イギリス人の患者 (創元文芸文庫)

  • 東京創元社
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  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784488805036

作品紹介・あらすじ

砂漠に墜落し燃え上がる飛行機から生き延びた男は顔も名前も失い、廃墟となった屋敷に辿り着いた。ひとり屋敷に残って男を看護する女性ハナは、彼の語る物語に惹かれていく。世界からとり残されたような場所にひとり、またひとりと訪れる、戦争の癒えぬ傷を負ったひとびと。それぞれの哀しみの源泉が美しい言葉で紡がれるとともに〈イギリス人の患者〉の秘密もまたゆるやかに、しかし抗いがたい必然性をもって解かれてゆく。英国最高の文学賞ブッカー賞、その歴史のなかで頂点に輝く至上の長編小説。

感想・レビュー・書評

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  • 映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作本。公開当時に映画を見て、本も読んだのですが、今回東京創元社から発行されて読書会課題本になったので再読&映画も観ました。

    原作と映画はかなり違います。
    とても詩的で美しい言葉が流れてゆく物語です。

    映画はこちら。
    https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/B00005V1CI

    ===

    第二次世界大戦末期のイタリアのサン・ジローラモ修道院で、看護師のハナは全身に火傷を負った患者を看病している。
    ハナは連合軍の看護師としてイタリアに派遣されていたが、目の前で繰り広げられう戦闘で、多くの負傷者や死者を見るうちにハナの心は閉ざされていった。その気持ちに留めとなったのは父の戦死の報だった。
    その頃全身に火傷を負った患者が運び込まれる。身元不明で持ち物はヘロドトスの「歴史」だけ。身体は動かないが意識はあり言葉は詩的で知的な人物と思われる。彼は「イギリス人の患者」とだけ呼ばれるようになる。
    そのころ軍が移動するため医療部隊もついていくことになるが、ハナは移動を拒絶してイギリス人の患者と二人きりでサン・ジローラモ修道院に残ることを主張する。
    爆撃で半分潰れた修道院をハナは一人で暮らせるように整え、畑を作っている。そこへハナの消息を聞いたカラヴァッジョが訪ねてくる。カラヴァッジョは元泥棒だが、連合軍ではその腕を見込まれて諜報活動部隊に所属していた。つまり国家公認の泥棒となったわけ。しかしドイツ軍にとらえられて両手の親指を切り取られる拷問を受けた。
    ドイツ軍はこの地域から撤退していたが、あたりに山のように地雷を残していった。ある時サン・ジローラモ修道院にイギリス軍に所属するインド人シーク教徒で26歳の爆弾処理工兵キップがやってくる。修道院に残されていた地雷を撤去し(本の間とか、メトロノームの中とか、戻ってきた住人が日常を戻すために手に取るところに仕掛けるらしい)てそのまま修道院の中庭にテントを張って寝泊まりする。

    物語の舞台は、このサン・ジローラモ修道院と、それより数年前の北アフリカになる。
    サン・ジローラモ修道院の主要人物は上記の四人。戦時中に違う国籍の心に傷を受けた四人が集まって、戦争真っ只中でありながらとりとめのない会話をしながらすごした数ヶ月の物語となる。

    ハナは、父や継母(父の後妻)を深く愛していたが、父の死を聞き継母からの手紙に返事を出す事ができないでいた。戦場で火傷を負って死んだ父に変わるようにイギリス人の患者の面倒を見る。彼にヘロドトスを朗読する。修道院の図書室から手に取った本を朗読する。

    カラヴァッジョは、明るく口がうまく、盗むよりも「見る」ために他人の家に忍び込むような泥棒だった。国家のために働き拷問を受けて年老いて、もはや明るさを見いだせなくなっている。
    そんなカラヴァッジョがサン・ジローラモ修道院で出会ったのは、幼い少女のハナではなく、彼女の声でもなく、自分がなろうとしてなった孤独で傷ついて靭やかな女性の姿だった。

