若冲 (文春文庫 さ 70-1)

著者 :
  • 文藝春秋
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784167908256

感想・レビュー・書評

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  • 時代小説はほとんど読んだこと無かったが、ぐっと世界に引き込まれた。妻に自死され義弟に怨まれながら絵を描くという澤田瞳子さんの若冲像が生々しい。

  • 奇矯な絵で人々を魅了した伊藤若冲。
    取憑かれた様に彼を作画にのめり込ませるのは、贖罪の思いなのだろうか。
    彼を憎み、贋作を描き続ける義弟・弁蔵に描かせるものは激しい憎悪である。
    若冲は弁蔵に追われ、弁蔵は若冲を追い、さながら光と影のように、または撚り合わさった縄のように存在する、二人の絵師と、作品たち。
    知らぬ間に、お互いがなくてはならない存在となっていったのではないか。
    長い相克の末に、理解に似た境地に至ったのではないか。
    影から見つめる、若冲の妹・志乃の視点だが、兄に寄り添い、弁蔵を慕い、「見届ける者」として確かな存在感がある。
    若冲を失った弁蔵の慟哭は悲しいが、二人の絵師の長い愛憎を浄化させるものだったかもしれない。

  • 冷たい風が足元から這い上がってくるような寂しさを感じた。特に親交を結んだ数少ない友人の池大雅が亡くなって以降の老齢期の若冲の姿は寂しくて悲しくて。でもまだ自分に向き合う姿が彼の真の強さを物語る。
    一気に読ませる大作。いい話だった。

  • 逃げに逃げるずるい若冲、父に重ねて読んだ。これはなき母からの励ましなんだ。

    「美しいゆえに醜く、醜いがゆえに美しい、そないな人の心によう似てますのや。そやから世間のお人はみな知らず知らず、若冲はんの絵に心惹かれはるんやないですやろうか」

    「あいつの心根の弱さに怒り、殺したろかと考えたことかてあります。そやけど今になってみれば、きっとあない弱虫やったからこそ、人間のよい所もあかんところもよう見えた。そやさかいほかの絵師が描けへん薄汚い人の心を、そのまま絵にすることが出来たんやと分かります」

  • 題名の『若冲』とは伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)(1716年―1800年)という江戸時代の画家を示している。
    「伊藤若冲とは?」とでも問われたなら「京の錦小路に在った<桝源>(「桝屋」の歴代当主が「源左衛門」を名乗ったことから定着した屋号であるという)という青物問屋(野菜等を商う店)の後継者であったが、画業に打ち込んで制作を続け、40歳の頃に家業を弟に譲って隠居し、絵画制作を専らとするようになる。85歳で他界するまで旺盛な制作を続けており、独特な作風で知られている」という程度の回答になるであろうか。
    この「伊藤若冲」の上述の「問と答」に対して、多くの作品が遺って挿話が幾分伝わる他方で不明な事柄も多いことから、作者が想像の翼を羽ばたかせて、「芸術家・若冲の生涯の物語」を創って綴ったというのが本作『若冲』であると思う。
    長篇の章のような8つの篇が集められた一冊である。8つの篇は、各々に文芸誌で順次発表されており、8つが集まった単行本が登場し、やがて文庫化されている。今般、その文庫を視掛けて入手し、愉しく読了したのである。
    8つの篇では、各々に若冲本人、または若冲の身近で暮らしていたという、年齢が大きく離れた妾腹の妹である柴乃が中心視点人物となって展開している。長い若冲の生涯、何度か在った、若冲の人生にとって大きな意味を持った出来事が各篇で展開する。そして全体で「芸術家・若冲の生涯の物語」を成し、その「芸術家の生き様」が読者に迫るのである。
    冒頭の篇では、「桝屋の源左衛門」を名乗っている「若冲」が制作に没頭する様が最初の方に登場する。人を寄せ付けずに画を描き続ける芸術家という様相なのだが、ここに或いは「驚くべき創作」が在る。若冲に関しては「妻帯していなかったらしい」というのが定説だ。が、何代も続いた商家の後継者として妻を迎えた経過が在り、商売を脇に画に夢中だった若冲の他方で母親との人間関係等で苦しんだ妻が自殺してしまい、その一件の後に若冲はますます引き籠って画に打ち込むようになったと設定されている。そして死んだ妻の弟という人物が登場する。この死んだ妻の弟が、物語を貫くキーパーソンということにもなって行く。
    8つの篇には、同時代である18世紀の京で活動した様々な人達も登場して物語を彩っており、そういう中で各々に挿話が展開していて甲乙は点けがたい。が、制作に打ち込んで行くようになって行く経過が出て来る最初の篇や2番目の篇、そして作中時間のその時点で存命な劇中人物達が集まって一寸した騒動になる最後の篇―若冲自身が他界してしまって、四十九日の法要が行われている…―が殊更に記憶に残る感だ。
    18世紀の京で活動した様々な人達も登場する各篇だが、「18世紀の四条通界隈」を中心とした街の様子の描写も秀逸だと思った。当然、現在とは様子は異なる訳だが、18世紀頃の地名が現在も受継がれていて、京都を訪ねて少し時間を割いて歩き廻った記憶が在る場所が色々と登場する。
    また、7月に本作を読んでいたが、7月は祇園祭の時季だ。江戸時代の暦では6月ということだったようだが、祇園祭の時季の挿話も入って、それも興味深く読んだ。天明年間に京の街の広い範囲が損なわれた大規模火災が発生している。そういう時期の挿話、そして火災で損なわれた山鉾を順次再興したという時期の挿話が在って、物語の“本筋”と半ば並行的に愉しめる内容だった。
    飽くまでも制作する自身のために創るのか、観てくれる多くの人達のために創るのか?若冲は寧ろ前者に寄りながら、不器用に己の心の中と向き合って創作を続けたというようなことが、本書の描く「芸術家・若冲の生涯の物語」かもしれない。
    京都に所縁が深いという、何作か作品に触れていた作家の作品であったことに、本書を読んでいた途中で気付いた。「〇〇さんの作品だから…」ということでもない。現在とは様相が違う「18世紀の京」は、「或る意味でファンタジー」だが、それでも、「或る芸術家の生涯の物語」として何か迫って来るようなモノを感じた。
    好評を博したということだが、それも納得な秀作だ。広く御薦めしたい。

