教師のためのからだとことば考 (ちくま学芸文庫)

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著者 : 竹内敏晴
  • 筑摩書房 (1999年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (255ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480084590

教師のためのからだとことば考 (ちくま学芸文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 学生に言葉(声)が届いているか。文字としての言葉と音として身体の表現としての言葉。教師の営みにおいて言葉がからだから分離することで,教えられる子ども達も両者が乖離してきた?

    教員免許を取得して採用されることが教師になることではない。教師としての機能を持つようになる長期的な取り組み。

  • インプロはありのままの自分を表現することができるのだという
    学校教育が潰してしまった子供の部分をインプロは引き出せるのだと
    自分が分からなかったのは、何故インプロは即興でドラマが引き起こせるのかだった。
    本書ではその答えが書かれていた。

    話しことばは2つに分けることができる
    1つは言葉の意味を理解するという情報伝達のことば
    もうひとつは情念、イメージがことばとして表現されるからだに突き刺さることばである。

    からだとして突き刺さることばがある

    複数人が椅子に座っている。その後ろに一人が立ち、座っている人々に向かって「こんにちわ」と呼びかける
    座っている人は自分が呼びかけられたと思ったら手を挙げる
    このようなレッスンが本書では紹介されている
    そして最初のレッスンでは、「こんにちわ」と呼びかけても手を挙げた人は一人もいないことが多いのだという
    「こんにちわ」が素通りした、手前に落ちる感じ、当たらない感じがするのだと

  • 竹内敏晴さんの本は、からだとこころとことばの発見に満ちている。

    レッスンで「並んでたってください」というと、背の高い順から2列縦隊をつくってしまう人たち。ひとと寄り添う、ひとと触れ合う、一人のひとの前に立ってみるということが、個を全体のための道具にしてしまう例である。
    背中を向けた人に対して呼びかけるというレッスンでは、ちゃんとその人に届く声なのかどうか。しりきれとんぼになっていないか。頭の上を通り過ぎていないか。強すぎないか。そういったことを試してみると思いのほかできないことに気づく。
    これは日常会話の中においてもそうである。挨拶は、ひとに対してしてこそ挨拶だ。空中に向かって挨拶しがちな自分を反省する。
    からだことばの表現力もすばらしい。「足が釘付けになる」「開いた口が塞がらない」「声を呑む」「息が止まる」「血が退く」「腰が抜ける」。「びっくりする」「驚く」との違いを強く感じる。

    読みながら、無意識レベルにまで染み付いた自分の姿勢、考えの硬さ、くせみたいなものを柔らげることが大事だと気づかされる。

  • 2009.11.24大学生協にて購入。

  • 読書中・・・


  • 人が人にふれるということ

  • 分類=教育・からだ。99年1月。『からだが語ることば』(82年)『ドラマとしての授業』(83年)の内容に、さらに数篇を加えたもの。

  • これを読んだがために、教師などという分不相応なものになんかなろうとしてしまった。それほどの魔力を持った本、だった気がする。

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