    キップの兄は熱心なイギリスからの独立派で、その運動のために投獄されていた。キップは医者になりたかったが、兄の不在の為軍に入った。インド人ということで区別(差別というほどでもなく)も多かったが、爆弾処理班の責任者サウォーク卿やその秘書、運転手たちとは真の交流を結んでいた。だが彼らは爆弾処理中に爆死した。
    爆弾開発のスピードは早い。処理班は、ある日突然進化した爆弾の相手をする。今までと同じ爆弾と思って今まで通りの処理をするとそれは死につながる。進化した爆弾の処理方法を見つけ、連合軍全体に共有することが戦況に大きく関わる。サウォーク卿はそんな重大な責任を飄々と引き受けていたのだ。
    イタリアでのキップは、修道院や美術館での爆弾処理にあたり、普段は見られない聖者たちの絵や彫刻とともに過ごしていた。

    ハナとキップは、サン・ジローラモ修道院で寄り添い合い優しい恋が生まれる。

    彼らの物語の間あいだに流れるように「女」の話が入る。それはイギリス人の患者がここに運び込まれる事になったある愛の物語だった。

    第二次世界大戦勃発直前の北アフリカ。
    ハンガリー人のアルマーシ伯爵は、砂漠に魅せられて探検家の一員となっていた。同じく探検隊のイギリス人マドックスとは親友の間柄だった。その探検隊に若きイギリス人貴族のクリフトンと、その新妻キャサリンが加わる。探検隊が探すのは、今は失われた砂漠の中のオアシスの痕跡だった。それはある洞窟の壁に泳ぐような人間の絵を見つけたことで証明された。ここには昔水があって泳いでいたんだ。

    だがアルマーシ伯爵はヘロドトスを朗読するキャサリンの声に恋をするようになり、その後彼らは恋人同士(不倫関係)に陥る。激しい恋、激しい苦悩を経て二人は不倫関係を終わりにせざるを得なかった。
    次代も第二次世界大戦開戦が迫り、国籍を問わない探検隊は解散させられた。マドックスは故郷に帰ったがその後自殺したという。自分の居場所であった砂漠から帰され、戦争に賛同し高揚する故郷はもう故郷ではなかったのだ。(※映画では、アルマーシ伯爵のある行いがマドックス自殺の要因とされています)

    探検隊に参加したクリフトンについては、アルマーシ伯爵も知らなかったことがある。彼の実家はイギリスでも上流階級で政治経済で重要な地位にいた。そこで「国籍混合の怪しい連中が北アフリカを国境を関係なく動き回っている」ということで、パトロンの振りをして様子を見に来たのだ。そのためアルマーシ伯爵とキャサリンの不倫もイギリスでは筒抜けだった。
    ついにクリフトン本人も、妻とアルマーシ伯爵が過去に不倫していたことを知り、砂漠で二人を巻き添えにした無理心中としての飛行機墜落を起こす。
    クリフトンは即死したが、キャサリンは重症ながら生きていた。アルマーシ伯爵はキャサリンを抱えて「泳ぐ人の洞窟」に運び込む。
    この時点で、クリフトンを通してアルマーシ伯爵を監視していたイギリスでも、彼の行方は完全に見失った。
    アルマーシ伯爵は「必ず救助を連れて戻る」と言って砂漠を徒歩で横断した。だがやっと辿り着いたイギリス軍で、ドイツ人スパイと思われて収容されてしまう。
    なんとか抜け出したアルマーシ伯爵は、ドイツ軍に協力する代わりに「泳ぐ人の洞窟」にたどり着く手段を手にする。しかし彼が洞窟に辿り着いたのはすでに3年経ち、ミイラ化したキャサリンの遺体を抱きしめる。
    そしてキャサリンとともに乗った飛行機が墜落し、全身大火傷を追った彼が連合軍に助けられて「イギリス人」と思われたのだ。

