M/世界の、憂鬱な先端 (文春文庫 よ 13-3)

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  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (646ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167547035

感想・レビュー・書評

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  • 20世紀の最後に起きた幼女連続殺害事件。犯人の名前は宮﨑勤。

    当時、自分は小学生だった。事件のことはニュースで見たような記憶があるが、あまり記憶には残っていない。殺人事件の凄惨さそのものよりも、自分が通っていた小学校が「宮崎小学校」で、自分の弟の名前が「勉」だったので、学校名と弟の名前が結び付けられてこの殺人鬼と同一視されないか、苛められりしないだろうか、という、いかにも子どもらしい幼稚な心配をして、弟を守らなければ、という小学生らしく兄貴らしい感情を抱いたことのほうが、鮮明に覚えている。

    この本は、宮﨑勤の精神鑑定書を丹念に読み続け、裁判にも通い、宮﨑勤の死刑が求刑された法廷に立ち会い、その後の宮崎の家族の離散についても追いかけたノンフィクション作家の一大著作。宮崎の事件から逮捕、裁判という10年以上もの月日を、一つのテーマで追い続けるというのは、並大抵の執念ではないだろう。使命感のようなものもあったのかもしれない。何が著者を突き動かしたのかは分からないが、こうした丁寧なるポタージュがあるおかげで、事件から30年近くが経った今も、この事件とこの殺人鬼の異常性、非道性を客観的に読み、知ることができる。

    宮﨑の生い立ちは、若干、一般的ではない気がするが、決して「異常」と呼べるほど異質ではない。著者は取材をもとに宮﨑の幼少期から成人するまでに至る経路を辿り、どのぐらいから彼の「人間としての倫理」が外れていったのか、人格が崩れていったのかを探る。
    幼女に対する殺人衝動は、ある時を境に急に生み出されたものではなかったらしい。もちろん、多重人格で精神が崩壊していると思われる宮﨑に対する検察の審問や、著者曰く「あまりの不統一、手抜き、いい加減さ、強引さに、正直言って驚いた」という「宮崎勤精神鑑定書」に基づいているので、今後も真相は誰にも分からないままだろう。何せ、宮﨑は2008年には死刑が執行されていて、当の本人がもう何も話せない状態なのである。

    この本は、宮﨑勤の事件だけでは終わらない。
    宮﨑の事件を追いかけるのに400ページ以上を費やした著者は、終章でさらに120ページ近くをかけ、「宮崎後の憂鬱な事件」を追いかけている。主なテーマは、神戸の酒鬼薔薇聖斗だ。この事件もまた、宮崎の事件と同様に、異常というだけでは足りないほどの凄惨さと暗さを湛えた事件だった。

    なぜ、人はこれほどまでに暗く陰湿で、残虐非道と言える事件を起こすのか。著者は結論を出さない。出せるものではないのだろう。
    いつか、自分が当事者や被害者になってしまうかもしれない、そこまで深く関わらないまでも、隣近所にこんな闇を抱えた人物が棲んでいるかもしれない、そんな薄気味悪さと怖さを、この本は教えてくれる。

  • 今年の1冊目。宮﨑勤、酒鬼薔薇聖斗をはじめとした10-30代による平成の事件を、個々の異常性、内因性ではなく「外因性」によって紐解く1冊。戦後の消費社会、陽に重きを置く時代の空気が封印したものを論じ、事件の必然性を説く。
    文章に少々の癖を感じるものの、筆者の視点・思考に考えさせられることが幾つかあり、改めて「個々の人間のための社会」について思考する種を得た。

  • 難しすぎる問題だなー。
    宮﨑勤は残虐な許されない事をしたけど
    これを読んだら 悲しくなってくる。
    どこかで誰かが救えたんじゃないかと。

  • 100909

  • 宮崎勤事件の渾身のルポ。びっくりした。私はロリコンのアニメオタクの事件としか理解していなかったから。何か事件が報道される度に「こんなヤツ死刑」とか怒りをネットにぶちまけるような人に読んで欲しい。でも私がこういう事件の犯人を常に哀れに思うのも、やっぱり自分と切り離したいからだという気持は正直、自分でもある。憂鬱である。

