アメリカン・プリズン (潜入記者の見た知られざる刑務所ビジネス)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (144ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488003944

作品紹介・あらすじ

イランで投獄されたことで、アメリカの刑務所問題に関心を持った著者。身分を隠して面接を受け、アメリカ最大の刑務所運営会社が運営する刑務所で刑務官として働きはじめる。時給はウォルマートのアルバイトと同じ9ドル。利益を出すため経費は切り詰められ、人手不足が常態化し、トラブルは隠蔽。その背景には、奴隷制度以降、囚われの人々を使って利潤を上げようとするアメリカの暗部があった――。本書の元になった記事が時の政府を動かすほどに衝撃を与え、全米で話題を呼んだ傑作ノンフィクション。

感想・レビュー・書評

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  • 『奴隷制の廃止を定めた合衆国憲法修正第十三条には抜け穴があった。“奴隷制もしくは意志に反する強制労働”はアメリカ合衆国に存在してはならない、ただし“犯罪の処罰として以外は”と条文には記されていた。』

    ページをめくる度にビンタされているような気持ちだった…。
    民営刑務所(アメリカ合衆国には民営の刑務所があることも初めて知った)に刑務官として潜入した記者が書いたノンフィクション。
    民営ということは、利益を上げなければならない。
    そのために刑務官の数や医療費、教育活動などを減らし、劣悪な環境に置かれる囚人と刑務官。
    現在のこの刑務所の状況を放置して良いのかという問いかけが一つの柱になっている。
    もう一つの柱は、奴隷制から続く搾取の構造の解明。

    『強制労働の方式としては奴隷制より効率がよく、奴隷制とは違って刑務所での労働は州に直接の利益をもたらした。奴隷制の廃止と刑務所の建設はときに一体のものとして議論が進められることもあった。』

    アメリカ合衆国で黒人が強いられているものの根深さに愕然とした。
    潜入して書かれている現在の刑務所の日記的な記述と並行して、奴隷制から続く強制労働の歴史も詳しく述べられており、優れたノンフィクションだと思う。
    その上、著者自身も最初に意図したことではないだろうが、刑務所に勤めるうちに著者が精神的に追い詰められていく、その記述が凄まじい…。
    安い時給でこれだけキツい仕事をする刑務官も、多くが黒人なのだと知ってまた打ちのめされた気持ち。

  • ジャーナリズムの真骨頂ーと、宣伝されそうな1冊。
    民営刑務所に潜入取材した筆者。そこで待っていたのは、刑務官の慢性的な人数不足、過酷な労働環境、人を人として見ない囚人管理の実態。にもかかわらず、株主総会では美辞麗句を並べ、筆者の質問には回答をしない企業。

    まさに、現代版の奴隷制である。実際に、アメリカの歴史においては、奴隷制に代わる安価な労働力供給源として、囚人の貸し出しが実施されていたとのことでもある。

    最初、筆者の淡々とした筆致が、書かれていることの苛烈さとなじまず、読み進めるのに苦労した。しかし読み進めるうち、それは不条理に対する筆者の抵抗方法ではないかと考えるようになった。あえて淡々と描くことにより、読み手である私が、現状をよりリアルに理解できるようになるということだ。

  • 【本書の概要】
    アメリカにおいていくつかの刑務所は民間企業により運営されている。コレクションズ・コーポレーション・オブ・アメリカ(CCA)はその民間企業の一つである。
    州政府は、刑務所の運営を民間企業に委任することで、公営よりも少ない費用で適切な運営がなされると考えていた。
    しかし、筆者がCCAに刑務官として潜入取材をして分かったのは、営利企業による行き過ぎた利潤追求が、刑務所の人員を削減しサービスを低下させ、囚人や刑務官の精神状態を悪化させるという実体であった。「刑務所の民間運営」が招く歪みは、アメリカ建国時から存在するものであった。


