- Amazon.co.jp ・本 (409ページ)
- / ISBN・EAN: 9784480424624
作品紹介・あらすじ
誰しも「経済」と無縁には生きられない。だからこそ、経済学の基本ぐらいは押さえておきたい。経済学の主流たる「新古典派」、これに対抗してきた「マルクス経済学」-。こうした経済学のエッセンスを、数学を一切用いず、分かりやすく解説。新たに書き下ろされた補章では経済成長について再論する。本書は「素人の、素人による、素人のための経済学入門」である。
感想・レビュー・書評
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序章にあるがターゲットかニッチだ(笑)
ニューアカ世代でいまいちアップデートについて行けてなくて数十年前の知的スノッブを引きずっているような連中(評者もその端くれかもしれん)が想定されている。素人の素人のための素人による入門書、と謳われている所以。
最初の古典、マル経、新古典の流れ整理や、ミクロ・マクロの視点の違い、ワルラス、ケインズから説き起こしていくあたりはタイトで簡潔ながらわかりやすい要約で著書の実力をうかがわせる。
2021/11/16読了。目から鱗の連続。
ジェイコブス、小田中も読んでみたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
本書のテーマは、著者自身によって「素人の、素人による、素人のための経済学入門」と規定されています。その一方で、「あとがき」には、「「マルクス主義」を野辺送りにし、「近代経済学」を肯定し、その上で自由主義と左翼ラディカリズム、そしてポストモダンへの、自分なりのスタンスを定められたように思います」と述べられているように、マルクス経済学という不良債権を処理し、その思想的遺産のなかに引き継ぐべきものとしてなにがのこされているのかということを見定める試みともなっています。
小泉内閣における「構造改革」が人びとのが大きな共感を呼び、金子勝を中心とする左派の経済学者たちの批判を鈍らせることになった理由となった「モラリズム」についての考察は、興味深く読みました。ただ、本書が経済思想に焦点を当てた入門書であることを鑑みれば、「モラリズム」の思想的な系譜についてもうすこし立ち入って解説してほしかったという気がします。
マルクス経済学を学んだ読者が新たに近代経済学を学ぶための入門書としては、優れた導入になっていると思いますが、そうした読者がどの程度いるものなのか、よくわかりません。 -
稲葉振一郎先生の新刊が出るので再読。「経済学という教養」についてあれこれと書かれている本だが、今から読むにはかなり厳しい本である。第一に、経済学入門としては、あまり筋がいい本とは言えず、これを主流派の経済学入門とするには、かなり厳しい。第二に、元はwebの連載をまとめたもので仕方ないかもしれないが、総花的でどうも纏まりが良くない。稲葉先生の「勉強ノートを公開してみた」という感じで、要点が整理されておらず、闇鍋みたいな経済学教養本。賛否で云うと否の割合が個人的に高い。
マルクス経済学について書いた部分をバッサリ切って、もっと主流派経済学について書くべきだったのでは?これだと「(マルクス)経済学という教養」要素の方が大きい。マルクス経済学の歴史について延々と書かれている第七章は正直なところ読み進めるのに苦労した。(その辺りの知識はなかったので大変勉強にはなったが)リフレ政策を推奨している部分も、アベノミクスがリフレ派の云うところの「財務省リフレ」(金融緩和+緊縮財政)へと変容し、黄昏を迎えているので今となっては懐かしい。稲葉先生にはアフター・リフレーションを踏まえた本をこの本の続編として書いて欲しいところである。
評点: 6点 / 10点 -
読破したものの現時点ではよくわからないことが多かった。ど素人では流石に理解に限界があった。ケインズとかマルクス、国富論などの経済学のベーシックな部分に対してある程度の理解や感想を持っていないとピンとこないと思う。何かに依らないで俯瞰する感じなので、バイアスの掛かった経済学の本を読んでしまう前に読んだことはプラスになるかな。
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【メモ】
・著者のHP。本書の誤植&訂正が載っている。
〈http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/〉
【追記】
ブクログで長い目次は見にくいので、リンク先に(も)転載しました。
〈http://d.hatena.ne.jp/Mandarine/20150503〉
【目次】
目次 [003-006]
第一章 こういう人は、この本を読んで下さい 009
