- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309420813
感想・レビュー・書評
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アンソロジーというのは、どうしても著者の数が増えれば増えるほど、合わないものも出てしまう可能性があるため、評価としては難しいところだが、本書の豪華なラインナップを見ていると、猫への限りの無い愛だけではなく敬意も感じさせる点に、とても清らかで、それでいて、ちょっと切ない気持ちにさせられた、猫の様々な魅力を感じることで、より猫が好きになるエッセイ集です。
本書の執筆者一覧(敬称略)。
養老孟司、村山由佳、阿部昭、伊丹十三、池波正太郎、稲葉真弓、町田康、角田光代、内田百閒、谷村志穂、徳大寺有恒、野坂昭如、森下典子、中勘助、片山廣子、大佛次郎、ハルノ宵子、群ようこ、北村太郎、島尾敏雄、梶井基次郎、谷崎潤一郎、豊島与志雄、石田孫太郎、吉行理恵、野上弥生子、村上春樹、保坂和志、夏目漱石、佐野洋子、吉本隆明、宮沢賢治、佐藤春夫。
そして、巻末の解説は、猫本専門書店「書肆吾輩堂」(人間の)店主、大久保京さんが担当している万全の体制であり、この書店、とても素敵で一度行ってみたいと思ったが、福岡県と知り、残念(しかしネット販売もあり)。
更に、本書の思いの丈がよく表れていると思われたのが、タイトル『猫と』であり、猫好きにとっては、これだけシンプルなのに、なんて深い言葉なのだろうと感じ、『猫と』の後に続く言葉は、想像の数だけ無限に増えていくものがある上に、その言葉自体が、猫好きの生き方や人生指針を表しているようで、そう、私の心は常に『猫と』なのではあるが、文庫化される前の、単行本のタイトル『にゃんこ天国』にもそそるものはあった。
しかし、本書の日本ならではの落ち着いた佇まいのデザインと、養老孟司の「まる」の写真の組み合わせは、なんとも絶妙であり、このまるっとした体、小さな足、しっぽ、見上げた顔の角度、ペタッとした耳、瞳、鼻、口元、ひげ、全てが一体と化した完璧なポージングで、そんなに見つめられてもと、思わず照れてしまう、そんな禁じ手にも近い一枚には、本書に懸ける思いが窺えるような力の入れようである。
これまでは、本書の外枠の素晴らしさを主に書いてきたが、ここからは、私が特に心を打たれた、愛おしいエピソードをいくつか書いていきたい。
まずは養老孟司の、飼い猫だからこそ実感できる猫の飼い主への気持ちを表したようなエピソード。
『まるにも言葉は通じない。でも名前を呼ぶと、こっちを向くことはある。それが可愛らしくて、家内は用もないのに、ときどき「まる」と呼んでいる』
これにはしみじみと良いなぁと思えて、たとえ毎回ではなくても、こっちを向こうとするということは、人間の言葉に対して、何かしらの反応をしようと思うからだと感じられるのではないかといった点に、人間と暮らす事への猫の気持ちが潜まれているようで、共に暮らす時間が長ければ長いほど、そうした可愛らしさにも出会える可能性があることを教えてくれる。
そんな飼い猫との長き絆の証を、別の角度から感じさせられたのが、村山由佳が徹夜で看護した、「真珠」の出産場面であり、作家だからこそ描ける、読んでいるこちらも感情移入してしまう、痛ましさや辛さを実際に目の当たりにしたような、情景描写のこと細かさには、お互いにだんだんと落ち着きを取り戻してくる流れと相俟って、二人の絆の強さがあったからこそ成し遂げることが出来たのだということを確信させるのに、十分な内容であった。
また、それとは対照的だったのが、佐野洋子の、「フネ」の死を向かえるまでの描写であり、この方の表現法の一つとして、時に自らの内面を何の躊躇いもなく思い切り吐露するような、過激に思われるものもあるのだが、そこに却って、彼女の気持ちの行き所を失ったやるせなさを感じさせられて、フネは『フツーに』死んだのだが、その普通である気高さや達観した姿に、猫の一生や生き様を見せられた、そこに泣かされるのだろうと思った。
そんな猫の動物としての自立性を感じられたものとして、他に、谷村志穂の「チャイ」に避妊手術を受けさせた後になって、如実に表れてきた母性の存在であり、それはチャイが小さなぬいぐるみを、ミルクの入ったトレイまで運び始めたことや、ぬいぐるみに向かって、これまで聞いたことのない甲高い声をあげていたりと、こうした姿を見ると、いったいどうしてあげればいいのかと、飼い主にとっては、更に胸を締め付けるような出来事だと思われたし、そうした事実は保坂和志の、『本能の一言で片付けてはいけなくて、そこには経験=記憶が介在している』ということからも実感出来る、猫は全て同じなのではなく、猫それぞれの背景がしっかりとあるということなのだと思う。
そして、それとも一致するような飼い主の不安な思いには、群ようこの『猫を飼っていると、いつも行方不明の恐怖と背中合わせ』があるが、これについて、興味深かったのが、子どもの頃に彼女の祖母から聞いた話、『忽然と姿を消した猫はみんな木曽の御岳に登って修行をしている』であり、これには以前読んだ、絵本の「猫魔ヶ岳」を思い出して、どこの地にもこうした逸話があるのは、それだけ猫のことが好きであることの裏返しなのであろう。
それから、飼い主側の視点から見えた、猫への愛として、角田光代の愛する「トト」に対して、もしも留守の間に何かあったらどうしようといった心配性が強くなるあまり、ついには、常に最後まで居座っていた飲み会を途中で中座するようになったことに、友だちは「猫ってすごいんだね……」と言うが、そうなんです、猫ってすごいんですよ。
