谷崎潤一郎 ((池澤夏樹=個人編集 日本文学全集15))

著者 :
  • 河出書房新社
4.19
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (494ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784309728858

感想・レビュー・書評

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  • ・何かと物議を醸してゐるらしき池澤夏樹=個人編集「日本文学全集 15」(河出書房新社)は 谷崎潤一郎である。私が一瞬「残菊物語」かと思つてしまつた「乱菊物語」を中心に、「吉野葛」「蘆刈」等を収める。谷崎を全集で読むなどとは考へたことも ないので、私は谷崎全集の全貌を知らない。従つて、「乱菊物語」などといふ作品も知らなかつた。これは「残菊物語」の姉妹編か何かかと思ふほどの無知である。だから、これを収めることを一種の英断ととらえる人がゐる一方で、こんな作品を中心に編むなといふ人がゐるのも、私には全く分からないことである。全集には編集者の個性が出てゐて良いと思ふものの、収める作品には一定の質は必要だよなとごく常識的なことを考へるのが関の山、ならば読んでみようと「乱菊 物語」を読むことにした。
    ・この作品は大衆小説ブームの昭和5年に新聞に連載されたが、上のみで未完。それでも本書の三分の二を占める。読後感はおもしろいの一言、見事なエンター テインメントであつた。難しい理屈はいらない。谷崎にもこんなのがあつたのだと思ふばかりである。物語は「二寸二部四方の筺の中へ収まる十六畳吊りの蚊帳」(11頁)と美女かげろうを中心に展開してゐるらしい。あちこち横筋に入つていき、いろいろな人物が登場するので、おもしろくはあつても本筋を忘れてしまひさうである。そこは新聞連載大衆小説といふことであらう、細かいことにはこだはらずに筆のおもむくままに書かれていく。そんな中に谷崎らしい語彙や語法が散りばめられてゐる。その反面、人物造形はいかにもそれらしい人物ばかりといふ気がする。机龍之介や早乙女主水之介のやうな特異なヒーローは現れてゐない。この先に出てきさうな気もするが、未完である、谷崎がさう展開するつもりであつたかどうか。こんなのが出てきた後に本書では「吉野葛」と「蘆刈」 が来る。昭和5年と7年の作、つまり「乱菊」とほぼ同じ頃の作品である。ところが雰囲気も文体も全く違ふ。その落差(と言つては失礼か)に驚く。片や所謂純文学、片や大衆小説、この差に尽きるのだらうが、それにしても谷崎はこの2種を実に手際よく書き分けてゐる。さすが谷崎、プロの物書きである。「吉野葛」「蘆刈」に初期作の雰囲気はない。「吉野葛」はエッセイかと思はれる雰囲気に終始する、ハッピーエンドの優れた作品である。「蘆刈」はその文体の息の 長さに改めて驚く。本当に久しぶりに読み直した。これも良い作品である。男のいつ終はるともしれない話しぶりは読んでゐて疲れる。しかし、あの内容にはああいふ話し言葉の息の長い文体が必要なのである。相手は世間離れしたお姫様である。お姫様のことを普通の男が普通に話したのでは普通のお話にしかならない。へたをすれば大衆小説にもならない。谷崎は「源氏」あたりを考へながらあんな文体であの物語を書いたのであらう。それでこそあの夢幻ともつかぬ物語が 可能になる。あの雰囲気に明晰さは不要である。これはつまり大衆文学の単純明快を求める雰囲気とは逆である。同じ頃にあんな全く違ふ内容と文体の作品を谷 崎は書いてゐたのである。本書の第一の利点はここにある。誰も見向きもしないやうな大衆文学の未完作を中心に一巻を編む。しかもほぼ同じ頃の有名作をそこ に入れる。この落差を確認するのは実におもしろい。作家の多様性を手つ取り早く知ることができる。かういふ文学全集の一巻は、時に個人全集に優るおもしろさをもつ。そんなわけで私は本書をおもしろく読んだ。惜しむらくは「乱菊物語」が未完であつたこと、事情があるらしいが残念であつた。どこかから完結編が出てこないか……。

