蝶のいた庭 (創元推理文庫)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (416ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488260040

作品紹介・あらすじ

FBI特別捜査官のヴィクターは、若い女性の事情聴取に取りかかった。彼女はある男に拉致軟禁された10名以上の女性とともに警察に保護された。彼女の口から、蝶が飛びかう楽園のような温室〈ガーデン〉と、犯人の〈庭師〉に支配されていく女性たちの様子が語られるにつれ、凄惨な事件に慣れているはずの捜査官たちが怖気だっていく。美しい地獄で一体何があったのか? おぞましすぎる世界の真実を知りたくないのに、ページをめくる手が止まらない――。一気読み必至、究極のサスペンス!

感想・レビュー・書評

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  • 蝶が飛び交う美しい庭園で一体何があったのか… 凄惨な事件の影で美しくも勇ましい蝶 #蝶のいた庭

    人は極限の状態になってこそ、その人の強さや優しさが試されます。
    人生において様々な重要な場面はありますが、本作の主人公のような究極の立場におかれてしまった人は少ないでしょう。

    本作は主人公である女性マヤが、終始警察の取り調べシーンで物語が展開されていきます。考えられないような陰惨な事件に巻き込まれてしまった彼女でしたが、持ち前の頭脳と勇気で極限の環境を生き抜いていたのです。

    おそらくほとんどの人間は、生命の危機に瀕した際、混乱せずにはいられない。そして合理的な選択や決断、さらに困っている人を助けることなどできないでしょう。

    まるでナイフを喉元に突きつけられたリアルな恐ろしさと、いかに厳しい精神力が必要だったかを読者に伝えてきます。

    それに対して、安定した場所や安全な立場の意見がいかに薄っぺらいか…
    自身の娘の無事や自身の立場にしか価値を持たない政治家、ジャーナリズムのかけらもない低レベルな質問を投げかける記者たち。

    現代にはびこる低レベルな政治家や、つるし上げ大好きなネット社会を見ているようで、あまりにも卑怯さが目に余る。

    そして何も判断しない、中立性についての罪についての解釈も正当性が強く、読み手に強烈なメッセージを突きつけてきます。

    また支配欲の恐ろしさ、権力の持った側の価値観の狂気性についても注目。
    非道な人であるのは間違いないが、庭師本人の愛情や美徳、またその家族の関係性がさっぱり理解できないんです。単なる経済的な犯罪よりも、圧倒的にタチが悪い。

    いかに狭い世界での自分勝手な理屈が怖いか、ひいては世界をも滅ぼしてしまうだろうと容易に想像がついてしまう。一番怖いのは力をもつ人間で、そういった人間こそ自らを犠牲にし、愛情を分け与えるべきなのに。

    本作、陰惨な事件で女性に対して辛い描写が多いのですが、ただ汚い文書や言葉はなく、美しく切々と語られていく文学的な価値が高いミステリーです。

    蝶たちの心情があまりに痛いですが、読了後は主人公の静かなる勇ましさがそっと胸に残る作品でした。

  • 耽美で、とてつもなく残酷な雰囲気の作品。
    でもご安心ください。
    この作品の猟奇的な部分は、文体によってかなり緩和されています。
    執拗に暴力要素を細かく書くこともありません。
    時に作者にそういう趣味があるのかと訝しむ作品もありますが、この小説の描写は必要最低限のものにとどまっています。
    それでも、女性たちに起きた信じられないような出来事は、確かに残酷だと感じさせる。
    酷い、おぞましい、その狂気が確かに感じられる作品です。


    すでに被害女性たちは救出されていて、なんだかわからないままに、リーダー格の女性を、FBIが取り調べをするという、なかなか斬新な形式が特徴です。
    リーダー格の女性、通称マヤが、また魅力的。
    取り調べに協力的と言うわけでもなく、非協力というわけでもない。
    一筋縄ではいかない、とても強かな女性です。

