- Amazon.co.jp ・本 (459ページ)
- / ISBN・EAN: 9784167717476
作品紹介・あらすじ
1946年から51年まで、沖縄はケーキ(景気)時代と呼ばれていた。誰もがこぞって密貿易にかかわる異様な時代。誰にも頼れないかわりに、才覚、度胸ひとつで大金をつかむことができた時代であった。彼らから「女親分」と呼ばれた夏子は、彼らの上に君臨したわけではない。貧しかったが夢のあった時代の象徴だった。十二年におよぶ丹念な取材で掘りおこされた、すべてが崩壊した沖縄の失意と傷跡のなかのどこか晴れ晴れとした空気。大宅壮一ノンフィクション賞に輝いた占領下の沖縄秘史。
感想・レビュー・書評
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他作品で20数年かけたことを勘案すれば12年は短いけれども、1つのことを12年間も追い続けられるって単純に凄いなぁ...。近年は扱うテーマが変容している著者だが、丹念な資料調査とインタビュー調査は以前から変わらない。このスタンスを続けて、更なる良作を世に送り出して欲しい。
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奥野修司(1948年~)氏は、立命館大学経済学部卒、南米で日系移民調査に従事した後、帰国し、フリージャーナリストになる。2006年、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞。高校生の首切り殺人事件を取り上げた、同年発行の『心にナイフをしのばせて』は発行部数10万部近いベストセラーとなった。
私はノンフィクション作品が好きで、各ノンフィクション賞を受賞した作品の多くを読んでいるが、本書は新古書店で偶々見つけ、手に取った。
本作品は、戦後の米軍軍政下の沖縄で(密)貿易業を営み、“沖縄密貿易の女王”と称された金城夏子(1916~54年)の一生を描いたものである。
ナツコは、1916年、鹿児島県徳之島の漁師の家に生まれ(戸籍上は、1915年沖縄の現・糸満市出生)、18歳のときに、兄姉を頼ってフィリピン・マニラに渡り、マニラでは、市場で魚を売買し、糸満出身の女性たちのボス的な存在だったという。1941年、開戦の直前に帰国し石垣島に転居、1944年、台湾に疎開したが、1946年、終戦後に石垣島に戻った。係留されていた18トンの船を買い取って、海人草の密貿易で莫大な利益を得た後、新造船の高速船を購入し、精米所を建設、更に、商事会社を設立するなど、手広く貿易業を行ったが、1954年、頭部の皮膚がんで死去した。
尚、沖縄では、終戦から1950年頃まで、米軍軍政下で民間貿易が禁止されていたが、実際には、台湾ルート、香港ルート、本土ルートで広く密貿易が行われており、米軍も生活必需品を扱う密貿易を強くは取り締まらなかったという。そして、そこで活躍していたのがナツコなのである。
読み終えて、まず感じたのは、我々(私は関東地方の戦後生まれの人間である)は沖縄のこと・沖縄の歴史を本当に何も知らないということである。著者はあとがきで「沖縄には「アメリカ世」や「ヤマト世」があっても「沖縄世(ウチナーユ)」がないというが、戦後の数年間こそ「沖縄世」だったのではないか、このとき沖縄人が秘めていたエネルギーを爆発させたのが密貿易であり、その最前線を走る夏子は彼らの夢だったのかもしれない」と書いているのだが、私は、沖縄の人々の中に、琉球王国時代(或いは更に遡った時代)からの海洋性民族としての血が流れていることを再認識したし、ナツコはそうした沖縄の人々の象徴とも言える存在なのではないかと強く感じた。
また、本作品は、著者が12年間、根気よく取材をした結果世に出たもので、本作品がなければ、密貿易という性格上、歴史としては残ることのなかった内容ではないかと言われる。そうした意味で、インターネットやSNSが浸透した現在、ノンフィクション作品の意義を問う向きもあるが、その問いに対する有力な答えになる作品と言えると思う。
(2024年1月了) -
戦後まもなく、戦禍とアメリカの統治機構が固まらず半ば無秩序で物資も欠乏していた沖縄では密貿易が盛んに行われていた。イリガールな外国との品物のやりとりなのだが、同時に物がなければ生きていけない状態でもあり、すぐそばには近しく行き来していた台湾や香港があったという土地柄もあり、当初は半ば警察も目こぼしし、アメリカ軍も薬莢や食料などあり余るものがくすねられるぶんには、それほど重大事とはされなかったなかで成り立った一時の夢のような時代。現代にしてみればすごい高額の金が湯水のようにやりとりされ「ケーキ(景気)時代」とも呼ばれた時代。著者などは、唐や日本、アメリカと時の統治者に翻弄されるのが常の沖縄にとってつかの間の「ウチナー世」だったのではないかなどとも書いている。
そんな時代の寵児ともいうべき女傑が金城夏子……ナツコだ。大男さえ黙って従うという度胸とリーダーシップ、商才に長け社会動向をみるにも敏い能力をもって密貿易の時代を駆け抜け、沖縄社会が秩序だってきた頃に38歳という若さで病死する。密貿易というイリーガルな世界のスターだから、いまや歴史の表舞台からは忘れ去られたかのような存在。そのナツコの足跡を探してまとめたのがこの本。
