北朝鮮秘密集会の夜: 留学生が明かす素顔の祖国 (文春文庫 り 2-1)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (301ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167250027

作品紹介・あらすじ

1991年4月、在日朝鮮人の若者が希望に胸をふくらませ、初の留学生として"祖国"へと旅立った。しかし、彼がそこで見た現実とは、極端な個人崇拝、経済破綻、帰国者への差別…。だが、絶望的な状況の中でも、反体制秘密集会に集まる人々がいたのだ。長期滞在し、冷静な視点に基づいて書かれた画期的レポート。

感想・レビュー・書評

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  • 1996年出版。同書は、在日朝鮮人の著者が「初の日本からの留学生」として1991年4月から12月にかけて平壌に留学し、そこで見聞きしたエピソードをまとめたもの。

    北朝鮮に入国後、「歓迎の宴」が開かれる。毎晩盛大に開かれる宴の請求書は著者宛に届けられる。著者の所属する日本の大学から経費が無限に支払われる時思った北朝鮮人らは毎晩入れ替わり立ち替わり著者に「たかって」いたのである。

    また留学とはいっても、現地の研究者と共に研究を行うことは許されず、盗聴器が仕掛けられたホテルの部屋で出張を講義を受ける日々。
    工場や農場に行きたい、といっても、金日成や金正日の「事績」が紹介されるばかりで、仕事をしている様子はない。

    地方に住む親戚の家を訪ねてはその生活水準に愕然とする。このような経験を通じて著者は「祖国」に怒りを感じるようになるのだった。

    ある時、著者はある人から秘密の「学習会」に誘われる。そこでは国の未来を憂う人々が集まり、情報を交換していた。集会の自由がない北朝鮮では、もし発覚すれば問答無用で逮捕されるような「学習会」に参加した著者は、帰国後、「救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク(RENK)」という団体を結成するが、その詳しい話については同書では省かれている。
    この「学習会」の模様は、英語「トゥルーノース」に描かれたマンション一室での集まりのモデルだろうか。
     
    現在(2021年)からすれば、同書の内容は古いと言わざるをえないが、当時の北朝鮮の様子を知る上で非常に有用だと言える。

  • 1996年(底本1994年。ただし本書で一部追加の章あり)刊。
    著者は関西大学経済学部助教授に就く在日朝鮮人三世。

     1991年、日本在住の研究者で初めて平壌の朝鮮社会科学院(社会科学系では北朝鮮最高と唄われる研究施設)に1年間留学した著者。この留学時の北朝鮮見聞録が本書である。

     著者の伯父ら家族が所謂「帰国者」で、彼らとの束の間の邂逅から浮かぶ北朝鮮の暗部。それは、在日朝鮮人や朝鮮系中国人、あるいは北朝鮮国内での親類縁者のネットワークに基づく支援なしに生計を立てられない北朝鮮の現実だ。

     そして、ここで露わになる地方生活の実。
     それは、食糧増産(庶民の自活のため)を希求しつつも、そのために必要なもの、つまり電力は勿論、農機具・肥料・土地改良等の地盤整備の技術が欠け、どうにもならない様である。

     一方で、朝鮮社会科学院での研究の内実のなさ。それはもはやマルクス主義ですらない。朝鮮語訳の最後の「資本論」を、研究員が著者に対して帰国の土産として進呈したことに端的に表れている。「使われる人に持ってもらった方が、本も幸せだろう」という言が余りに痛すぎる。

      さらに、留学生活の大半を過ごした平壌の生活実態。例えば、室内や電話の盗聴は勿論、尾行や案内員による監視のみならず、食糧事情・生活物資の欠乏状態に加え、西側貨幣⋙東側貨幣⋙自国貨幣という流通貨幣の価値の差、つまり北朝鮮内での信用の差など事細かな実情も露わにし、また、調査名目で訪問した工場・農地における生産体制の機能不全もまた体制の機能不全を露わにしている感が強い(なお、リサーチの後、体制側に隠蔽された実態を暴く上で、著者の工業高校卒・溶接工歴が活きた)。
     さらには金日成体制に反駁する知識人らによる秘密会合への参加など、これらの生々しい事実が開陳される。


     ところで、91年からもはや四半世紀を過ぎ、政権も金日成→金正日→金正恩と移り変わってきた。
     現状を知りうる術はないが、本書に書かれるよりも生活水準が良くなったとは考えられず、庶民の餓死者が一層続出してきている、ということが容易に想起できるルポである。


     補足。
     事故で大怪我をし、離婚その他で失意のまま死亡した著者の従兄について、伯父伯母らと回想している件がある。ここで「こんな何の楽しみもないこの国で、男女関係のない(SEXすら満足にできない)結婚がうまくいくはずがない」という伯母の述懐が、全く笑えないばかりか、涙を誘う。

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