    彼女が体験した”ガーデン”での出来事は、耐えがたい異常な場所。
    “庭師”と呼ばれる男が作り上げたガーデンは、美しいけれど、そこに囚われた女性たちは蝶の翅を背中に彫られ、外の世界には出られない。
    徐々に明らかになる彼女たちの残酷な運命、庭師の家族、とにかく酷い出来事が、マヤの口から語られていく。

    読み手はそこで起こった出来事、彼女たちに起こった残酷な運命を知りたくなり、どんどん読んでしまうのですが、マヤの話は時系列が飛び飛びで、時折、マヤ自身の出自の話も入り混じります。

    読み進めるに従い、マヤという人物の過去を知り、彼女の人柄も理解できてくる。

    なにかびっくりするような、ミステリ的な魅力的謎があるわけでもないし、女性たちが救出されていることも明らかであるのに、どんどん読みたくなる感覚はとても新鮮でした。

    レイプ、誘拐、殺人、暴力、といった猟奇的で気持ちの沈む要素が含まれながら、さらっと読めたのは驚き。
    囚われた女の子たちの個性や、マヤの性格、語り口のおかげか。

    ガーデンに囚われた女の子たち、どの子も反応や性格が違って、人物の描き方がとても良かったと思います。
    取り調べをしているFBIの冷静なヴィクターと、熱くなりやすいエディソンも。
    会話劇がユニークで、酷い事件なのに時折クスッと笑える場面も多い。

    読後感もなかなかよかった。

  • ミステリ。サイコサスペンス。
    一冊のほとんどが事情聴取という構成。
    残酷で幻想的で耽美。
    正直、"庭師"の長男以外の全ての主要登場人物に感情移入できてしまう。
    正義とは何なのか、ずっと考えさせられた。
    サイコな感じの作品が好きな自分としては、かなりの高評価。

  • 庭師の全て自分の都合の良いように解釈する、自己欺瞞能力の高さが気持ち悪い。家族の名誉を少女達の命や人生より重んじたデズモンドも責められて然るべき。マヤは優しすぎる。親にネグレクトされ、やっと見つけた居場所から拉致されるという不運続きでありながら、自分を保ち続けたマヤの強さは何だろう。庭師はガーデンを失ったことと、妻に知られたことと、どちらをより強く悔やむのだろう。酷い目に遭っている時に、ポオの作品を暗誦するって、マヤはすごいな。

  • この本に送る私からの最大の賛辞は、
    「超絶胸糞悪かったけど読み切ってしまった」
    である

    ああよくもまあこんなに微妙に異なるイカれた連中を描き分けられたものだなぁと感心しつつ、
    胸糞悪すぎて途中で本を閉じること数回。

    それでも、読み切ってしまったのは、
    FBIに取り調べを受けてる「マヤ」と呼ばれる謎の少女の語りに引き込まれてしまったからだ。

    どこか飄々としていて掴みどころのないマヤ。
    でも、彼女には、絶望の淵を覗き込んでなおしたたかな強さと他の者を勇気づける生命力が備わっている。

    マヤの存在が、この暗く深い絶望の物語のひとすじの清涼剤となって、読み進めてしまうこと間違いなしだ。

  • ローズ・マコーリー『その他もろもろ ーある予言譚ー』と並ぶくらいの傑作、今年ベストだった。

    凄惨でありながら美しすぎる〈ガーデン〉の幻想描写から、現実への怒涛の着地を描く最終章が、力強く未来に目を向けさせる強烈な癒しになっていた。

    〈ガーデン〉の3人の男性の望む「愛」は嗜好品的で一方的で、対照的なのがマヤがラストで見つけるソフィアとの血のかよった関係性だった。
    それらが鮮やかなコントラストで描かれていたのがとても素晴らしかった。

