- Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488016593
作品紹介・あらすじ
「よろけヴァイオリン」、「惚れ睡蓮」、「陽気な骸」、そして「詰めこみモンキー」……変わった名前の菓子ばかり扱う謎のパティシエのケーキショップ。明け方に電話を掛けて「夢」のチェックをし、高額での買い取りを申し入れる謎の男。人を監禁して「希望」を自分に譲れば解放すると主張する誘拐犯。12人の異様なコレクターの姿を描く連作に、喫茶室を舞台とした迷宮的物語「ティーショップ」を併録。東欧のボルヘスと名高い著者が贈る奇妙な驚きに満ちた13の物語。
感想・レビュー・書評
-
旧ユーゴスラビア・セルビア共和国出身の作者による奇妙な味付けの短編集。なんというか人を食ったような作者だなと思った。
まずはそれぞれが紫の光の中で奇妙な蒐集を続ける【12人の蒐集家】
ようこそケーキショップへ。
当店では極上のケーキが揃っております。
メニューをご覧ください。『惚れ睡蓮』『悪臭おろし金』『陽気な骸』。
これ以外の特別なものがよろしいのでしょうか?
それではメニューに出していない『詰め込みモンキー』はいかがでしょう?
代価はお金ではありません。注文したお客様の”過去の日々”をいただきます。
/1.日々
プロハスカは八歳の時に初めて自分で爪を切った時から、自分の爪を蒐集していた。
きちんと整頓された爪は増える一方、プロハスカは不安になってゆく。
誰にも知られたくないこのコレクションをどのように保管して行けばいいのだろう?
そしてこの爪コレクションは死んだ自分の爪が加わってこそ完成される。
だが誰にも知られずに死んだ自分の爪を切って保管するのはどうすればよいのだろう?
プロハスカは考えた、考えて考えて考えて…、そして素晴らしい解決策を思いついたのだ!
***
最後の1行の「解決策」は思わず二度見した(笑)
/2.爪
公園のベンチで私は老人に話しかけられた。
そして老人は一方的に奇妙な死に方で有名になった人たちの話をしてきた。
なぜ私に?老人は言う。あなたはもうじき有名になるからですよ。
そして老人に求められるままに私は自分の名前をサインする。
老人からなぜ私が有名になるのか、なぜ私のサインを欲するのかを聞いた時、私は自分の逃れられない運命を知った。
だって私はもうサインしてしまったのだから。
/3.サイン
パリヴェクは自分の写真を蒐集していた。
33歳から初めたそれには、自分に明確なルールを課していた。
まずは自分のアパートメントで一番見栄えする場所をさらにきれいに片づけ、自分の見栄えもよくして、一か月に一度だけ自分を撮影するのだ。
35枚のフィルムを撮るには3年かかる、それを綺麗に保存するアルバムも完璧にしなければならない。
こうして何年も何十年もかけてついにアルバムが一杯になった時、パリヴェクは…
/4.写真
夢だ。そして目覚めた。目覚めた理由は電話のベルだ。
電話の声の主はいう。「あなたが今見た夢を譲り受けたい」
/5.夢
今まで実用的な文章しか読み取ってこなかったプレシャルは驚いた。
この世には美しい言葉と言うものが溢れている。
それなら引退後の余生は美しい言葉を集めることで過ごそう。
まずは完璧なノートを用意して…。
/6.ことば
最後の行を描き終えたとき、私のパソコンは紫色に蔽われた。
再びモニターが元に戻った時、最後の行の下に新たな言葉が加えられていた。
『これは素晴らしい作品だ。ぜひとも私の蒐集に加えたい』
そして作品との交換として持ちかけられた条件は…
***
この連作短編は 「蒐集する側」の目線で書かれたものと、「誰かに蒐集品を受け渡す側」の目線で書かれたものがあり、
後者の場合は受け渡しのための取引に乗るかどうかの選択を迫られることになるのですが、
この話の語り手のラストの行動は、こうするのがいいよなあ、というような、この短編集の中では本人も諦めがつくというか納得いく結果だったのではないかと言うか。
(要するに他の作品は「落ち着け、その取引に乗っちゃいかん」というものが多い(~_~;))
