性と国家

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  • 河出書房新社 (2016年11月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309247854

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性と国家の感想・レビュー・書評

  • 知の巨人・佐藤優とフェミニズムの開拓者・北原みのりの対談集。

    佐藤はこの対談を通して「自分自身の思考がいかに暴力性を帯びているかについて反省」したと語る。
    一方、北原は佐藤のことを「差別と暴力を、握り拳のなかで感じられる人」と。

    共鳴し合う二人の共通項は「獄中闘争」。

    凄まじい経験した二人が共通して語る。
    「拘束される恐怖と屈辱感」こそが差別の正体なのだと。執行猶予が終わった後、自由になった後こそが、恐怖で当時のことが書けないのだと。

    二人の対談を通して、気付かずに差別する側になってしまうことに愕然とする。
    でも、知ることが第一歩なのだ。

    自分自身の胸に刺さる、抜き難き一本の矢。差異への拘りに気が付かされる渾身の対談集。

    〈以下抜粋〉
    「反権力が好きな男性たちの興奮が気持ち悪かった」(北原)

    「逮捕されたときには、男は誰ひとりついてきてくれませんでしたよ。助けてくれたのは、三人の女性だけ」(佐藤)

    「実はある筋から、私が外務省の悪口を散々書いてるからって、それを原作にアダルトビデオ化しないかという話があって(笑)。ビデオ会社の担当レベルでは興味を示したんだけど、法務ではねられたそうです。中央省庁を揶揄したりしたら、どうなるかわからないからと」(佐藤)

    「外務省時代に付き合っていた情報関係のプロたちは、ロリコンとか女性への暴力とかをとても嫌っていました。逆説的になるんだけど、日常的に仕事で暴力を作り出す人間たちだから、私生活では魅力的な人が多かったですよね」(佐藤)

    「正義はあると考えるのと、正義を振りかざすのは大きく違うんです」(北原)

    「差別を本質的に捉えてない人が発言しても、沖縄人は冷たいですよ。琉球SEALDsに所属する大学生が『二番目の加害者は、安倍首相と日本人だ』と言いましたね。会場の一部は沸いているように見えたけど、私の周りは冷ややかだった」(佐藤)

    「夏目漱石の『坊ちゃん』の中に、『日本人はなぜすぐに謝るのか。それはほんとうは悪いと思っておらず、謝れば許してもらえると甘えているからだ』というくだりがあります」(佐藤)

    「忘れないけど許すというのが、本当の『和解』ですよね」(北原)

    「イエスが捕まったときに男たちは皆逃げちゃったんだけど、女性たちはそばから離れなかった」(佐藤)

    「日本の性売買は、どっぷり体制側。そういうシステムが当たり前のようにある世界で、男性たちもシステムの依存症になっているんじゃないでしょうか」(北原)

    「今、そういった現場の方々が力を入れているのは、1956年に制定された『売春防止法』の改正です。60年前のジェンダー観でつくられた法律は、性売買に関わる女性を保護・更正の対象としてしか捉えておらず、使われる言葉も差別的です」(北原)

    「『あなたの近い人が』じゃなくて『あなたが』『僕が』売春せざるをえないという状況になったときに『僕が』どういうふうに感じるか。そういう方向で立てないといけない」(佐藤)

    「女の運動の歴史は、無視と嘲笑との闘いの歴史だ。それが性にまつわることであればあるほど、その闘いは過酷だ。男たちは対等な議論の俎上に、女の声をのせなかった」(北原)

    「嘲笑される女から距離を保ち安全圏で正論を吐くフェミニズムでなく、嘲笑される女の横に立つフェミニストでありたいと願うようになった」(北原)

  • 慰安婦問題に関して,女性の意見をあまり聞いたことがなかったので,北原さんの発言は非常に興味深いものだった.未だに我が国では女性に対する差別的な見方が通奏低音のように流れていると感じている.これを打破する方法は,幼児教育にあるのではないと思っている.佐藤優さんの弁はいつもながら,的確で素晴らしい.矯風会の話も面白かった.