    マヤの家族観の変化をじっくり冒頭から追うために、また読み返したい。

  • 数年前の「このミス」にランクインしていた本。
    グロテスクでおぞましく、でも美しい「箱庭」で暮らす蝶……少女たちの話。

    時系列を前後しつつ、少しずつ明らかになっていく真相にぞっとします。
    事情聴取を受けている女性が、またしたたかで美しく、素敵。ほかの少女たちもそれぞれ美しさや強さ、弱さを持っていて可愛らしい。
    グロテスクで残酷、そしておぞましい話ながら、文章や情景は耽美で綺麗です。
    だからこそ、「庭師」の歪さや恐ろしさが際立つのだとも言えますが。

  • FBI捜査官のヴィクターが取調室で対峙しているのは、マヤと自称する10代後半とおぼしい少女。ある事件の被害者である彼女は、実は共犯者なのではないかという疑いをかけられていた。やがてマヤが語りだしたのは、〈庭師〉と呼ばれる男が創りだした理想の庭に集められ、彼の手で背中に刺青を彫られ、名前を剥奪され尊厳を踏みにじられ、〈蝶〉にされた少女たちの物語だった。おぞましい〈男の夢〉と、拉致された少女同士の絆を描いたサスペンス。


    耽美主義のシリアルキラーものとして読むと、〈ガーデン〉のアイデアやダミアン・ハーストじみた死体の保存法には既視感がよぎったが、マヤ=イナーラという独自の価値観を持つ語り手の設定は新鮮だった。彼女を中心に、気が強い粘土アーティストのブリス、マヤの前に少女たちのメンターを務めていたリオネットら、被害者少女たちの絶望とささやかな希望を描くシスターフッド小説としての面はすごくいい。ジーラの最後の一日が奇妙な幸福感に包まれる一連のくだりなど、涙ぐみもした。
    〈庭師〉と二人の息子を通じて、女性を所有物扱いする男の典型例を見せているのも上手い。特に、父親を告発しない代わりに少女たちを攻撃もしないデズモンドを、諦めと共に受け入れていく〈蝶〉たちのやるせなさとか、どんな現実も自身の理想どおりに見ようとする〈庭師〉の認知の歪みなど、日常生活でも遭遇する種類のリアルなイヤさがある。〈庭師〉の紳士的な物腰は『侍女の物語』の司令官を思いださせる。自分が散々レイプした少女を息子に"相続"させることができて興奮する〈庭師〉のキモさにうっかり笑ってしまったが、当然笑う場面ではない。
    だが、FBIの描写には違和感をおぼえた。容疑者に含まれているとはいえ、この境遇の女の子の話を聞くのに男二人でやるかなぁ。エディソンの直情的なキャラクターは読者がイナーラの供述に感じる苛立ちの受け皿として配置されているとはわかっても、最後まで好きになれなかった。ヴィクターもキャリアが30年もあるわりに尋問が上手いように思えない。彼らをもマッキントッシュ父子と同じくテンプレ的に描写することで、イナーラの口から個性豊かに語られる〈ガーデン〉や〈イヴニング・スター〉の女性たちと対比させる狙いなのかもしれないが。
    深く傷つき、一度は社会との接続を絶たれた女性同士の新しい家族のあり方を書いたラストも良いことは良いのだが、なんとなく最後まで作者を信頼しきれない気持ちが残る。男性が読んでも気を悪くしないように、というところに特別心を配って書かれたシスターフッド小説という感じがするからだろうか。なんだか釈然としない。

  • FBIの取調室で、<ガーデン>と呼ばれる場所から救出された女性が語る軟禁生活の様子が、なんとも倒錯的で不条理。生々しい描写はないけれど、とても気持ち悪いと思わせてくれる<庭師>の感性や倫理観は、残酷なグリム童話のように美と紙一重で、そのグロテスクさにお腹いっぱいです。徐々に明かされる事件の全貌にどんどん引き込まれ、最後にはある種の解放感を得られました。

  • 2016年発表
    原題:The Butterfly Garden

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