モダンガール―竹久千恵子という女優がいた

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  • 筑摩書房
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  • Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784480885012

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  •  トーキー初期のスター女優である竹久千恵子(1912-2006)は、現役時代の人気に比べると現在の知名度は不当に低いものの、今日きちんと1冊だけモノグラフィが出版されているのはありがたい。香取俊介の『モダンガール──竹久千恵子という女優がいた』(1996 筑摩書房)という本がそれで、映画専門の著者ではないが、ノンフィクション・ライターとしてプロの仕事をしている。しかし、竹久千恵子死去の報道に際し、香取は自身のブログで次のように書いている。

    「早い時期に芸能界を引退したこともあったほか、やはり『語りたくない』『語ると差し障りのある』こともあるようで、もうひとつ、彼女の人生の深淵にふれることはできなかった。したがって、書籍としてはやや中途半端。情報不足を補うため、昭和初期の『軽演劇』についてかなりの部分をさくことになった。」

     材料不足でうまく書けなかったと著者は悔悟を述べているが、同時代の映画シーンおよび、彼女が籍を置いたカジノ・フォーリーの浅草、ムーラン・ルージュの新宿といった軽演劇シーンについての興味深い取材成果もふくめて、すこぶる面白く読める本となっていると思う。それに比して、西村幸祐の次のようなコメントも併せて読んでみていただきたい。

    「竹久千恵子さんは明治生まれですね。明治生まれの女性の凛とした強さは、大正生まれの私の母にも受け継がれていたように思います。最近の女権拡張論者や、フェミファシズムに染まった女性と好対照なのが面白いです。今の日本では、普通の女性でも女性らしさから生まれる強さを持っている人は、若い世代になればなるほど少なくなっているような気がします。」

     こういう物言いを「粗雑」と言うのであろう。なにやら自分の母親を引き合いに出して具体性を装ってはいるが、もっとも具体から遠い言葉である。『モダンガール』が竹久の「人生の深淵」に触れるものたり得なかったという著者・香取の反省は率直なものだとしても、「竹久千恵子さんは明治生まれですね」という一般論で何かを語った気になってしまう、西村のごとき抽象性を免れ得ている点で、本書ははるかに「凛とした強さ」を持っていると言える。竹久という女優が決して「明治生まれの女性」を代表などしておらず、同時代でいかに逸脱した存在であったか、本書はそのことだけをひたすら描写したのだと言って過言ではない。
     ただし、本書の重要な誤りも指摘しておかねばならない。舞台女優・竹久の映画女優としての本格的デビュー作で、P.C.L.の製作開始第2作となった『純情の都』(木村荘十二 1933)はフィルムが現存していないため見ることができない、と著者は書いているが、私は現にこの目でそれを見たことがあり、さらにこれは大変すばらしい作品でさえある。純情な千葉早智子に対して「男言葉」を駆使しつつボーイフレンド気取りで激励し続ける同居人を、竹久千恵子がどら猫のようにゴロゴロと怠けながら、ふてぶてしく演じている。
     ムーラン・ルージュ新宿座の創設80年ということで、『ムーランルージュの青春』(監督 田中重幸)が全国で順次公開されているけれども、『純情の都』の原作となった初期ムーランの演し物『恋愛都市東京』(作はムーランの文芸主任だった島村竜三)の重要性は強調されるべきであろう。そして、竹久の演じたボーイッシュな娘役はそもそも、ムーランの舞台で彼女自身が演じた当たり役にほかならなかった。

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著者プロフィール

脚本家・作家。日本放送作家協会理事。
1942年東京生まれ。東京外国語大学ロシア科卒。NHK(報道、ドラマ)をへて作家・脚本家に。ドラマ脚本に『山河燃ゆ』(NHK大河ドラマ:共同脚本)、『私生活』(NHK:短編ドラマシリーズ)、『静寂の声』(テレビ朝日系)、『さすらい刑事』(テレビ朝日)、『あゝ専業主夫』(TBS系)など。

「2019年 『渋沢栄一 人生とお金の教室』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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