    瀕死のキャサリンの眼差しから、アルマーシ伯爵は逃れることができない。女が最後に見たのはアルマーシ伯爵。アルマーシ伯爵は、自分がクリフトンとキャサリンにである前の情景に自分がいたようにも思う。
    イギリス人の患者(アルマーシ伯爵)の口から出るのは、女、砂漠、ヘロドトス。

    数ヶ月が経ったある日、キップはサン・ジローラモ修道院から突然去っていった。ラジオから流れる「アメリカが広島と長崎に原爆を落とした」ニュースは、非白人のキップにとっては身を切られるような自分ごとだったのだ。アメリカの背後にはイギリスがいる。連合軍はは、白人国家には原爆を落とさないだろう。イギリス人の患者だってその白人だ。
    キップはアルマーシ伯爵に向けた銃をなんとか降ろして出てゆく。
    ハナとキップの幸せを願っていたカラヴァッジョは、最後にキップを抱きしめる。「寂しくなる、いったいどうやって紛らわしたらいいんだ」

    アルマーシ伯爵は長くは無いだろう。きっとハナとカラヴァッジョが埋葬するだろう。そして国に帰るだろう。

    ハナは、やっと継母に手紙を書く。数ヶ月、数人でなんということもない会話をして過ごした日々。でももう帰りたい。

    何年もたち、インドで男は女のことを思い出す。手紙がきたが決して返事は出さなかった女。
    今では医者になり、明るい妻と子供もいるが、それでも彼女のことを考える。だが彼女の周りのことがまったく想像できない。今ハナはフォークを取り落とした。キップはフォークを受け止め、娘の手に戻す。

    ===

    美しい詩のような物語。
    国籍が違う四人が戦争の間に共に過ごした。終盤でハナは、罪悪感からずっと手紙を書けなかった継母(父の再婚相手)に手紙を書く。<愛するママン。(…中略…)この数ヶ月、ある屋敷でサン人の人と一緒に暮らしてきました。のんびりと、とりとめのない会話をしながら。いまの私には、それ以外の話し方はできません。P281>ここに繋がった!
    ハナは全体的にも主人公だと思うのだが、明快な性格描写はなされていない。<ハナがどんな女性か、私にはよくわからない。たとえ作家に翼があっても、ハナはその翼の中にいつまでもとどまる女性ではない。P290>作者の自由自在な思考の現れなんだろうか。
    そして終わり方。キップのその後で終わるとは以外だったが、心の目でみたハナが落としたスプーンと現実の娘が落としたスプーンがつながる文章はとても良い。
    キップとイギリス人で師匠のようなサウォーク卿やそのチームとの繋がりがとても良かった。爆弾技術はすぐに進む。爆弾を分析して解除方法を味方に共有することの責任感と、そんな日々で見える人間の真の部分。
    そんなキップが激情したのが、アメリカが日本に原爆を落としたというニュースだというのも良かったなあ。「結局これが自分たち有色人種国家に対する白人国家のなんだ。相手が白人の国だったら大量破壊兵器など落とさなかった。」核に対しての海外コメントは軽いものた目についてしまうので、いわゆる「同じ有色人種国家」が同じように痛みを感じている意見があったんだなあ。
    そしてこれほど詩的な語りなのに、現実的な戦争の駆け引きも書かれていてバランスが良いのも不思議。