    【本書の詳細】

    ①アメリカにおける囚人搾取の歴史

    アメリカにおいて囚人と利益追求が結びついたのは、今に始まった話ではない。

    1795年、処刑を待つための収容所である「監獄」のあり方が改まり、囚人のための作業場と寝起きする場所を兼ね備えた「刑務所」という施設が誕生した。
    当初は囚人たちの暴動とストライキが絶えなかったものの、集団行動を禁じ規則を厳格化するようになってから、囚人たちは「静かで孤絶した労働機械」と化した。厳しい規則と厳罰により刑務所での労働生産性が上がり、得られる利益で建設費用をペイできるようになると、刑務所ブームが起きた。

    アメリカで奴隷制が廃止された後も、黒人受刑者の全体と白人受刑者の一部が、強制的にプランテーションで働かされていた。当然人件費がかからないため、生産性が高い。中には受刑者への鞭打ちや罰を与えてまで重労働をさせ、徹底的に利益を追求する刑務所まであった。

    近年にいたって、民間刑務所が開設されるようになる。このビジネスモデルは、受刑者一泊当たり〇〇円というホテルのような営利設計を取っており、その費用は州政府が負担した。

    しかし、刑務所をすでに民営化しているフランスは、「完全な民営化のもとでは、事業者が囚人を労働機械とみなし、最大限に利用しようとしか考えなくなる。民営企業は契約における金銭面しか考えないため、労働者の生産性が計算より低ければ、囚人への衣食住への費用を減らすことで穴埋めしようとする」と警告している。

    この警告も空しく、運営会社は儲けるためにどんどんコストを切り詰めていった。コストカットの大半は人員の削減だ。他にも刑務官の給料、受刑者向けプログラムといった要素を最低限にしたことで、質がどんどん落ちていった。
    ここにおいて、囚人の矯正の目的を一切放棄し、奴隷制のときのように金を搾り取るための重労働が復活した。ルイジアナ州管理委員会は、「綿製品の製造は、囚人が従事させられる作業の中でもっとも儲かる。他の作業よりも不足の事態が少ない」と強調している。

    南北戦争前のルイジアナ州は、囚人の子供を奴隷として売っていた。刑務所では黒人女性が男性の囚人と一緒にされ、その結果妊娠することがあった。生まれた子供は10歳まで母親が育て、10歳になったら刑務所が新聞広告を出し現金払いで売られる。
    南北戦争前、アメリカでもっとも豊かな8つの州のうち7つが南部の州だった。世界で最も生産性の高い、機械によらない綿生産システムが、奴隷の手によって作られていたのだ。

    南北戦争の集結後、ルイジアナ州の囚人は、自由労働者が誰も行きたがらないような危険で過酷な仕事――鉄道建設や鉱山労働のために、州からダミー会社を通じて又貸しをさせられるようになった。囚人の労働環境は過酷であり、平均6年しか生きられなかったという。

    その後、囚人貸し出し制度は徐々に廃止されていった。フロリダ州とアラバマ州が制度の残る最後の2州であったが、キセルで捕まった白人がプランテーションに送られ暴行死した事件が全米の注目を集め、この2州でもついに廃止された。民間企業が何十年にも渡り黒人を痛めつけ虐殺してきたのに、廃止の決め手になったのは白人の死であったのは、なんとも皮肉である。

    しかし、20世紀初めに囚人貸し出し制度が廃止された後も、囚人は依然として無休の強制労働を続けており、綿花から道路建設へと仕事の場を移して行った。

    囚人貸し出し制度、強制労働制度の正当化に一役買っていたのは、「白人至上主義」である。
    賢い白人が無知な黒人に仕事を教えることで規律と分別を植え付け、更生を促す、要は「白人が黒人のためを思って賢くさせてあげている」論調が背後にあったのだ。