誰もがプロにはなれない。しかし……/「そういう読者」って?/サイエンス・ウォーズ/微積分は世俗的ニーズによって生まれた(という側面もあるが……)/ただの反科学には野次馬以上のことはできない/新古典派のライバル――マルクス経済学/「俗流ブルジョア経済学」イデオロギー批判が陥った袋小路/やはり安全圏などどこにもない/根強い文化相対主義の影響/ほどほど合理的で、ある程度は利他的な……/この宇宙ではデザイナーなきデザインが普通だった/文化相対主義への逆風/ずぶの素人から、筋金入りの素人へ/たかだか一つの文化にすぎない。しかし……/三題噺――不況・不平等・構造改革
第二章 出発点としての「不平等化」問題 037
1 日本社会の「不平等化」? 038
村上「新中間大衆」論――現代日本社会論の出発点/「中」意識の解体か/インセンティブ・デバイド/「降りる」人々の出現/「上」「下」は単なる差異ではない/彼らは「無辜の民」なのか/勝ち逃げを目指すヘタレ中流
2 不平等と経済学 050
金持ちの子は金持ち?/不況こそが原因ではないのか/「悪平等主義を解体せよ!」やはり経済学の出番が……
第三章 素人の、素人による、素人のための、経済学入門 059
1 ミクロ経済学――マクロ経済学への入り口として 060
「分業の利益」のテーゼ/交換する動機が生まれる/「比較」優位が重要だ/(α)一つの市場の場合/(β1)複数の市場の場合/カネも人も産業間を移動する/(β2)需要サイドの変化
2 マクロ経済学 071
(1) マクロ経済現象――総需要と物価 071
デフレ下では価格メカニズムは無力
(2) マクロ経済現象の原因――市場の不完全性か、貨幣愛か 073
二つの基準がある(らしい)/(α)賃金が基準という考え方/彼らの理想は価格硬直性の解消/(β)貨幣が基準という考え方/均衡状態でも失業が
3 マクロ経済動学 082
(1) 二つのケインジアン 082
(α)モノ・サービスの側に問題があるという考え方/(β)不確実性が問題という考え方/カネがカネのままで退蔵される/総需要の不足は解決しない/世代交代を待つしかないのか
(2) 三つのケインジアン 090
(3) 不完全情報と不確実性 093
新しい道具立て/逆選択とモラル・ハザード/不確実性の深刻さが違う/「I・II」では努力する余地が生まれる/革新が失業のリスクを減らす可能性も/「III」では努力する余地は少ない
(4) バブルとは何か 102
バブルとファンダメンタルズ/「上がっているから上がる!」/はじけて初めて「バブル」とわかる
(5) この節のまとめ 108
4 この章のまとめ 109
補論 金融システムという魔圏 112
デッド・デフレーション/出資と融資の違い/銀行の役割とは/金融革新が根本治療になる?/ハイリスク・ハイリターンか、ローリスク・ローリターンか/「流動性の罠」とは
第四章 日本経済論の隘路 125
1 「構造改革主義」は「市場原理主義」ではない 127
政府による介入の問題/原理的スミス主義者
2 資本主義の発展段階と「日本型経済システム」論 130
日本経済は前近代的なのか/「新しい理解」の登場/資本主義の発展段階論/ケインズも共有した時代意識/講座派対労農派
3 「日本型経済システム」論(1) 小池和夫と青木昌彦 138
労農派から小池・青木へ
4 「日本型経済システム」論(2) 村上泰亮 141
開発主義の二面性
5 「日本型経済システム」論(3) 青木昌彦と岡崎哲二 144
八〇年代青木の「留保」/「源流」は戦時統制経済に
6 「講座派」の復権? 148
死に絶えなかった講座派/前近代的であるがゆえに超近代的/村落も企業も共通のものとして扱われる
7 「構造改革主義」と「新自由主義」 155
「新自由主義」の単純さ/構造改革主義への疑問/実物的ケインジアンと構造改革論は両立する
第五章 左翼のはまった罠 161
1 ケインズ主義へのアンビバレンツ 162
「構造改革主義=新自由主義」ではない/渋々ながらのケインジアン支持/なぜ政策論において(も)左翼の旗色は悪いのか/迫力のない対決/構造改革と景気の関係は/左翼は敵の土俵に乗せられている
2 敵は新自由主義か? 日本型経済システムか? 170
価値判断の奇妙な一致/八〇年代の左翼の敵は
3 罠にはまった左翼 金子勝を例として 175
トリッキーなレトリック/突き詰めて考えなかったツケ/精神論・根性論の調子を帯びている/モラリズムとは/「バブルは不可避」という立場もある/本来の市場原理主義にモラリズムの出番はない/ミクロ的主体の責任が問われる世界/診断内容にたいした差はない/構造改革主義者の「倫理」/金子は堂々たるモラリストである
4 経済モラリズムの罠 191
市場コンプレックスからの解放/構造改革とケインジアンが両立しえない可能性も/「創造的破壊」イメージの再検討/「倒産・不況=罰」論は足場を失った?
