さびしさについて (ちくま文庫 う-43-2)

  • 筑摩書房
4.23
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感想 : 12
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480439390

作品紹介・あらすじ

「ひとりだから、できること」ひとりになるのが怖い写真家と、子どもが生まれた小説家による10往復の手紙のやりとり。自主制作本を文庫化。

感想・レビュー・書評

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  • 宝物がめでたく文庫になった!!!!
    なんつうか大人になっても迷いも揺れもなくならなくて、むしろ増えるばかりで、ままならね〜〜と思うことばかりやけど、そうやって迷うことが必要と思えるやりとり。生活の話からシームレスに社会や制度の話になって、本来大きな壁はない地続きのものやから私もそういう風に思考して会話していきたい。
    全然知らん人にも無責任になんとかやっててほしいと祈ろう。好きな人は積極的になんとかやるためにと働きかけよう。みんなそれぞれなんとかやってこう。

  • 挨拶や相手への気遣いが手紙らしく読むたび心が柔らぐ。約3年間2人が交わした言葉は飾り気がなく、素直で、すっと自分に溶け込んでくるのを感じた。そして、滝口さんの娘の成長が垣間見えるたび目頭が熱くなった。

  • 写真家植本一子、小説家滝口悠生の往復書簡。「ひとりは、わるいものじゃないですね」、とそこだけ切り取るとよく聞く言葉でもあるけれど、植本さんの来し方をこの本でたどってきた上でこの言葉に出くわすと、深く深く頷いてしまう。「こころはひとりぼっち」の時も思ったけど、ひとりでかかえ込まずに、今、話を聞いてほしい!と思った時に、近所でもサークルでも話しを聞いてくれる人がいるの、植本さんの普段からの人間関係が良好なんだなあというのが感じ取れました。また滝口さんからもいつでも来てくれていいのだから、とかえしてくれて。最後のほうの、植本さんが同名の方に出会ったときに、おもわず自分にも言うような気持ちで「いちこがんばれ!」と叫んでしまい、言われた彼女もハッとして恥ずかしそうに「いちこがんばれ」と返してくれたシーンには何だか涙が出てきてしまいました。◆それは以前持っていた絶望的なさびしさからくるものではなく、一緒に過ごした時間が作った安心感のようなものを含んだ、希望のあるひとりです。p.69◆これまで周りの人、特に家族については散々書いてきたけれど、そこにある私からみた「本当」ってなんなのだろうp.150

  • 本人たちもそのこと自体に言及しているからあれなのだけれど、それでもなお世間に公開することを前提とした往復書簡の、相手に向けているようでいてひろく他者に読まれることを意識した文章の、ちらちらとこちらをうかがうような視線、作りものなのに作りものでないふうを装う態度に、恥ずかしさをおぼえてしまう。わかるよそうだよねえと思わされたり、家族とのことってみんなけっこう大変で、いやというか家族とのことに限らずみんなけっこう大変で、そんななかどうにかやっていってるんだねえと気づかされたり、読んでいて安心するようではあるのだけれど、同時になんかどこをとってもツイッターでバズりそう、みたいな感覚を抱いてしまうのは、そのあたりに所以があるのかもしれない。

  • さびしいのに変わりはないが、ひとりでしか考えられないことやできないことはたくさんある。昔狂ったように滝口悠生と植本一子の本を読んでいた時期があった。あの頃から自分も著者たちもたくさんの時間を過ごして変わり続けてきた。再び再会!という感じがして嬉しかった。

  •  著者2人による往復書簡。ひょんなきっかけから植本さんにはPodcastのゲストで出ていただくことになり、植本さん曰くその収録きっかけで開始することになったそう。なので製作されていることは以前から聞いていて滝口悠生さんも自分の大好きな作家の1人なので期待値上がりまくりな中、そこを余裕で超えてくる素晴らしい作品だった。こんなに自然体かつ芯をくったことを平易な言葉で表現できる2人がめちゃくちゃかっこいい。
     往復書簡という形のコミュニケーションの速度・密度は現在日常には存在しないと思う。すべてが短縮され高速化される中、それぞれが伝えたいことを時間をかけて考えて文字にする。本著内でも言及されていたけど、2人のやり取りなので、一方に対するメッセージではあるものの公開されるので不特定多数が読む。このスタイルが今の時代に新鮮に映るはず。あと何気ない近況と比較的深いテーマのようなもののバランスが良くて深いテーマだとしてもすべては日常と地続きなんだなと思わされた。
     植本さんからは特に子育てに関するトピックや主張の投げかけが行われて、それに対して滝口さんの論考が展開されるパターンが多かった。自分自身、昨年末に子どもが生まれて絶賛子育て中で何となく考えていたことがことごとく滝口さんによって言語化されており、もうそれだけで自分にとっては特別な1冊となっている。特にくらったラインを引用。

    *この頃娘は、食事を与えていても、これが食べたい、と指さしたり、危ないものを手にしているので取り上げようとすると不服を訴えて怒ったり泣いたりするようになりました。そういうときに、おお、個人だ、と感動します。*

    *僕はひとりで歩いているときはじめてぼんやりとながらも離れた場所から娘のことを思い出したのでした。妙な話ですが、その瞬間にはじめて、ああ自分には娘がいるんだな、と思えた気がします。* 

