運命の八分休符 (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488498139

作品紹介・あらすじ

困ったひとを見掛けると放ってはおけない心優しき落ちこぼれ青年・軍平は、お人好しな性格が災いしてか度々事件にまきこまれては素人探偵として奔走する羽目に。殺人容疑をかぶせられたモデルを救うため鉄壁のアリバイ崩しに挑む表題作をはじめとして、数ある著者の短編のなかでもひときわ印象深い名品「観客はただ一人」など全五編を収める。軽やかな筆致で心情の機微を巧みにうかびあがらせ、隠れた傑作と名高い連作推理短編集。

感想・レビュー・書評

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  • これはまたまた素晴らしい短篇集、安定の連城テイスト、そして読後に思うことは一言「惜しい!」である。あらゆる角度からの検証にもレジェンドの称号に耐えうる連城氏であるが、たった一つ、探偵キャラの創造においてそれらしき仕事をされていない、と思っていた。今作は連作短編であり田沢軍平なる素人探偵と美女たちが関わるミステリ譚である。分厚い眼鏡の奥のどんぐり眼、禿げかけの頭皮、定職に就かないニート、底抜けに優しく、優しすぎて、誠実であり、それに忠実であるため一歩を踏み出せない。そんな冴えない軍平クンだが直観力に優れ、一つの気づきから綻んだ謎を紐解いていく。そして出会う女に好意を持たれ、惚れっぽい軍平クンもまんざらでないものの、最後は切ない別れに彩られた終幕を迎える。このようなお約束展開をベースにしつつ、連城ミステリ特有の事象の反転と、ユーモアに満ちた甘酸っぱい恋模様を両立させている。ミステリ特性を除けば、ブクログユーザーにも解説にもあった「寅さん」を彷彿させる物語であった。なぜ?なぜ連城氏はこの軍平クンをたった1冊の短編集だけに留まらせてしまったのであろう。あと2冊分くらい彼の活躍を見たかった、読みたかった。「惜しい」と感じた素直な感想である。以下短編ごとにツラツラと…ネタバレあると思われます!ご注意してお進みください。





























    運命の八分休符 <装子>
    表題作である、軍平クンが関わるのはボディガードを務める美貌のモデルである。殺人事件が発生し、そのモデル装子が容疑者となり、もう一人の容疑者のアリバイ崩しに挑むこととなる。今短篇集には、タイトルに女の名が冠され、字は異なるものの、いずれも「ショウコ」と読む。この名前の繋がりには作品を通しての共通項、仕掛けなどあるのか?と思ったが特に繋がりはなかった。いずれも80年代の作品であり、アリバイトリックは今の感覚では成り立ちようがないが(解説でも触れられていたが、他の有名作家さんのトリックと同じものであったようだ)関わる美女とのやり取りの中で軍平クンの気づき、直観力の発現が見事であり、そこから紐解かれる結末は正統派ミステリそのものであった。今作の美女は厳しい業界の中で逞しく生きている自立した女性であり、それゆえ我が強く軍平クンは振り回される。しかしながら彼の本質を彼女はハッキリ捉えており強い信頼関係を結んだようであった。その中での事件解決後の別れのシーン…なんと切なくも美しいシーンであろうか!まさに映画的、活字が紡ぐ映像美に最初からやれれてしまった。


    邪悪な羊 <祥子>
    今作は連城作品には馴染み深い誘拐モノである。そして関わる美女は軍平クンの高校時代の同級生、叶わなかった初恋の相手との再会から物語は始まった。連城作品の誘拐モノは短編、長編、傑作揃いであり、いずれも事象の逆転の末の結末が見られるが、今作は短編の中でも、その完成度は群を抜いているのでは?と感じた。複雑な血縁関係の上に真犯人の奸智が成立するか!と思いきやプロローグで描かれた違和感からの気づきによって真相が露呈する。短編の中に詰め込みすぎる、かと思われてもしっかりとその中で全てのピースが嵌りきっての解決であった。今作の美女は同級生で楚々とした佇まいの美貌、勤勉実直であるが、どこか抜けていてそそっかしい、なんとも読者をモヤっとさせる。彼女は母となる選択をする、軍平クンは「それがいいです、一番いいです」このセリフに相手を思いやる彼の優しさ、別れを選択せざるを得ない二人のあまりにも大きな差異が感じられた。


