戦場のコックたち

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (349ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488027506

感想・レビュー・書評

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  • それはいつまでも心に残る、非日常の中の日常。

    <日常の謎>というのは、間違ってはいないんだけど、人は死ぬよな、戦場だし。というのが最初の印象。よくこの話を書こうとしたな、というのが、正直な感想。あと、折り込みに入っている紹介が、どうして本編にないマンガ風イケメン揃いの挿絵なのか、誰か回答をください。総じてミステリ好き、サブカル系女子向けなんだろうなあ。

    1944年、アメリカ合衆国南部ルイジアナ州の田舎町、実家は雑貨店のティモシー・コールはコックとして戦場に向かう。第一章からノルマンディーだ。中途半端に第二次世界大戦の連合国軍やレジスタンスに知識がある身としては、登場人物の死を覚悟して読む。確かに戦闘はあるが、“キッド”ティムと親友のエドが挑むのは、<日常の謎>だ。大量に集めた予備のパラシュートをどうするか、消えた大量の粉末卵はどうなったか、オランダ人夫婦の隠した家族の事情、前線に現れる幽霊の正体など。でも、たわいもない謎に見えて、その背後には哀しい答えが隠れている。そして、その傍らで戦争は進み、仲間も敵も死んでいく、もしくは去っていく。

    ティムも希望を捨てないわけではない。最後までほがらかな“キッド”ではいられない。戦争では人の異常性、残忍さ、脆さが明らかになる。どうして人は戦争をするのか。どうして人は優しいままでいられないのか。どうして敵味方を作ってしまうのか。本当の戦争なんて知らない。でも、戦争の怖さはなんとなく感じられる。それだけでも、戦争なんてしたくないと思うのに。だが、何かを守るために、「敵」をやっつける、その行為に快感を覚えるのも同じ、否定できない感情なのだ。単なるミステリじゃないと思った。戦争を体験していてもしていなくても、人はいつも何かを悔いて、問いただして、ifを考えて、過ぎた行いは許されることのないと知りながら、癒えない痛みに悩み続ける。それしか、ないのだ。戦場で、小さな安らぎを得たり、感覚の麻痺に怯えたり、人の知らない面に突き放されたりするように、”日常”でも。

    ティムの強さは、食べるのが好き、というところにあった。食べることは、生きること。祖母のレシピは彼の命綱だった。食事を作るのは、命を生みだすことに近い。彼の手にある食事の匂いは、命の匂いだったのだろう。

    魅力的な人物が次々と出てくる。ユダヤ系のエド。彼は家族に恵まれなかった。彼は軍隊に生きる場所を見出し、同時にティムの優しさを尊び、彼を励ます。エドがティムに遺したものは大きい。アメリカ軍兵士になりすましていたゾマー。反感から始まった一緒に過ごした日々ゆえに、ティムは彼を家族のもとに返すと覚悟を決める。そして戦後もティムは彼を案じる。プエルトリコ系の陽気なディエゴ。彼は悲惨な戦闘から精神を病んでしまう。彼との断絶はティムを変えた。衛生兵のスパーク。最初は嫌なやつかと思ったが、態度に隠れた彼の優しさ、面倒見の良さは、エドを失ったティムを確実に支えた。人たらしというのか、交渉術に長けた美男子ライナス。そして彼にはアルコール中毒の父親と育った過去が作った面倒見の良さがあった。通信兵のワインバーガー。作家志望の彼は、戦場の悲惨さに竦みながらも、決して倦むことなく、戦争を批判していた。鋭い目つきのミハイロフ中尉。信頼のおける上官であり、戦争を機にのし上がろうとする野心家であり、また話のわかる人でもあった。婦人飛行部隊のテレーズ。公平さと優しさを備えた好人物。将来までは予測がつかなかったが。彼らの日常は決して甘いものではなく、優しいものでもなかった。戦争ものと考えると、想定内の辛さで、むしろ結構な生存率かと思うが、ただ命があったからと言って、めでたしめでたしではない。ただ、読む前に想像していたほどではなかった。そこは救い。

    どうでもいいことだけど、スパークのイメージが某兵長でしかないんだが。もうそれしか思いつかないんだが。それで産婦人科とか笑うしかなくて、自分の脳内を恨む。

  • 中途半端な謎解きに目を眩まされてるうちに、主人公の人間関係と状況はどんどんとシビアになっていく。
    言葉でいうと今更だけれど、戦争の悲惨さを、1アメリカ兵から書いたもの。
    匂いまで漂ってきそうでした。
    エピローグは涙なしには読めません。

  • 最初は退屈な推理ものかと思っていたら後半の伏線回収がレベル違い。これは凄い。

  • ちょっとした憧れから主人公キッドは従軍を決める。料理好きのキッドは料理兵を志願する。軍隊における料理兵は一般的に軽視されているようだが、共に過ごす中で、兵士たちの信頼や結束が強くなっていくのが分かる。料理兵とはいえ、前線では同じように戦う仲間なのだ。キッドは、自分とは異なる境遇や様々な考え方をする人たちと出会い、少しづつ大人になっていく。

    帰還した祖国は平和そのもので、志願した日からあまり変わっていないように見える。誰が死んでもおかしくなかった状況でキッドは無事帰還するが、キッドはすぐには馴染めない。「帰ってこられた喜びは帰ってこられなかった者たちへの罪悪感を生む。」友を亡くした傷を負うキッドに祖母は優しく語りかける
    「あんたと悲しみを分かち合える人間は、残念だけどこの家族にはいないでしょうね。」「痛くなったことに後ろめたさを感じる必要もないの」

