- Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
- / ISBN・EAN: 9784488505059
作品紹介・あらすじ
『好いた男とみる修羅や、おちる地獄や。おちとみやす』――嵯峨の地獄野。化野とも呼ばれる地で現世に背を向けて孤独に暮らす篠子の前に現れた二人の美童の幻。過去からよみがえる愛憎と妄執が苛烈な印象を残す名作「花曝れ首」ほか、人と魔の織りなす情念の世界を練達の筆で描き出す不世出の作家による傑作十七編を収録する。文庫初収録作品多数。
感想・レビュー・書評
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魔軍と名が付く通りに妖や幽霊と言ったこの世ならざるものtたちが織りなす世界。
『花曝れ首』の鬼気迫る美しさは何度読んでも響きます。
後半のエッセイの筆名の話が印象に残りました。本名と同姓同名の作家さんがいらしたとは。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
東雅夫:選、赤江瀑アンソロジーの第二弾。今回は「怪異幻想系名作集」ということで、幽霊ものが多かった。舞台はお馴染みほぼ京都。巻末には収録作品と関連ありそうな短いエッセイをいくつか収録。以下備忘録兼ねて個別に。
「花曝れ首」京都、嵯峨の化野(あだしの)で、恋人に別れを告げたばかりの篠子という女性が江戸時代の陰間の幽霊二人と出会う。彼らは秋童と春之助と言い、喧嘩ばかりしているが、なぜか篠子につきまとってくる。やがて明かされた彼らの因縁とは…。篠子が恋人と別れる決意をした原因も含め、同性愛の匂いが濃厚でなかなかお耽美。収録作では一番好きだった。
「宵宮の変」祇園祭の宵宮の晩、一緒に出掛けた恋人同志の高秋と菊子ははぐれてしまう。後日、高秋と囃し方の仲間である哲夫のもとに菊子がやってきて、高秋の様子がおかしい、どうやら無言詣でをしているという。しかし後日哲夫が高秋に会うと、彼は宵宮の晩以来菊子が行方不明だと話し…。不思議譚より祇園祭の描写のほうが多い。京都で生まれ育っても知らないことがいっぱい。
「月迷宮」元映画監督の邦彦は、今は十一階建てのマンションで一人暮らし、名月の晩に月の光の下で、少年時代の両親のことを回想している。月の晩、山桃の木に登っていた彼は、両親の喧嘩を目撃、母はそのあと自殺した…。回想内容よりも、ラストのオチがキモ。
「徒しが原」飲み友達の一彦と秋武、あるときから秋武が飲んでいる途中で記憶を失くすと言う。それはいつもドンドン街と呼ばれる場所で飲んだ時。そこに魔が巣食っていると彼は言い…。理由は明かされないけど、なんか怖い系。
「玉の緒よ」龍安寺の石庭をぶらりと観に行った高彦は、そこで奇妙な老婆をみかける。どうしてもその老婆のことが気にかかり、彼女が消えたあたりを調べるうちに、かつてそのあたりで隠れ住んでいた引退した元女優と付き人の話を聞き…。幽霊というより狂気の話。
「春喪祭」既読。失踪していた恋人の深美が奈良で自殺したという知らせをうけた涼太郎は、深美の足跡を辿ることに。琵琶奏者であった深美は牡丹の咲き乱れる長谷寺で曲想を練っていたが…。牡丹の咲き乱れる夜のお寺に美坊主の霊、イメージが鮮烈。
「階段の下の暗がり」いくつもの夜のお店があるテナントビル。『華子』のママのところへ『胡桃』のママがおたくの幽霊のせいで客が来ないと怒鳴り込んでくるが、実は華子の店だけでなく、このビル自体が墓場の上に建っていて…。