  • とあるロリペドエロ漫画を模倣し、少女に性的暴行をしていた男が逮捕され、その模倣された漫画の作者である漫画家のもとに警察が話を聞きに行く、ということが起きた。その漫画家は自身のツイッターでことの次第を説明したまでは良かったが、あろうことか一連のツイートの後に該当漫画で被害者の女児が「なんで私だけ」と言いながら泣いている場面のコマを載せた。なんで自分だけ警察に来訪されねばならないのか、ということを表現したもの思われるが、そこに被害者への配慮や心配はまったくなく、どう見ても茶化している様にしか見えなかった。そのツイートについたファンからのリプライも、「このタイミングでそれは草生えますよw」とか、被害者をなんだと思っているのか目を疑うものばかりだった。
    私は漫画もアニメも好きだし、表現規制には反対だ。残酷な描写や性的な描写は、その作品を創り上げる上で必要なものであれば規制されるべきではないと思う。ロリペドエロ漫画にしても、一部の愛好家の間だけで楽しんでいるなら問題ないと思っていた。しかし、現実に被害者が出たにも関わらず、彼女たちへの配慮もないどころか事件を面白がるようなことを言いながら、漫画への規制反対だけを声高に条件反射のように主張するオタクたちを見ていると、本当にこれでいいのかと思うと同時に、やはり(全員とは言わないまでも)日本男性の性に対する感覚は歪んでいるのではないかと思わざるを得なかった。また、作品が目を背けたいようなものでも描いている本人はまともなのだろうと思っていたが、ロリペドエロ漫画を描くような人はやはり女性を玩具にしか思っていないんじゃないか、という偏見も少し芽生えてしまった。
    前置きが長くなったがそんなことがきっかけで本書を読んでみたが、やはり世界的に見ても日本の性に対する感覚はちょっと異常なのかもしれないとは思えた。ただ、その理由を解き明かすうえでの歴史的背景、政治的・社会的分析の部分がやや少なく、従軍慰安婦や宗教観の話(それはそれで興味深かったが)が多かった。ただ佐藤優氏の女性、フェミニズムに対する考え方はうなずける部分が多く、もっと読みたいと思った。

  • フェミニストで作家の北原みのりと、元外務省職員の佐藤優の対談本。
    テーマ自体は面白いし、なるほどと思う部分も少なくはなかったとは思うのだけど、なぜか「痒いところに手が届きそうで届かない」という感覚をおぼえてしまった。

    ろくでなし子事件で連座させられた北原みのりが、その際に「反権力!」と盛り上がっていた運動家たちに違和感をおぼえた(彼らの盛り上がる角度に違和感をおぼえた)、というあたりが、個人的には深めるべき話だろうと感じたのだけど、「性(売買)と自己決定」についての議論は、なんとなく知っている話だと感じてしまった。
     悲惨な経験やとてつもない差別を体験した当事者の語りが、むしろ表面的には「差別などなかった」「さほどつらくなかった」という話として捉えられてしまうことはよくある話で、けれどもそうしたことはなかなか理解されない。それは、マイノリティー問題というか、他者理解ということについての、社会全体のリテラシーの低さの問題ということなんだろうけど、「そこから話さないといけないかなあ」という徒労感も、個人的には持ってしまう。コミュニケーション能力なるものが喧伝される社会にあって、しかし人の言葉の「行間を読む」ような能力は、実はやせ細っていっている、と思う。

    ところで、この本を読んでもどこかスッキリしない理由の一つは、やはり佐藤優の「話を合わせるのが上手すぎる」ことに起因するのだと思う。すなわち、対談をしているが、北原との間で交わされる意見に大きな相違が見られないために、やや予定調和的な運びになっていると思われるのだ。
    そして、その意見の相違のなさ(スムーズさ)が、「本当に」佐藤優が感じていることに基づいているのかどうかわからない、という点で不気味にも思えた。

    ジェンダーについての議論は、一定程度訓練を積めば、男性であっても問題発言をしないで済ませることはできる。いわば、「フェミニストに合格点をもらえる」会話というのは可能である。しかし、それが表面的な繕いであれば、こうした対談・議論としてはあまり意味がない。
    そして、それは諜報活動に従事していた佐藤には、さほど難しいことではないだろうと思えてしまうのである。それは佐藤が左右様々な論壇で縦横無尽に発言している不気味さとも通底する。
    (ジェンダーの議論をするなら、男性である自分の心の底にある醜い部分を開陳しつつ、それを批判的に捉える必要があるが、佐藤自身は「私は男性的な文化は嫌いです。気持ち悪いです」という態度に終止している。いや、本当にそうなのかもしれないが、本当なのかと、僕のような薄汚い心を持った人間は思ってしまう)

