- Amazon.co.jp ・本 (322ページ)
- / ISBN・EAN: 9784309467542
感想・レビュー・書評
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ラテンアメリカ文学を読むぞ!と息巻いて全然手を出せていなかったのですが、ついに気になっていたマルケスを読む。
前半の、庶民のやるせなさを強く感じるリアリズム小説より、後半のザ・マジックリアリズム!という感じの、色鮮やかでファンタジー要素が含まれる小説のが好きだった。
ファンタジーと言っても、中庭で見つかった天使は年老いていて、日差しと雨にさらされる鶏小屋に入れられて放置されるし、水死体の話やら、おばあちゃんに娼婦にさせられた娘の話やらがあるし、人生の残酷さは伝わってくる。
それでもラテンアメリカの太陽が連想される、鮮やかなイメージの話が多いので、不思議とあまり暗い気持ちにはならない。なんかその感じがメキシコっぽい気がする。
「巨大な翼をもつひどく年老いた男」「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」「光は水に似る」が特に好きだった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
日常の切り取り方が、(わたしたちが普段過ごす日常と作者が想定する「日常」の乖離を鑑みても)鮮烈に感じられた。
生々しい人間の感情や生活の垢じみた、湿っていて暗い雰囲気と、寓話のような美しさが同居している稀有な作風だと感じた。 -
「百年の孤独」のガルシア=マルケスの中短編集。
図書館で借りた。
2022年7月20日初版発行、出来たてのホヤホヤ。
短編集「ママグランデの葬儀」と「百年の孤独」は蔵書として持っているので、3冊目のガルシア=マルケス。
3冊目にしてやっと良さがちょっとはわかってきたかも…。
私の好きな桜庭一樹が「百年の孤独」を推しているのと、もちろん世界的名作だから以前読んでみたけれど、ピンと来なかったという経緯があるので、3度目の正直。
マジックリアリズムと評される所以か、描写が緻密で情景がありありと浮かび、それがまた幻想的という。改めて筆力の高さを感じた。 -
ノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケスの
1960年代~1980年代初頭にかけて発表された、
中米からヨーロッパを股に掛ける、
小さいながら奥深い物語、全10編。
概ね平凡で清貧な人々の間に
不意に広がる波紋が描かれていると言えそうだが、
1970年代以降の作品になると
軽いユーモアに留まらない
ドス黒さや苦味のようなものが感じられる。
■大佐に手紙は来ない
(El Coronel No Tiene Quien le Escriba,1961)
1956年、コロンビア。
数多の死傷者と避難民を生み出した暴動の最中、
退役軍人の〈大佐〉は毎週金曜になると
恩給の支払いを告げる手紙が届くことを念じて郵便局へ。
持病のある妻との生活を支えるよすがは
亡き息子アグスティンが遺した軍鶏だけだった……。
■火曜日のシエスタ(La siesta del martes,1962)
舞台は恐らくマコンド(Macondo)。
喪に服す母と娘が汽車で出掛け、教会を訪れる。
神父への用件は墓地の鍵を借りることで……。
■ついにその日が(Un día de éstos,1962)
無資格の歯科医ドン・アウレリオ・エスコバルが
診療の準備していると、
息子が「町長が歯を抜いてもらえるか訊いている」
と、声をかけてきた――。
〈暴力の時代〉=ラ・ビオレンシアにおける
復讐の一コマと思われる掌編。
ナイフもピストルも使わない、鬼気迫る決闘の情景。
■この町に泥棒はいない(En este pueblo no hay ladrones,1962)
コソ泥のダマソは深夜ビリヤード場に侵入し、
金目の物を盗もうとしたが、
奪えたのは三つの球だけだった……。
■バルタサルの奇跡の午後(La prodigiosa tarde de Baltazar,1962)
純朴な大工の青年が見事な鳥籠を作り、町の評判に。
果たしてそれはいくらで売れるかと周囲は騒ぎ立てたが……。
■巨大な翼をもつひどく年老いた男
(Un señor muy viejo con unas alas enormes,1968)
サンリオ文庫『エレンディラ』で既読。
(鼓直=訳「大きな翼のある、ひどく年老いた男」)
ある日、みすぼらしい老人の顔をした天使が落ちてきて、
一家の庭に見物客が押し寄せ始めた――。
■この世で一番美しい水死者
(El ahogado más hermoso del mundo,1968)
サンリオ文庫『エレンディラ』で既読。
(木村榮一=訳「この世でいちばん美しい水死人」)
漂着した大男の死体に崇敬の念を抱き、丁重に弔う女たち。
■純真なエレンディラと邪悪な祖母の
信じがたくも痛ましい物語
(La increíble y triste historia de la cándida Eréndira
y de su abuela desalmada,1972)
サンリオ文庫『エレンディラ』で既読。
(鼓直=訳「無垢なエレンディラと無情な祖母の
信じがたい悲惨の物語」)
14歳の孫娘の不注意で火事になり、
屋敷を失った祖母は淡々と弁償を求め、売春させる。
現状を憂えながらも反抗できない、
生まれながらにスポイルされた少女エレンディラの過酷な運命。
だが……。
■聖女(La santa,1981)
死後も腐敗せず、しかも重量を持たなくなった娘の遺骸を
トランクに収め、列聖してもらうためにローマを訪れた男、
マルガリート・ドゥアルテと語り手である小説家〈わたし〉の交流。
■光は水に似る(La luz es como el agua,1978)
クリスマスにオール付きのボートを欲しがる兄弟、
9歳のトトと7歳のジョエル。
マドリードのアパートメント暮らしでは、
買ったとしても使えないと却下する両親だったが、
いい成績が取れたら……と条件付きでOKしてしまう。
息子たちは本当に目標をクリアし、
見事ボートを買ってもらうことに成功したのだが――。
※後日細かいことをブログに綴る予定。
https://fukagawa-natsumi.hatenablog.com/ -
名作だ。しかし、やるせなくて読んでしんどい作品が多い。解題にも書かれていて、そのような作家なのだと知る。現実的な描写の中に幻想的なものがしれっと同居してるのはすさまじく、現実味が強すぎて、少し心が疲れてしまった気がした。
ラテンアメリカ文学としてボルヘスは大好きだし、コルサタルも楽しめた。たしかに同じ香りを感じるが、それとは明確に違う地に足のついた「つらい」現実感が迫る。
しかし、この中では「聖女」がとびきりに気に入った。なぜならば、やるせないだけでなく、その中に希望があったからだ。人生はやるせないことの連続で生きてゆくのであって、そのなかに少しでも希望が欲しいとぼくは思うのだ。たとえそれが歪んだものだったのしても。 -
男たちは待ちわびた挙句、期待をくじかれる。
少女は逃げる。
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「光は水に似る」が一番気に入った。
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マジックリアリズムで書かれた物語が多いが、意外に良かったのがリアリズムで書かれた「大佐に手紙が来ない」。ほろ苦くやるせない。軍人恩給の知らせを待つ大佐の焦燥と孤独を閉鎖的な街と人々に重ねる。侘しさがヘミングウェイの文学を彷彿とさせる。
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救いのない話が多いな。あとこの本に限らず、ガルシア=マルケスさんの作品の中には、気長に待ち続けるひとが多く登場する気がする。何を待っているのだろう。