崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫 Aア 1-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (361ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784334752828

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  • ジョゼフ・コンラッド(イギリス1857~1924)の『闇の奥』に痛烈な批判をしたというチヌア・アチェベ(ナイジェリア*1930~2013)。彼の言わんとしたことを知りたくて興味津々だ。なるほどアチェベは「人間」を、そして故国アフリカを鮮やかに描きだしている。いやぁ~素晴らしい♪

    19世紀後半、イギリスの植民地支配のさきがけ、西アフリカ・ナイジェリア東部州ウムオフィアという集落を主な舞台とする。三大民族のひとつ「イボ」の人々が暮らすその架空の地は、さながらフォークナーの「ヨクナパトーファ」の架空の町のよう。

    ***
    軟弱で不甲斐ないウノカの息子オコンクォ。恥辱の中で成長しながら、名声も富も手にした。その一方、プライドが高く、調和や柔軟性に乏しいオコンクォ。そんな彼を支える3人の妻や子ども、思慮深い友人オビエリカたちの暮らすウムオフィアでは、ある日、静かに白人の布教が始まる。教会や学校を手始めに、現地の人々を取り締まるための法整備、さらには警察や裁判組織が次々にあらわれる。

    淡々と叙事的に描いていて読みやすい。余計な修飾や比ゆはほとんどない。イボ社会の古きよきところ、人々の敬虔な信仰心、呪術のまがまがしさ、白人の神と美徳をふりかざす狂信的な布教……克明に赤裸々に描いている。また一夫多妻制のもとでの男尊女卑、ときに家畜と変わらないような妻へのDVは、読んでいて息をのむ。

    解説によると、アチェベの目的は、ジョゼフ・コンラッド、ライダー・ハガード、グレアム・グリーンなどの、アフリカ小説における歪んだアフリカのイメージを批判することにあったよう。

    なるほど、アチェベのすごいところは、その光の当て方だ。一か所だけから光をあてて事物を平面的にながめるのではなく、それこそ月の裏側にも光をあてて凝視するように、徹底的に事物の二面性を、両義性を、さらには多面性とその立体性をみせつけていく。
    たとえば白人の布教は、たしかにイボ社会の絆の分断を招いたのかもしれない。しかしそれによって、はじめて人間として救われた人々が少なからずいたのかもしれない。不浄としてさげすまれた最下層の被差別集団「オス」、あるいは不吉として遺棄された双生児のような存在……。

    こうした光の当て方や多角的なものの見方は、歪んで貼りついたアフリカのイメージや、偏見・差別で植民地支配を正当化していた当時の欧州への痛烈な批判になっている。しかもそれだけでは終わらない。紛争や内戦の絶えない現代でも、あるいはすべての人の心の暗闇にも潜むそれらにも、有効で普遍的な処方箋になるだろう。

    またアチェベの辣腕ぶりはそれだけにとどまらない。
    自然と農耕サイクルからなる人々の営み、時間のとらえ方、先祖崇拝の信仰に根差した文化や慣習や価値観は、すこぶる特異で緻密で深遠だ。それらを十羽ひとからげにして未開のもの、野蛮なもの、劣ったものと一刀両断にすることはできない。それらをどのようにとらえ、どのように変化させるのか(あるいはさせないのか)は、その地に生きる人々が決め、取捨選択していくもので、列強の支配者ではないだろう。
    これを読んでいると、架空のウムオフィアの人々の多様な生き様をとおして、すっかり踏み荒らされてしまったアフリカ人の心に新しい種を植え、水と光を与えて醸成したように思える。

    めぐる季節、自然、神話や伝説にも登場する渡り鳥や動物たちといった、人間存在にはまるで関心のない宇宙的時間の流れが通奏低音のように漂っている。これがなかなか小粋なもので、そこへ暴力的人間社会の不条理かつ無常的流れ、さらにはオコンクォという個としての人間の、怒涛の生と火花のような輝きがみごとに溶け合っている……いやぁ~まるでギリシャ悲劇のような雰囲気を味わいながら深い感銘をうけた。(2020.7.17)

  • 植民地支配される前のアフリカの伝統的な暮らしの素晴らしさを描き、欧州の文明到来により崩壊していく嘆かわしいお話かと思っていたら、もっと深くてたくさんの要素が詰まったお話でした。
    アフリカの集落の日常は物珍しく、慣習や考え方の違いは読んでいておもしろいですが、予想外に残酷で不可解だし、英雄オコンクゥアはいけすかない暴力男で正直モヤモヤしました。
    キリスト教については否定も肯定もありませんが、人々を無駄に苦しめない点で、少なくとも呪術よりよっぽどいいし、植民地化されて安心して暮らせるようになってよかったのでは?と思いました。
    登場人物の名前が難しすぎて、もはやおもしろい。そして、大量の注釈に尻込みしてさくさくと読めませんでしたが、物語自体は割と短めです。
    物語のあとの解説はもっと難しく長くて大変でしたが、気づかなかった作品の細かな点を知れるのでお勧めです。

