さようなら、オレンジ (ちくま文庫 い 87-1)

著者 :
  • 筑摩書房
3.46
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本棚登録 : 883
感想 : 95
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  • Amazon.co.jp ・本 (176ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480432995

感想・レビュー・書評

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  • 途中から誰が誰なのか分からなくなったが、読む人に希望を与えるとても良い話だった。日本に住んでいると全く意識しない難民の人々の実態。多様な民族が入り混じった社会。冒頭から圧倒された。言葉に過剰な力を持ってもらいたくないと私は思っているが、みんなには幸せになってほしい。

  • 淡々と訥々と語られる女性たちの運命、日本語なのに翻訳物のように感じることで、サリマの心情は少しだけ理解できたかもしれない。

    ゆっくり沁みいる作品なのかもしれない。

  • 新しい言語を習得する過程の苦しみや喜び。伝えたいのに伝えられないもどかしさ。母国語話者からの無配慮への憤り。本作のメインテーマはこれではないけれど、メキシコで働いた自分自身の経験と重ね合わせずにはいられなかった。第二言語を真剣に習得しようともがくからこそ見えてくる母国語の尊さ。母国語とする言語に優劣などあるはずもないけれど、現実には母国語に起因する差が生じていることは間違いない。それを受け止め、乗り越えてどう生きるか。“マジョリティの権化”にはなれない私たちにそれが問われているような気がする。

  • アフリカからの難民サリマと、夫の仕事の都合による移民ハリネズミが、異郷の地オーストラリアで暮らす。言語の獲得が尊厳の獲得に直結してしまう厳しさ。
    その言語を獲得しようとする二人の前に立ちはだかるのが肌の色の違い、性差、教育格差、貧富の差。生きるためにもがき、耐えて、それでも決して人のせいにはしない強さに感動する。

  • ハードカバーも持っているのに、購入。
    この作品は、このくらい身軽な所から始めて読んでいくことが良いのだと思う。

    サリマが、生きるために来なくてはならなかった国。選択や、比較ではなく、ただそうするしかなかったという一択の中。
    そうして、そこから始めて生きるという過程に踏み込みだしてゆく。

    言葉の分厚い壁の中で、違いとは何かを彷徨する。
    マジョリティーの言語とは、一体何なのか。
    そうしてハリネズミが、子供について語るときに、どうしても日本語で書きたいという思いとは。

    私たちは、私たちを形成するものの大きな一つが言語であることに、半ば無意識的である。
    だから、乱雑に、適当に扱ってはばからない。

    けれども、英語の前で日本語の行く先はあるのか。
    いつも、この問いが私の前に立ちはだかる。
    行く先があるのだとしたら、私たちはそれを、貴重なマイノリティーだと意識しなくてはならない。

    この作品にある、力の現れ。
    その前でもがき、生きようとするサリマやハリネズミは、まったく他人ではあるまい。
    だからこそ、愛おしい。

  • 一言で言うなら、言葉の物語だと思った。
    主人公のサリマはアフリカから難民としてオーストラリアに渡ってきて、夫に捨てられ、二人の息子を育てるためにスーパーの精肉部門で働いている。夫や息子たちからは馬鹿にされ、孤独を感じながらも、働くのに加えて英語の学校に通い、母語ではない英語を少しずつ学んでいく。その中で友人もでき、息子の学校で自分の故郷について英語で語る機会を得、手元に残った下の息子の友達やその母親との交流の必要性が生まれ、仕事でもどんどん認められて昇進試験の話も出て、自立していくとともに孤独からも抜け出していく。母語に加えてセカンドランゲージとしての英語で第二の人生を切り開いていく様が、ひたむきで、とても心に響いた。
    というこのサリマの物語は、実はサリマの友人のハリネズミこと、日本人のイトウサユリが書いた物語である。ハリネズミが恩師に宛てた手紙はサリマの物語の合間合間に出てきていたけれど、その中ではサリマはナキチと呼ばれていて、不思議だなと思っていたら、サリマとはナキチの生き別れの母の名前で、ハリネズミはサリマを主人公にお話を書く、と言っているから、この小説全体の構造はとても複雑なマトリョーシカのようだ。
    オレンジは、サリマの故郷の太陽の色である。故郷を離れ、それでも新天地になじめずに家族の中でさえ一人だと感じていたサリマがずっと抱いていた故郷のおひさま。でも周囲との関係を築く言葉を少しずつ手に入れ、夫でも誰でもなく自分の力で生活を築いていくサリマには、新しい未来がひらけている。自分のせいで娘・ユメを死なせてしまったと思っているハリネズミが、ずっと傍に置いていたその遺灰を海に撒く場面も印象的で、そこに差していた夕日の中に、これからは娘の姿を見ようと思うのも、さようならオレンジなのかなと思った。全体的に明るくはないけれど、いずれも前向きに生きていこうという芯の強い前向きな気持ちが、さようなら、オレンジ、に表れているのだと思う。

