- Amazon.co.jp ・本 (281ページ)
- / ISBN・EAN: 9784469213010
感想・レビュー・書評
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「千と千尋の神隠し」「ハリー・ポッターと賢者の石」「恋におちたシェイクスピア」などから、文化を考えよう
【配架場所】 図・3F開架
【請求記号】 361.5||MO
【OPACへのリンク】
https://opac.lib.tut.ac.jp/opac/book/113455詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
映画分析の社会学的な視点がおもしろい。関連映画や参考文献リスト有り。
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非常勤先の東京経済大学に勤める(といっても,一度も会ったことはない)本橋哲也氏の著作は『カルチュラル・スタディーズへの招待』に続いてまだ2冊目。前回に続いてまた入門書なので,よく分からないが,彼の文章はさらっとしていて読みやすいのだが,難しいところもさらっと読みすごしてしまう。しかし,入門といいつつ,とても学部学生では理解は難しいテーマはさりげなく含まれている。とりあえず,目次だけでも取り上げる映画とテーマが分かると思うので,書いておこう。
序章
I アイデンティティの揺らぎ
第1章 〈自己〉『千と千尋の神隠し』(日本,2001年)
第2章 〈家族〉『ハリー・ポッターと賢者の石』(合衆国,2001年)
第3章 〈子ども〉『亀も空を飛ぶ』(イラン/イラク,2004年)
II 性の位相
第4章 〈女性〉『カンダハール』(イラン/フランス,2001年)
第5章 〈生殖〉『ヴェラ・ドレイク』(英国/フランス/ニュージーランド,2004年)
第6章 〈セクシュアリティ〉『さらば,わが愛 覇王別姫』(香港,1993年)
III メディアと消費
第7章 〈演劇〉『恋におちたシェイクスピア』(合衆国,1998年)
第8章 〈スポーツ〉『ミリオンダラー・ベイビー』(合衆国,2004年)
第9章 〈音楽〉『耳に残るは君の歌声』(英国/フランス,2000年)
IV 移動と定着
第10章 〈ディアスポラ〉『エレニの旅』(フランス/ギリシャ/イタリア,2004年)
第11章 〈在日〉『パッチギ!』(日本,2004年)
第12章 〈労働〉『息子のまなざし』(ベルギー/フランス,2002年)
V 暴力の現場
第13章 〈ホロコースト〉『シンドラーのリスト』(合衆国,1993年)
第14章 〈テロリズム〉『アルジェの戦い』(イタリア/アルジェリア,1966年)
第15章 〈民族分断〉『JSA』(韓国,2000年)
VI 抵抗の実践
第16章 〈難民〉『イン・ディス・ワールド』(英国,2002年)
第17章 〈帝国〉『プロスペローの本』(英国/フランス,1991年)
第18章 〈先住民〉『鳥の歌』(ボリビア,1995年)
18本の映画のうち,2000年から2004年までの作品が12本,特に2004年の作品が5本と,本書の執筆当時に偏っているようだ。それは,想像するに,本書を企画してから著者はDVD探しではなく,映画館通いをしたのだろう。基本的に,本書で取り上げられる映画作品は日本で公開されたものであると同時に,本書の発売当時にはDVDとして発売されているものに限定されているところは読者に配慮している。しかし,一方でこの作品選択は映画をロードショーされているうちに映画館で観るという(ある意味ではちょっと古臭いが),本来の映画鑑賞の行為をカルチュラル・スタディーを専門とする著者が実践しているのではないだろうか。
まず,序文で18章がそのテーマとともに紹介される。そして,各章には参考文献がついている。「○○について手始めに読んでみよう」ということで,序章にはカルチュラル・スタディーズと映画についての入門書が挙げてある。その多くが新書の類で,それ以外もペーパーバックでそれほど厚くない本であることも読者を考慮してのこと。各章は4つか5つの節に分かれていて,少しずつ物語を紹介しながら,いくつかのキーワードについて映画に沿って解説していく。例えば,第1章の『千と千尋の神隠し』ではキーワードに越境,名前,主体,食,物語の5つが挙げられ,5つの節のサブテーマはそれぞれ,自己と境界,自己と名称,自己と構築,自己と変容,自己と語り,といった具合に。各章の分量にはそれぞれ差があるのだが,本書は個々の映画分析としてもかなりクオリティが高い。私のblogなどまだまだだと反省してしまう。そして,各章の最後には,論じられたテーマに関わる他の映画作品や,同じ監督の他の作品が紹介される。ちなみに,本書で分析される18の映画のうち,私が観たのはわずか8本。他に紹介される作品もほとんどが観たことない。決して,本書で取り上げられるのは古い作品でもないのに,映画好きを自称していてもまだまだだと感じる。しかも,私が観たことのある作品でも,改めて記憶を辿ってもほとんど覚えていないものも少なくないのだから情けない。
本書が魅力的なのは,各章の議論のなかにいちいち文献を挟まないことだ。もちろん,どこかで誰かがいっているようなことも含んでいるが,ひとまず著者の言葉で説明してから,最後にそのテーマに関わる文献を紹介している。つまり,よくある学術書のように,文献だの注だので後ろを見たり戻ったりの手間がいらないのだ。といっても,実は本書の議論の内容はとても学部学生向けではない。といっても,作品鑑賞に欠かせない時代の政治的背景などはけっこう丁寧に解説していて,私のようなものを知らない人間にとっては,これだけでも十分勉強になる。まあ,ともかく本橋哲也の力量を思い知らされる著作だ。