こころ医者講座 (ちくま文庫 な 2-13)

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 7
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  • Amazon.co.jp ・本 (231ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480426406

感想・レビュー・書評

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  • 自分のここまでやつてきたこと、目指してやまないことがかうしてどこかでつながつた時、精神の魂の脈々と続く何か流れのやうなものを感じずにはゐられない。
    医者だの看護師だの臨床心理士だのなんだかんだといふ垣根ではなく、ひとりのひととして、苦しむひとの声に耳を傾けてゐたい。誰もひとりでは生きられない。医者だから、カウンセラーだから話すのではなく、ひとは誰かに何かを伝へずにはゐられない。ひとの声に耳を傾けることは、特別なことではない。同じくらい、ひとは誰かに声をあげてゐる。
    精神病が治るとは。カウンセリングが終結するとは。治療の文脈でひとを心を捉へることがさうでないことよりよいといふのか。心は決して完成したものではないし、完成するものでもない。治療の枠組みにあてはめればあてはめるほど、その枠組みから逃れるやうに、ひとは都度心の病を抱へるだらう。
    長い時間の中で抱へられてきた、さうした心は他でもない、そのひとらしさであれば、育んできた周囲の人間、ひいては文化そのものといつても過言ではない。もし、治療といふ枠組みならば、目の前の人間を育んできた自身の行ひや大きな文脈に自覚的でなければ、結局同じことを繰り返してしまふだらう。
    こころ医者のすることは、治すことではない。どうしやうもないこの自分を抱へて歩けるやうに、そばにゐることだ。そのひとのもつ、魂の気質をどのやうにほかのひとと埋めていくか。うまくいくこともあれば、いかない時もある。うまくいかなかつたからといつておしまいではない。もう一度取り組めばいい。今までとは違つた埋め方を知つた時、どうしやうもない自分の気質に出会つた時、ひとは必ず学び成長する。一度できれば二度目が楽になる。二度目が楽になれば三度目も楽になる。さうしてひとは養生の努力を続けていく。治療といふ文脈ではこのやうにひとの人生を考へることはできない。
    治療ではなく、ひとが自分の魂の気質に出会ひ、存在することしかできないこの人生を歩める、そんなこころ医者になりたい。

  • 2/11/5 85
    精神科医は沈黙が読めるようになって一人前さ

    特にこどもが相手だと、ハイ、イイエで答えるように質問してしまいがちなので、注意します。ハイ、イイエ、で質問すると、それを積み重ねて判断すると、事実と大きく食い違ってしまうことが往々にしてあります。「お母さん、好き?嫌い?」なんて、もっとも嘘を言わせる質問ですね。せめて、「お母さん、好きなときと嫌いな時とある?どういうときに好き?どういう時に嫌い?」と質問して下さい。その方が、子供に嘘をつかせないで済むでしょう。

    「健康とか、正常とかは、持っていて悪くはありませんが、鼻にかけるようなものではありません。」クレッチマー

    病名は、《こころ医者》にとって、それほど重要ではありません。精神科では、病名はしばしばレッテル以上の意味は持っていないからです。漱石は躁鬱?統合失調?

    大まかに言えば交通手段の進化のスピードに、情報の広がりのスピードが比例するので、常識の変化もそれに比例すると考えることができる。

    孤立は被害妄想を起こしやすくさせます。

    《こころ医者》にとって、病気には、単純な意味での治癒はありません。>治そうとばかり考えていると、病気と付き合っていくという要素が、考えから抜けてしまうからです。

    心の天秤>左右ちょっとの違い>結果でものを見ないで、こころを読む努力をしていけば、それが分かるようになります。

    《医者に治してもらう》と考えていた時代の一般の人たちの考え方が、《治療力を持ったコミュニティで患者を受け入れる》という考え方に変わっていけば、これは大きな進化といえますが、それは治るとか、治癒とかの考えにこだわらなくなってはじめて実現するでしょう。

    原爆投下は狂気のなせる技だと思います。原爆を落とす正当な理由などあり得ない。でも実際に投下されたのです。

    一人になって、だれとも接触しなくなると、間違っても修正できず、どんどん考えが発展していきます。それが妄想です。

    難しいことを、少しでもやさしく、やさしいことは少しでも深く、つまらないことを少しでも面白く

  • 「“こころ医者”とは何か?病気を治して問題を解決しようとするのが“精神科医”、話を聞き本人の心を成長させて問題を解決しようとするのが“こころ医者”。うつ病、アルコール依存、神経症などの病気は人格という精神の全体、心に関した問題だからこそ、心を成長させて社会に順応していきたいもの。“こころ医者”にはどうしたらなれるのだろうか。]

    なだ/いなだ
    1929年東京生まれ。慶応義塾大学医学部卒業。精神科医、作家。フランス留学後、東京武蔵野病院などを経て、国立療養所久里浜病院のアルコール依存治療専門病棟に勤務。1965年、『パパのおくりもの』で作家デビュー

  • 読んでよかった。すべて理解したわけじゃないけど。反省すること多し。私にだってできるのかな。

  • 岩舩先生のオススメ

  • こころ医者になるのに必要なのは忍耐力。
    人間的に大人になることは、人生の清張という会談をひとつ上がるようなものです、そして振り返ってみると、人生の見通しとか見晴らしがよくなってくるのです。以前の自分の若さが過去のものとして見下ろせて、よく見えてくる。
    夏目漱石は心の病を持っていた。時々精神病の状態、被害妄想が出ました。誰かに追われている、監視されている、自分をおとしめようとしている品減がいるという感がにとらわれました。作品の中にもそれが反映された部分があります。

  • アルコール依存症の治療経験から導かれた作者の哲学が語られています。医者と患者は並んで歩くような関係でいたいものですね。図書館予約数は2(2010/02/17現在)です。

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著者プロフィール

なだいなだ:1929-2013年。東京生まれ。精神科医、作家。フランス留学後、東京武蔵野病院などを経て、国立療養所久里浜病院のアルコール依存治療専門病棟に勤務。1965年、『パパのおくりもの』で作家デビュー。著書に『TN君の伝記』『くるいきちがい考』『心の底をのぞいたら』『こころの底に見えたもの』『ふり返る勇気』などがある。

「2023年 『娘の学校』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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