一度きりの大泉の話

著者 :
  • 河出書房新社
4.06
  • (108)
  • (104)
  • (56)
  • (10)
  • (5)
本棚登録 : 1111
感想 : 131
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309029627

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 24年組の信者としてはかなりショッキングな本でしたが、ただ受け止めるばかりです。
    良いも悪いもない、「そうなんだ…」という言葉しかないです。一度きりの、というタイトルがまた胸が痛くなります。

  • 萩尾さんの漫画は 昔々リアルタイムで読んでいた。あの頃はいろんな系統の漫画がたくさんうまれてきていて、面白かったことを覚えている。
    その萩尾さんの、あの頃のことが書かれた本ということで楽しみにしていたのだけれど、、なかなかどうして、予想を裏切ってのなかなか、ヘビーな内容だった。

    やっぱり、人間関係は難しい。
    自分を守ることも必要だし、その方法は人それぞれ。

  • 萩尾望都のマンガのファンです。昔も今もこれからも!

  • これは、ある意味どんな漫画より萩尾望都がわかる本である。
    そして、「アマデウス」をモーツァルト側から書いた本だなと思った。
    竹宮さんも優れた才能の持ち主である。
    しかし、萩尾望都は天才であって、その能力を誰よりもわかっていたのも竹宮さんではなかったか。
    そして、増山さんという漫画のミューズのような人がいて、二人に影響を与え、そのため二人が似た題材で描くことになった。もちろんパクったとかパクられたとかいうことはない。それは竹宮さんもわかっているだろう。作家として持っているものが全く違うので同じヨーロッパの寄宿舎の少年たちを描いても、全く違う作品なのは読めば明らかなのだが、(同じ情報を得た芸術家がそれをどう自分のものにして表現するか、比較するのも興味深いと思う)パッと見似ているのは否定できない。
    そして、努力の秀才である竹宮さんが、これ以上一緒にいたら、似た題材で萩尾さんが自分より明らかに優れた作品を描く可能性があることに、言いしれぬ恐怖を感じたことは想像に難くない。竹宮さんの本を読んでいないので想像だけど、それは「嫉妬」以上のものであったと思う。
    凡人としてはどちらかといえば竹宮さんの心情の方が理解できるのである。

    しかし、こちらはモーツァルトがいかに苦しんだかが語られている。そこが、衝撃だった。

    天才でも努力しているし、作品への思い入れだってある。プライドもある。ただこのモーツァルトは、悪気は欠片もなく、とてつもなく繊細で、正直で、優しい人なのである。(そこが作品の魅力にもなっているのだが。)自分の才能を信じて人がなんと言おうと意に介せず生きていける人なら、これ程苦しまなかっただろう。

    これはどちらが悪いというわけでなく、同じ分野に才能のある、ほぼ同じ年齢の人たちが、同時期に同じ場所にいたことで起こってしまった悲劇である。
    もし、時代や年齢や場所がずれていたら、起こらなかっただろう。

    萩尾さんは、竹宮さんと別れてから彼女の作品は全く読まず、噂さえ耳に入れることを恐れ、会う可能性を徹底的に排除し(それは貴重な体験や出会いを諦めることでもあった)生きてきた。萩尾さんほどの才能のある方がそんな苦しみを持ち続けていたことにショックを受ける。
    しかし、竹宮さんは萩尾さんの作品を一つ残らず読んだんじゃないか。そんな気がする。
    そして、老境にさしかかった今、自分と萩尾さんの持っているものの違いについてより冷静に判断できるようになり、萩尾さんの才能も認め、もう一度会えたらと願っているのではないかと思う。
    けれども、萩尾さんの傷ついた心は癒えることはなく、おそらくこのまま会うことはないだろう。
    それは、もう、仕方ない。こんなことがあったと残っただけでも、ファンとしては喜ばないと。

    それにしても、深い教養と優れたインスピレーションを持ちながら、漫画家になることなく、原作者として名前を残すこともなく消えていった増山さんという人、皆を冷静に見ていた城さん、辛辣な佐藤史生、山岸凉子、木原敏江ら漫画史に名を残す作家、役者が揃いすぎていて、ドラマにしたくなるのはよくわかる。