  • 1900年頃以前は、イギリスの植民地ではなくて、イボ社会の生死感と宗教や風習があった。それが変わっていくなか、1930年にアチュベさんは生まれる。1960年に、ナイジェリアは独立する。この本は、それより2年前の1958年にロンドンで出版される。であるから28歳である。1977年にコンラッドの『闇の奥』を批判する。この『闇の奥』は1902年、確かナイジェリアじゃなくコンゴだったと記憶している。アチュベさんは植民地支配の時代に、しっかりとした教育を受けた一方、そうなる前のアフリカの伝統みたいなものを主張しているようにも思う。そういったことを背景とした小説とのことで、少しずつ読んでいる。

  • 近代アフリカ文学の原点と称されるアチェべの名作小説。

    舞台はヨーロッパ人によるアフリカの植民地化がはじまりつつあった19世紀後半の西アフリカ(現ナイジェリア)。
    絶え間ない努力と武勇によって若くして富を築いたイボ人の男、オコンクウォを中心に物語は進む。

    オコンクウォはレスリングのチャンピオンとして名をあげ、それからも堅固な意志と絶え間ない勤労により富を築いた。何人もの妻を抱え、村人からの信頼も厚い。
    オコンクウォは自分だけではなく他人にも非常に厳しい性格で、頑迷な一面も持つ。揺るぎない自分の正義を持つが、それに従わないのであれば妻も子供も殴って言うことを聞かせるというかなりの男性主義思想の持ち主でもある。

    オコンクウォを含む集落の人々は伝統を守り、アニミズムを信仰することで強固な絆を築き、平穏な日々を謳歌していた。
    しかし、ある日オコンクウォは事故により集落を7年間追放されることとなる。
    母の故郷で7年間の贖罪を務め、やっと集落に戻ってきたオコンクウォ。しかし、そこで見たのはヨーロッパからやってきたキリスト教に侵食され、人々の絆がバラバラになってしまった姿だった。

    これが本書のあらすじ。

    シンプルなストーリーだが、回想が急に挟まったり反復が多かったりして読みやすい本ではない。言語・文化面のギャップも当然大きいので、序盤は読み進めるのに時間が掛かった。

    しかし、読み終えると非常に示唆的な内容だったと感じる。

    本作が発表されたのは1958年、アフリカ諸国が長く続いたヨーロッパの支配から脱却して自立に向かって歩を進める、不安と期待に満ちた激動の時代。
    そんな中、アチェべは敢えて植民地化前に存在していた複雑で成熟したイボ人の社会を描くことで独立前夜の同志たちを奮い立たせたと言える。

    また、侵略が必ずしも真正面からの戦いによって行われるものではないというメッセージを発していると感じた。
    本作でも、ヨーロッパ人によるはじめの侵攻は武器ではなく宗教を使って行われた。まずキリスト教の宣教師たちを送り込み、徐々にイボ人のコミュニティを分断していった。これは実際に起こった話でもある。

    これは現代においても普遍的なメッセージだと思う。正々堂々とした侵略などないし、多くの人がそれに気付いた頃にはもう手遅れなのだ。

    さらに、アチェべは本作でイボ人の社会において陰となっていた人々にもスポットを当てる。
    作中では「オス」と呼ばれるイボ人の村から隔離され迫害されていた人々が、キリスト教の最初の担い手となり自分たちを迫害していたコミュニティを壊す一役を担う。
    初めから内部に抱えていたある種の「ひずみ」が、外部からの変化によって浮き彫りとなり内部の瓦解に繋がる。このあたりの描写もよくできている。

    内部のひずみを抱えるという面では、オコンクウォその人も同じだ。
    彼は物語の終盤でヨーロッパ人に良いようにされる故郷を見て、ヨーロッパ人、さらにそれを諦観する村の人々に対する怒りを抱えきれなくなる。そして、彼はヨーロッパ人を殺し、自らも命を絶つことになる。結果、オコンクウォは新しい社会にも、古い社会にも居場所はなくなり、「犬のように」埋められてしまう。

    この最期は悲劇である。しかしこれはオコンクウォの中にある暴力性、頑迷さが暴走した結果でもある。彼の性質は、基本的には対話と調和を重んじるイボ人社会と大きく乖離していたのだ。
    これも、彼の内部に抱えたひずみが表出化した結果だと読み取れるだろう。