    ②民営企業が運営することによる運営環境の悪化
    CCAの刑務官の時給はわずか9ドル。近所のマクドナルドよりも安く、平社員の給料はここ何十年も上がっていない。
    この危険な仕事が何故これほどまで安いのかというと、利潤追求を第一とする民間企業が刑務所を運営しているからだ。
    州政府が公営でなく民営による刑務所を選択するのは、ひとえに公営よりもコストを抑えられるからだ。ルイジアナ州が契約するCCAに払う額は、受刑者1人当たり1日34ドル。一方、州が運営する刑務所での受刑者1人あたりの1日の平均費用は52ドルである。
    この差額を埋め合わせるためには、刑務官の数や各種サービスを削るしかない。この費用削減は、刑務官の士気を低下させるだけでなく、囚人の素行を悪化させることにも繋がる。人出が足りず囚人用のプログラムや労働を実施できなければ、囚人達は時間を持て余す。結果として精神状態が悪化し、刑務所内の秩序がどんどん乱れていくのだ。

    ③筆者によるCCA刑務所ルポ
    現実にはほとんどの刑務官が、受刑者(特に用務係)との協力が必要だと考え、実際に協力していた。職員の人手が足りていないからそうするしかないのだ。

    刑務官の態度が囚人の態度を決める。刑務官の士気が無く囚人への態度が悪ければ、それが刑務官自身にも跳ね返ってくる。

    筆者は、刑務所という環境の中で、どこまで自分が囚人への締め付けに手を貸し、また悪事を見逃すかの狭間で揺れていた。
    囚人からの恫喝、上司への不信感、度重なる緊張から、筆者の精神状態は日に日に弱っていった。長く働けば働く程、より人から恨みを持たれるようになっていった。
    そのうち、筆者は企みを感じるようになった。これまで害のない小さな違反に見えていたものが個人的な攻撃に見え、受刑者がわざと自分の前で規則を破って、意思を削り取ろうとしているような考えに取り附かれるようになった。

    刑務所の体を成していないカオスな環境に放り込まれた筆者は、刑務官の仕事を通じて、自分自身のあり方に葛藤を覚えていた。そして次のように語っている。
    「悦びと怒りの境界が曖昧になりつつある。怒鳴ると生きて居る感じがする。受刑者にノーと言うことに悦びを感じる。いまではひたすら刺激がほしかった。」
    「僕は何者になろうとしているのか。26か月も独房ですごしたことのある人間が、どうしてドラッグのために誰かを独房に送り込むようなことができたのか。たかがドラッグのために。」
    「看守の僕と元囚人の僕が自分の中で戦っていて、それを止めたかった。」

    民営刑務所を本気で改革することなど可能なのだろうか。各種プログラムに医療や精神保健サービス、まともな賃金、どれも金がかかり、いまや民営刑務所は公営刑務所よりさほど安上がりなわけでは無い。質を良くすれば利ザヤが減るし、州が改革のコストを賄えるように金額を増やせば、民間企業に刑務所の運営を委託する理由がなくなる。


    【感想】
    筆者は若いころ、スパイ容疑をかけられてイランで二年以上囚人として過ごしたことがある。かつて囚人だった男が今度は囚人を監視する立場になって分かったのは、人が人を監視し、一方的に従わせることの難しさである。
    囚人も人間である。当然自由が欲しいし、奴隷のような扱いをされれば反抗的にもなる。その怒りは暴行やセクハラとなって刑務官に向けられ、刑務所内の秩序が乱れていく。秩序が乱れてしまえば、刑務所内での禁制品の流通や刑務官の買収、刑務官から囚人への暴行事件にまで発展していく。
    囚人は人権を制限された人間達であるが、彼らと相対する刑務官は、一定程度彼らを尊重しなければ、我が身の危険に繋がる。しかし甘やかしすぎると彼らに付け入られ、いいように利用される駒になってしまう。
    この緊張状態が極限まで達しているのがCCAの刑務所である。そこでの衝撃的な運営実態の数々と、緊張状態において筆者の性格がだんだんと変化していく様はまさに必見だ。