  • 2014年本屋大賞4位入賞作品。

  • 感想長いです。

    この小説は、サリマという名の難民出身の女性(シングルマザー)がオーストラリアで英語を学びながら奮闘する物語と、異国で英語を学びながら奮闘する"S"という名の日本人女性(こちらも母親)が恩師に宛てた手紙を交互に読み進める構成となっている。
    サリマの話に没頭しかけてきた頃に、フッと"S"の手紙にスイッチして、あ、切り替えなきゃと思うんだけど、なんか"S"の近況報告にも難民出身で奮闘している女性の話が出てきて、あ、サリマのこと?と思ったら名前が違って、なんだ違う人のことか、でも似た話だなーと半ば混乱しながら読み進める。もちろんこれが舞台装置=小説的仕掛けで、最後の最後で、、、!見事です。

    縁もゆかりもない異国の地で、言葉もわからない中で子供を養う母=サリマは、強い意志をもって、固い殻を身にまとって生きている。「わからない」という恐怖の中で、母として子供だけは何をしても守るという、それだけが自分の存在価値だと信じて止まない。
    しかし、少しずつ英語がわかり始めてきたある時、周囲の人々と分かり合える「部分」、いや、分かり合える「瞬間」が現れる。今まで心を許すことのできなかった人たちを、いつのまにか許したり愛おしく感じたりしている自分を発見する。英語をマスターしたわけではない、ほんの少しわかるようになったことによって、「ほとんどわからない」にも関わらず、「わからない」=恐怖が、いつのまにか「少しだけわかる」=希望に変化していることに気づく。

    僕らは言葉を通じてしか思考することができない。言い換えれば、僕らの思考は、言葉に縛られている。だから、第2言語を手に入れることは、まったく新しい思考を手に入れることになる。これは人間としての大いなる飛躍である。自分自身も思いもよらなかった思考を手に入れ、昨日の自分とは全く別の自分になれること、知恵とは教わることではなく自分自身の内部から湧き出てくるものであることを知った時、人は自分自身の存在の中に希望を見出すことができる。すると、辛いことにも耐えられるようになる。だから、外国語を学ぶことには深い意義があるのだ。そのことを、この小説は教えてくれる。

    このような思考のトリップ、知性の活性化を与えてくれた点で、高評価。

  • 昔の「本屋大賞」のリストから、読んでいないものをぽつぽつと読んでみる。この本は、2014年の第4位。
    170頁も満たない薄い本だったが、心に引っ掛かるところが多くて、読み進むのには結構時間が掛かった。

    アフリカからオーストラリアの田舎町に流れてきた難民サリマは、夫に逃げられ、精肉作業場で働きつつ二人の子どもを育てている。
    母語の読み書きすらままならない彼女だったが、仕事の傍ら職業訓練学校で英語を学び始める。
    頼る者もない異郷で、夫に逃げられ長男にも去られた彼女が、言葉を得て、僅かな友だちができ、次男との関係が築かれ、徐々にコミュニティの一員となる。
    感じ取っているものの多さと口に出して表現できる言葉の貧しさのギャップの持つ意味がつぶさに描かれるとともに、言葉を得る過程で、彼女から見て満たされていると思われた人でも、彼らに降りかかった様々な出来事から彼らとて他人には計り知れない内面を抱えていることを垣間見て、今こそ彼我の違いを受容し、それ故に自分が何者かを認識していく様子が真に迫る。

    間に挟まる、恩師への書簡の形で語られるイトウサユリという日本人の生活。自分の夢を半ば諦め夫についてオーストラリアに渡った彼女は、英語で小説を書こうとしているが、書きあぐねている。
    二人の言語との格闘と、それぞれが抱える孤独と、生活における困難が、上手く絡まりあって、二人が生きていく姿を際立たせる。

    実は“サリマ”と“ナチキ”の書き分けの意味がよく分からずに読んでいて、最後の書簡でやっと理解できた。
    サリマの物語だと読んでいたのが、物語の主人公はサユリだったのかと、生きていくための逞しさよりも言語との格闘が主題だったのかと腑に落ちない気持ちにもなったが、いや、勿論“言語”についてはこの物語の主要な主題ではあるが、“ナチキ”ではなく“サリマ”と表現されたことで、ナチキひとりのことではなく、多くの逞しく生きる移民や女性について物語であったのだと改めて感じ取った。
    中身も、本の仕掛けも、結構深かったのでした。

  • 絶望と喪失と隣り合わせにある希望
    沈みゆく夕陽に託された思いに心をうたれた

    オーストラリアで暮らすアフリカからの難民の一人称で書き切る筆者の筆力に圧倒された
    シスターフッド小説としてのクオリティがとても高い

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著者プロフィール

大阪生まれ。2013年『さようなら、オレンジ』で第29回太宰治賞を受賞し、デビュー。同作で第150回芥川賞候補・第8回大江健三郎賞受賞・2014年本屋大賞4位。2015年刊行の『Masato』(集英社文庫)で第32回坪田譲治文学賞受賞。他、『ジャパン・トリップ』(角川文庫)、『Matt』(集英社)、『サンクチュアリ』(筑摩書房)の著作がある。

「2022年 『サウンド・ポスト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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