湖畔荘〈下〉

  • 東京創元社
4.22
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感想 : 68
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  • Amazon.co.jp ・本 (314ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488010720

作品紹介・あらすじ

見捨てられた湖畔荘の現在の持ち主は、ロンドンに住む高名な女流ミステリ作家。彼女は消えた赤ん坊の姉だった。女性刑事は、なんとしても事件の真相を知りたいと作家アリスに連絡を取る。1910年代、1930年代、2000年代を行き来し、それぞれの時代の秘密を炙り出すモートンの手法は相変わらず見事としか言いようがない。そして、最後の最後で読者を驚かすのは、偶然なのか、必然なのか? モートン・ミステリの傑作。

感想・レビュー・書評

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  • <上下巻併せての評です>

    とにかく再読すること。一度目は語り手の語るまま素直に読めばいい。二度目は、事件の真相を知った上で、語り手がいかにフェアに叙述していたかに驚嘆しつつ読む。ある意味で詐術的な書き方ではあるのだが、両義性を帯びた書き方で書かれているため、初読時はミスディレクションが効果的に働き、よほどひねくれた心根の持ち主でなければ、正解にはたどり着けないように仕組まてれいる。しかし再読すれば、いくつもの目配せがあり、伏線が敷かれていて、読もうと思えば正しく読めたことをことごとく確認できる。ここまで、フェアに読者を欺く書き手にあったことがない。

    ウェルメイド・ミステリという呼び名があったら是非進呈したい。最初から最後までしっかり考え抜かれ、最後にあっと驚かせるしかけが凝らされている。上下二巻という長丁場だが、二つの大戦をはさむ1930年代と2003年、ロンドンとコーンウォールという二つの時間と空間に魅力的な人物を配置し、失意の恋もあれば道ならぬ恋もあって、最後まで飽きさせない。特に上巻末尾には、絶対に下巻を読まさずにおくものかという気迫に満ちた告白の予告が待ち受けており、これを読まずにすますことのできる読者はいないだろう。

    主たる舞台となるのは、コーンウォールの谷間に広がる森に囲まれた土地に建つ、土地の方言で「湖の家」という意味の<ローアンネス>と呼ばれる館。もとはジェントリーが所有する広壮なマナーハウスの一部であったが、本館が火事に遭い、残った庭師頭の住居を修復して子孫が住むようになったものだ。1933年当時そこに住んでいたのは、アンソニーとエリナ夫妻に、デボラ、アリス、クレメンタインの三人姉妹、末っ子のセオドア、エリナの母であるコンスタンスというエダヴェイン一族。夏の間は祖父の旧友でルウェリンという物語作家が滞在している。

    ミッド・サマー・パーティーの夜、皆に愛されていた弟のセオがいなくなる。まだ歩きはじめたばかりの赤ん坊が一人でいなくなるはずがない。事故か誘拐か、地元警察はもとより、スコットランド・ヤードの刑事も加わって捜査されたにもかかわらず、セオは見つからずじまい。以後悲劇の舞台となった<ローアンネス>は封印され、一家はロンドンに引っ越す。もともと森の中にあった敷地は訪れる者とてないまま、繁り放題の樹々に囲まれて静かに眠り込んでいた。

    その眠りを妨げたのがロンドンから来た女性刑事セイディ。個人的事情から担当中の事件に感情的移入してルールを犯し、ほとぼりがさめるまで祖父バーティの住むコーンウォールに長期休暇中だった。日課となった犬とのランニングの途中、敷地内に残る古い桟橋に足を取られて身動きとれなくなった犬を助け出した時、館を見つけた。敏腕刑事であるセイディには、当時のまま時を止めたかのように息をひそめた館には何か隠された秘密のあることが感じとれた。調べてみると過去の事件が明らかになる。

    館を相続しているのは次女のアリス。今ではA・C・エダヴェインという有名なミステリー作家だ。未解決事件の捜査のため家を調べる許可を求める手紙を書いたセイディに許可が与えられたのはしばらくしてからだった。アリスは、この年になって姉のデボラからとんでもない事実を知らされ、長年自分が思い込んでいたのとは全く異なる家族の秘密を知り、あらためて事件の真相を知りたくなったのだ。助手のピーターの勧めもあり、自身もコーンウォールに足を運んだアリスを待ち受けていたのは、思いもよらぬ結末だった。

    冒頭、ケンブリッジ出の学者肌の父、てきぱきと家事を取り仕切る美しい母、結婚が決まり社交界デビューも近い長女、物語作者を目指す次女、飛行機に夢中なお転婆の三女、愛らしい弟で構成される裕福な家族が、自然に囲まれた美しい湖畔の家で楽しく暮らす様子が英国風俗小説そのままにたっぷりと描かれる。十五歳になったアリスは、庭師募集の広告に応じて現れたジプシー風の若者ベンに夢中。完成したばかりの処女作をベンに捧げ、愛を告白する予定だった。ふだんは余人を避け、ひっそりと暮らす夫妻が年に一度、三百人の客を招いて行う夏至の前夜祭のパーティーの夜、事件は起きた。

