- Amazon.co.jp ・本 (444ページ)
- / ISBN・EAN: 9784334752002
作品紹介・あらすじ
ヒースクリフはリントン家の娘イザベラを誘惑し結婚する。一方、キャサリンは錯乱の末、娘を出産して息絶える。キャサリンの兄ヒンドリーもヒースクリフに全財産を奪われてしまう。ついに嵐が丘を我が物としたヒースクリフだが、その復讐の手は次の世代へとのばされていく。
感想・レビュー・書評
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やっと読み終えた。登場人物達の饒舌さ、過剰な反応、凄惨な行動など珍味過ぎてなかなか飲み込めなかったのだ。下巻終わりの方でようやく腑に落ちる感。解説を読んでエミリー・ブロンテの魂の叫びみたいなのを少し感じた。
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実は去年もうとっくに読み終わっていた1冊。上巻はKindleUnlimitedで読了。新潮文庫の鴻巣友季子さんの訳も清新で好きだったけれど、こちらも読みやすい訳でした。
下巻はこの作品を理解する、本当の大事なところ。第1世代のキャサリン・アーンショウとヒースクリフの恋愛から、ヒースクリフの復讐→彼ら彼女らの子供世代の成人と、それ以降の大団円へと話が進んでゆきます。同じ名前を引き継いだ子供世代のキャサリンとヒースクリフと、第一世代との区別というか、人間関係を整理しながら読むと、俄然話はわかりやすくなり、面白さを増すでしょう。どんなに深い恩讐も、人間はそう長く抱え続けられず、どこかで忘却したり、許したり、変容していくものなのかもしれません。狂気の淵に沈んで、砕け散ったガラスのような第一世代のキャサリンも、独り残され、生きてきたヒースクリフの濃く巨大な影も、全てが過ぎ、嵐がさらっていったように、後には灰色から、いっそ白に印象を変えた空と、吹き渡る風と、ヒースの丘だけが、静かに残ります。激しく狂気と荒々しさに彩られたこの作品の結末は、私にとっては意外に静かで、長い時間をともに生きたな、という感覚が残るものでした。 -
この数か月、本は読んでも週に2、3日、一度に消化するのは多くて30ページ、というていたらくだったのに、本書の最後200ページは一晩で読んでしまった。160年以上前に書かれたとは思えないくらい鮮やかでためらいがなくて、しかも面白かったその理由を一言で説明できない。推理小説仕立てなところ、南米文学的過剰、純粋な復讐心、語り手の小市民性がもたらす安心感。しかしこれは恋愛小説だろうか? ヒースクリフはキャサリン1世に対する執着で鬼になってしまった。鬼になったまま人間に戻れなくなるようなことの原因が愛であってよいものか? しかし自分が恋愛やら愛やらをどう定義しているのかはっきりさせなくては、これらの問いに答えを見つけるための思考の方向も見つけられそうにない。ページをめくり終わっても読み終わらない本だ。
登場人物たちの名前がかぶさりすぎている点については、もう少し考えたい。意味がないとは思えないから。
どの翻訳で読もうか迷っている人へ。この小野寺健訳は読みやすいです。人間が生々しいし、感情の揺らぎが伝わってくるような柔らかさがありました。 -
英文学の講義を取っている。課題その2。
『嵐が丘』は子供向けにリライトされたものを読んだことがあって、キャサリンとヒースクリフの恋愛小説だとずっと思っていた。
のだが。
これ、恋愛小説?