「月曜日の朝やってくる」健介は早起きしてしまったある朝、とうに廃線になった路面電車が、路面を走っていくのを目撃する。実は彼は新聞配達をしていた少年時代にも同じように路面電車の幽霊を見たことがあり…。この物語の中では凶兆なんだけど、電車の幽霊というのが、なんか可愛くて好き。
「悪魔好き」アジサイの栽培が趣味のハルオ少年は、ある日兄夫婦の赤ん坊を愛犬が死なせてしまったのを発見、犬を庇うために赤ん坊の遺体を持ち去るが…。少年だけでなく兄夫婦のそれぞれにも「魔が差した」瞬間。語り手の正体はもちろん…。
「魔」老年になってから、幼い頃に祖父と暮らしていた漁村を訪れた龍彦。当時祖父は「暗い海には近づくな」と龍彦に教えた。巨大なシュモクザメの姿をした魔がその海にはいて…。
「緑青忌」祇園の料亭の女将が、かつて親しくしていた華族の侍女から譲られた大きな緑青の水鉢。元の持ち主である西条寺家には双子の姉妹がいたが、ある晩盗みに入った盗賊に姉が乱暴され妊娠した事件があり…。自分を乱暴した盗賊に恋して、その刺青を頼りに彼を探すというのが『桜姫東文章』を思わせる。緑青の鉢だけがすべてを見ていた…。
「隠れ川」有名な日本画家の釵子は、かつてふすま絵を描いた微妙の家に招かれる。屋敷中のふすまに描かれたうねるような線を、微妙は「川」だと思っていたが…。実は一人の男を取り合っていた女性の因縁譚。
「闇の渡り」野鳥の会で知り合った尾迫と工藤。かつて野鳥の楽園であったが埋め立てられてしまった日濃美干拓に、また渡り鳥が戻ってきているという連絡を野鳥仲間の蔡田篤子から受ける。しかし実際には鳥は戻ってきておらず…。鳥の幽霊か、はたまた狂気の前兆か。
「海婆たち」海岸を走り回る少年が手にしている笛は「敦盛」と名付けられた曰くつきの笛。姉妹である二人の老婆が、そんな少年をハラハラしながら見守りつつ喧嘩している。しかし老婆たちの正体は…。
「雀色どきの蛇」京都で椿めぐりをするのが趣味の老いた元女優は、小塩の侘助を見に行った際に、50年前に役作りのため会いに行った霊媒師の寄弦(よりづる)と再会する。かつては大切にしていた卯杖をぞんざいに杖として使う寄弦に元女優は詰め寄るが…。道具立ては幻想的だけれど、たぶんテーマは老い。
「坂」かつて痴呆になった夫の介護に疲れ果てていたが今は一人の老婆の独白。これもまた老いがテーマ。鬼が住み着く前にお迎えが来てほしいという切実さ、辛い…。
「八雲が殺した」既読。夫に先立たれ、養子だった一人息子も結婚し、一人で暮らす50歳の乙子。ある日息子と食事したレストランで、赤ワインのグラスに背後の席にいた青年が映っているのを飲み干す。以来、夢にその青年が現れるようになり…。小泉八雲の「茶わんのなか」と、その原本である「茶店の水椀若年の面を現す」との差異に言及しつつ、同じことが平凡な主婦に起こる幻想譚。 -
赤江瀑傑作集の第二弾。熱狂的な支持者がいる作者なので、文庫で傑作集が編まれるのはこれが初めてではなく、例えば同じ東雅夫氏の編集で、学研M文庫版がある。今回の版のここまではM文庫版を二冊に分けたような収録作品になっている。M文庫版の初版はもう十五年以上前のことだし、赤江氏は新しい読者を得て、読みつがれるべき作家なので、それ自体に異を唱えるつもりは更々ないが、M文庫版も所有している身としては、それ以外の作に目が行く。文庫初収録作多数と言われると、(嬉しいのだけれども)質はやはり落ちるかと思ってしまうが、そうならないところがさすが。短編小説としての結構がぶっ壊れているような「玉の緒よ」や「緑青忌」がすごい。