  • 第一章では「世界の」でベルリンの壁のことを、第二章「憂鬱」で宮崎勤事件のことを(400ページくらい)、第三章「先端」で酒鬼薔薇事件を中心に、10代から30代の殺人事件を書いている。もう切なくて切なくて、東電OL殺人事件を思い出した。孤独は男を殺人へ、女を売春へ?泣いたよ。

  •  最良の宮崎勤解説書。これまでもこれからも、これ以上に宮崎勤についてを詳しく、また濃度濃く、描ききったノンフィクションはないだろう。
     2008.11.24-26.

  • 連続幼女殺害事件の宮崎勤の精神構造を、大きな歴史のなかで捉えようとするノンフィクション。
    正直私は最後で「うーん、そうなのか?」と思ってしまったかな。

    事件に意味づけをしようとすることが「カッコ悪い」ことだと思ってしまうのは、
    私が彼のいう「生活圏の町」で育ったいかにも典型的な若者だからでしょうかね…

    でも、この事件に肉薄したい!っていうすさまじいまでの熱意を感じて、ヤラレました。

  • 筆力、それに尽きる。
    パワフルでダイナミック。そして、真摯。

  • 1月8日購入。1月30日読了(5日間)
    昭和天皇崩御、ベルリンの壁の崩壊と時を同じくして、極東に位置する小さな島国で起きた事件は世間を深い闇で覆いこんだ。
    冒頭のベルリンのくだりはいささか冗長で鼻につく印象を受けてしまったが、本論に入ってからは夢中になって読んでしまった。精神医学やジャーゴンから隔たった位置から、ノンフィクション作家として、ありのまま、生きた筆致でありながら、冷静さと綿密さを損なわない文面は小説とノンフィクションのちょうど一番深みのある部分を速射に提供してくれていると感じた。
    この1989年は、ちょうど僕が生まれた年でもあるから、実際にリアルタイムで世間の混乱やマスコミの奔走ぶりに直面したわけではないが、僕自身、こういった人間の深層に潜む闇が見え隠れする事件や、謎の多い出来事に興味を惹かれる性質なので、おそらく年の割りにこの「幼女連続誘拐殺人事件」とその犯人である宮崎勤に関する情報を知っている。ただ、この書籍を読み、その自負が薄っぺらで、やはり興味本位以上でも以下でもない慢心に支えられたものだということに、目を覚まさせられた。
    宮崎勤というと幼女誘拐殺人=ロリコン、「ギニーピッグ」のようなスナッフ的映像を好む=異常者、部屋にある大量のビデオ=オタク、というのが僕の認識であったが、それは一面的でしかなかったのである。先天的な手の障害、生身の人間に対する強烈な生理的嫌悪、彼のおとなしく地味な性格を欠点とし、集団へ適応強制を強いる学校教育、両親の不仲、母親の過保護、それでもなんとか適応しようとして見つけた自分だけの世界「ビデオ収集」・・・そんな苦しい世界から「甘い世界」へと現実逃避させてくれる「祖父」と「鷹にい」の存在、そして彼らの喪失。
    宮崎勤の逮捕直後の写真を見たことがある。慌しく事件現場を取り囲み、おぞましい現実と対峙していた警察関係者たちの中で、彼だけがまったく違う世界を見ているように感じられたのを今でも覚えている。本書を読んだ今、こう思うのだ。あのうつろな視線は、「甘い世界」の方を向いていたのだと。

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著者プロフィール

1948 年長野県生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学時代にベトナム反戦運動「ベ平連」に参加。1985 年の日本航空123 便墜落事故を取材した『墜落の夏 日航123 便事故全記録-』(新潮社)で第9 回講談社ノンフィクション賞を受賞。2017 ~ 2021 年まで日本ペンクラブ会長を務める。主な著書に『M/ 世界の、憂鬱な先端』( 文藝春秋) 、『奇跡を起こした村のはなし』( ちくま書房)、『散るアメリカ』( 中央公論社) ほか多数。

「2022年 『手塚マンガで学ぶ 憲法・環境・共生 全3巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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