また、それの猫バージョンとして、徳大寺有恒の「チャオ」の、夫婦の声が聞こえなくなると、大きな声で叫ぶが、声をかけると、なんだいたのかとばかり、再び寝るエピソードには、飼い主を必要としているチャオの健気な思いが窺えて、可愛らしい。
更には中勘助の、赤蜻蛉を捕まえるところを見せようとするが、悉く失敗して、子どもに連れられて、すごすごと帰ってゆく「小町」であったが、時には、子ども連れで家に上がってきて、膝一杯に寝そべり、そのまま寝込んでしまう、そんな一面には気まぐれな強かさというよりは、やはり健気な可愛らしさが際立つようで、印象に残る。
こうした、「私はこんなことも出来るんですよ」といった、猫にとって一種の自慢を共有したい思いには、人間とも共通した、私を見て的な思いを感じられて、それは、村上春樹の「ピーター」が、ある日モグラを咥えてきて、それを彼の前に置いたことや、吉本隆明の、『猫さんはこっちが鈍くても鈍くなくても、好きな人間がかまってくれると、そのかまいかたとすぐ一致することができる』ことも、それを証明しており、たとえ人間社会では不器用な自分だと感じていても、そんなコンプレックスは、猫に対しても一致するとは限らないことを教えてくれたことには、私にとって、とても大きな励みとなった。
確かに、何故私は猫が好きなんだろうと、努めて冷静に考えてみると、動物と接しているというよりは、猫と接していることの、猫からしか得られない素晴らしさがあるからなのだと思い、この前も外で出会った、ある茶色い猫は、自分からよたよたと近付いてきては、私の目の前で止まったので、ゆっくりと鼻に指を近づけて、頭や背中を撫でてあげると、私の足に頬をすり寄せてきた、そんな姿に、私は必要とされているのだなと感じ、したたかで気まぐれだけれど、時には素直に感情に身を委ねることもある、そんな猫の直向きさが私は好きなんだと、改めて思うことが出来た。
そして、そんな猫の直向きさに最も心を打たれたのが、稲葉真弓の、高いフェンスに手足を突っ張ってしがみついていた(誰かの悪戯か?)、小猫との出会いだった。
『腕を伸ばすと小さな猫は思いがけず、強い力でしがみついてきた』
『体を撫でてやると、猫は心もとないほどの量の全体重をこちらに預けて、くいくいと頭を押しつけてきた』
以上、猫のことがより愛おしくなる、まさに猫エッセイアンソロジーの決定版であり、これ以外にも素敵なエピソードは、たくさんあったのだが、取り敢えず、これくらいにしておこうと自制し、また、これだけの長文になってしまったのは、私の猫への思いがそうさせただけであり、たとえ、読書メモの操作ミスで全消しされたのが更新されたのだとしても、決して挫けずに、再度、ここまで書き上げたのは、ひとえに猫のお陰以外の何物でもないことを、最後に記しておきたい。
最後まで読んで下さった皆さん、ありがとうございます。 -
猫に纏わる贅沢なお話。
猫に関してアンソロジーはたくさん読んでるが、毎回新しい発見と奥深さを感じる。
まだまだ知らない猫文学の世界を紹介して欲しい。 -
猫は偉大だ。笑
あちゃー、読書メモの下書きが全消しですか。
ショックですよね。
でも、そのあとこれだけの力作レビューが書けるのがすご...
あちゃー、読書メモの下書きが全消しですか。
ショックですよね。
でも、そのあとこれだけの力作レビューが書けるのがすごいです。
たださんの猫愛、読者として、しかと受け取りました。
猫って、とくに飼い猫は、人との距離のとり方が絶妙ですよね。
私などより、よっぽど人間観察に長けている。笑
以前一緒に暮らしていた猫にも、ずいぶん甘えられ、そして甘えさせてくれました。
私は、猫のそういう素敵なところを見習いたいです。
それにしても、アンソロジーで★5って珍しいですね!
コメントありがとうございます(^^)
そうなんですよ。
スマホで入力してるんですけど、二時間経過したあたりから...
コメントありがとうございます(^^)
そうなんですよ。
スマホで入力してるんですけど、二時間経過したあたりから、だんだん指が疲れてきて、思わぬフリックやスワイプ効果で、全消しや自動更新になるという(笑)
特に今回はショックだったので、次回から、完成前でも途中途中でコピーすることに決めましたが、お誉めのお言葉、とても嬉しいです!
これだけ書いておいて、一度も猫を飼ったことがない私なのですが(今の賃貸はペット禁止で、周りにノラがいるから、つい…)、以前、お客様宅を訪問する仕事で、そこの飼い猫と出会ったときに、すごく懐くな~と感じたことはありまして、まるで、その家族ならではの雰囲気を猫も共有しているような、そんな家族の一員的存在感が、素敵で憧れました。
5552さんは猫を飼われたことがあるのですね。
本書を読んで、改めて教えられたことは、猫はこうあるべきなのではなくて、あくまでも猫によって、いろいろなんだということでして、5552さんの猫も、きっと5552さんだけに見せるものもあったのだろうなと思うと、何だか、そうした思い出に、ほんの少しでも触れられたような嬉しさを感じることが出来ました。
確かにアンソロジーの星5というのは、正直なところ、まず無いだろうなと私も思ってまして、本書に関しても全てのエッセイに満足した訳ではないのですが、それでもタイトルや表紙の拘りに、豪華な著者陣(解説の大久保京さんは、「寛平御記」があればと書いてましたが)と、その内容の多彩さに満足したことと、新たに猫から教えられたことや励みになったことも考慮しての、星5となりました。