- Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480099280
作品紹介・あらすじ
キリスト教の正典、新約聖書。聖書研究の大家がそこに含まれる数々の改竄・誤謬を指摘し、書き換えられた背景とその原初の姿に迫る。解説 筒井賢治
感想・レビュー・書評
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チェスタートンは、ローマカトリック教会の2000年の歴史を振り返り、「中庸を保つ戦い」と総括したが、この本に出てくる、新約聖書成立の時代のエイレナイオスの「大地に四方位があり、風に四方があり、柱が四本あるごとく、福音書も当然四篇が必要だ」という言葉は、この教会の性格を表している。イエスキリストの描き方も異なり、多くの矛盾点も含んでいる四福音書全てが要るという考え方は、聖典を定める側からすると、いささか変わっているが、それが、この信仰の性格を表しているということだと思う(内外から矛盾点を突かれるのは、かなり面倒くさいはずなので)。
本文批評の立場から、聖書の成り立ちから、さまざまな改竄を取り上げるが、もともと福音派クリスチャンだった著者は、改竄に批判的だったが、だんだんと「人間の書」として聖書を捉え、人間として、その時代、時代に影響されながら、改竄が重ねられることに理解を示すようになったという。
他の著作も読んでみたくなった。
(蛇足)宗教は怖いという見方があるが、それは、「中庸」から離れた「行き過ぎ」が目立つからなのかもしれない。宗教内部では、この「行き過ぎ」は「異端」となるが、「異端排除」の歴史も「行き過ぎ」に満ちているので、ここが理解を難しくしているのだろう。
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聖書の本文批評の歴史や原始キリスト教に興味あるなら、是非読むべき本。大変面白い。ふざけたような口調や(訳し方の問題なのか?)、著者が時折混ぜる冗談口、繰り返しの多いくどさなどが、私は多少気になってしまったが、そのような点を差っ引いても刺激になる知見が多いのでおススメ。世界史などで「聖書」というワードを見ると、つい共通のものであるかのように錯覚してしまうが、どの文書を指しているのかも確認する必要があるし、その文書も写本によってバラバラだし、またその時々に大いに流通して人口に膾炙してるからといって、その「聖書」がその時点で確認しうる「最古にして最良のもの」であるとは限らないのである。そして実際著者は、現在英語圏の人が入手できるほとんどの英語版新約聖書は、本文批評において辿れる最古の形とは違うものであることを指摘しており、「間違ったテキストに依拠している」「そのテキストの間違いは、これらの書物の解釈を大きく変えているのだ」とまでいう。非常に重要な指摘であると思う。
本書は新約聖書の成立史研究を知っていると、よりすんなり理解できると思う。それにしてもマルコの描くイエスの苛烈さは、この種の聖書研究本を読むといつもビビるレベル。マルコ以降の聖書作者がマイルドテイストなイエスにしようと努力した気持ちもよくわかる。
ちなみにあとがきで筒井という方が、本書を鵜呑みにするなと警告しているが、そりゃそうだ、どの研究本だって鵜呑みにしてはいけないので笑ってしまった。聖書研究の本を色々読めば、実に様々な意見や立場があることがわかる。この本もその一つである。そして筒井氏が述べてる本書への異論は、取り立てて本書の主張を疑わしめるものではないと感じた。特にキリスト教は「書物の宗教」と表現するのことについての指摘のところなど。まあ、初期キリスト教が口承伝承を重視していたらしいことはあまり本書で触れていないので、そこは確かになんらかのフォローがあった方がいいなとは私も思った。 -
異論を認めないキリスト教の姿勢が暗黒期を招いたと思うが、聖書を徹底的に分析する姿勢が西洋文明の優勢を招いた科学・民主主義に結びついたんだろうか
絶対に正しいはずの神の言葉が繰り返された写本によって発生した改竄を含む変化が面白い
根拠が薄弱に思える三位一体等を信仰できるんだからカルトとの線引は難しい -
聖書ミリしらでも面白く読めた。むしろ宗教的思想がないということが楽しめる一因なのかもしれない。
一番面白いと思ったのは最後のほうにおいて、作者(主張が強い)、訳者(主張が強い)、解説(主張が強い)という畳み掛けられるところ。 -
【書誌情報】
『書き換えられた聖書』
原題:Misquoting Jesus: The Story Behind Who Changed the Bible and Why (2005)
著者:Bart D. Ehrman
訳者:松田 和也
解説:筒井 賢治
シリーズ:ちくま学芸文庫
定価:本体1,400円+税
Cコード:0116
整理番号:ア-45-1
刊行日: 2019/06/10
判型:文庫判
ページ数:384
ISBN:978-4-480-09928-0
JANコード:9784480099280
NDC:193 キリスト教 >> 聖書
備考:『捏造された聖書』(柏書房 2006年刊)の文庫版。
キリスト教の根幹をなす正典、新約聖書。だがそこには、意図的な改竄や偶発的なミスによって無数の書き換えが加えられてきた。「罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」というイエスと姦通の女の有名な場面も、じつは後世に付加されたものだという。聖典は、なぜ、いかにして書き換えられてきたのか。さまざまな写本を突き合わせ、テキストを徹底的に読み解くことによって改変箇所を特定し、現存しない原初の姿を復元しようとするのが「本文批評」という学問だ。著者曰く、「本文批評の仕事は探偵に似ている」。新約聖書学の権威がその営みを魅力たっぷりに紹介した刺激的な一冊。
〈https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480099280/〉
【メモ】
解説は公開されている。
〈http://www.webchikuma.jp/articles/-/1755〉
【簡易目次】
1 キリスト教聖書の始まり
2 複製から改竄へ
3 新約聖書のテキスト
4 改竄を見抜く―その方法と発見
5 覆される解釈
6 神学的理由による改変
7 社会的理由による改変
終章 聖書改竄 -
聖書の本文批評学の立場から、聖書が原典から多く改竄されてきたという著者の主張。それは最初の2世紀ほどの間に多くの書記者のレベルが低かったことがあるだけではなく、意識的にキリスト教の教理に合わせる方向で行われてきたという。それを数多くの箇所の具体的な記述の説明から論証していく。そうしてキリスト教の教理が確立していったという著者の反信仰的な姿勢には疑問を感じつつも、恐ろしい内容の書物である。一方でキリスト教会がなぜ、ユダヤ人(イエスや弟子たち自身がユダヤ人だった!)を敵視する方向になっていったかの説明は説得力があった。1844年5月24日の聖カタリナ修道院でのシナイ写本発見の出来事は実に面白いエピソードとして読んだ!
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第一線の聖書学者による、聖書の『テクスト改変』の歴史。
意図的にせよ書写のミスが原因にせよ、聖書という書物が如何に『書き換えられて来たか』という歴史は非常に興味深く、面白いものだった。テクストの異同がある程度まで『追える』というのは、本という物体がある程度まで残されているが故だろう。口承文化だと変化する前を追うのは難しい。
また、『まえがき』にあった、著者が聖書学者になるきっかけがすこぶる面白い。日本人の目から見ると不思議だ……。