    だから、様々な人と話を合わせられる佐藤優という妖怪について、理解が深まるよりも、むしろ得体のしれなさを確認した気がするし、その得体のしれなさによって、微妙に本質にアクセスできないようなもどかしさを覚えた。これが僕の猜疑的な妄想なら別に良いのだけど。

  • 久しぶりにフェミニズム関連の本を読んだ。
    学生の頃、自分はフェミニズム(やジェンダー、セクシャリティ関連)に、あけすけに言ってしまえば「かぶれ」、何冊か本を読んだ。研究した、と言えるほどの量ではない。しかし、そこに一種の救いというか、啓示、可能性のようなものを感じていたのは間違いない。しかしそれと同時に、男である自分はそこから間違いなく「疎外されている」と感じたし、何か感覚的に、皮膚的に一種の限界のようなものを感じていた。
    それからしばらく、ほとんどそういった本を読むことなく過ごし、久しぶりにこの本を読んで、確実に自分は変わってしまったんだな、と感じた。
    自分がかつてそういった本を読んだ時に感じた、世界が裏返るような、全く別の可能性を示されるような、そういった感覚が一切なかった。むしろあったのは失望だった。
    特に気になったのは、北原氏が、男性は皆必ず風俗を買うのだという妄執にとらわれているのではないか、ということだ。対談相手の佐藤氏という反例が目の前にいるにもかかわらず、ひたすらにその主張を繰り返しているように見える。その態度は「理解」から最も遠いものに見えた。
    あとは前々から自分がフェミニストの女性たちに強く感じている違和感の一つが、やはり強硬に繰り返されており、どうしてそこは彼女たちは疑うことなく「差別」するのだろう、と不思議なのだが、恐らく世の中一般に理解される思想ではないのでここでは細かく書くのは控えておく。
    また、性と国家というテーマでありながら、やはりというか仕方ないのかもしれないがセクシャルマイノリティに一切触れていないことは気になった。
    近々もう一冊フェミニズム関連の本を読む予定だけれども、それを読み自分は何を感じるのだろう。

  • インテリゲンツィアすぎて何言ってるかよくわかんなかった。そこまでいろんなこと無理やり意味付けなくていいのではと思ってしまった。

  • 佐藤優さんの対談集なので買ってみたが、途中で放棄したくなった。その謎は、佐藤さんが北原さんを評して「ある意味ピューリタン的」だ。それは「性について語るとか性を解放しようと」言いつつ、「同時に同じくらい抑圧が働いている」(p211)というところまで読んで氷解した。だから、面白くないのである。佐藤さんも同志社で神学を専攻したくらいの人だから、性に対してはやはり禁欲的なのである。禁欲者同士の対話と見ればいいのかもしれないが、ぼくとしてはフラストレーションがたまる本であった。

  • 佐藤さんに聞いてみたいこと:
    得物を捕ってくる性としての男性という役割はもう終わりでいいです。
    地球を守り、みんなでうまく暮らしていくための知恵を持つこと。
    欲望をうまく飼いならすことができることが輝くということ。
    男性がそういう性になるにはどうしたらよいでしょうか。黒川伊保子さんと対談してほしい!

  • 凶悪なレイプ事件でも暴行だったり、ワイセツな行為とかいたずらとか、なんだよそれ正確に表現しろよと思うことが多すぎるこの国。痴漢にあうだけでもどれだけ怖くて気持ち悪くて傷つくか、飲み会の下ネタがどれだけ不愉快か。なんでそんなに平気なんだろう。平気は兵器だよ。女にとって。ところで北原さんの友達も言ってたらしいけど、佐藤さんっていい人なんだね。

  • 読了。
    ふと思ったこと。
    AVを見ることはダメなんだろうなと思う。
    キリスト教で、「女性を見てやましい心を持った人間も、姦淫したのと同じ不貞になる」とあった。「えっ」とおもったが、納得もできる。
    売買春のことよく考えるようになった。たぶん娘がいるからだろうなと思う。これが男の子であれば、これほど悩まなかったなと思う。

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