静寂 (ある殺人者の記録)

  • 東京創元社
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感想 : 8
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488010690

作品紹介・あらすじ

蝶の羽ばたき、彼方の梢のそよぎ、草むらを這うトカゲの気配。カールは、そのすべてが聞こえるほど鋭敏な聴覚を持って生まれた。あらゆる音は耳に突き刺さる騒音になり、赤ん坊のカールを苦しめる。息子の特異さに気づいた両親は、彼を地下室で育てることにした。やがて9歳になった彼に、決定的な変化が訪れる。母親の入水をきっかけに、彼は死という「静寂」こそが安らぎであると確信する。そして、自分の手で、誰かに死を贈ることもできるのだと。――この世界にとってあまりにも異質な存在になってしまった、純粋で奇妙な殺人者の生涯を描く研ぎ澄まされた傑作!

感想・レビュー・書評

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  • 連続殺人者の物語。
    惹句から、いわゆる犯罪譚めいたものを予想していたら、これがまったく違っていた。
    濃密な人間ドラマだった。
    カールの行いは決して赦されるものではない(大量かつ残酷)。それなのに彼の行いにはどこまでも静けさと厳かさが付きまとう。

    前半の彷徨えるカールの行為も、後半の聖職者となった彼が手を下した行為の数々も、すべて一貫して同じ意味を持って行われていたのがなんとも複雑。
    救いとは。生きるとは。幸福とは。
    カールなりの愛の表現だったかと。

    少女の存在が秀逸で、どこまでもカールを支える存在であり続けた描写が神々しい。まさに天使だった。

    「人は変わる」
    陳腐な慰めを奇妙に、静かに納得させてくれた物語。
    カール自身の変わっていく姿がそれほどに感動的だった。
    乾いた翻訳文とも馴染みのいい、透明で美しい傑作だと思う。

  • トーマスラープ 「静寂」

    副題「ある殺人者の記録」とあるが、殺人者の告白や事件解決の物語ではない。殺人者を否定は していないことに 違和感はあるが、宗教的倫理感と切り離して 死を取り上げている。

    殺人犯 カールが「死とは何なのか」を 確信していく心理過程を経て、生への希望を描いている。タイトル「静寂」の意味は、母胎であり、愛の象徴であり、親から子へ、生を贈る場所 と捉えた。

    最初読んだ時、誤訳かと勘違いしたが、エピグラフと序文の意味は 最後の章でスッキリする。2部 の「死とは何なのか」の内省は かなり面白かった。


    カールにとっての静寂の場所
    *暗闇や水の中〜何の不自由もない我が家
    *地下室〜カールが選んだ避難場所
    *修道院=死が具象化する場所→死を裁く場所ではない、救済の道、神への道→カールにとっての我が家


    1部 確信「言葉は一度でも口にしてしまえば、もう取り返しがつかない。願いも、呪いも、祈りも」

    2部 愛「ある者の成功が自分の行動でなく、他者の行動に依存する決定的局面をゲームと呼ぶ」

    3部 希望「逃走は前進に等しい」


    「異常なものも普通になり、規則違反が規則になり、正常な状態になる。順応するのは人間の人間らしからぬ最大の才能〜生き延びるコツであり、破滅の原因ともなる」

    死とは
    *死とは 新しく始まる日
    *死は こっそり一緒に歩いているとも知らず、人間は いつまでも生きていられると思っている
    *死は奪われることはない。死は 他人の人生と結ばれ、それに固執することから解放してくれる
    *死は生からの出口というだけでない。人生の道そのもの
    *殺人者=死をもたらす仲介者〜救いとなる不思議な贈り物を手にした使者
    *大事なのは生きている者でなく、死んだ者の幸福だ

  • 捉え方で印象変わるなー浮遊感は好きやけど。

  • やっぱ学校に行くのは重要だな。好きでなくても仲間って必要だ。耳がとても良い少年が地下で1人で成長。近所の車椅子の老人が教えに来るが、温室のような環境で育ってしまった。人間関係で行き詰まりを見せると、すぐに生命を終わらす。しかも善意と思って。悩まない。考えない。本来子供が学校で教えらたり、衝突したり、その度に色々苦悶することを彼はできなかった。やはり両親がダメだったと思う。おかんも子供産んだだけじゃダメで、育てないと。非常に読みやすく映画や曲のような感じがしたが、やはり作者は作曲家でミュージシャンだった。

  • 一気に読んでしまったけれど余韻は今だ続き、
    ドイツの片田舎、主人公カールが佇む丘・沼・森が目の前に広がる。
    カールにとって静寂は魂の救済であり解放であり、
    殺すという行いに何も躊躇はなく、
    宗教の中にも慈愛と暴力の2面があることに疑問を持ちつつも、
    安寧は静寂の中にあると。
    自らの魂の救済は生まれくる赤子によって持たされる。
    何にであれ、殺人者の思いに同調することはできないが、
    この物語は愛に溢れていると感じる。
    誰しもが望むであろう愛に溢れている。