1946年頃から6~7年の密貿易の時代は何とも痛快。一般に、戦後の沖縄はコーラの瓶の下半分をコップに転用するほど貧しかったといわれているが、著者のいう「ウチナー世」が言い得ているような気になるほど、人々が生き生きと生きている。法なんて蚊帳の外。きょうを生きるためには密貿易だって何だってやってしまう。それが沖縄独特というべきか……、妙にゆるくてすっとぼけた感じと相まった混沌とした世界が魅力的。日本だけが例外のような、あのアジアの混沌としたなかで世の中がうねっているような感じがした。
ナツコがまた魅力的。食うためには法をおかすことにも迷いをもたないような人だったというし、貧しい人を助けもすれば人を育てもした。金が右から左へ流れていくように金を貸してもいたという。宗教や因習や男女の別などにもとらわれることがなかったとか。一方、「母」の一面をしっかりもっていたことには何だか考えさせられる。男たちを差配しながらもわが子の育ち方、行く末を心配するのは母的な目線であり、その両面をもっていたのか、もたざるをえなかったのか……。
密貿易というのは、戦禍とその後のアメリカによる統治という不条理に対する沖縄の反旗的なアクションといえるのかもしれない。その時代を先導したナツコに、何だかジャンヌ・ダルクを重ねたくなった。やがて密貿易の時代の終焉と時をほぼ同じくして彼女はこの世を去る。時代の流れのなかでナツコは密貿易の時代が終わることを読み、次の拠点となる商事会社をつくって立派に軌道に乗せたのだけど、たらればの話になるが、その商売がその後の時代を順調に生き抜けたとも思えない。若かったし、子どもを残して逝くのは心残りだっただろうけどあらかじめ定められた引き際のようにも思える。それもまたジャンヌ・ダルクの末路と重ねるといえば重なるような気がしてくる。 -
戦後の沖縄で隆盛した密貿易において存在感を示した金城慶子(夏子)について書かれた労作。
密貿易であるから公的な文書も少なく、ある程度の風化を経ないと証言者の口も開かなかったが、昭和29年に死去した夏子を知る人々は高齢化しており、「忘れ去られつつあった人物」についての発掘作業だったようだ。
文庫版あとがきによると、本が出た後で証言者が「あのときはああ言ったが、本当は違う」などと言い出したという。オーラルヒストリーの難しさだ。
取材過程を振り返る中で宮本常一の名が出てくるので著者自身も意識しているのだと思うが、『忘れられた日本人』のテイストが盛り込まれている。
海人(うみんちゅ)の生活スタイルとしての移動が夏子の人生にもあって戦前にはマニラで生活していたことを追っているし、そもそも沖縄で密貿易が広がったのも海人において移動が日常的であったという前提があるという。
そうした民俗学的な面も興味深い。
…確かに興味深いのだが、この本には興味深い題材が多すぎる。
夏子の人生、海人の生活スタイルの表出、密貿易のバックグラウンドとしての米軍と沖縄の関係、そして高齢者を取材して歩く著者のプロセス。
それらを全部盛り込もうとするので読みにくい。うまく整理するか、一部を割愛すればよかったのだと思う。 -
ほぼ公文書への記録がない人の話の情報をここまで集めるとは、その執念に脱帽。あまりにも波瀾万丈なので、先が気になり一気に読み切った。
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終戦後の沖縄で5年間くらい盛んだった密貿易。その女王と呼ばれたナツコを追ったノンフィクション。
歴史にほとんど残っていない密貿易について、丹念な取材でここまでまとめた奥野修司さんがすごすぎると思う。本文にもあるが、このタイミングで取材してなかったらおそらく当事者たちはほとんど死んでしまって、歴史の闇に消えてしまったことでしょう。
アメリカ軍が沖縄本島にしか興味がなく、それ以外の沖縄の島を超適当に管理してた実態も面白いし、在庫管理しなすぎでバンバン盗まれてそれを売られちゃってたのとかもすごい。いいのか、米軍。
戦後の沖縄の歴史としても面白いし、ナツコさんの生き様、晩年の母親としての姿など、様々な角度から楽しめる本です。 -
アメリカ占領期の1946年から51年にかけて、沖縄は”ケーキ”(景気)時代と呼ばれ、そこでは終戦後の復興に必要な様々な物資を闇市場から媒介する密貿易が異常な熱気で栄えたという。本書は、”ケーキ”時代にその類稀なる商売センスを持って数多もの男を使いつつ、密貿易商として成功した金城夏子という女性の生涯を描いた傑作ノンフィクションである。
当時の沖縄でこうした密貿易が盛んで、老いも若きも一攫千金の夢を求めて、ときには船ごと海に沈むリスクも追いながら貿易に明け暮れる時代があったというのは、不勉強にして知らなかった。本書では密貿易に関わった沖縄出身、本土出身、はたまた台湾などのアジア諸国など、様々な出自を持つ関係者へのインタビューによって明かされていく。
そして何よりも娘を生みつつも商売の忙しさの中で子育てには十分な時間が取れないまま、激務がたたってか若くして亡くなってしまう”ナツコ”の運命の稀有さも心に残る。