     「べき論」に終始せず各トピックに関して言葉で意見交換して互いの立場を知る。SNS全盛期で「気持ちの良い言い切り」が跋扈する中、分からなさ、曖昧さを表明することのかっこよさが二人から存分に発揮されていて勇気づけられた。また装丁のかっこよさも圧倒的。本の内容と連動しているところもグッとくるし仕掛けの多さも最高だった。

     ZINEから文庫化にあたって追加された内容については、本著内で言及されているとおり最初のZINEを出版してから2人の関係がより近くなったことでギアがさらに踏み込まれた印象を受けた。最初の発信は植本さんでパートナーと関係を解消した話から始まる。その事実を知っている「一子ウォッチャー」も多いはずだが、改めて滝口さんへの書簡という形で語り直されることで新たな視点が加わっていて新鮮だった。同じ事実があったとしても照明の当て方次第で色んな見方、考え方ができる。今回の植本さんの文章はその当て方のバリエーションの豊かさに驚いた。情報過多の今、これくらい自分のことについて考える時間を設けることは意外に難しい。時間をかけて手紙を書き特定の誰かに伝える、この客体化の作業で自己と向き合う。これはすべてが加速化する社会において一つのサバイブ術だと思う。

     そして追加分の滝口さんの文章は正直めちゃくちゃくらった…言語化できていない感情の数々がズバズバ言語化されていくし文章の精度、芯の食い方がその辺に転がっているエッセイと雲泥の差がある。最初の返信では、植本さんの著書『愛は時間がかかる』を通じた時間の捉えた方に関する考察が書かれているのだけども本著のオモシロさを象徴していた。単なる書評ではなく生活と文がそこに同居しているように書かれている。私たちが日常で何気なくやり過ごしているものに言葉を与えていくとでも言えばいいのか。たとえばこれとか。

    *子どもは生きづらいんだろうか、そうでもないんだろうか、とかときどき考えてしまいますが、生きづらいというのは昨日と今日と明日が続いている時間のなかで求められる不可逆性とか一貫性とかのもとにあって、娘はそういう時間のなかをまだ生きていないのだと思います*

     育児に関する深い考察も本著の一つの特徴である。それぞれの子どもの世代が異なっているため抱えている悩みや背景は異なっているものの、いずれも真っ直ぐな思いの吐露に胸を打たれまくった。植本さんは自身の過去と今の娘さんの状況を対比して、ここでも1人とは何かについて考察されているし、滝口さんは小さな娘さんとの対話を試みている。特に後者は私自身が似たような年齢の子どもがいるため身につまされることばかりだった。政治の話ではないけれど、本質的な政治の話という矛盾した何かがそこにあった。具体的な議論の前にミクロな違和感を放置せずに抗っていかないと社会は何も変わらない、そんな思いを新たにした。

  • 自分の土壌を耕しては取れた野菜をおすそ分けするようなやり取り。味わい深い。
    子どもが生まれたばかりなので、子どもに関する箇所は特に興味深く、これから積み重ねていく時間が楽しみになった。

  • 全体の話をする滝口さんと、個人的な話をする一子さんの往復書簡。
    相手からの手紙に返信するような形式めいた内容ではなく、お互いに交差する点がある様で、ない様な返事の書きた方がとても良かった。
    個人的な悩みや苦しみは社会に繋がるものであると思うし、小さな点が全体を作っているものだから。

  • 読みながら植本一子さんが「家族最後の日」の著者の方かな?と思い調べたら、そうでした。
    気にはなっていたけど、レビューなどを読みながらヘビーな内容そうだなと思って手にとらなかったのですが、こんな形で植本一子さんの作品と出会うことになるとは驚きました。
    滝口悠生さんも初めての作家さんでした。タイトルと帯に書かれていたことだけに惹かれて手に取りました。
    植本さんから滝口さんへの「離ればなれになる道」でのお礼の連絡がないことからあんなことこんなこと悪い方に考えてしまうところや、植本さんが娘さんと出かける時になってどうしても嫌で泣き出してしまったところ、滝口さんから植本さんへの「子どもの性別」のところで娘さんの性別に「女」のところに勝手にマルをつけることへの心理的抵抗に共感しました。
    私も同じように考えてしまったり、似たような経験があるなぁと思いました。
    コロナ禍でのやり取りもあって、もうそんなに月日が経ったのかと時の流れの早さにも驚いてしまいました。

  • とても良い本だった。2人とも文章が上手な方だが明確に「上手い」のジャンルが違くて例えるならアシタカとサンのような、サンは森で、私はタタラ場で暮らそうじゃないけど、異なった2人がお互いを思いやりながら返事と信頼を一層重ねていく様子が素晴らしい。本当に仲良しなんだな。

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著者プロフィール

植本 一子(うえもと・いちこ):写真家。1984年、広島県生まれ。2003年、キヤノン写真新世紀で優秀賞。2013年から下北沢に自然光を使った写真館「天然スタジオ」をかまえる。主な著作に『愛は時間がかかる』『かなわない』『家族最後の日』『降伏の記録』『台風一過』『うれしい生活』『家族最初の日』などがある。

「2024年 『さびしさについて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

植本一子の作品

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