  • 異能を持って生まれた人間の生涯を描く傑作が、また一つ誕生した。例えば料理の才で人を操るハリー・クレッシングの『料理人』。あるいは世にも稀なる嗅覚を活かした調香の術を使って、ある野望を果たすパトリック・ジュースキントの『香水 ある人殺しの物語』。いずれも寓話的な作品世界の中で、主人公の超人的な才能を描くことに筆が費やされ、作中の登場人物ばかりか読者までもがその魅力に翻弄される頃には、取り返しのつかない事態が起きているという話である。

    蝶の羽ばたきが聞こえ、雨音を銃弾の雨あられのように感じ、母親の声がナイフのように鋭く耳に突き刺さるほど異様に研ぎ澄まされた聴覚を持って生まれた人物が主人公の本書も、基本的にはそうした趣向を踏襲した作品だろう。短かい章立てで“次”を予告し読ませるリーダビリティ、荒唐無稽のようでいて奇妙にリアルな主人公の異人ぶりの描写も見事。人々から迫害され、荒れ野に送り出され断食し、死ぬ寸前まで追い込まれながら、復活する。まるでキリストをなぞらえたように数奇な運命を辿る主人公は、前述の2作の中でも、とりわけ『香水 ある人殺しの物語』と共通する部分が多い。個人的な怨恨を越えた、いやそれよりもむしろ怖ろしい、人を生きとし生けるものとして認識しない動機による大量殺人という厄介な代物をそれなりに納得できる形で描いた力量も同様。

    ただし、『料理人』や『香水』の主人公が、世界を支配するが如き欲望を持った悪魔的な人物であったのに対し、『静寂』の主人公にはその種の欲望がないというところに大きな違いはあるだろう。ゆえに、悪魔的な人物像を補完するように衒学的な記述が溢れていた『香水』とは違い、読者はひたすら無垢な主人公と一体化して、命運を共にするしかない。母親との死別を契機とし、一切の打算や妥協を許さず、“静寂”を追究する主人公の異常なまでの潔癖性や純心さは、例えばコーネル・ウールリッチの『喪服のランデヴー』の主人公の狂おしさを思わせる。更に付け加えれば、最初は怪物としか描かれていなかった主人公が、非道な殺人を繰り返しながら、一方で次第に人間性を獲得していくことになるのが非常に興味深い。つまりこれは、一種のビルドゥングスロマンなのだ。

    そして、そうした主人公に肩入れすればするほど、宿敵である刑事を通して終盤に再会を果たす、ある人物との邂逅に衝撃を受けるだろう。巧みなツイストである。しかも、そこで終わらず、最後から2ページ目で作者の本当の企みを知った読者は、必ずや冒頭を読み返すことだろう。題名から想像される奇妙な味に止まらない、娯楽小説の極みとすら思える。

    ただ、主人公の行動はともかく、異能が途轍もないレベルでない分、発達障害の一種と感じとれなくもないから、発達障害の偏見を助長する作品と思える部分があるのは残念だ。巧みなホラ話としてのストーリーテリングと現実に存在し得るレベルの障害の組み合わせが、短絡的な因果律を想起し兼ねない。さらには前年に優生学的な思想に基づく大量殺人が日本で発生したことも決定的だった。相当面白い作品ながら、翻訳が出た2017年に多くの賛同が得られず、ひょっとすると忌み嫌われすらした理由は恐らくそこにある。

  • どんなに小さな音でも聞こえてしまう聴覚を持って生まれたカール。その聴覚ゆえに少しも泣き止むことなく、母親を苦しめ続けた。その原因が分かった両親は、地下のサウナ室を改造しカールの部屋とし、音の聞こえない世界を作り上げた。そこで大きくなっていくカール。しかし、年齢とともに様々な不都合が生じ、カールには休まるところがない。そして見つけた静寂の場。静寂を求めてカールのとった行動は…。

    20世紀末から今世紀初めにかけてのヨーロッパが舞台。とにかく壮絶な描写が多く、ちょっとしんどくなる。それでも、カールの行く末が知りたくて読み続けてしまう。
    読後は、悲しく、もう一度最初に戻ってしまう。

  • 創元メルマガの内容紹介で気になっていたので購入。
    読んでいる間中、不思議な感覚だった。
    本書と同様に殺人者の生涯を描いたミステリ作品には、映画にもなった『香水』(パトリック・ジュースキント)があるが、そちらともまた違う。描かれている世界は歪んでいるが、妙にセンチメンタルで美しい。主人公が徐々に変容していく様子は読み応えがあった。

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