    このように、本作はアフリカの歴史に大きな影響を与えた歴史的な作品でありながら、現代にも通ずる普遍的なメッセージを与えてくれる名作である。
    注釈、解説も充実しており、いろいろな読み方ができる。おすすめの一冊。

  • 「読書会という幸福」(向井和美/岩波新書)で紹介されていた本。初めてのアフリカ文学ですが、読みどころの多い小説でした。著者のアチェべはナイジェリア出身のイボ人作家。
    1958年にロンドンで発表された本書は「アフリカ文学の父」と呼ばれるアチェべの最高傑作とされています。

    (以下、プロットに若干触れます)

    本書は3部で構成されます。第1部は架空の村ウムオフィアにおける慣習、神々、呪術の数々と主人公オコンクウォの人となりを描き、オコンクウォが犯してしまった過失で終わります。第2部はオコンクウォの流刑先での日常と拡大する白人の植民地支配を描き、第3部ではオコンクウォの悲劇が描かれます。

    本書の読みどころは
    1)ウムオフィアにおける慣習の詳細な記述
    植民地支配以前でも、アフリカ社会は独自の発展を遂げていて、独自の司法制度、民主的統治システム、倫理観を持っていたことには驚きました。しかし、一方では呪術に支配され、常識よりも神々のお告げが優先される世界です。神託により殺されてしまう罪なき少年の描写は理解できませんでした。
    2)オコンクウォの人物描写
    極端な家長父制、男尊女卑の世界での誇り高く、ストイックな男が描かれます。最後の悲劇を招いてしまうまで、その性格はブレることがありません。冒頭、反面教師であったオコンクウォの父親の描写がありますが、その対比も興味深いものがありました。
    3)植民地支配との葛藤
    終盤、英国のキリスト教世界がウムオフィアに入ってくるあたりから物語は大きく展開します。単純にアフリカ文化=善、植民地支配=悪と描いていないところに物語を厚くしています。

    本書は植民地支配以前のアフリカ、植民地支配との葛藤を垣間見るには絶好の本。物語としても面白く、読書の快感が得られました。お勧めと思います。

  • ・アフリカ文学史上最高と呼び名の高い小説
    ・アフリカの村で一代で名声を築いた男が主人公
    ・父親を反面教師に努力をする
    ・隣の村と戦争を起こす代わりに人質を捉えて自分の家で育てる
    ・村のならわし、神のおつげにより、自ら大事にしていた人質の子を殺めてしまう。そこから暫くは食事もせず。
    ・偶発的な事後で同族を殺してしまったことでオコンクウォは流刑されて、母親の親族の村で7年間過ごす
    ・そのかん、イギリスの植民地支配でキリスト教が蔓延。
    ・オコンクウォが7年後に戻ってから、イギリス白人と村の一族との対立
    ・オコンクウォは白人の首を跳ねて、後日に木に首を吊って自殺するという衝撃な最後。

  • 貴重なアフリカ、ナイジェリア文学。
    主役のオコンクウォが植民地支配に敢然と立ち向かう正義の英雄ではなく、基本的に粗暴で、自分の部族の頂点に立つこと以上の視点は頭にない、近視眼的な人物であることが引き立っていた。

    日本は直接に植民地とされず、資源地帯として簒奪されたことはほとんどないわけだが、これを読むとナイジェリアにとって欧米列強の侵略が、日本とは比較にならないほど大きく影響していることもそれとなく感じられる。

    今は英連邦に属する国だが、その前はただ収奪していくだけの悪名高いポルトガルの奴隷貿易の拠点となったという。

  • 民族誌半分、物語半分。カメの昔話、家族の仕組み、ヤム芋の農業。歌や市場や巫女の存在意義、アフリカ文化の基礎知識がないから、珍しい。

    キリスト教の西欧がアフリカの人々の信仰を無慈悲に蔑み侵入してきたのを当事者の目から書いた、アフリカの人々 可哀想、なだけで終わらない文学。
    村人たち、とくに主人公オコンクォが男らしく(横暴とも言う)自分勝手で他人の心情を解さない男で。伝統を重んじ自分の力で長になろうと努力した主人公が、自分の今までの行いから、自分の精霊(チ)の運命に逆らえず結局超えられない、というところに皮肉と悲哀を感じる。

