ワイルドフラワーの見えない一年

著者 :
  • 河出書房新社
3.63
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本棚登録 : 349
感想 : 39
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  • Amazon.co.jp ・本 (191ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309024929

感想・レビュー・書評

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  • 50作の掌編集。長いものでも十数ページ、一番短い「バルテュスの「街路」への感慨」にいたっては、わずか一行、もとい、タイトルよりも短い僅か六文字(でも笑っちゃう)、さらに「水蒸気よ永遠なれ」は大変実験的な作品となっており(?)ぜひみなさんご自身で確認してほしい。

    他にも実験的というか、物語や登場人物の定型化に対するアンチテーゼというかパロディというか、既存の概念を「おちょくっている」かのような作品も多々ありとても面白かった。たとえば「少年という名前のメカ」では、いろんなアニメや漫画の中でいかにも「少年」がやらかしそうなことを、「少年という名前のメカ」が償ってまわる。彼は「少年に傷つけられた人間たちの心のケアのために開発された」メカなのだ。

    「ボンド」では、大勢のセクシーな女性たちが一堂に会して交流パーティーを開いている。彼女たちの共通の話題はある一人の男のこと、その名は「ボンド」そう、ご存知007、ジェームズ・ボンド、つまり集まった女性たちは全員ボンドガール。

    その他、ジェンダー問題だのフェミニズムだのというと大げさに聞こえるかもしれないけれど、そういったもろもろについてチクリと皮肉を効かせた作品が多いことが目立っていたように思いました。「あなたの好きな少女が嫌い」「女が死ぬ」「この国で一番清らかな女」「男性ならではの感性」「履歴書」など。

    たとえば「あなたの好きな少女が嫌い」では、あなたの好きな少女のパターンがいくつも例として繰り返される。

    “あなたの好きな少女は太らない。あなたの好きな少女は嘘のように体が軽い。あなたの好きな少女は頭以外に毛が生えない。どこもかしこもすべすべのつるつるだ。ふくらみはじめたばかりの小さな胸は、あなたを怯えさせることもなく、脅威にもならない。”

    “あなたの好きな少女は、あなたの中で大量生産されていく。まるでヘンリー・ダーガーの絵のように、あなたの好きな少女は異形だ。わたしはそう考えるが、だけどそれがあなたにとっての正統派の少女であり、それ以外の少女はあなたの目には映らない。”

    「女が死ぬ」では、ありがちな映画の筋として女が死んだりレイプされたりするパターンが延々と羅列され「女が死ぬ。ストーリーのために死ぬ。女がレイプされる。ストーリーのためにレイプされる。我々はそれを見ながら大きくなる」と締めくくった後で現実に死にかけている女が登場する展開を見せる後半に続くが、前半の執拗さが圧巻。

    “女が死ぬ。プロットを転換させるために死ぬ。話を展開させるために死ぬ。カタルシスを生むために死ぬ。”“女が死ぬ。彼が悲しむために死ぬ。彼が苦しむために死ぬ。彼が宿命を負うために死ぬ。彼がダークサイドに落ちるために死ぬ。彼が慟哭するために死ぬ。”

    “女がレイプされる。彼を怒らせるためにレイプされる。彼の復讐心に火をつけるためにレイプされる。空に向かって咆哮させるためにレイプされる。カーチェイスさせるためにレイプされる。アクションさせるためにレイプされる。敵をじわじわと追い詰めるためにレイプされる。敵のアジトを爆破する気分にさせるためにレイプされる。敵を殲滅する気分にさせるためにレイプされる。”

    「男性ならではの感性」は、作中の「男性」という言葉をすべて「女性」に置き換えたら途端に荒唐無稽なフィクションが、ただのノンフィクションになるという、一見シンプルな構造だけど痛烈な皮肉が込められた作品。

    “男流作家は、これは今まで誰にも言ったことはなかったのだがと、小学生の高学年の頃、同級生たちよりも発育が早かったので、膨らみはじめたペニスのサイズをいつも冷やかされたのがつらかったと打ち明けた。”

    “しかもペニスのサイズを茶化されたり、ジョークの種にされたりした際に、男性モデルや男性タレントたちが怒りを表明せず、笑って受け流している姿がテレビ等で繰り返し流れるせいで、我々男性の日常生活にも弊害が出てしまう。男性のペニスは見て楽しむものであるという間違った意識が世の中に植え付けられてしまったのだ。”

