汝を子に迎えん: 人を殺めし汝なれど

著者 :
  • 河出書房新社
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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309011264

感想・レビュー・書評

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  • この本で語られる、一人の迷える青年の魂を救おうとする女性牧師の献身的な姿勢は、精神性の高さからも共感するし、見習いたい箇所も多くあったのは事実。だけど、なにか霧のようなもやっとしたものが頭から離れない。

    でも、何がもやもやしているのか、冷静に考えれば、それははっきりと姿を現す。
    この女性牧師が、あくまでこの殺人犯を中心に救おうとしているのに、激しい違和感がある。まず救うべきは、殺人犯の凶刃によって命が奪われた3人の、残された家族ではないのか。
    この本では、加害者の救済と死刑制度の是非に重心が置かれ、犯罪被害者の救済は後回しにされている。家族の命を無残に奪われ、生活を破壊された者の魂の救済は、キリストに仕える者としてどう考えるのか?

    こう考えると、女性牧師の善行も、私の中では霞んでくる。殺人犯へは徹底的に心を寄り添わせようとするのに、被害者の家族へは「どうか許してください」というように、一方的な負担というか義務を課そうとしていると読める。だから、女性牧師がこの殺人犯へ“肩入れ”すればするほど、自己満足と自己陶酔に陥り社会通念から外れて行ってるのでは、という疑念が湧く。

    殺人犯の更生の可能性に多くのページが割かれる一方で「どんな償いといわれても…ぼくは二人の命を返してほしいだけですから…」と言う何の罪もない妻と3歳の子どもの命を突然奪われた夫のこの言葉に対して、女性牧師も、殺人犯も、この本では何も答えと言えるものを示せていない。

    前に、大阪のラジオ番組で興味ある発言を聞いた。マンガ「家栽の人」で、ある罪を犯した少年に家裁判事が「くよくよするなよ」と言ったことに、パーソナリティーが反論して言った。「そうじゃないだろ。くよくよしろよ。自分が犯した罪について、一生かけて考え、悩み続けろよ。人の命を理不尽に奪っといて、自分だけがケリ付けようとするなよ」というような趣旨。
    ズレた「優しさ」「思いやり」がはびこる今、こういう意見は勘違いした人たちがすぐ叩いてくるけど、至極真っ当と思う。償いとか反省という言葉はこの本の場合、自身の魂をえぐり出し相手に示すかのごとく使われるべきはず。でも、女性牧師からも殺人犯からも、自分たちの平安ばかり祈ってるようにしか思えない。他人の平安を強奪しといて…

    カラマーゾフの兄弟で「いたいけな受難者の何のいわれもない血潮の上に打ち建てられたような幸福に甘んじて、永久に幸福を享受するだろうなんかという考えを、おまえは平気で認めることができるか?」と弟に問うて、人々の欺瞞に満ちた神への信仰を嘲笑ったイワンの心境が心をよぎる。
    (2012/6/19)

  • きっかけは新聞に掲載されたコラムだった。少年刑務所を出所した
    青年は大金を掴んで遊んで暮らそうと考え、姫路市と神戸市の
    民家へ押し入る。そこで母子ら3人を殺害する。

    青年が何故、残虐な犯行に至ったか。その背景には両親の愛情
    を知らずに育ち、非行へ走ったとの背景があった。

    コラムを読み、裁判を待つ青年に手紙を出したのは女性牧師。
    これまでも冤罪の可能性がある死刑囚の支援を行っていた。

    だが、今回は違う。冤罪ではない。面識もない3人を殺害したの
    は、まぎれもなくこの青年なのだ。

    愛を知らない青年に、「隣り人」として手を差し伸べ、厚生を
    促すことが自分の役目ではないのか。

    女性牧師と、殺人犯の青年の交流を描いたのが本書。なのだが、
    ノンフィクションでありながら、登場する人物はすべて仮名である。

    幼くして実母は出奔し、父の下で育つがその父も数年後に事故死。
    頼った実母は既に青年に母の愛情を向けてくれることはなかった。

    親への甘え。異性への恋愛感情。青年が成長する過程で経験し
    して来なかったことが、女性牧師へと向けられる。

    反抗・反発もある。時には拘置所から「あなたを利用していただけ
    だ」と書かれた手紙が届く。面会に来ても会わない。文通は止め
    だ。それでも、青年は徐々に女性牧師とその伴侶に心を開き、
    ふたりの養子になることを受け入れる。

    牧師夫妻に対しての批判も当然あった。どうしてあんな残虐な
    事件を起こしたものを救おうとするのか。それはあなたたちの
    重荷になるのではないかと。

    信仰を持たない私には分からない部分もある。でも、人が人を
    救いたいと思う気持ちは理解出来る。

    そういうと「では、被害者の立場はどうなるか」と言われるんだ
    ろうな。勿論、一番苦しいのは、愛する者を奪われた被害者
    遺族であろう。

    あまりにも自己中心的な理由で取り返しのつかいないことを
    した。犯してしまったことは元には戻せない。だが、自分の
    したことを悔いる心を育てることは出来るんじゃないかと
    思う。

    本書は1997年の発行。その前年、青年は最高裁で死刑が
    確定。2003年9月12日、死刑執行。42歳での刑死であった。

    のち、彼の遺骨は女性牧師に引き取られた。

    殺人者の心の更生と、死刑制度を考える1冊。

  • (1999.11.02読了)(1999.09.25購入)
    人を殺めし汝なれど
    (「BOOK」データベースより)amazon
    これからはわたしが陽一君の母親になります。幸福に暮らす三人の人間を惨殺してしまった犯人と、彼をまるごと受けとめて養母となり、更生を促す一女性の愛情あふれる姿をとらえ事件の社会的及び家庭的な背景と死刑制度への疑問を描くノンフィクションの話題作。

    ☆関連図書(既読)
    「ルイズ」松下竜一著、講談社、1982.03.10

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著者プロフィール

歌文集『豆腐屋の四季』でデビュー。豆腐屋を14年間続けた後、1970年、"模範青年"を脱皮して、作家宣言。生活(いのちき)の中の小さな詩を書き綴ったエッセイと、重厚な記録文学を書き続ける。「暗闇の思想」を提唱して豊前火力反対運動・環境権裁判を闘い、『草の根通信』を31年間発行、反戦・反核・反原発の闘いに邁進する。その闘いの原点は『豆腐屋の四季』にある。弱い人間の闘い方とは、局面負けたとしても、自分を信じ、仲間を信じ、未来を信じることである。3.11福島原発事故以後、若い世代にも「暗闇の思想」が読み直されている。「だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」

「2012年 『暗闇に耐える思想 松下竜一講演録』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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