/7.小説
なによりも几帳面なポスピハルは、定年退職後に新聞の切り抜きの蒐集を始めた。
彼にはある社説の著者がお気に入りだ。
だがある日の社説に唖然とする。
そこには1255億年後に宇宙が消滅すると書かれていたのだ。
…宇宙が消滅?この秩序ある宇宙が消滅などいう無秩序なことをするものか。
だいたいそんなことになったら、私のこの切抜きコレクションに何の意味があるのだ…
***
この連作短編は 「蒐集する側」の目線で書かれたものと、「誰かに蒐集品を受け渡す側」の目線で書かれたものがあり、
前者の場合は、凝りすぎてどんどんドツボに嵌っていく様相を読みながら「落ち着け」といいたくなるものが多い(^_^;))
/8.切り抜き
もうすぐだ。もうすぐ眠りに落ち、そしてそのまま私は死ねる。
不死の病を患った私の最期の選択だ。
だがその眠りを邪魔する男が現れた。
その男は自分のコレクションに私の”死”を加えたいという。
私が了承すれば、永遠に素晴らしい一日を繰り返すことができるのだと…
/9.死
定年退職したパヴェクは、会社から古いパソコンをもらって帰る。
パソコンなどと言うものに全く馴染めず、最低限の仕事以外に使わなかったパヴェクだが、自分のEメールを登録してからの受信メールの数に驚いた。
そしてパヴェクはそれらのメール、すなわち男のとある期間を長くしたり強化したりするための製品を好意から勧めてくれるそれらのメールを蒐集することにしたのだ。
/10.Eメール
手荒なことをして申し訳ありません。
どうしてもあるものが欲しかったのです。
どうです、あなたの手錠を外し、この部屋から出して差し上げる代わりに、あなたの”希望”をわたしのコレクションに加えさせていただけませんか…
/11.希望
ポコルニーがその各種のコレクションをどうやって収集したのかは全くの不明だ。
しかし私は<全知の目>であるこの小説の作者なので、読者のみなさんにポコルニーの蒐集をお見せすることができる。
たとえば紫の容器に入っている過去、
たとえば死によって有名になった人たちの最期のサイン、
たとえば明確なルールの元撮影された自分の顔写真、
スミレの香りの過去、薔薇の香りの小説、ライラックの香りの夢、クチナシの香りの死、ヒヤシンスの香りの希望…
だがそれらのコレクションももう置く場所がなくなってきた。
それではポコルニーはどうしたって?
…なぜ彼がそんなことをしたのかは、たとえ<全知の目>である作者の私でさえ説明することは出来ないな。
/12.コレクションズ
***
この蒐集家連作短編は、全体を通してなぜか紫の光に包まれている、とりあえず作者は紫収集家か。
中篇作品【ティーショップ】
グレタがそのティーショップに入ったのは、電車の乗り替えの時間潰しのつもりだった。
4ページにわたるメニュー。多種類の紅茶。貧血に効くニンジンのお茶、鈍い感情を吹き払う風のお茶。
グレタが選んだのはメニューに「あなたにはこれが必要です」と書かれた「物語のお茶」だ。
グレタが運ばれてきた熱いお茶を飲むと、ウェイターが言う。「それでは物語に移ります」
こうして「物語」が語られて行き…詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
12の短編が続く『12人の蒐集家』は軽く読めるけれどどれも不条理なことばかり。それぞれが何かを蒐集したり蒐集の対象になったりし、最後の話でそれが「え?」と思う結果になってしまったりと何とも不条理尽くしでした。
中編の『ティーショップ』は訳者あとがきで「床だと思って歩いていたら、いつのまにか床が天井になって逆さまに歩いていた」とあるようにペンローズの階段のような世界で味わいがありました。
どちらの作品も面白かったです。 -
『そのケーキショップに入ったとたん、わたしは紫色の波に洗われた。』という書き出しに、頭の天辺から爪先まで紫色に染められ、眼球は紫水晶に変えられてしまったようだった。
