教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集

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  • Amazon.co.jp ・本 (504ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784336058669

作品紹介・あらすじ

遠い過去から訪れる美しき異形の誘惑者――
伝説的な幻の女性作家ヴァーノン・リー、本邦初の決定版作品集。
いにしえへのノスタルジアを醸す甘美なる蠱惑的幻想小説集。  

女神、悪魔、聖人、神々、聖母、ギリシャ、ラテン、ローマ、狂女、亡霊、超自然、宿命の女、人形、蛇、カストラート……彼方へと誘う魅惑の14篇。

感想・レビュー・書評

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  • 幻想的な短編集。訳者のあとがきによると、ヴァーノン・リーは一応イギリス人女性だけれど、フランス生まれ、ポーランド育ち、ヨーロッパ各国を転々をしていた経歴の持ち主だそうで、作品によってさまざまな国が舞台になっているのにも納得。ほとんどの作品が、古い時代を舞台にしており、なんらかの伝説がモチーフ、画家や詩人、ファム・ファタル系の女性が登場する。以下備忘録としてネタバレしない程度にあらすじメモ。

    「永遠の愛」日記形式。1885年、イタリアのウルバニアにやってきた若きポーランド人・歴史研究者のシュピリディオン。彼は300年前に、多くの男性を虜にし、次々不幸にしたメデア・ダ・カルピという美女について調査していたが、いつしか彼自身もメデアの虜となってしまい…。

    「教皇ヒュアキントス」ヨブ記のパロディ…というと語弊があるけれど、神の許可を得た悪魔に試された教皇ヒュアキントスの物語。ヨブの場合はサタンにさんざんな目に合わされるけれど、ヒュアキントスの場合は逆にどんどん良い目に合わせてもらい、それでも天狗にならず、謙虚な気持ちを失わずにいられるかというところがポイントになっています。

    「婚礼の櫃」中世イタリア。櫃(カッソーネ)職人のデシデリオは、ある金持ち美青年貴族から依頼された作品を仕上げていたが、この男がデシデリオの婚約者マッダレーナに目をつけて強引にさらってゆき…。マッダレーナがひたすら可哀想。

    「マダム・クラシンスカの伝説」画家のチェッキーノ・バンディーニは、上品で裕福な貴婦人マダム・クラシンスカに請われて、彼がスケッチしたソラ・レーナという不幸な老女の絵をプレゼントする。仮装舞踏会でマダム・クラシンスカは、その老女のコスプレをするが、以来奇妙な憂鬱に取りつかれ…。

    「ディオネア」書簡体小説。ある港町に難破船から一人の少女が流れ着く。黒人の美しいその少女はディオネアと名付けられ成長するが、なぜか彼女に関わると不幸が起こるという噂が人々の間に広まり…。

    「聖エウダイモンとオレンジの樹」アンソロジーで既読。人々から慕われる聖者エウダイモンは、異教の女神ウェヌス像をも破壊したりしない寛大な人物。ある日、はずした指輪を女神に預けておくと…。女神像が指輪を返してくれない系としてはメリメの「イールのヴィーナス」を思い出したが、解説によるとこの伝説自体は広く知られたものらしい。

    「人形」骨董収集が趣味のご婦人が、あるときみつけた古い人形は、亡くなった女性をモデルにされており…。設定からおどろおどろしいことが起こるのかと思いきや、実は良い話。

    「幻影の恋人」語り手は画家。あるときオークハーストのオーク夫妻の肖像画を依頼され屋敷に赴くが、オークハースト夫人は、ご先祖に同じ名前のそっくりな女性がおり、その女性は夫とは別の恋人を作りながら、その恋人ラヴロックを夫と共に殺害したという伝説があった。オークハースト夫人はまるでラヴロックが今も実在し自分の愛人であるかのようにふるまいはじめ…。

    「悪魔の歌声」アンソロジーで既読。ある音楽家が、かつて歌声で人を癒したり殺したりできたという歌手ザッフィリーノの伝説を聞き…。ヴェネツィアが舞台でゴンドラなどの道具立てだけでもロマンチック。

    「七懐剣の聖母」スペインが舞台で、主人公はドンファン。数々の女性遍歴を重ねてきたドンファンは今度は古代の異教の美女を目覚めさせ口説こうとするが…。ドンファン・ミーツ・アラビアンナイトの赴き。

    「フランドルのマルシュアス」ある町に流れ着いたキリスト磔刑像。その像は邪な者が作った十字架を近づけると身をよじり移動するということで人々の信心を集めていたが実は…。ある意味タイトルがネタバレ。マルシュアスはギリシャ神話で、アポロン神に音楽対決を挑み、負けて皮をはがれたサテュロス。

    「アルベリック王子と蛇女」17世紀末、ルナ公国の王子アルベリックは少年時代からタペストリーに描かれた美女に恋していた。その美女は実は下半身が蛇で、ご先祖の同名アルベリックとの悲恋の伝説がある。やがて王子は蛇女オリアーナと出会うが、祖父は孫王子を政略結婚させようとしており…。キスで人間に戻れる逆美女と野獣系の伝説がロマンチックでとても好き。

