不動智神妙録 (現代人の古典シリーズ 7)

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  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784192422116

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  • この作品は、徳川秀忠・家光の兵法指南役だった剣豪柳生宗矩に宛てて、臨済宗禅僧沢庵が、剣と禅の融合を説いた書簡集です。歴史上の有名人たちの関係が興味深いだけでなく、「心が何かに捕われないこと(=不動智)」の大切さなど、今にも通じる普遍的な哲学に溢れた良書です。「The Unfettered Mind: Writings from a Zen Master to a Master Swordsman」というタイトルで英訳もされ、外国の方々にも読まれている、日本人が世界に誇れる著作のひとつだと思います。

  • 著者の沢庵和尚は戦国末期に生まれ、徳川家光から諸宗・諸寺取り締まりの職につくよう乞われながらも断り、権力からの独立を保った。
    この本は大目付柳生但馬守など当時の剣術、兵術家に宛てた文で構成され、仏法をベースに剣術、義など武士道の根幹となる奥義を解説する。

    ・・・心を臍下丹田に置くのは初心者であって高い境地にあるものは心をどこにも置かないものだ。そうすれば心は身体いっぱいにのびのびひろがる。そして必要に応じて自由に動く事ができる。心はどこにもとらわれず無念無心であること、自らが空であること。どんなこともやろうという心がないと何もできないが、やろうとするとそこに心が止まってしまう。これを止まらせずにやるのが名人。

    欲・生命・義を比較した場合、人は義を重んじるが、本当に義に生きるとはどういうことか。名誉や功名を求めるのは欲から出る。恩に報いるというのは心の誠から出る。

    義の本質は天の理、道理。徳・道・仁・義・礼といったものは皆同じもの。眼耳鼻舌身意から得るものは欲であるから身体は欲の塊といえる。その身体の中に無欲を本質とする部分はあるが欲の陰にかくれて表面に出にくい。

    更に五蘊(色受想行識)について述べる。肉体が感覚を得て判断し願望を作りそれに向かって行動する。識とは欲なのだ。この五蘊の身体の奥に無欲で正直な中心「まごころ」が隠れている。これを物差しとして全てのことを行うとき義に叶う。

    欲の力をかりないと行動はとれない。その際に無欲で正直な中心「まごころ」を物差しとし正しい力を発揮することだ。
    相、性、体、力、作が揃って因縁があるとき思いのままに事は成る。

  • 剣の道、不動の心、知恵、古のマスターが残された珠玉のお話

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著者プロフィール

沢庵宗彭(たくあん・そうほう):1573-1646年。安土桃山時代から江戸時代前期にかけての臨済宗の僧。大徳寺住持。父は但馬国守・山名祐豊の重臣・秋庭綱典。柳生宗矩と親交を結び、徳川家光に近侍した。沢庵の剣禅一如の思想は、剣術以外にも影響を与え、槍術の一指流や柔術の起倒流乱などを生んだ。

「2023年 『不動智神妙録/太阿記/玲瓏集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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