データ管理は私たちを幸福にするか? 自己追跡の倫理学 (光文社新書)
- 光文社 (2022年6月14日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334045791
感想・レビュー・書評
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セルフトラッキングのツールが巷に溢れているが、人間が「わかっていてもできない」ダメな存在であるから、それらは人間を補完するツールとして価値を持つものであり、依存せずうまく使っていけば良いということ。
結論には普通に賛成だが、これだけのことを言うために、敢えて突っ込みどころ満載の批判的意見(自己責任論を強調する、測定すなわち管理につながる、他者との関係が道具的価値を持つようになる、結局支配される、能力を失う)を紹介したうえで、これに対する反論(要するに「いい加減でうまくやれ」)を長々と述べていて、少し飽き飽きしたので星2つ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
背ラベル:007.3-ホ
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人はそもそもダメなものゆえ、トラッキング技術を使ってよりよい人生を送ろうという視点には気づかされることが実に多かった。
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自己追跡(セルフトラッキング)について様々に書いてあるものであった。これを専門として卒論が書けるかどうかはわからない。
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一般的にテクノソリューショニズムはカント的な自由や自律の観点から否定的に語られがちだが、本書はフーコーやマッキンタイアに言及しつつ、「依存先を増やしていくことこそ自立」という医師の発言も用いて、人間と技術の間にも「関係的自律性」が可能であると肯定的に評価する。そして、道徳性を補完し向上させるテクノロジーとして「ソクラテスAI」の活用を唱える。ここで問われるのは技術者倫理であるが、設計者まかせにすることなく民主的なフィードバックをすればよいとしている。
ここで懸念されるのが、このフィードバックシステムは果たして機能するのだろうかということである。AIによって生成されたある特定の道徳観が植え付けられ洗脳されれば、フィードバックすらさせないようにコトントールすることも可能になるのではないか。そもそも各文化圏毎に何らかの規範や道徳観のようなものがあるとしても、それが未来永劫正しいとも限らないし、従わなければならないということもない。また、道徳指南されるAIとは別のチャネル(宗教や古典や歴史観等々)がなければ多様性も確保できずフィードバックも不可能であり、結局はここに矛盾が生じる。この辺は民主主義に関わる問題でもあるが、気を付けないとプロパガンダによる大衆操作と同じように、独裁者が全体主義的に活用する懸念もあり、それは歴史上繰り返されてきたことである。
ダメな自分を技術によって改善し、One for all,All for oneの精神で社会もより善くしていこうという著者の主張には興味深い点はあるものの、人間と技術の構造的な関係性だけではなく、その中身や機能や運用まで科学哲学的な観点からもう少し深く掘り下げて考える必要があるのではないだろうか。 -
日記や認知行動療法に代表される旧来のやつや、いまどきの行動分析学や各種アプリによる「セルフトラッキング」や自己データ化みたいなのには私もとても興味がある。この先生もいろいろおもしろいことを考えているみたいだけど、話題はぞろぞろ出てくるけどまだこれから、っていう感じ。
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途中で飽きてギブアップ。
スマホなどでデータを収集することに恐怖を感じている人たちに悪いことばかりではないんだよということを言いたいらしい。ただ、哲学などの難しい話が延々と続くので肝心の恐怖を感じている人たちにこの本の内容は届かないと思う。 -
『データ管理は私たちを幸福にするか₋セルフトラッキングの倫理学-』 堀内進之介
昨今、Apple Watchの流通により、よくもわるくもセルフトラッキングというものが一般化しつつあり、さらにはこれらのログが様々な場面でかつようされつつあるが、これらは私たちの生活を豊かにするのだろうか、という問いに対して、様々な批判を考慮して検討してい本書は、興味深かった。
特に、私が身を置いている業界では、健康経営、人的資本の開示、ESGなど、これまで管理や開示の対象とはなされていなかったデータやログの開示や把握がトレンド化しつつある。こうした流れも、トラッキングやログ管理を射程範囲とする本書と親和性が高いのではないかと手に取ったが、本書はより本質的かつ倫理学的な側面からの検討であり、参考にはなるものの直結はしなかったというのが率直な感想である。しかしながら、単純な読み物として、非常に面白い。このようなセルフトラッキングが常態化した中で、筆者は「定量化された自己」「定量化された関係性」などの新たな術語を使用して、これらの功罪について検討していく。特に批判として考えられる①新自由主義化(セルフトラッキングできるのだから、自己責任で管理せよ。)➁測定₋管理化(定量化できるものばかりが重要視されること、また、定量化できないものが等閑視される)③交換-互酬化(アンダーマイニング効果が働いてしまい、評価されないことは行われなくなってしまう)④市場-商品化(GAFAなど、特定の企業が認識世界を独占してしまい、それらに依存せざるを得なくなること。そして、選択肢がそもそも狭まってしまうこと)⑤依存₋能力退化(依存した結果、そららを行う能力が失われてしまうこと)の5つを一つ一つを吟味していく。大方、批判はこのようなセルフトラッキング技術が我々の自由な行動や認識を狭めてしまうことを中心に展開されているのだが、筆者が章の最後に「そもそも我々の行動や認識は現段階で自由なのであろうか」というもう一段階議論を進化される問いかけをするところが、個人的には盛り上がった。その次の章で、フーコーを引いて、自由か否かと言う問題を吟味するのだが、外部との関係によって、促進、助成される自律性(=関係的自律性)という概念を持ち出して、議論を進めていくが、個人的な本書のハイライトはこのあたりであった。