    ミステリの要素は濃いが、読後感じるのはむしろ普遍的な主題である。これは母と子の物語であり、戦争の災禍の物語である。主人公の女性は十代で娘を産み、養子に出した過去を持つ。それについての罪悪感が災いして、幼児遺棄の事件に関して過度に反応し失職の危機に遭う。意志に反して子どもと別れなければならなくなった母親のあり方について深い考察がめぐらされている。また、人類が初めて遭遇した大量殺戮である第一次世界大戦時における兵士のPTSD、当時はシェルショックと呼ばれた戦争後遺症についても、その非人間性が静かに告発されている。

    ミステリ作家であるアリスの口を通じて、今は懐かしい「ノックスの十戒」が引き合いに出されているのも忘れ難い。犯人は最初から登場していなければならない、とか秘密の通路は一つに限る、とか作家としての自戒が、いちいち本作に用いられているのが律儀と言える。フーダニットからハウダニットに移行したあたりから小説が味わい深くなったとか、自作を語るアリスに作者その人を重ねたくなるのも無理はない。しかも、そのアリスの読みが肝心なところで外れていたのも皮肉と言えば皮肉で、このあたりのシニカルさはアメリカのミステリにはないものだ。

    家の相続、良家との縁組といった上流階級ならではの慣行が、母と子の間に確執を生み、物事が単純に進んでいくことを邪魔する。そんな階級にあって、エダヴェインの娘たちは自由奔放に生きようとする。エリナがそうであり、アリスもクレメンタインもまた同じだ。思春期の揺れる心をクレメンタインが、女ざかりの時代を母エリナが、そして独身の老人女性をアリスが代表している。生来奔放な女性が、戦争の時代に翻弄されながら、それでも自分らしく最後まで正直に生き抜いた姿が読後胸に迫る。すべてが明らかにされた場面、ミステリではおよそ覚えたことのない感情に支配される。至福の読書体験である。

  • 伏線回収が大変だ。
    文庫落ちする頃にはすっかり内容忘れててまた楽しめそう。

  • 1910年代、1930年代、2000年代を行き来し、そえぞれの時代の秘密をあぶり出すという、ジグソーパズル的謎解きの基本を抑えた展開は相変わらず。今回はいつにも増して時代の入れ替わりが目まぐるしいので、特に上巻は迷宮を進んでいるような感覚に陥る。登場人物ひとりひとりの胸に去来する記憶の断片が巧妙にシャッフルされて作中にばらまかれ、そのカードが表を向くたび吸引力も増して行く焦らされまくりの展開はさすがの一言。

    親子の問題を幾重にも重ねてストーリーに厚みを持たせているが、本作品で際立つのは謎解きの醍醐味かもしれない。巧妙に張られた伏線と手掛かりの蒔き方は本格のプロセスそのもの。「あまりにも多すぎるパズルのピース。しかも各人がまちまちのピースを握りしめていた」との記述が一言で言い表している。

    作者が大事にしているのは「語りの公正」なんだとか。読後に、これは完璧で必然的な結末だと感じさせてくれるバランス感覚。その感覚に寄り添えるよう、深く豊かに織り上げる物語には圧倒される。ラストの驚きは予想可能だが、むしろ「そこまで読者を引っ張っていってくれるのか?」というレールの伸び具合に注目しながら読んでいた。メロドラマ的な感はあるものの、こういう狙い澄ました結末はこの作者だから満足できるんでしょうね。

  • ミステリーだけにカテゴライズせずこれは人生・家族モノ、歴史ものとしても広く読める本です。と見終えてすぐ「上」からまたページをめくりひそませてある伏線にいちいち驚いてます。一字一句見逃せない。

  • おもしろーい。もうすごく好み! カバーに「もしもあなたが複雑精緻なプロットや、家族の秘密といったテーマに惹かれる読者であれば、私のこの喜びに同感してくれるはずだ」という紹介文が載っているが、まさにその通り。付け加えるならば、時間を行き来する語りによって少しずつ物語が見えてくるというタイプのお話が好きな人ならば、一気読みせずにはいられないと思う。

    最初のあたりは、その時間の行き来がちょっとつらい感じもする。視点人物が次々変わるので、えーと、これは誰だったっけ?とモタモタする。しかし上巻半ばくらいからは、まさに本を措くあたわず、先の展開が気になって気になって、ページを繰る手が止まらない。この感覚は久しぶり。物語を読むのって本当に楽しい!