    過激だけれどこのペニスの部分をバストに置き換えれば日常的に起こっていることなわけで、いろいろと考えさせられてしまいます。

    ※収録
    星月夜/ボンド/少年という名前のメカ/英作文問題1/あなたの好きな少女が嫌い/お金/ヴィクトリアの秘密/You Are Not What You Eat/スリル/神は馬鹿だ/バルテュスの「街路」への感慨/ナショナルアンセムの恋わずらい/水色の手/この場を借りて/女が死ぬ/パンク少女がいい子になる方法/いい子が悪女になる方法/ワイルドフラワーの見えない一年/猫カフェ殺人事件/We Can't Do It!/TOSHIBAメロウ20形18ワット/ハワイ/この国で一番清らかな女/英作文問題2/拝啓 ドクター・スペンサー・リード様/水蒸気よ永遠なれ/人生はチョコレートの箱のよう/みつあみ/ナショナルアンセム、間違う/ミソジニー解体ショー/ケイジ・イン・ザ・ケイジ/英作文問題3/男性ならではの感性/GABAN1/GABAN2/武器庫に眠るきみに/履歴書/野球選手のスープ/テクノロジーの思い出/バードストライク!/ナショナルアンセム、ニューヨークへ行く/フローラ/週末のはじまり/反射/娘が恋人と別れると/若い時代と悲しみ/ベティ・デイヴィス/リップバームの湖/文脈の死/魔法

  • 短編集。男女・性差別、フェミニズムやそれぞれの役割についてをテーマにしたものがけっこうあって、考えさせられました。本当に「で?」っていうような、面白い短編もあった。ユーモア溢れるお話ばかりで楽しめました。吹き出して笑ってしまう話ばかりなので外では読めない。

  • アイディア勝負の一発芸満載。ジェンダーあるある、ポジティブあるある、等をベースに、褒め殺しあり、瞬間芸あり。活字にしかできないことはまだまだある。そんな感想を持つぐらいに楽しませてもらいました。

  • 良いわ。良い。

    どのページ開いても圧巻させられる。

  • 松田青子さんの他作品が面白かったので、読んでみました。
    ショートショートですね。

  • なんだか、凄い本に出会った感じ!
    星新一のショートショートより、さらにショートあり。
    クスッと笑ったり、考えさせられたり、ぞくっとしたり、次はなんだろうとめくる手が止まらなかった。

    特に面白かったのは、
    「ボンド」
    「男性ならではの感性」
    「猫カフェ殺人事件」
    本のタイトルの
    「ワイルドフラワーの見えない一年」
    そして最後の「魔法」

  • 短編集。
    いくつかの小説に関連性があったり、時々ショートショートより短い一文が挟まったりする。
    相変わらず不思議な世界観だが、テンポがいい文章で読みやすい。


    以外特に面白かったもの。

    ・あなたの好きな少女が嫌い
    日本のアニメなどを見ていると黒髪ストレートに白ワンピ(もしくは女子学生の制服)が正統派少女像みたいな前提が存在するのを感じる
    ポトレ撮影が目的でもなければそんな機能性に欠ける格好をしている女性がいるとは思えないような場面でもそういう格好をした少女が微笑んでいる画が多く、でもこういう少女を好む人たちは“自分を美しく撮影するために装う女”は嫌いなんだろうなぁと思う。

    ・女が死ぬ
    瀕死の重傷を負った女性に行きあった人々。悲劇のヒロインであるその女性になにかしてあげようと声をかけるが、彼女はヴァギナ論を語りだし…
    冷蔵庫の女という言葉が登場して久しい。
    しかし未だにストーリーに一波乱起こすために男性主人公に試練を与えるために、女性キャラクターが死んだりレイプされたり流産させられたりする。

    ・男性ならではの感性
    ミラーリング。

    ・履歴書
    普通に働いているのに“女の子”としての役割しか求められない女性の履歴書。
    「10年働いても、一度もち ゃんと「仕事」だった気がしない。いつもいろんなことがよくわからない。 次の10年も、よくわからない10年だろう。」

    ・テクノロジーの思い出
    人類とともに発展してきたテクノロジー。
    並走していると思っているのは人間だけで、テクノロジーは振り返らずに進んでいく。

    ・反射
    物語のしっぽを捕まえるにはタイミングと運が必要

    ・若い時代と悲しみ
    「若い時代と悲しみ」という花言葉を知ってから考えるようになった主人公の独白。たぶんこの花はサクラソウ。

    ・文脈の死

  • 文庫になった『女が死ぬ』の改編前が読みたくて。

  • 暗喩が多く、くすっと笑えるものや、わかるわかると激しく同意するものがある一方、何のことやらさっぱりわかりませんというお話もたくさんありました。
    巻末にこっそり注釈があると嬉しかったかも。

  • 立山

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著者プロフィール

作家、翻訳家。著書に、小説『スタッキング可能』『英子の森』(河出書房新社)、『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社)など。2019年、『ワイルドフラワーの見えない一年』(河出書房新社)収録の短篇「女が死ぬ」がシャーリィ・ジャクスン賞候補に。訳書に、カレン・ラッセル『狼少女たちの聖ルーシー寮』『レモン畑の吸血鬼』、アメリア・グレイ『AM/PM』(いずれも河出書房新社)など。

「2020年 『彼女の体とその他の断片』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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