がむしゃら1500キロ 全: わが青春の門出 (ちくま文庫 う 1-3)

著者 :
  • 筑摩書房
3.64
  • (7)
  • (13)
  • (22)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 110
感想 : 15
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480024572

作品紹介・あらすじ

炎天下、15歳の少年が50ccバイクに乗って、市川-大阪往復1500キロ走破の旅に出た、たったひとりで…。坂道やジャリ道に悪戦苦闘しつつ走りながら、いろいろな人に出会い、さまざまな体験を重ね、考えた-人間について、労働について、生活について、男と女について…。自分の能力に対する限りない挑戦の記録「がむしゃら1500キロ」を中心に、日記や手紙を収め、思春期まっただ中の伝説の名レーサー東次郎の心の軌跡を追う。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 筆者、浮谷東次郎は1942年市川に生まれた。カーレーサーとして活躍したが、1965年8月20日、鈴鹿サーキットで練習中に事故、翌日に死亡した。23歳の若さであった。
    本書は、浮谷東次郎の日記を書籍化したものであるが、物語の中心は、1957年、東次郎が中学3年生の夏休みのバイク旅行である。8日間かけて、市川と大阪の間を、50CCのドイツ製バイク、クライドラーで往復する。それは、一種の紀行文でもあり、中学生にとっての一種の冒険譚でもある。本当にみずみずしい感性にあふれた文章だ。
    時代背景も面白い。
    当時は、14歳から原付バイクの免許証が取得できた。だから、15歳の中学3年生が、バイクでの旅行に出かけることが出来たのである。1957年といえば、太平洋戦争が終わってから、まだ10年強。前年、1956年の経済白書は「もはや戦後ではない」と謳ったが、それは、やっと日本経済が戦前の水準に戻っただけの話であり、今と比べると、貧しく、またインフラも整備されていない。当然、東名高速も名神高速もない時代の話。であるばかりか、東京から大阪までの幹線道も、まだ舗装されていないところが多かったことが、本書を読めば分かる。
    東次郎は高校入学後アメリカに渡り、また、その後ヨーロッパでカーレーサーとして腕を磨いたそうである。そのようなチャレンジ精神が本書の中に見え隠れする。

  • 23才の若さで事故死した伝説のレーサー、浮谷東次郎が10代の頃に書いたエッセイ集。
    千葉県市川市の裕福な家庭に生まれた東次郎は、14才の誕生日に、父親からドイツはクライドラー社製の50ccバイクをプレゼントされます。僅か50ccとは思えない性能に感激し、毎日のように乗り回す東次郎少年。
    そんなある日、常より「何か大きな事をやり遂げてみたい」と熱望していた彼は、市川の自宅から大阪まで、往復1500キロのツーリングをたった1人でやってのけようと思い立ちます。

    本著ではその往復1500キロのツーリングの記録を中心に、10代の東次郎が遺した日記や覚え書きのような文章が幾つも掲載されています。若さと情熱に溢れているだけではなく、所々に後年華開く天才レーサーとしての資質も垣間見え、猛スピードで駆け抜けたその短い人生の、尋常ならざる濃度を有り有りと感じることができました。

    漫画『栄光なき天才たち』にも登場したスイカ売りの女の子のエピソードが、やはりこの原作でも印象に残りました。
    小学生くらいの女の子が1人炎天下でスイカを売る姿を見かけ、それに比べて親に貰ったバイクで呑気に遊んでいる自分は一体何なのか、と恥入るだけの品性を持ち合わせていたところが天才の天才たる所以だと思いました。

  • 昭和32年の夏休み 一人の少年が、50ccのバイクに乗って、東海道を走破した。
    少年の名は浮谷東次郎。当時まだ舗装すらされていない東海道を、一人きりで何のサポートもなく、京都へ。そして、神戸、和歌山へと巡った旅の記録。
    本書を執筆した当時16歳だったとは思えないほど、その描写は活き活きとし、具体的で、そして皮肉に覚めている。

    少年の名は浮谷東次郎。レーシング・ドライバー 別名 ダイナミック東次郎。
    享年23歳 才能は、早熟で早世する。

  • カラスを飼う、14歳でドライブできる、まずその時代を感じられるところ興味深い。
    "やはり「若者にはスピードを」である。「ジジイにも若い者にもスローで」の日本国道路取りしまり法の二十五キロの制限スピードを、そっくりそのままバカ正直に守っていたのでは、「ジジイ」になってしまいそうである。"

  • 23歳で事故死した天才レーサー『鈴鹿のカラス』こと浮谷東次郎が、15歳の時に千葉から大阪までクライドラーの50CCバイクで走り抜いた旅行記である。
    私は高校生の時に東次郎のことを知り、激しい衝撃を受け、惚れ込んだ経験がある。先日、NHKドキュメンタリーで初めて彼の動画を見た。そして、思い出したのだ。迷い、悩み、自分自身を求めていたあの青春の日々に、彼の言葉がどんなに胸をうったかということを。
    アメリカ時代を書いた「俺様の宝石さ」と合わせておすすめしたい。

  • 23歳で事故死したレーサー浮谷氏の中学生の時の記録。日記や旅行記など。
    旅を通じて少年が青年になるのか、一日一日で何かを考え、大人に近づいて行く。しかし死後に日記を公開されるってのはなかなか辛いもんかもな。

  • ちくま文庫の巻末案内を見て面白そうだと図書館で借りてみました。昭和初期にこんな人が居たんだ、と言う驚きはありましたが…と言う感じでした。
    大人は子供に何を求めているのかな?と時々思います。この本を薦める人は自分の子どもが学校を中退して単身アメリカに行きたいと言ったら認めるのかな。自分の主張を曲げない子どもを目を細めてそれで良いのだよ、独立独歩の精神大いに歓迎ともろ手を挙げて賛成するのか。別にこの方の人生を否定するつもりはありませんがあまり感心はしなかったです。

    この間テレビを見ていた時、歌舞伎役者が型をきちんと見に着けてこその「型破り」なのだ、とインタビューに答えていたことを思い出しました。「型」が身に着いて居ない人間が行うと「型破り」でなく「形無し」になってしまう、とも。なるほど言い得て妙だなあと素直に頷きました。

    日本語の素養がなく、英語を詰め込んだ所で自分の思うことを母国語で語れないのであればその人の母国語は一体なんだろう?と思います。自分も体験があるからわかるのですが外国に居ると自分と言う存在意義をきちんと持っていないと流されてしまう感じが強くあります。とりあえず自由の国に来ても実際自由になるものはあまりなく、あるのは不自由な自分自身のみ、と気づかされたりするのですから。外国に行くのが目的なのではなく、何をしに行くのかが大命題なのではないか。そんなことを思ったりしました。

    ただこのまま自分の青春を費やして良いのかと言う強い焦りと何か大きなことをやり遂げたいと言うありあまる熱情のようなものは強く感じました。早すぎる死を悼みます。この方が生きていらしたらどんな社会人になったのだろうと思うと勿体ないなあと思うのです。

  • ・?? さすがに中学の時に読んだのと印象がかなり違っていた.たいした旅行記でもなく、稚拙さだけが目に付くけど、その当時は結構これでも感心して共感し、自分もその気になっていたもんだ.まぁ、この人はこの話の内容よりも生き様の方が感動を呼ぶのかもしれないけど.

  • もう一度、青春時代に戻りたくなります

  • バイクっていいな。辛いけど。

全15件中 1 - 10件を表示

浮谷東次郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×