    「顔のない女神」プラトンの「饗宴」に登場する賢女ディオティマが主人公の掌編。彼女はアテナ像を注文するが、出来上がってきたその女神の顔は…。

    「神々と騎士タンホイザー」すでに廃れた古代ギリシャの神々(アポロンとアテナ)が、ウェヌスの愛人タンホイザーと一緒に歌合戦に参加し下界を見分するコミカルな作品。

    全体的にどの作品も時代背景、舞台設定についての情報量が多く、把握するのに時間がかかるのが大変。さらに人名がややこしく、一生懸命覚えたのに実はどうでもいい人物だったりとかもした(苦笑)あまり一度に全部把握しようと思わず、ロマンティックなすじがきだけを追うだけでも十分異国情緒と耽美世界に浸れて楽しいかも。

  • 19世紀後半生まれの女流作家の作品を訳出した、
    豪華で嵩張って重たい短編小説集。
    毒々しい幻想物語を期待して読んだが、意外に素朴な内容だった。

    文献中に息づく過去の女性に恋して理性を失う学者を描いた、
    巻頭「永遠の愛」が一番私好みだった。
    翻訳の問題もあるのかもしれないが、
    日記や書簡の体裁で書かれた話は読みやすく面白く、
    そうでないものは、やや冗漫で退屈だった……かな。

    訳者あとがきによれば、ヴァーノン・リーは
    親しい同性の友人が
    結婚によって男に奪われたと感じていた由(p.480)。
    何とも極端な感受性の持ち主と言えそうだが、
    理解できなくもない……というか、
    そうした視点で物語を組み立てることに興味を覚える。

    【余談】
     初版封入特典自慢はこちら(笑)。
     https://note.mu/fukagawanatsumi/n/n993a22c6bde0

  • またしてもブロンツィーノ描くところの「ルクレッツィア・パンチャティキの肖像」の登場である。ヘンリー・ジェイムズ著『鳩の翼』のヒロインのモデルにもなった緋色のドレスに身を包んだ女性像は、余程当時の男性の心を虜にしたにちがいない。筆名は男性名だが、ヴァーノン・リーは女性。ヘンリー・ジェイムズとは親しい仲だったから或は会話の中に登場したことがあったのかもしれない。たしかに、美しい女性像であるが、それにもまして怜悧さや容易に人を寄せ付けない威厳のようなものが伝わってくる。こういう女性に惹かれる人はどこか被虐趣味的な性行を持つのではないだろうか。そんな気がする。

    伝説的な悪女に魅入られて、不審死を遂げる男の姿を描いた「永遠の愛」は、ヴァーノン・リーの特徴を知るに最適な一篇である。イタリアはウンブリアを訪問中のドイツ帝国教授シュピリディオン・トレプカは歴史文書中の女性の事跡に何故か心魅かれ、寝ても覚めても、その姿が心から去りやまず、ついには幻を見るようになる。その女メデアは、悪行の果てに何人もの男の命を奪ったが、一人の魂だけが騎馬像の中に封じ込められていた。女は男の手を借り、騎馬像を破ろうとする、という話だ。

    トレプカの肩越しに姿を現すメデアの姿が「ルクレッツィア・パンチャティキの肖像」そのままである。幻想小説の書き手である以前に、18世紀イタリア文化、イタリア・ルネッサンスの美術、音楽、演劇の研究者であったヴァーノン・リーである。ウフッツィ美術館所蔵の有名な肖像画を目にし、そこに自分の創作に置ける主題であるファム・ファタルの典型を見たにちがいない。闇に埋もれた過去の中から立ち現われる美女が現代に生きる男に手を伸ばし、その魂は愚か命まで奪ってしまうというのは、本書にもくりかえし登場する作家偏愛の主題である。他に「ディオネア」「幻影の恋人」が男を狂わす悪女を描いている。

    表題作は神の思し召しにより悪魔が聖人を試すというよくある逸話。「聖エウダイモンとオレンジの樹」とともに掌編ともいうべき短さの中に、権威から距離を置き、身を低くし、他の恵まれぬ人々や地上の弱い生き物を思う、謙譲の美徳の尊さを語りつくす。体が石になり、心臓が金剛石になるところなど、ワイルドの『幸福な王子』を思い出すが、寓話につきものの教訓臭がなく、花実をつける植物の奇蹟で幕を閉じるところに、キリスト教をモチーフにしながら、それに縛られず、生命力を謳歌する息吹がみなぎり、爽やかな後味が残るところを愛でたい。