  • コックと言っても、ノルマンディー上陸作戦で、敵の真っ只中に、パラシュートで降下し、死地をくぐり抜けたコックたちだ。戦争ドラマで、僕が一番好きな「バンド・オブ・ブラザーズ」とほぼ同じ激戦地を転戦している。よく、考えぬかれた素晴らしい作品。ぜひ、ハリウッドで、映画化してほしいぐらいだ。また、この作者の本を読みたい。


  • 合衆国陸軍の特技兵(コック)ティムは、1944年パラシュート降下でノルマンディー上陸を果たす。戦火という非日常での「日常の謎」を描く連作という形式でありながら、末端兵の目を通して戦争を描く小説でもある。
    直木賞からもれたんですよね、この作品。なんともったいない。感情移入しやすい人物造形で、読みやすい物語の構造で、第二次世界大戦下のヨーロッパの戦場を知ることのできる優れた小説なのに。エンタメの顔をしているから、こわがりのわたしでも手に取れる。楽しめるのは、知識や想像力の欠如なのかもしれないけれど、この胸の痛みを物語の消費として片付けるつもりはない。

    貸してた本が返ってきて今回5年ぶりくらいの再読だった。この間、『史上最大の作戦』を観て、少し知識が増えていた。知れば知るほど「おもしろい」し、その興奮は罪悪感を伴って。消費問題は実のところ個人的な課題であったりもするのだけれど。


  • 戦争の中でコック兵たちがちょっとした謎を解いたり友と話したり兵士を支えるため食事を作ったり、、
    それを上回る戦争の描写が印象に残りました。

  • 「謎解きすら影を薄くする、戦場という非日常の現実」

    第二次世界大戦での米陸軍第101空挺師団で、ノルマンディー作戦、マーケット・ガーデン作戦、バストーニュの森とくれば、スピルバーグとトム・ハンクス総指揮のTVドラマ「バンド・オブ・ブラザーズ」(原作は同名のノン・フィクション)
    この物語でも、上陸直後の捕虜の処刑や市民の歓迎とリンチの実態、バストーニュの森での兵士の精神状態、ユダヤ人収容所の状態など、ドラマとソックリと思ったら、巻末の参考資料に原作もドラマも記載されており、納得。

    違いは戦場で食事を提供する「特技兵」達の群像劇であること。
    戦場という「非日常」的状況にあっても(当然に)食事という「日常」が存在することで、かえって最前線の過酷さが浮き彫りになる。
    そこには、本来ならミステリーの主役となるべき「謎解き」すら、戦争の残酷さを強調する「道具」になりさがってしまうほどの主題が存在する。
    ラスト数ページ、心の中にズッシリと重くのしかかる。

    オマケとしては「ヤークトパンター」「Ⅲ号突撃砲」「ドイツ88ミリ砲」「M4シャーマン」など、「タミヤMMシリーズ」(1/35プラモデルシリーズ)でお馴染みの名前がポンポンと出てきてワクワクしたとともに、少し前に読んだ『その裁きは死』のホーソーン元刑事の嬉しそうな顔が何故か目に浮かんできた…。

  • タイトルからはうかがえないが、謎解き要素を含んでいます。とっても好み!読んでよかったと思う小説です。

  • まるで映画を観ているかのような情景描写が素晴らしく、夢中になって読み進めた。
    最初は戦場で起こる小さな事件を解決したりしていくのがメインだったのに、戦況が混乱していく中で人が淡々と死んで、主人公ティムの感覚が麻痺していく様子が悲しかった。

    この小説の素晴らしいところは、第二次世界大戦末期のあの混沌とした状況をきちんと描いているところだと思う。
    終わりが見えない戦争に振り回される下っ端の兵士達、ホロコーストや、戦争によるPTSD、巻き込まれる名前も知らない市民達、戦争の虚しさ、悲しさ、忘れてはいけないこと。
    ここがしっかりしていなかったら、ここまで夢中になって読み進めることも、掻き毟られるような胸の痛みも感じなかっただろう。

    戦争は終わっても、何も終わってなんかいないのだ。
    生き残った人達は、過去の傷を一生抱えて生きていかなければならないし、未来を生きていく次の世代のために過去にあったことを伝えていかなくてはならない。
    同じ過ちを起こさないために。
    戦争の代償は大きく、結局それを抱えるのは政府ではない。
    兵士であり、国民である。

    私は第4章のラストで泣いて、エピローグで泣き崩れてしまった。
    あまりにも悲しくて、喪失感にしばらく立ち直れなかった。
    戦争を生き延びたからといって、幸せな人生が送れるなんて保証はどこにもない。
    それでも、そういう理不尽な世界をちゃんと描いてくれるこの小説だから、この小説を支持したいし、これからも大事にしたい。
    私は読後の喪失感を忘れたくないし、この痛みを胸にこれから生きていけると思う。

    この小説に出逢えて本当に良かった。

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著者プロフィール

深緑野分(ふかみどり・のわき)
1983年神奈川県生まれ。2010年、「オーブランの少女」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作に入選。13年、入選作を表題作とした短編集でデビュー。15年刊行の長編『戦場のコックたち』で第154回直木賞候補、16年本屋大賞ノミネート、第18回大藪春彦賞候補。18年刊行の『ベルリンは晴れているか』で第9回Twitter文学賞国内編第1位、19年本屋大賞ノミネート、第160回直木賞候補、第21回大藪春彦賞候補。19年刊行の『この本を盗む者は』で、21年本屋大賞ノミネート、「キノベス!2021」第3位となった。その他の著書に『分かれ道ノストラダムス』『カミサマはそういない』がある。

「2022年 『ベルリンは晴れているか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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