二人の間にロマンティックな感情が介在するようにはとても思えないのだけど。いや、確かに強靭な絆は存在していて、二人は互いに互いの片割れという唯一無二の存在なのだが、その関係性が「あらかじめ与えられている」ように見える。いつから、なぜ、彼らがこれほど強く結びつくようになったのかが全く不明なのだ。恋愛小説の重要なファクタとして恋人たちの関係性の発展を描くという面があるはずなのに、そこんとこはまるっとすっぽ抜けている。常人の理解を超えてどこまでも惹かれ合うキャサリンとヒースクリフは、なんだか人間のように思えなかった。
さて、一旦気づいてしまうと、ほとんどすべての登場人物が人間とはかけ離れた動きをしているような気がしてきて困る。聞くところによると、『嵐が丘』は登場人物の誰にも感情移入できない名作として名高いらしい。それも頷ける。これでもかとばかりに強烈な喜びや憎しみが描かれるのに、その感情の発生メカニズムがほとんど見えてこないのが不気味でならない。奇妙な隔絶感をずっと感じていた。
下巻に入ると、第二世代が登場する。第一世代と同じ名前と気性を受け継いだ子どもたち。相変わらず行動原理がよく分からないままに愛し合い、憎み合う。与えられた人格が永遠に固定している。持ち主のいない激情の塊がただ飛び交う様を見せられているようで、だんだんと当てられてくる。疲労困憊しつつ終わりを見届けた。
私には最後まで、ヒースクリフのことが分からなかった。ただ何か大きな恐ろしいものが滅びるのを見た。 -
まず、作者エミリー・ブロンテが生まれてから没するまで生家の周囲からほとんど出るがなかったのに、想像力だけでここまでの物語を描ききったというのは驚嘆する。
作家の人生が実体験に乏しいからか、確かにヒースクリフやヘアトン・アーンショウなどの人物造形はカリカチュアライズされていて、深みがないといえばない。
話の展開も昼ドラのように大仰なのだが、正直そういうことは問題にならない。
ぐつぐつと煮え立つ呪いのようなエネルギーに圧倒される。
ブロンテ一家が基本的に短命の家系で、両親や兄弟が次々と亡くなっていく中で書いていたせいもあるのではないか。
本人もこれ一作だけを残して三十歳で亡くなった。
サマセット・モームの『世界の十大小説』にも選出されているらしいが、その批評も読んでみたいものだ。
女性が本を出版することが良いとされなかった時代だったので、エリス・ベルという男性っぽい作家名で出版するしかなかったのはさらに時代の不幸だったと思う。 -
ヒースクリフの復讐は次の世代をも巻き込んでいく。ネリーの語る回想は、冒頭で青年が見た光景まで進むが……。
恋愛を扱っているのに恋愛小説っぽくなく、むしろ不気味なサスペンスを感じる下巻。しかしヒースクリフとキャサリンの愛にはすさまじいものがあり、そこだけは素直に感動した。キャサリンの方は上巻で本音を語るシーンがあったのでわかるが、ヒースクリフを突き動かしているのは何だろう?単に愛情からくる復讐心、だけでは説明がつかない気がする。徐々に子どもたち3人の話に移っていくなか、彼の圧倒的な存在感はさらに増していく。そしてラストは……。
訳者の解説で補助が得られたものの、初見では深い理解には届かなかったかもしれない。ヒースクリフの復讐が達成されていく過程に目を奪われがちになる……と書かれてあるとおり、筋書きを追うのに夢中で、この小説の底にある強烈なエネルギーについては漠然と感じるだけで終わった。他訳にもいつか挑戦したい。
作中で都合よく人が死にすぎじゃね?と思ったが、エミリー・ブロンテの年譜を見て納得。本人も30歳の若さで亡くなっているし。没後何十年もたって評価されるとかつらすぎる。しかし今後も読み継がれる力を持つ名作だろう。 -
怒号や非難の応酬が飛び交う物語はまるで任侠映画だが主人公達は義理も人情もなくひたすら自己憐憫や恨みをぶちまける。突き抜けた自由さがこの小説の魅力の一つかもしれない。出生故とは言え異常に経済観念の発達したせこい復讐が長々と続き、アッシャー家の崩壊のような終わり方になるのかと思っていたところ、頑丈な彼が唐突に亡くなったと知らされるいよいよ終わりの部分で物語の雰囲気が切り替わった。次の世代では、負の感情が集約されたリントンが夭逝、つらい経験を経た、欠点もあるが優しい性格の2人が、復讐の呪いを振り切る結末は、それまでの話が暗かった分、大いに爽やかで心温まる読後感で、推理小説の意外な犯人がわかったようなカタルシス。
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2021.04.04
上下巻を通してなんと陰鬱な内容
下巻はいつまでも続く同じような感じに飽き飽きした
最後、展開に明るさが見え流れが変わってきたけれど、
やはりまた....