地に馴染んで行く逞しさには感心させられました。

    やはりタフになるには、何でも食べれないとダメですよね。


    終章に印象的で、気に入った一節がありましたので紹介しておきます

    「(前略)山というものを窮屈に考える事はないのだ。山に向かって競争するのも、山の自然を愛するのも、山をスポーツの対象、あるいは哲学や学術の対象とするのも、それはそれでみんないいのではないかと思う。
    したがって、山に登りたいと思ったときは登ればいいし、登りたくないと思えばやめればいいということにもなろう。」

    そうなんですよね、登らされているわけじゃないし、みんなそれぞれの目的を持って、自分が登りたいから登っているんですもんね。
    それぞれの楽しみ方があってイイと思います。


    内容も十分愉しめるモノになっていますが、「植村直己」という人間の人物像に魅せられて、どんどん読み進める感じです。
    作り話ではなく、実際に体験・経験したことが綴ってあることも、「植村直己」作品の魅力のひとつなんでしょうね。

    『青春を山に賭けて』を読んだときも感じましたが、これだけ克明に記録をつけているのも凄いなぁ… と感心しました。

    次も「植村直己」作品を読もうと思います。


    解説で、「植村直己」のことを紹介してありましたが、その中で印象に残る一節、、、

    「植村は(中略)、ひとの嫌がることは自らかって出ることが多く、どんな仕事にも骨惜しみせず、馬鹿正直なほど取組んだ。決して不平や不満をもらすことなく働いた。
    自分には厳しく、他人に対しては寛大だった。また特に、先輩には礼儀を重んじ、ひとを立てることを忘れなかったし、細かいことにも気を配る男であった。私もその恩恵に浴したひとりであったが…、それがまた、あの人なつこい、さわやかな笑顔であったから、本当に気持ちよく接することができた。後輩に対しても、誠に親切で、先輩風を吹かせることもなく面倒をみるので、誰からも慕われ尊敬された。それが精神的にも、肉体的にも極限状態にある山の中においてであるから、下界ではしかりである。」

    こんな素晴らしい人物に、一度、直接、会ってみたかったなぁ。




    ≪本書で紹介されるエベレスト行≫

    1969年4月~6月 - 第一次偵察隊
    1969年8月~11月 - 第二次偵察隊
    1969年11月~1970年2月 - ヒマラヤ越冬
    1970年2月~6月 - 日本エベレスト登山隊(松浦輝男とともに日本人初登頂)
    1971年2月~5月 - 国際エベレスト登山隊(登頂ならず)
    1980年10月~1981年2月 - 日本冬季エベレスト登山隊(登頂ならず)

  • 僻地へ旅に出る人の本が無性に読みたくなり著者の本を手に取る。登山用語もエベレストがなんたるかもよくわからないまま検索片手に読み進める。
    とても驚いたのが、報道等では、登攀した人個のすごさを全面的に表に出しており、自分自身もそのように思っていた。しかし、単独登頂でなく極地法と呼ばれる手法においては本当に様々な人々の支えによって成り立っているということを本書を通じて初めて知った。更に、そこには現地のシェルパと呼ばれる人々の力なしにはなし得ないという事。そういったことを痛感している著者の姿勢に強く共感した。

    「私にとって良い山とは、ひとつの極限を意味している」
    冒険家としての登山家としての著者の人としての人柄とそこへかける情熱が伺える1冊。

  • 日本で初めて世界の頂点を極めた男の、エベレストにかけた思いを綴った本。

    やや古風な文体ながらもその熱量は十分に伝わった。特に、植村直己の初筆「青春を山にかけて」を読んだ後でこの本を読むと、先の本では割愛されていた諸々の描写がなされていて、再発見していくような不思議な感覚があった。

  • 帰ってきた男のはなし

  • 冒険家植村直己氏の自伝。
    エベレスト登山についての内容をまとめたもの。

    登山家がなぜ山に登るのかが、なんとなくだけどわかった気がする。
    命がけで、辛くてたまらないのに山の魅力に取り憑かれてしまった男たちの話。

    昨日まで元気だったのに突然死んでしまったり、落ちてきた氷の塊に潰されて死んだり、凍傷で指が無くなったりと困難ばかりだけど、世界一の頂点に立つということへの渇望はすごく理解できた。

    自分が行こうとは思わないけど、その世界一の景色を想像して読むことができた。
    淡々とした語り口ながら、エピソードがインパクトあるため、どきどきしながらも読めた。良書。

  • "山で死んではならない"

  • 業績もさることながら誠実で気持ちの良い人柄が文章から伝わってきて大好きになる。

  • ↓利用状況はこちらから↓
    https://mlib3.nit.ac.jp/webopac/NJ84003725

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