- Amazon.co.jp ・本 (174ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309024165
感想・レビュー・書評
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ネンレイズム
おばあちゃんに憧れ、おばあちゃんっぽい恰好をし、シルバーカートを押す村崎紫(ムラサキユカリ)18歳。自分のことを「ワシ」と呼ぶ。自称68歳。
親友、紫優香里(ムラサキユカリ、同じ名)は、今を生きたい年相応の女子。二人のユカリは年齢に対する考え方が違う。
徐々に年をとりたい、スカート男子加藤君。大人になるのを焦るつもりもない自称9歳。
風変わりな高校生同年の三人が友情を育んでゆき、公民館の編み物教室へ通いだします。おばさんやおばあさんといわれる年齢の婦人との絡みが面白かった。年配の女性は眼鏡に凝るんだなあ、と感じた。かぎ針編みと棒針編み、懐かしい。初心者はかぎ針。少し上級になると棒針でマフラーを編む。小学生のとき流行りました。
途中、なんと優香里が懐妊する。思わぬ展開、相手は加藤君。なのに次々襲う悲劇。
ストーリー展開というより、年齢に関して二人のムラサキユカリの考えの対話が、こちらに訴えかけているようで、それはきっと著者の意図で。
男女、世代の違いがあると、「やっぱり違うから」、とカテゴライズの中で考えてしまうから、取っ払わなくては、と思った。相手の年齢を知ることは、背景を知ることであり大切でもあるのですが。
ほっこりしたがどこか哀しさもあった。
開かれた食器棚
鮎美と園子は幼馴染。二人とも結婚し、30代後半になり園子の自宅の一部を改装し「ハワイアンカフェ」を開く。鮎美の愛娘菫(すみれ)は染色体の障害を持つ。
園子は菫にカフェを手伝うように促し、鮎美、菫に自信をつけるきっかけを与える。二人の友情、菫を見守る姿が素晴らしいと思った。
二つとも、価値観、どのように時間を過ごすか、何を持って幸福を見出すか、問われているような作品だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
久しぶりのナオコーラさん。
内容を知らないまま図書館で借りた。
2つの物語。
「ネンレイズム」は一風変わった3人の高校生の話。
性別や年齢を越えた趣味思考。
「開かれた食器棚」は仲良し主婦がカフェを始めたって話から入り、実は合併症の娘の話。
2つとも、凄く捻られた話でナオコーラさんらしいのかな。 -
年齢やジェンダーに対する差別への筆者の想いを感じた。サラッと読めます。
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おそらく初山崎ナオコーラ。期待しすぎたのかもしれないけど、おもしろさは感じられず。次読むか悩むところ。
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山崎ナオコーラの小説は、いつも「私を束ねないで」と訴える。本作ではまず「年齢」による区分を問う。
常識や先入観をそのままにせず、ほぐして開いてみせる。その手つきは、作品を重ねるごとにやさしくなっている。強いメッセージが物語によく馴染んで、浸透力を増している。
やわらかい空気の中で、自由についての哲学が研ぎ澄まされていく小説。「個人の尊重」を1ミリも諦めることなく、同時に自己を絶対視する教条主義にも警戒する。ときに揺らぎ変化する「個」の多様性が最大限尊重される倫理を探る。古今の自由論が密かに編み込まれている。
こんなにふんわりとしたタッチで、ここまで書けるのか、ここまで迫れるのかと驚きながら読んだ。一見かわいらしいが、ラディカルな哲学小説だ。
作家は慎重に選んだ言葉で、世界を書き換える。私たちは、更新された世界を生きよう。 -
この前も借りてきたのに期限内に読み切れず泣く泣く返却した山崎ナオコーラさんの「ネンレイズム・開かれた食器棚」、読み進めてすぐに私の勤めている下北沢のブリキボタンになんだか似ている くるみボタン という名前の喫茶店が出てきてドキッ。
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最近、性別の鋳型を当てはめられたくないけど親でいたいという欲望は世間的に許されないと、まざまざと見せつけられる気持ちでいたので、親になったからといって男とか女になるわけじゃないと書いてあって救われた。