    本書には未公開の萩尾さんのスケッチも多数あり、とても貴重な本。
    昔少女漫画を熱心に読んだ人なら、見ただけで作品を思い出す懐かしい名前がたくさんでてくる。

    山岸凉子と大島弓子についても、是非その生い立ちから人柄、エピソード、作品などについて、近しい方が記録を残しておいて欲しいと思う。

    萩尾さんの作品が素晴らしいのは、この感性があるからで、「何十年も経ってるのにこんなこと書くな」なんて言う人は作品をちゃんと読んだことのない人なので、気にしないで欲しい。これが読めて本当によかった、書いてくださってありがとうございます、という気持ち。

  • これを発表しなければならないほど追い込まれた萩尾望都先生、どれほど苦しかったことかと胸が痛む。

    当事者同士いろいろあるのは人間誰しもで、何を感じどう振る舞うかも本人の選択。
    周りが知ったように助言したり、仲を取り持とうとしたり、首を突っ込んだりすることは、本当に余計なお世話だ。

    この先、萩尾先生も竹宮先生も心穏やかに過ごせることを祈ります。

  • 「ポーの一族」や「トーマの心臓」他、多数の名作を生みだしたレジェンド漫画家の半生記、交遊録、そして悲痛な心の叫びを記した衝撃の一冊。

    読む前は、著者が若いころを過ごした東京都練馬区大泉時代の懐かしく、楽しい時代の、「トキワ荘」タイプのエッセイだろうと思っていたら、全く正反対のものだった。

    1970年代前半に同居までしていた竹宮恵子とは、現在に至るまで絶縁状態(!!)であること、著者自身はBLには興味がなく(!!)、ただ少年をキャラクターにした方が、少女を使うよりも話を進めやすいから使っているだけのことだとか、触れてほしくない大泉時代の話を最近やたら聞かれたり、ドラマ化したい等のオファーが絶えず、日常生活に支障きたし始めたので本書を出すことでその回答としたい、等々驚嘆する内容が満載。

    寡聞にして、両巨頭の関係がそのようなことになっていたとは本書を読むまで全く知らなかったため、ただただ驚いたのと、悲しい気持ちになった。

    なぜ、そのような断絶状態になったかは本書をご覧いただくとして、お二人の関係がいつか修復され、できれば共作の発表等があることを強く祈るばかりである。

  • なんでかわからないけど、昔から竹宮惠子氏のマンガが好きではなかった。絵柄もストーリーも。
    この本を読んで、なんでかわからないけどなんでかわかった気がした。
    しかし萩尾望都氏もそろそろ大人になろうね。

  • 少年の名はジルベールは数年前に買って読んでいたので、興味を持ち図書館にて。
    辛い話だが、確かに同じ環境で同じものを見て、影響は必ずお互いに受けるだろうし、作家同士一緒に住むべきではなかった、ということなのだろう。そりゃそうなるわ。

    しかしジルベールの方でも大泉時代の話は憧れを持って読んでいたので、同じ話をモー様側の視点からも読むことができて読者としては楽しめた。竹宮さんの本より詳しく生活や創作の様子が描かれているのも楽しい。電話番号と住所を教えて家を訪ねあったり、今とは違う関係・空間・時間の感覚があったのだろうなと思わせる。
    結末はどうあれ、若い頃の同じ志を持つ者同士の共同生活、とにかく楽しそう。

    前半増山さんと竹宮さんの腐女子っぷりが具体的に強調される感じになってしまっているのもちょっと面白かった。

    テレビ局がしつこくドラマ化の話を持ってくるの、よく分かる。見たいもん。

    どちらかというと自分はモー様側の性格だなと読んでいて思った。反論せずに黙っちゃうのも分かる。

    別のタイミングもあって宝塚版ポーの一族を久しぶりに観返したけど、小池先生が温めてきたポーをみりれいで演ったのは納得。どちらかというと少年愛系はピンと来ない方の私もラストのエドガーとアランの後ろ姿はグッときた記憶あり。
    ポーの一族も、大泉での生活がなければ生まれなかったのだな、と思う。

    萩尾望都が宛名書きをした手塚治虫の年賀状が存在したのだなぁ!

  • 仲直りできないこともある

全131件中 21 - 30件を表示

著者プロフィール

漫画家。1976年『ポーの一族』『11人いる!』で小学館漫画賞、2006年『バルバラ異界』で日本SF大賞、2012年に少女漫画家として初の紫綬褒章、2017年朝日賞など受賞歴多数。

「2022年 『百億の昼と千億の夜 完全版』 で使われていた紹介文から引用しています。」

萩尾望都の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×