作者の歴史漫画の中でも高く評価したい一冊、鎌倉三部作。
連作の醍醐味に、日本の変革期・鎌倉の時代と位置が厚みを齎(もたら)す。
作者真髄の、悪役の魅力と深遠を表現するに相応しい、公暁の源実朝暗殺事件(「篠の小笹」)。
才知に長けた秀麗な仮面に潜む彼の心の揺れは、京に対する鎌倉の基盤の不安定さを示唆する。
実朝を討った後、後悔する筈がないと断言しながら、無意識に近く呟いた痛みの台詞が特筆。
故郷を離れた年月に、己の内から失われたものに気付く横顔が堪らない。
学界の認識では、公暁と乳母一族・三浦氏の起こしたクーデター未遂事件とする見方が有力らしい。
乳母制度は政界の裏を解く重要な縦糸であり、養君の身辺の全権を握ることで、延いては天皇家や将軍家の側近として権力を手中にする背景がある。
そうして三部作を通して語られる、三浦光村と源頼家の娘の悲恋は、一時のものでない分、痛々しさが増す。
二作目「花の根問」で、幕府安泰のために仲を引き裂かれた晩、最後に彼女を抱き竦め、少年時代の幼名を捨てた光村。
直接的な場面は無いが、一度だけ口接けて別れたであろう二人は、密やかな愛情を抱いたまま互いを見守っていたに違いない。
完結編「なよ竹矢来」にて、近過ぎた子供の頃に比べ、遠さの感覚が掴めないかの如く不器用に余所余所しくなるも、心中ではずっと大切に感じ合う様が切ない。
彼の傷心を安らがせ、妻となる珠音の献身も愛らしい。
(岩泉舞「七つの海」『たとえ火の中…』で、三浦氏滅亡に際し出家して生き延びた姫と、尼となって生き残った珠音の姿がふと重なった。)
宝治の乱で、自ら顔を切り刻み自刃して果てたと伝わる光村の心境を、姫への想いに繋いだ展開は、連作の積み重ねをもって苦い後味を残す。
権威の象徴と権力の安定は持ちつ持たれつの関係であり、尚且つ画然たる区別がある。
頼朝の直系という権威が途絶えた鎌倉幕府が、御家人間の権力闘争と混迷に陥るのも必然的な帰結なのかもしれない。
幻想譚「岸の浦」も良い。
後味は悪くなく、然りとて甘いわけでもない読後感が、妙に快い。