    観客はただ一人 <宵子>
    今作は劇場型犯罪であった。有名女優の一人芝居の終幕に彼女が射殺される、有名女優の付き人である宵子と共に現場にいた軍平クンが宵子からの依頼もあり、その真相に迫る。「事象の反転」とはまさに連城作品そのものを指し示すミステリトリックである、この言葉を如実に体現しているのが今作であり、この仕掛けから評価するなら今短篇集の白眉である。真相の哀切極まりなさ、それがタイトルに繋がって偉大な女優の愚かさ哀しさが露呈する。今回の美女は駆け出しの女優であり、中性的な、どちらかと言えば男っぽいハスッパなカンジの女である。しかしながらスジを通そうとする真面目さがあり、軍平クンとの関係は最も切なく哀しいものとなった。電話のシーン、今時のケイタイやメール、ラインの類などない、受話器を使っての会話である。そして最後の別れのシーン、八分休符に劣らぬ、それ以上かもしれない映画的シーンだった。今作で気づいたのだが、この短篇集においては音楽が密接に関わっていたように思う。八部休符はベートーベン、観客ではバッハ。こういった趣向も連城作品では初めてだった。


    紙の鳥は青ざめて <晶子>
    今回の美女は人妻であった、出会った美女の中でも特に性的に軍平クンを惑わす存在だった。そして今作のトリックは人物誤認であり、その真相へ至る気付きが最も映像的だったと思う。書き出しからしてコメディタッチでありつつも連城タッチともいえる色彩に満ちていたようにおもえる。「犬は歩くと棒にあたるらしいが、田沢軍平は歩いていて犬にぶつかった。」この書き出しは忘れないだろう。コメディタッチで進む物語がいつしか陰鬱な空気とともに淫靡な香りを放ちつつ、最後は小さな嘘と裏切りの灯が、ほんのひと時の二人の出会いと別れを照らし出していたかのようであった。


    濡れた衣裳 <梢子>
    今作では軍平クンの先輩であり、パトロンのような存在、高藤氏が登場する。40歳で十分大人の風格を持ち合わせた好男児であった。このような順レギュラー的キャラがいたのに、つくづく惜しむらくは今作限りの軍平譚である。今回の美女は少女の面影残す夜の世界の女であった、わずか数時間だけの邂逅である。その中で発生した怪事件も、複雑に入り組んだ夜の女達の人間関係に端を発するものであり、連城作品ならではの反転が見事であった。


    ということで冴えないを自称しつつも、いい女ばかりと出会っては離れていく軍平クン。切ないようでいても、惚れっぽい恋愛体質なのか、次から次へ切ない思い出の量産男子であった。時代はいずれも80年代、昭和の只中であり、社会生活は現在ともかなり差異がある、しかしながら自分自身も確かにその時代を生き抜いてきたわけで、懐かさ、温かさを感じることができた。読み物を読み終えて思うことは、常々映像化されたらどうかな?であるが毎回個性豊かな美女が登場する今作は妄想のし甲斐があること間違いなかった。

    <装子>これはすぐ浮かんだ、小松菜奈さん、美貌のモデル、ちょっと我儘気質。
    <祥子>これは中々思いつけない、楚々とした美人だが母になる強さを持つ、なのにちょっと天然なコメディエンヌ…う~ん。
    <宵子>この子もなんとなく、というか直観的に浮かんだ、平手友梨奈さん。中性的な美貌、目力。
    <晶子>これも悩む、幸薄いカンジながらも三十路の色気を併せ持つ、吉岡里帆さんとか?違うかな?
    <梢子>少女の面影を残しつつも夜の女…これも思いつけない…

    肝心要の軍平クン、全然思いつけない!イケメンじゃダメ!でもイケメンもってこないと映像化できないのだろうな…残念。

  • 明らかに女性にもてない容姿の男の主人公が、5人の美女との邂逅しつつ、不思議な事件を解決するという短編集ですね。

    1986年に出版された作品らしく、流石に時代的には古いなぁ、と感じる事も多かったですが、朴訥な性格からか妙にもてる主人公が、魅力的な謎を解決していく様は見事ですね。個人的には舞台の話が本作の白眉だと感じました。

    あと、全然主人公のタイプは違いますが、映画の寅さんを連想してしまいました。

    切れ味の良いミステリを読みたい、という人は読んでみると面白いと思います。

  • 上質な金平糖みたい。時代を反映きて少し古ぼけてみえるところもあるけど、丁寧な仕事が美しい文章で綴られている。

  • 田沢軍平25歳。野暮ったい眼鏡にどんぐり目、髪が薄くてガニ股、大学時代に空手の試合で相手に生涯の傷を負わせた負い目から、幸せになることに背を向け、就職も棒に振り定職につかない日々を送る気弱な男。
    軍平ちゃん、冴えない見た目に反していやにモテる。底抜けに優しく、惚れっぽいが誠実で、一たび事件が起こると鋭い洞察力で真相を見抜いていく。
    その軍平ちゃんが5人の女性と事件に遭遇し、惚れ、惚れられ、だけど離れていく5つの連作短編集。

