底ぬけビンボー暮らし

著者 :
  • 筑摩書房
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (203ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480814036

感想・レビュー・書評

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  • 昭和の男だな・・・と思う。『豆腐屋の四季』その後。

    暑くても発電所の増設に反対しているからクーラーもつけず、日本ペンクラブや文芸家協会も会費が払えないから入れない。甥の結婚式に出す祝儀もない。賞も取り、そこそこ名前も知られている作家としては、本当に苦しい生活だと思う。
    しかし、ある意味幸せな人だと思う。
    主義に反する仕事はしない。必要以上に貰わない。愛する妻と散歩する時間はたっぷりある。子どもたちはいい子に育っている。
    だから、読んでも暗い気持ちにはならない。
    この経済状態で夫婦仲が悪かったり、子どもがぐれたりしてたら救われないもんね。

    しかし、奥さんはどういう気持ちだったのかな・・・。
    こんなにしじゅう一緒にいるのは疲れなかったのか。たまには一人になりたい、贅沢したいわけではないけれど子どもたちにもっといろいろしてあげたい、自分だけのものが買いたい、と思わなかったのか。
    思わなかったとしたら、奥さんがすごい。
    そういう妻を得ただけで幸せなんだから、お金はなくてもいいじゃないか。

  •  先日柳美里さんの『貧乏の神様』を読んだとき、「そういえば、松下竜一が売れない物書きとしての困窮ぶりを綴ったエッセイ集があったな」と本書のことを思い出し、手を伸ばしてみたしだい。

     自らが発行人であった月刊ミニコミ誌「草の根通信」に連載したエッセイの、1990年代前半分をまとめたもの。
     『ルイズ―― 父に貰いし名は』で講談社ノンフィクション賞を受賞し、テレビドラマ化された作品(『豆腐屋の四季』)もある有名作家でありながら、年収は200万円前後という困窮ぶりが明かされている。その点でも、「芥川賞作家困窮生活記」と副題された『貧乏の神様』に近い。

     印象的なビンボー・エピソードがちりばめられている。
     たとえば、日本文藝家協会から入会の勧誘がきたとき、入会金5万円・初年度会費2万円の計7万円がとても払えないと、松下は断ってしまう。
     また、次のような赤裸々な記述も随所にある。

    《昨年末に受け取った『母よ、生きるべし』の印税八◯万円を一応今年の収入として、それ以外に当てにできる大きな収入はまったくないということだ。
     というのも、今年中に出版できそうな本が一冊もないのだから当然のなりゆきというしかない。これまでに何も書けてないし、これから書けたとしても今年の出版ということにはなるまい。》

     それでも、「貧乏」ならぬ「ビンボー」というタイトルが示すように、悲愴感はまったくない。あたたかく、ユーモラスなビンボー生活。次のような、微苦笑を誘う一節も多い。

    《ちかごろ「清貧の思想」なるものがもてはやされているそうだが、それにしては現に貧しく生きている松下センセがなんの脚光も浴びないのはいったいどうしたことだろうか。(中略)思想としての清貧はもてはやすが、現実に貧しく生きている作家には眼が向かないらしい。》

     貧乏を少しも苦にしない糟糠の妻と毎日散歩し、海岸でカモメにパンを与えることが何よりの楽しみだという生活は、「お金のかからない幸せ」のお手本のようだ。

     何より、ビンボーしていても作家としての矜持を失わないところが、読んでいてすがすがしい。

    《不安や焦りがないといえば嘘になるが、もとより作家などという稼業は、“書けないときにも耐えうる精神”がなければやっていけるものではないのだ。たとえ実態は失業者であろうとも、散歩を愉しむ精神を喪わぬ限り松下センセは作家なのである。》

     反権力の作家でありながら、声高に社会正義を訴えるようなサヨ的気負いが感じられない点も好ましい。

     それに、本書の解説で山口泉が言うとおり、松下竜一はビンボー作家ではあっても、「『作家』としては、稀に見る厚遇を受け続けてきた存在」でもあるのだ。このような、全30巻もの立派な全集まで編んでもらえたのだから……。 

  • 914.6

  • ノンフィクション作家松下竜一氏の、細君との愛情に溢れた底抜けに明るいビンボー生活を綴ったエッセー。飾りのない文章はしみじみと心に届く。

    それにしてもノンフィクション作家とはこれほどまでに収入が無いものなのかと驚く。本人は好きでこんな生活をしている訳ではないと仰るが、権力の横暴に物申し、信念を貫く生き方を誰もが出来るわけではない。だからこそ沢山の人々が松下氏をいろいろな形で応援しているのだろう。

    こんなにビンボーな暮らしをされている方の本を図書館で借りてしまって心苦しく思い、松下氏の略歴を調べてみたところ、既に故人となられていた。次は新刊を買って、じっくり読むことにしよう。

  •  社会派作家の著者も、さすがにビンボー暮らしはこたえるようだ。それでも自分の仕事に対する自信と誇りの表れだろうか。実に明るい“嘆き節”だ。そこには、節を曲げずに書き続けてきた作家としての矜持がある。
     長者番付に名を連ねる売れっ子作家はごく一握り。世の大半の作家先生たちはきっと経済的にも苦しんでいるのだろう。そういえば、今もその作品が読み継がれている昔の作家が、誰もが知ってる文学賞に自分を推薦するよう審査員に手紙を送ったという話もあった。
     今も昔も作家暮らしは楽じゃない。松下センセ頑張れ!

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著者プロフィール

歌文集『豆腐屋の四季』でデビュー。豆腐屋を14年間続けた後、1970年、"模範青年"を脱皮して、作家宣言。生活(いのちき)の中の小さな詩を書き綴ったエッセイと、重厚な記録文学を書き続ける。「暗闇の思想」を提唱して豊前火力反対運動・環境権裁判を闘い、『草の根通信』を31年間発行、反戦・反核・反原発の闘いに邁進する。その闘いの原点は『豆腐屋の四季』にある。弱い人間の闘い方とは、局面負けたとしても、自分を信じ、仲間を信じ、未来を信じることである。3.11福島原発事故以後、若い世代にも「暗闇の思想」が読み直されている。「だれかの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬ」

「2012年 『暗闇に耐える思想 松下竜一講演録』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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