第六章 市場経済と公益 199
1 厚生経済学の視点 200
二つのケインジアンの考え方/パレート最適とは/機会の平等はすでに含意されている/共存共栄か弱肉強食か/構造改革主義が左翼を引き付ける理由
2 「市場原理」再考 208
根強い自由主義への懐疑/「経済的自由がすべてではない!」/市場メカニズムも道具にすぎない/市場には他の意義づけもある/構造改革主義の「道徳思想」/「不況・不平等・構造改革」再び/不平等は悪か?――マルクス主義・再考
第七章 マルクス経済学への最初にして最後の一歩 221
1 貨幣の存在論 223
スミス、ワルラス、マルクスにとっての貨幣/貨幣は単なる媒介ではない/ないがしろにされた「貨幣の経済学」
2 搾取理論 228
搾取を「不正」とは告発できない
3 歴史の発展段階論 232
(1) 史的唯物論 232
(2) 帝国主義論・国家独占資本主義論 234
「矛盾を先送りにした」/スミス的世界からケインズ的世界へ/工業の発展がもたらしたもの/生活世界の植民地化が進んだ
4 で、マルクス主義のどこがまちがっていたのか? 242
(1) 金本位制への固執 242
「異常」な資本主義/マルクス主義者にとっての「失業」/マネタリストにとっての「失業」/両者は意外に似通っている/マルクス主義者にとっての管理通貨制/ケインズ政策と固定相場制は両立しない/通貨システムには裏書きが必要となる?/重商主義者の貨幣観/対立の原型/スタグフレーションは「断末魔」だった?/国家独占資本主義論の不毛/二つの転向パターン/反グローバリズムの「源流」/管理通貨制・変動相場制は実現可能だった/崩壊した「ノーモア不況」論/見逃されたケインズの問題提起
(2) 疎外論 267
「疎外」とは何か/「あるべき姿」へのこだわり/マルクスにとっての「自然」な社会とは/具体的なプランは後回しにされた/共産主義への移行の二つの段階/意地悪く言えば「現世否定」/打ち砕かれたマルクスの楽観/「資本家」は捨て去ることはできない/社会主義の理念と現実/計算不可能性の問題/実行可能性の問題/「民主的意思決定」のよそよそしさ/さらなる難問――イノベーション/創意工夫には媒介が必要だった/変わらざる「人間の条件」があった
第八章 経済学と公共性 291
1 公共財と不平等 295
公共財とは何か/公共サービスの二つの戦略/公共財とは「みんなのもの」/搾取・略奪・詐取があるのでは……/「市場の失敗」は克服されることもあるが……/政府はお役ご免ではない/「景気」も公共財たりうる
2 マクロ経済と公共性 311
人為的な公共化もある/ローカルな自助には限界がある/地場産業振興にもそれなりの理由/やはり「賢い政府」が俗流ニーチェ主義/公共性の喪失か/免責は福音じゃない/なぜか無視される労働組合/悪役にしかなりえない?/「労働組合=後衛」論の限界/組合でなければならない理由はない/あきらめの反映か/賃上げを介したリフレ/企業組合にはマクロ的な力はない/労働組合は「必要悪」ではない/抵抗が公共性へとつながりうる/草の根ケインズ政策の限界/労働市場における「自然」/あくまで少数派にとどめて
3 おわりに――経済学と公共性 341
構造改革主義はわかりやすい! しかし……/経済学は「教養」たりうるか/知的分業に参加するために/まずは観客の質を上げて/経済学への尊敬と信頼を
補章 「経済成長擁護論」再び 353
限られたパイを切り分けるよりも……/「財政再建」論と景気優先論/「国際競争力」の幻想/黒字国、赤字国が存在するのはなぜか?/経済成長と環境破壊のシナリオ/“新しい経済成長理論の守護聖人”ジェイコブズ/「都市は農村に先行する」/「現存した社会主義」という閉鎖経済圏/公衆衛生の構造転換?/グローバル化に固有のリスク/ジェイコブズとダイヤモンドの共通点/歴史観の変更を迫るジェイコブズ/環境負荷を低減する条件とは?/複数の未来構成
付録 [386-389]
あとがき(二〇〇三年一一月 東京・白金の研究室にて 稲葉振一郎) [391-395]
文庫版あとがき(稲葉振一郎) [397-401]
解説(小野善康) [403-409] -
だいぶしんどかった。一応読み終わった。
ところどころ頭に残ったところがあった。 -
素人の素人による素人のための経済学入門書。実物的ケインジアンと貨幣的ケインジアンの分類などが印象に残った。あと作者は素人じゃないと思う。以下に詳しい感想が有ります。http://takeshi3017.chu.jp/file6/naiyou22901.html
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社会学者の切る、素人のための経済学の入門書。のはずが、論点が多岐に渡り著者の主張がわかりにくい。正直ここに挙げられた経済学者の名前とその著書を頭に置かないと読んでもピンとこない人がほとんどなんじゃないだろうか。
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冒頭で「インフレ」という言葉の解説があったんでかなり易しめなのかと思ったが、そんなことはなく。それなりに経済学をかじってないとしんどいかもしれない。僕はしんどかった。
しかし主要な経済思想を現状(2000年代中頃あたり?)に当てはめながら考えられるので、教養としては確かに良かった。参考文献をかなりの数挙げてくれているので、要は「これを足がかりに教養を付けてくれ」という本なのだと思う。きちんと勉強したい人向け。 -
もってない