    ※読書会
    ●連想したもの。映画「太陽の帝国」、「低開発の記憶(キューバ映画)」、「シェルタリング・スカイ」
    ●戦争のPTSDが語られている。日本でも第二次世界大戦、原爆のことは語られるが、ヨーロッパでも行われている。
    ●「現在」の物語としては、患者、ハナ、キップだけで成り立ち、カラヴァッジョは軸が違う彼により話が面白くなっている。
    ●患者の全身の怪我と、原爆患者が重なった。
    ●原作と映画の違い。
    原作では、色彩と官能を感じた。キップの比重が大きい。
    原作のほうが、アルマーシ伯爵とキャサリンの不倫関係はかなり激烈。日本語訳ではまだ穏やかになっているが英語原作はもっと過激な言葉が使われている。
    ●英語版と、日本語訳の違い。
    人称が違う。英語では「He、She」、日本語では「男、女」など。
    英語では、砂漠の出来事は過去形。サン・ジローラモ屋敷の出来事は現在形なので、いつの話なのかわかる。
    ●みんな個人名があるのに「男、女」などの表記になっている。キャサリンもハナも「女」と同じ表記。
    ⇒距離の近さ、遠さを表している?
    ⇒海外小説では「彼、彼女」で始まる事が多いので、個人名に拘るのは日本語の特徴?
    ⇒アルマーシ伯爵がうなされて「アルマーシが…アルマーシが…」と言う。それを聞いたカラヴァッジョが「アルマーシはあんたのことだろ?」というと、「死ねば三人称になるんだ」と応える。人称ではここも不思議。
    ●キップとアルマーシは、二人とも故郷を捨てている。
    ●同じ戦場で死体を見ながら、諦めを抱えているハナと、患者を助けようとするキップの違い。
    ●ラストのコップを落とす場面は、サン・ジローラモ屋敷で爆弾の信管を落とした場面の再現。
    ●何人かは実在の人物をモデルにしているらしい。誰だろう?多分砂漠で亡くなったクリフトン夫妻かなあ。
    ●「カラヴァッジョ」のこと。光と影の画家、寂れた修道院の宗教画、などの描写があるので、「カラヴァッジョ」の名前にしたのかな。
    ●作者オンダーチェは、他の本の紹介や解説を書くことが多い。作家として良い小説を紹介してゆく作者なのだろう。
    ●地雷、戦争PTSDで、ベトナム戦争を連想した。第二次世界大戦で地雷描写はあまりみたことがなかったかも。小説の地雷を掘り起こす作業が、各自の記憶を掘り起こす行為に繋がっているのかと思った。その記憶は悪い物が多いのだが。
    ●イギリス人の患者自身が「地雷」そのものなのかと感じた。聖者?裏切り者?
    ●サン・ジローラモ屋敷で過ごした時期はヨーロッパでは戦争は落ち着いている。そんななかに「原爆」のニュースで現実に戻った感じがある。
    ●作者は白人かと思ってしまった。ブッカー賞だし名前がマイケルだし。読んでいるとキップのキャラクターの鮮やかさで、非白人だなと分かる。
    ●海外の話は、詩に比重をおいている。
    ⇒海外の作家には、小説と詩それぞれの思考を行っている作家が多い。
    ⇒翻訳では、分かりづらかったり、むしろ分かり易すぎるようになってるかもしれない…。

  • 1992年のカナダ総督文学賞とブッカー賞受賞。2018年にブッカー賞50周年記念の歴代受賞作で最も優れた作品として、ゴールデン・マン・ブッカー賞受賞。『イングリッシュ・ペイシェント』の名で映画化され、アカデミー賞9部門受賞しています。

    著者はスリランカ生まれのカナダ在住。カナダ文学ですぐに思い浮かぶのは、モンゴメリやマーガレット・アトウッドくらいでしたが、こんな凄い作家がいたのですね。

    長らく新潮文庫で絶版でしたが、創元文芸文庫で復刊。東京創元社も、白背表紙の文芸文庫シリーズを始めて間もないので、ラインナップ充実を図ってのことでしょう。手に入りやすくなったのは喜ばしい限りです。

    さて、詩的な書き出しから始まる物語は、いきなり衝撃的な描写で、METALLICAの名曲”One”のPV『ジョニーは戦場に行った』のトラウマ映像が脳裏をよぎりましたが、目が見えるし会話もできるので、酷い状態ながらもとりあえず一安心。

    時は第二次世界大戦のイタリア。全身火傷を負った正体不明のイギリス人と思われる人物が、連合軍の野戦病院に運び込まれます。かつての尼僧院だった屋敷は、ドイツ軍が撤退する時に破壊し尽くし、建物内にも爆発物が残る危険な状態。負傷者と看護婦を安全な場所に移す決定が下されたとき、看護している若いカナダ人女性は、周囲の反対を聞かずにその廃墟のような屋敷に留まります。