    怪異譚、奇談には同工異曲と見られるものが少なくない。まして、異国を舞台に過去の因縁を語る話を得意とすれば、それぞれが似てくるのは仕方のないことである。日記、手紙、回想と、叙述形式に意を凝らし、単調にならぬよう配慮しているところはさすが。ただ、どれも水準以上の出来であるとは思うものの、物語としての完成度の点で画竜点睛を欠く感じが残る。美学者、研究者としての教養が邪魔をするのか、恣な想像力の飛翔や、猥雑さや卑俗さを怖れない破天荒な展開といった物語ならではの面白さが充分でなく、結末がいささか力強さに欠け、カタルシス不足に感じられてならない。いちばん物足りないのは人物の魅力である。美しく悪い女は登場するが、当方に被虐趣味が足りないのか作中の男たちのようには夢中になれない。

    そんななか個人的な好みでいえば、「七懐剣の聖母」が、主人公の矛盾した人間像の描出において他の作品を凌駕するものと思える。自分のものにしたいと思ったら、相手の親でも亭主でもさっさと殺して、女を手に入れる、その天をも怖れぬ所業をいとも簡単にしてのける男が、信仰の対象である七懐剣の聖母だけは裏切れない、そのために自分の命さえ犠牲にしてしまうほどに。この悪逆非道の美丈夫にして、思い姫に忠誠を尽くす天晴れな騎士道精神の持ち主、ミラモール伯爵、ドン・ファン・デル・プルガルだけは、たしかに力強く生きている。

    堅牢な造本、余白を取ったレイアウトで読む幻想小説の味は格別である。以前にも読んだ「聖エウダイモンとオレンジの樹」一篇は、同じ訳者の手になる作品でありながら、文庫で読むのとは一味も二味もちがった。持ち重りする大冊であるので、長時間の読書中、最後は書見台の世話になったが、久し振りに本を読む愉しみを味わった心地がした。

  • 子供を持つ予定の人だったら、今の自分のためだけでなく、幻想文学好きの血をひく子孫のために本棚に置いておくべき本なんじゃないかと思った。気づいたら家にこういう本があって好きなように読める子供は幸せだ。

    どうしてそんなことを思ったかというと、二週間かけて子供のころのような読書ができて、幸せだったから。書いてあることすべては理解できなくても、とにかくなにか妖しくて美しいものが描かれていることはわかる。何度も読んでいるうちにもっとわかるようになって、もっと楽しめることも。

    紙がすいつくような肌触りで、ページのめくり心地がいい。紙の本の贅沢感がとてもある。

    「ディオネア」、「幻影の恋人」、「アルベリック王子と蛇女」が特によかった。

  • 伝説的な幻の女性作家ヴァーノン・リー、本邦初の決定版作品集。女神、聖人、ギリシャ、ラテン、亡霊、宿命の女、カストラート……彼方へと誘う魅惑の14篇。いにしえへのノスタルジアを醸す甘美なる蠱惑的幻想小説集。 

  • アンソロジー『怪奇小説日和』、『短篇小説日和』にも収録されていたヴァーノン・リーの幻想小説集。
    上記の2冊で読んだ時は正直、あまり印象的ではなかったのだが、纏めて読んでみると独自の作品世界を持った作家だと実感した。
    音楽や絵画といった、文芸以外の芸術を描いていたり、古い時代をモチーフにしているものが多い。どちらかというと短いものの方が切れ味が鋭いかな。

    英国人ではあるが、大陸側の影響が非常に強く、雰囲気としてはフランスの幻想小説に近い。リラダンとかあの辺と共通している気がする。実際にイタリアで生涯を終えたらしい。
    ボリュームのある『訳者あとがき』も読み応えがあった。これを膨らませた研究書が出たら買うんだけどなぁ。

  • 幻想的でポーランド文学読んだときに感じたのと同じ、コレがアレでソれが・・・ンンンンン?っていう不条理謎展開。
    でも蛇女とかモティーフはスキ・・・。

  • ヴァーノン・リーという、あまり本邦では知られていない作家の幻想小説をあつめた本です。名前は男性名ですが実は女性。元々美術の研究もしていたそうで、独特の美学が世界観を作り上げています。
    「永遠の愛」や表題作、「婚礼のチェスト」など前半はとても面白く読めたのですが、後半になると、なんとなく同じようなテイストの話が続くために、ちょっと飽きてしまいました…
    時間があれば、1つ1つの作品をもっと楽しめたかな?と思いました。

  • 図書館で購入してもらいました。

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著者プロフィール

本名バイオレット・パジェット(Violet Paget)。筆名は男性名だが女性。イギリス人の両親をもち、フランスに生まれ、生涯の多くをイタリアで過ごした。18世紀イタリア文化およびイタリア・ルネサンス期の音楽、文学、演劇の研究者としても知られ、社会史家、詩人、美学家の顔も持つ。幼少期よりフランス、ドイツ、スイス、イタリアを転々とし、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語を自在に操ったが、創作では主に英語を使用した。エッセイ、評論、紀行文など40を越える著作があるが、現在まで長く読まれてきたのは、数は多くないものの古代・中世文化への憧憬に満ちた幻想怪奇的作風を特徴とする小説である。ヘンリー・ジェイムズやウォルター・ペイターらと親交をもち、生涯独身だった。

「2015年 『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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