  • 名だたる代表作の描写が想像を掻き立て、詳細を求めてネット検索してその作品を見ながら読んだ。設定が面白い。若冲の明らかに逸脱している作風に対する考察にストンと腑に落ちるものがあった。
    著者の作品を読むのは初めて。同志社大学で史学の修士号を取得されてるという著者ならではの作品はこれからも読んでいきたい。

  • 史実とは異なると思うが、とても面白い小説に仕上げている。著者は京都で学んだおかげで絵に対する造詣も深いのか。絵に対する描写も細やかで、物語が真に迫る。若冲が、なぜ独特の奇矯な絵をなぜ描けたのか、独創的な想像力で物語に仕上げている。しかもただ、単に面白い物語だけではなく、もしかしたら筆者が絵の中に見た若冲の姿は、本当に若冲のなかにあったのではないか、と思わせる。最後の弁蔵の独白。「美しいがゆえに醜く、醜いがゆえに美しい、そないな人の心によう似てますのや。そやから世間のお人はみな知らず知らず、若冲はんの絵に心惹かれるんやないですやろか」

  • 連作短編集?という気もしなくもない。
    若冲の隠居の頃から、八十を超す高齢での死の後までが、間歇的に描かれている。
    短編間では描かれる時間に少し間があるが、その間何があったのかはわかるように描かれている。
    物語の結末は、こう言っちゃ何だが、半ばくらい読んでいくと見えてくる気がする。
    けれど、その結末に向かって、じっくり、丁寧に描いていくのがこの作家の特質yのような気がする。
    周到な書き方はは「枡屋源左衛門」から「茂右衛門」を経て、「若冲」と呼び方を変えていくことにも表れている。
    こういった細かい事実が、説得力を生んでいる。

    京都の老舗の野菜問屋の主人であった若冲。
    生来の弱気から、母にいびられて自殺に追い込まれた妻を救うこともできない。
    妻の弟、弁蔵から激しい怒りを向けられ、若冲の贋作絵師として生涯、彼を追い詰め続ける。
    自分の苦しみに沈潜し、固執して作品を描き続ける自身に、やがて若冲は苦しみはじめ…というお話。
    生涯にわたる義弟との確執は、恩讐の彼方に、といった感じ。

  • 解説で「史実で証明されていないことは、どのように描いても許される。」と書いてあるが、本編に描いてある若冲の生涯の解釈は好きではない。どんな因縁があろうと、若冲の絵が贋作師を意識し、それによって高められたかのような解釈は納得いかない。もやもやする。

  • 【若冲の奇妙にして華麗な絵とその人生。大ベストセラー文庫化!】緻密な構図や大胆な題材、新たな手法で京画壇を席巻した天才は、彼を憎み自らも絵師となった亡き妻の弟に悩まされながら描き続ける。

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著者プロフィール

1977年京都府生まれ。2011年デビュー作『孤鷹の天』で中山義秀文学賞、’13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で本屋が選ぶ時代小説大賞、新田次郎文学賞、’16年『若冲』で親鸞賞、歴史時代作家クラブ賞作品賞、’20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、’21年『星落ちて、なお』で直木賞を受賞。近著に『漆花ひとつ』『恋ふらむ鳥は』『吼えろ道真 大宰府の詩』がある。

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