    初刊1983年、文庫化1986年、そして今年文庫復刊されたこの短編集は、あの名作短編「恋文」とはがらりと趣を変え、軍平ちゃんのキャラクターから察せられるとおりのユーモラス路線。そして、時代はザ・昭和。
    洒落のセンスも、喩えに使われている言葉も「古っ!」とツッコミを入れたくなる。さらに、ミステリのトリックも若い子にはわからないだろうな~というものまで。

    それでも、軍平ちゃんの推理によってすべての事件の真相が明らかになるときの”鮮やかな反転”には目を見張るものがあり、さすが大御所「そうきたか!」と唸らされる楽しさ。

    おまけにユーモアとミステリを彩る、情歌溢れる描写も美しく、この美しい文章だけは時を経ても色褪せない連城作品の魅力。もう望めないけれど、連城さんにはこの続編を書いて軍平ちゃんを幸せにしてやってほしかった~

  • 「連城三紀彦」の連作ミステリ短篇集『運命の八分休符(英題:The Eighth Rest of Fate)』を読みました。『夜よ鼠たちのために』に続き、「連城三紀彦」の作品です。

    -----story-------------
    ささやかな?を胸の裡に秘めて、彼女たちは現れる。
    心優しき青年が出会う五人の女性、五つの事件。
    水際立つ論理と、澄み渡った感傷
    謎解きの名手の隠れた傑作が甦る。

    困ったひとを見掛けると放ってはおけない心優しき落ちこぼれ青年「軍平」は、お人好しな性格が災いしてか度々事件にまきこまれては、素人探偵として奔走する羽目に。
    殺人の容疑をかぶせられたモデルを救うため鉄壁のアリバイ崩しに挑む表題作をはじめ、数ある著者の短編のなかでもひときわ印象深い名品「観客はただ一人」など五人の女性をめぐる五つの事件を収める。
    軽やかな筆致が心情の機微を巧みにうかびあがらせ、隠れた傑作と名高い連作推理短編集。
    解説=「岡崎琢磨」
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    『夜よ鼠たちのために』と同時代の1980年(昭和55年)から1983年(昭和58年)に発表された作品、、、

    大学を卒業しても定職に就かずぶらぶらしており、髪が薄く、眼鏡にどんぐり目、中肉中背で空手をやっていたので腕っぷしだけは強いけど、見た目はてんでさえない25歳の青年「田沢軍平」が探偵役となり事件を解決する連作短篇です。

     ■運命の八分休符<装子>
     ■邪悪な羊<祥子>
     ■観客はただ一人<宵子>
     ■紙の鳥は青ざめて<晶子>
     ■濡れた衣装<梢子>
     ■あとがき
     ■解説 岡崎琢磨

    各話に女性の名前が副題として付けられており、その女性と「軍平」の淡い恋が綴られることもあり、やや軽めのミステリに仕上がっていますが、犯罪のトリックは複雑で意外性もあり、本格ミステリとしても十分に愉しめるクオリティでしたね… 5作品ともホントに面白くて、さすが「連城三紀彦」作品って感じでした、、、

    特に人物関係、構図がものの見事に逆転する意義が異性と鮮やかさが素晴らしいですよねー ホントに愉しめました。

    その中でも、2分間のアリバイ崩しに挑み、犯行場所の入れ替えと電話の短縮ダイヤルサービスを利用したトリックを鮮やかに解き明かす『運命の八分休符』がイチバン印象的でしたね、、、

    その他では、

    子どもが間違えられて誘拐!? 誘拐事件の被害者を誘拐犯とミスリードさせられる『邪悪な羊』、

    失踪者を探している人物が実は失踪者だったとミスリードさせられ、トラベルミステリっぽさも愉しめる『紙の鳥は青ざめて』、

    が印象に残りました。

    次は「連城三紀彦」の長篇作品を読んでみようと思います。

  • 連城作品には珍しい探偵もの。冴えない風体だが気は優しく力持ちの探偵、軍平が謎を解く連作短編集。

  • 「観客はただ一人」の切なさ。

  • 良く練られた空想的トリック。各編とも全く見破れない。

  • 艶っぽい。
    こういう後味の小説大好き。
    作者の小説は初めて読みましたがファンになりました。

  • 確かに練られた展開だが、現実味がなさすぎで、机上論すぎ。期待大きすぎたか…

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著者プロフィール

連城三紀彦
一九四八年愛知県生まれ。早稲田大学卒業。七八年に『変調二人羽織』で「幻影城」新人賞に入選しデビュー。八一年『戻り川心中』で日本推理作家協会賞、八四年『宵待草夜情』で吉川英治文学新人賞、同年『恋文』で直木賞を受賞。九六年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受賞。二〇一三年十月死去。一四年、日本ミステリー文学大賞特別賞を受賞。

「2022年 『黒真珠 恋愛推理レアコレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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