〈蒐集〉とは依存性の高い薬物を摂取するのと等しい行為で、一度その強烈な魔力に憑りつかれたら容易く逃れることはできない。あの壁面、その棚をコレクションで埋めつくしたい衝動に駆られ、今度は喪失の恐怖に死ぬまで付きまとわれる。最終的には飽和と過剰に行き着くのだが、新たな品物が一つ加わるたびに自分の中の不足や欠如を補われたかのように錯覚するからやめられないのかもしれない。
紫は潜在的な欲望を刺激する。そして先の前の死を暗示している。
同時収録の【ティーショップ】もとてもおもしろかった。自分ひとりのために語られる物語。そんな夢のようなメニューを提供してくれるお店が実際にあったらいいな。 -
『プロハスカは切った自分の爪を蒐集していた。このコレクションを始めたのは、八歳のとき、初めて自分で手の指の爪を切ったときからだ』ー『2-爪』
西洋人の想像する悪魔の好む色と言えば黒と相場が決まっていそうなものだけれど、この本に登場するのは黒く染めた絹糸で仕立てた上着に当たる光の反射が強くて少し紫がかっているのが気になるといった風情の悪魔。日本人にとっての紫と西洋人にとっての紫とは想像されるものに違いはあるのだろうけれど、その色が示す高貴な徴は見間違いようがない。人というものは洋の東西を問わず案外同じようなイコンを押し戴いているものなのかも知れないと思う。例えば高さや苦さに対するイコンが共通するように。それが、どんないにしえのトラウマに裏打ちされているものなのかは知らないけれども。
そんな紫色で大見得を切ったような出で立ちでありながら、ここに登場する悪魔はどれも深みがない。いったい悪魔というものが複数存在しているものなのか実は複数の顔をもつ一つの個体なのか知る由もないので、一般化すべきなのか否かは定かではないが、どいつもこいつも余りに単純だ。悪魔のようにずる賢い、などという比喩もある程に本来悪魔という奴は狡猾である筈だとの一人勝手な思い込みは脆くも崩壊する。これじゃあまるでオレオレ詐欺みたいなものじゃないか、騙される方に一分の非もないとは言い切れないのじゃないか、と誰に向けてよいものか分からぬもやもやがわき上がる。星新一のショートショートの方がもっとひねりが利いているぞ、悪魔さん。ひょっとすると、これがのほほんとした辺境の蝦夷の末裔である自分などには知る由もない西洋的ユーモレスクという奴なのか。コレクションをコレクションする話に漸く胸のつかえが取れたような妙な安堵を覚えた。 -
“軽やかな不条理”訳者解説の一節が的を射ている。蒐集家に関する12の短編には、物足りなさ(オチの弱さ)を感じる作もあったが、最後の1篇で感じた薄ら寒さはそれまでの物語があってのものだ。コレクションというものの儚さ、コレクターという人種の恐ろしさを感じる。中篇「ティーショップ」も少し不思議な物語だ。物語を愛する人間が陥りそうな都会のエアポケットを、軽妙なテンポと絶妙の展開で見せてくる。強い印象を残す話ではないが、読み終えた後の秘密を共有した感は愉悦。
-
武邑の紹介。現実と虚構が混じり合うような小説とのこと。
12人の蒐集家の方が面白かった。紫がモチーフ。
Eメールを蒐集するおじちゃん可愛い笑、メールに生真面目に返信する人を想像すると、善ってなんだろうって感じ
自分の写真を蒐集する男、ことばを蒐集する男→面白そう!
死の蒐集家: もっともすばらしい日を繰り返し永遠に生きること、と死を交換
夢の蒐集家
「芸術と同様、夢にも才能が必要とされ、才能ある夢見人はめったにいない。」p.65
-
星新一を思わせるショートショート。
-
ファンタスチカと呼ばれるジャンルがあるらしいのだが、本書はまさにそれだと思う。所謂「純文学」ともファンタジーとも異なる、不思議な読了感だ。不条理で奇妙奇天烈な世界をありふれた日常茶飯事のように思わせる作者ジヴコヴィッチ(及び翻訳者の山田順子さん)による"魔術"は見事だと思う。
ところで、私が所有している本書には「東欧のボルヘス」という文句が書かれた帯が付いていたのだが、このボルヘス未読の者にはまったく理解も共感もできない文句にはいささか疑問を覚えた。 -
2022.01.22 図書館