- Amazon.co.jp ・本 (254ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309203669
作品紹介・あらすじ
1984年12月、インドの巨大化学工場から毒煙が巻き起こった。チェルノブイリに匹敵する空前の事故を克明に描く、壮大なノンフィクション・ノヴェル。
感想・レビュー・書評
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イナゴの大群が農作物を食べ尽くす。大量発生したアブラムシが
作物を立ち枯れさせる。
世界のどこにでも起こる害虫による農作物への大打撃。そして、
それが原因となる農村部の貧困と飢饉。
インドでもそんな害虫被害は例外ではなかった。農作物の収穫が
見込まれなくなった故郷を捨て、農民たちは都市を目指す。そして
スラムが出来上がる。
アメリカで生まれた多国籍企業は、農作物に害をなす虫を根絶する
為の殺虫剤の開発・販売で成功を収めた。そんな企業が市場として
見込んだのが農民5億人を擁するインドだった。
工場が出来たのはボーパール。地図ではインドのほぼど真ん中に
位置する。
インドの統一がなる以前には多くの女性君主が統治して来た町は、
仕事を求めて地方から出て来た貧困層の人々が多く暮らす町で
もあった。
ホスゲンやイソシアン酸メチル等の毒性が高いものを使用する
工場は、万全の安全対策を施して作られた。
しかし、ひとりのインド人労働者がホスゲンの影響で死にいたる
事故が発生する。
あるジャーナリストは警告する。ボーパールの工場では安全が
ないがしろにされている…と。
しかし、州政府もインド政府もジャーナリストの告発に耳を貸す
ことはなかった。後々、史上最悪の事故を引き起こす芽は、
この時からあったにも関わらずだ。
農作物を食い荒らす害虫を駆除する為の殺虫剤の製造工場は、
雇用をも生み出す「夢の工場」になるはずだった。しかし、その
「夢の工場」は徐々に「悪夢の工場」への道を辿りつつあった。 -
悲惨。
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1984年12月03日午前0時5分、インド中部の街ボーパールにあった農薬精製用化学工場で爆発事故が発生。猛毒のイソシアン酸メチルが毒ガスとなり工場近くのスラムと市街を襲い広域災害となった。確実な被害者数は未だ不明だが、1万5千人〜3万人が命を奪われたといわれている。
ボーパールに農薬工場が建設される過程から、事故に至る様子を克明に記した書。チャイルズ『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたか』(草思社/2006年)にこの事故が紹介されており、詳細を知りたかったので読んでみた。逆を言えば、これほどまでの大惨事であったのに、僕はいままでこの事故のことを一度も見聞きしたことがなかったということになる。第三諸国で発生した事故の扱いが如何に低いか、よくわかる。これが日本で起こっていたら、どんな扱いをされていただろう。ユニオンカーバイドは4億7000万ドル如きの賠償金ですまされていただろうか。それは同時に多国籍企業の起こした事故処理の難しさを示す一例でもある。
(下巻へ続く) -
大学でボパールの事故のことを知って読みました。
ボパールの事故については、企業責任のみならず、南北問題をも含んだ深刻な問題です。
人々の何気ない暮らしが、一企業の無責任な経営によって一瞬のうちに多くの命をも奪ってしまいます。
しかし、命を奪われた多くの人々はスラム街に住む人々で、戸籍すらもたない人が多くいたので、事故から22年経つ現在でも正確な死者数が判っていません。このような状態になってしまったのはインド政府の対応があまりにも杜撰だったことを物語るでしょう。
そう言う意味では人々にとって政府は何のためにあるのかという問いかけも含まれていると思います。
この本は、事故の経緯を、当事者達の聞き取りによって構成されています。なぜ事故が起こったのか、工場の働き手の当時の行動、そしてスラム街に生きる人の生活・・・。それぞれの立場の状況から、この事故を検証していっています。