  • 230903*読了
    谷崎潤一郎さんの小説ってこんな風だったのか。初めて読むので、すべてが新しく感じた。
    あまりにも有名な人なんだけれど、なかなか手をつけられないでいた。

    「乱菊物語」から始まる全集。夢中で読んでいたのに、え、前編で終わり!?そんなことってある?ここからがおもしろいに決まってるやん。とがっかりしていたら、なんと本当に未完のままとは…。
    「吉野葛」「西湖の月」はエッセイと間違うほどにリアルだったし、「蘆刈」も最後の方までは実話だと思っていた…。
    本当のようでフィクションとは、してやられたり。
    「厠のいろいろ」こそがエッセイなのだけれど、ここまでリアルにトイレのこと、しかも当時は水洗式じゃないトイレについて書くなんて…そこはリアルを追求しなくても…。

    巻末の解説や年表を読むに、谷崎さんは多作な人であり、恋愛沙汰も多く、2回も離婚している。
    恋愛を小説にし、小説のために恋愛するような。人生すべてが小説と結びついているような、そんな人生を歩んだ人なのだ。そして、引越ししすぎでは…。気が休まらないように思える。けれど、それもまた小説の糧になったはず。

  • 女子栄養大学図書館OPAC▼ https://opac.eiyo.ac.jp/detail?bbid=2000055901

  • 「乱菊物語」の続きが気になるわ。

  • 『春琴抄』『痴人の愛』『瘋癲老人日記』『陰翳礼讃』といった傑作・佳作が収められてないのがおおいに不満である。谷崎潤一郎の全集としてはお薦めできない本だ。筑摩の日本文学全集の方をお薦めする。『蘆刈』『吉野葛』の掲載は評価できる。これも再読だが、『厠のいろいろ』で知人が名古屋は「なかなか文化が進んでいる、市民の生活程度も大阪や京都に譲らない、自分はそれを何に依って感じたかと云えば、方々の家へ招かれて行った時に、厠の匂を嗅いでそう思った」とあるのは苦笑する。さすが潤一郎さんだ。おそらく潤色ある記述でおもしろい。

  • ↓貸出状況確認はこちら↓
    https://opac2.lib.nara-wu.ac.jp/webopac/BB00249777

  • 谷崎潤一郎氏の著作をたぶん読んだことがありませんでした。
    文章の量・一文に含まれる単語の量が多く、なかなか
    読むのが辛いところもあるのですが、読み進めていくと
    のめりこんで、面白く読み進められていく内容でした。
    『乱菊物語』は、やはり続きが読みたくなります。
    エンターテイメント性が高く、非常に面白い内容です。
    『吉野葛』『蘆刈』は、谷崎氏の女性感みたいなものが
    わかるような気がします。

    収録されているものすべてにおいて、物語性がすごく
    濃い内容で面白いと思います。
    細雪なども読んでみようかと思いました。

  • 何年か前から大谷崎の乱菊物語を読みたくて中公文庫を注文したら品切だった。諦めて全集を図書館で借りようと赴いたら日本文学全集の谷崎潤一郎があったので手に入れた。

    今どき3千円前後の価格で文学全集を出版するとなると作家抱き合わせで妙録だらけになるのは明白なのだが、割と好きな作家リストではある。何より谷崎を1人で一冊にしたのは評価できる。しかも乱菊物語は谷崎からすれば本流から外れた趣味で書かれた作品に近い。書いてしまえは紛れもなく谷崎潤一郎そのものだが、伝奇小説の宿命か全体の半分もいかないまま未完である。

    追記……解説には大阪朝日新聞に連載。中断の理由は谷崎の離婚再婚のため、屋島諸島の島民からクレームが挙がったため…と記されている。

  • 何といっても「乱菊物語」の面白さに尽きる。これほど面白いと思った小説はあまりないと感じたほどだ。前編で唐突に終わってしなっているにも関わらず、である。

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著者プロフィール

1886年7月24日~1965年7月30日。日本の小説家。代表作に『細雪』『痴人の愛』『蓼食う虫』『春琴抄』など。

「2020年 『魔術師  谷崎潤一郎妖美幻想傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

谷崎潤一郎の作品

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