  •  そうして「彼ら」は日本にまでたどり着いて、結局宗教的に、まず占領することはできなかったわけだ。このアフリカの村ように。
     それは戦国時代から、日本のトップの人間が、「彼ら」に対して容赦せず、警戒し、かつその言動に抵抗できる知識や教養を貪欲に摂取していたからだろうか。彼らの世界戦略を瞬時に見破ったからだろうか。この小さな島国で戦争ばかりしまくっていた民族なのだから、それぐらいすぐに見抜いただろう。よくぞ島国が、「こう」はならなかったものである、というのが、読後のまず第一の感想であって、「アフリカ人がかわいそうだねえ」とかは思わなかった。
     思うのは、「日本と違って、こういう風にアフリカはやられたのか。なるほど、よくわかった」という、何百年と続く「白人とそれ以外」の戦いの一端を目撃しているような、ドキュメントのような一冊だった。
     だが、そうは読んではならない空気が世間にはあるだろうし、そう読むことは何か無教養でだらしがないことであるというイメージがなぜか私の中にすり込まれてあり、ゆえに私はたぶん、「この小説の構造は、円環的なものから直線的なものへとなっていて……」といったことを言って、それで終わるべきなのだろうと思う。

     が、とりあえず自分でここはチェックだなと思ったところを書けば、まず最初に銃が登場するのは、P69。銃が登場したとき、「あ、この世界、銃があるんだ」と感心したものだ。それまで、いったいこの話は、いつの時代なのか、まったくわからない。三千年前と言われても納得していただろう。
     あと主人公の暴力がとても良い。主人公の暴力たるや誰もおさえられない。とにかく暴力、そして不運がものすごい。幸せと富と豊かさの絶頂でありながら、息子同然の子を殺し、祭りで殺し、そして最後の集会で殺し。この主人公の「どうしようもない怒り」を理解出来る人は、なんとなくいるだろうし、なんとなくいない。だが、主人公はなぜここまで怒り狂っていたのか。何に焦っていたのか。この小説は、白人とそれ以外の、文明的な公平な対比を描いたものと同時に、この「怒り」……どうしようもない怒り、これは白人が来る前からある怒り、白人が来ても続く怒り……敵味方すべてに怒り続ける主人公は、とても深い。
     また、イナゴが喜びの対象となっているのが面白い。大概イナゴ=悪のイメージだが、ここでは違う。これも、なにやらすり込まれたものを払拭させられる感じがする。
     双子をすてる習慣とか、神聖な蛇や、森の呪いの効果が白人に全く効かない、それから最下層被差別民が真っ先に改宗していくところなど、急激に世界観が代わっていく様の流れが面白かった。
     ちなみに、白い人間についての話題、初登場は121ページであるが、黒人のアルビノの話題も出てきていて、ほんと細かいところをついてるなあと思いながら読んだ。
     そうして、そうして、この村は平定される。パクスはピースであり、最後の注には「平和」をもたらすとあると書いてあり、いや、これはアフリカも日本も同じだと、決して思ってはならない、思ってしまっては、何かしら短絡思考の、低レベルな人間だと世間様に思われるという思考回路が私の中に生まれるので、なので、「実に見事な小説であった。なるほど、この平和によって、この村の悪習はなくなったわけだ、良い面もあれば悪い面もある」と、何か深い感慨を得たような気持ちで思うしかないのだった。

  • 重い話でした。
    伝統を守るとは?
    その中で地位を築くためには?
    その一方で、その伝統に潜む非科学的・非人道的な掟を守り続けるのはなぜか。
    それらを打破するのが、侵略に依ってしまうのが辛い。

    初めてのアフリカ文学。
    田舎者の私には、舞台となった前世紀初頭のナイジェリアの話が、なんだか知らない世界の話ではなく、読んでいる間中、本当に息苦しかったです。

    なんというか、父のようにはならないと決めた主人公が、その地で認められるよう努力してきたのに、一つの選択ミスが命取りになってしまう…

    最後になぜ自死を選んだのか、初めはよくわからなかったのですが、戦おうとしたのは自分だけ、と気づき絶望したから…と思い至りました。

    主人公の親友オビエリカは、聡明な参謀タイプ。伝統の矛盾に気づいているが、行動には起こさない。伝統に静かに従う…
    100%支持はできないが、恐らく自分もそうしてしまう。
    かと言って、主人公の生き方もちょっとやりすぎ感はある。集団を引っぱるためには必要な強さではあるけれど…

    人名が難しく、何度も前のページに戻りながら読み進めました。
    原題はエピグラフのイェイツの詩から。
    物事がばらばらになる。本当に悲しい。
    Things Fall Apart
    最後の主人公の埋葬のくだりは、本当に悲しい。

    アフリカ大陸が侵略された歴史、文明化することの暗い面、支配者側の非道をも見ました。
    読めて良かった。辛かったけれども。

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