  • 刑務所内でのビジネスかと思ったら、
    刑務所自体のビジネスだった

  • アメリカ民営刑務所に潜入し刑務官として四ヶ月勤務したジャーナリストによるルポルタージュ。
    利潤追求のため経費削減が行きすぎ、無法地帯と化した刑務所の実情を、赤裸々に描く。並行してアメリカにおける刑務所の歴史が語られていくのだが、南北戦争後の奴隷に代わる労働力として囚人が酷使される様子が生々しく恐ろしい。
    奴隷は財産だが囚人は使い捨ての道具なのだ。
    刑務官として働くうちに、著者本人の中に嗜虐性が生まれていく有様も興味深い。

  • 現代の刑務所を描いて読者の出歯亀根性を満足させるだけに終わらず、奴隷制度に端を発する過去の歴史を暴いて搾取の構造そのものに切り込み、さらに刑務官の仕事に浸かる中で自分が壊れていくさまを赤裸々に吐露することで、これが社会の病理というマクロのみならず個人の悲劇でもあることを証明してみせた。
    ものすごい労作であり、非常なる意義を持つ仕事であり、アメリカ社会に一大衝撃を与えたのもむべなるかな。

    その一方、「北部のインテリ」である著者が南部の刑務所のかりそめの同僚たちを見るまなざしの異質さや、政府のお偉方が著者に約束した刑務所の待遇改善が翌年の大統領選挙後にコロッと反故にされたラストシーンに、アメリカの分断の根深さを思い知らされた。
    昔のソ連や昨今の中国を見るにつけ、「こんな社会が長続きするはずがない」と思わされるが、アメリカも案外同じ穴の貉なのかもしれない。

    2020/8/11〜8/14読了

  • 2年以上、イランの独房に閉じ込められた経験を持つルポライターが、民間企業によって運営される刑務所の悲惨な状況を暴くルポルタージュ。身分を隠して刑務官として潜入した4か月もの経験に基づくものだけに、その実態は極めて生々しい。受刑者同士の暴力闘争、刑務所内で流通する刃物やドラッグ、そして精神を病んだ受刑者の自殺。

    その要因は、受刑者からの威圧や暴力に晒されながらもウォルマートの店員よりも安い時給9ドルという薄給と、一人で176人の受刑者を管理しなければならないという職員の人手不足にある。その根本的な原因はただ一つ、刑務所運営ビジネスでは、コスト削減しか利益を生み出すことができないからである。

    アメリカでは80年代のレーガノミクスの柱であった民営化の一環で、様々な公共施設が民間企業へとアウトソースされることになった。本書で描かれるルイジアナ州のウィン矯正センターを運営しているのが、アメリカの2大刑務所ビジネスの1社、CCA(Corrections Corporation of America、現在はCoreCivicに社名変更)である。CCAのような刑務所オペレーターが利益を追求するために、いかにコスト削減に腐心し、その結果として公営施設であれば考えられないような悲惨な実態が起きるのか、本書を読めばよく理解することができる。

    本書は結果として、オバマ政権に刑務所民営受託ビジネスの見直しを迫り、CCAは舞台となったウィン矯正センターでの契約を打ち切られるなど、一時は株価も50%も下落する(前述の社名変更はまさに悪評を打ち消すための手段であった)。しかしながら、トランプ政権になったことによってこの動きは逆転し、民間刑務所ビジネスは従前以上の魅力的なものとして、株価も上昇を続けている。

    日本でも2000年代に入り、いわゆるPPP/PFIという名目における広義の民営化がさらに加速している。2007年、山口県にPFI方式で開設された美弥市社会復帰センターを筆頭に、幾つかの民営化事例が出てきている。その意味で、アメリカを半面教師とすべき意味合いは日本でも大きい。

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