    終盤にさしかかり、事の真相が見えてきた頃、おや?もしやこれは…、いやまさかそれはちょっとやりすぎだよね、と読み進めていったらば、その通りの事実が最後に明かされた。いや参った参った。しかし最初から読み返してみると、これが「偶然」(作中で何度も繰り返される言葉)などではなく、物語全体がそこに収斂していくような必然性を持っていることに気づく。うーん、すごい。

    この点や、あまりにも頻繁に時間や場面が切り替わる点に、ちょっと「やり過ぎ感」を感じないでもないが、訳者あとがきに「これは大人のためのお伽噺なのだ」とあって、そういうことだよねと納得。うーん、そう来ましたか!と楽しめばいいのだ。

    また、本書の底には、戦争で人生を狂わされた人たちを悼む気持ちが流れているのを感じた。ジャンルは違うが、なんとなくコニー・ウィリスを思い出す。作風がヒューマンで、登場人物の運命はつらいものだが、後味がいいところが共通しているように思う。

  • 1933年、イギリス、コーンウォールの湖畔荘ローアンネスに暮らす家族に起こる事件を中心としたミステリー。
    過去と現在、過去の過去、1つの事象が多数の登場人物の視点によって見え方がかわり、その解釈によって進むストーリーが巧妙でお見事。
    1933年の事件以外にも現在、過去の謎が多く散りばめられていて読み応えがあり、なおかつ一人一人の人物像が鮮烈であるがゆえにハウダニットからホワイダニットに重点が置かれて無理なく描かれている点も好印象。
    最後に明らかになる謎には、偶然にも程がある!ご都合主義!言われる側面もありそうだが、これだけ悲惨な体験を通ってきた全登場人物の苦労が報われるためにも、この結末はありだと思う[じゃないと辛すぎる!)
    初めは情報量にそれぞれの位置が掴みにくく感じて読む速度は鈍く感じるが、焦らず丁寧に読むと、進むにつれて謎や誤解がジリジリと解けていき加速度が増す。
    読み終わりは(あとがきにもあるが)マラソンを走りきったような爽快感。いい読み応え。
    舞台設定といい謎解き、人物像といい、大好物!

    …どうしても、最後まで明確にならなかったエリナの死の瞬間。その謎だけが心残り。

  • 前半は年代が交互に来るので、ちょっと入り込むのが難しかったけど、この書き方にももう慣れたかなσ(^_^;)
    楽しんで読めました!
    最後余りにも大円団過ぎて笑ってしまった!
    そんな何もかも上手く行くか?!
    安心してどっぷり楽しんでください!

  • 謹慎中の女性刑事が、滞在先の祖父の家で過去の事件に関わることになるミステリー。大戦を挟み、過去と現在を行き来しながら、因縁の謎が解き明かされていく。

    初めての作家だったが、行きつ戻りつしながら静かに品よく語られていく物語に引き込まれた。
    自身も封印したはずの過去に悩む刑事は、過去の幼児失踪事件について少しずつ明かされていくピースを頼りに迷走する。真相だと思われたものは二転三転し、じれったくなるほどゆっくりと解き明かされていく。
    だからこそ、いよいよ真実が明かされていく終盤の盛り上がりには胸が詰まり、あり得ないような偶然もこのストーリーにおいては決して茶番にならない。

    綿密に練られた構成と展開で深みのある長編ミステリー、クリスマスイブに読み終えたこともまた感慨深く、心地のよい余韻に浸ることができた。

    • しずくさん
      書評で取り上げてあり読みたかった本でした!
      書評で取り上げてあり読みたかった本でした!
      2018/09/26
    • 小春さん
      ジェットコースターのような展開が好きな人には不向きですが、じっくりミステリーを楽しむにはお薦めですよ。
      ジェットコースターのような展開が好きな人には不向きですが、じっくりミステリーを楽しむにはお薦めですよ。
      2018/09/26
  • ケイト・モートンの小説は、時代を行き来しながら様々な登場人物の視点から描かれる。
    謎が謎を呼ぶ展開で、次々明らかになっていく秘密にページをめくる手が止まらない。読み進めていくのが快感ですらある。
    どの作品もラストを予想しながら読むのだが、この作品のラストは想像以上に心が暖かくなるもので、読後は幸せな気分に浸れた。

  • 上巻における物語の構成が複雑すぎてなかなか読み進められなかったが、上巻の終わりぐらいから読みやすくなり、下巻はあっというまに読めた。だんだん謎解きが進み、最後は大円団という感じ。

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著者プロフィール

1976年、南オーストラリア州ベリに三人姉妹の長女として生まれる。クイーンズランド大学で舞台芸術と英文学を修めた。現在は夫と三人の息子とともにロンドン在住。2006年に『リヴァトン館』で作家デビュー
『湖畔荘 下 創元推理文庫』より

ケイト・モートンの作品

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