    そこへ女性の少女時代を知る、女性の父親の友人のおじさんと、爆発物処理のインド人工兵の青年が加わり、屋敷での生活が始まります。4人は、少しずつ互いの過去を語ることにより、距離感が縮まり親密になっていきます。そして、次第に”イギリス人の患者”や登場人物たちの過去が明らかになっていき…

    戦争という特殊な状況の中で、異国で育った男女のそれぞれの過去が、まるで厳選された詩の言葉を織り交ぜたような美しい文章で綴られていき、時に時代を前後し、時に人物が入れ替わり、少しずつ少しずつ語られて行きます。そうして、印象的な場面が次々と現れて、次第に物語が積み上げられて明らかになって行く様や、美しい心象風景の描写の数々にとても引き込まれました。

    また、美しいだけでなく、時には、ヘロドトスの『歴史』を仲間の前で朗読する”イギリス人の患者”の過去に関係する女性の「ほのめかし」でドキドキしたり、おじさんの泥棒失敗談でクスりと笑ったり、”イギリス人の患者”の親友の後半でのエピソードでグッときて涙腺を刺激されたりもしました。あと、”イギリス人の患者”が、キプリング『キム』を朗読する看護婦への読書指導もいいですね。

    残念なところは、終盤での早急過ぎる変化。例えるなら,夏目漱石『虞美人草』の登場人物の性格が急変してエンディングに向かって行くようなと言えば伝わるでしょうか?伏線は散りばめられているだけに、もう少し繋がりが丁寧だといいのにと思いました。

    それと、性的な描写で少し引いてしまうような記述があるので、誰かにおすすめはしづらいのが難点かな。とは言え、個人的には他のブッカー賞受賞作、J.M.クッツェー『恥辱』『マイケル・K』やカズオ・イシグロ『日の名残り』を超えたかもしれない。やはり、ブッカー賞歴代1位は順当でしょうね。

  • 『イギリス人の患者』(新潮社) - 著者:マイケル・オンダーチェ 翻訳:土屋 政雄 - 高橋 源一郎による書評 | 好きな書評家、読ませる書評。ALL REVIEWS
    https://allreviews.jp/review/2699

    映画では捨象された原作の濃密な時間の流れ | レビュー | Book Bang(「週刊新潮」2021年9月16日号 掲載)
    https://www.bookbang.jp/review/article/703077

    歴代ブッカー賞、金賞はM・オンダーチェ『イギリス人の患者』 | HON.jp News Blog
    https://hon.jp/news/1.0/0/11961

    イングリッシュ・ペイシェント - 映画情報・レビュー・評価・あらすじ・動画配信 | Filmarks映画
    https://filmarks.com/movies/911

    イギリス人の患者 マイケル・オンダーチェ(著/文) - 東京創元社 | 版元ドットコム
    https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784488805036

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)...
      藝術品としての国家を成立させるもの|エッセイ・書評|村上春樹 Haruki Murakami 新潮社公式サイト(波 2011年12月号より)
      https://www.shinchosha.co.jp/harukimurakami/review/353428-r.html
      2023/12/10
  • あー。すごい。すごい、これ。それ以外まず言葉が出ない。
    ブッカー賞を受賞した中でも最も素晴らしい作品を選ぶという企画の中で選ばれた本作。ブッカー賞オブブッカー賞。

    「イングリッシュ・ペーシェント」という題で映画化され、かつアカデミー賞も受賞したとのことだがその筋に疎い私はそんなことも知らず。
    この小説が最初ですべてだったわけだが、すごい。

    私が海外文学が好きな理由の一つに「絶対に日本人には書けない物語を書ける」ということがあるのだが(もちろんその理由で日本の文学も好きだけれども)、この小説は日本人には絶対書けない。
    第二次世界大戦が舞台で、かつ、ヒロシマナガサキの描写が物語のキーになってもいるのだが、それでもこれは日本人には書けない。

    イタリアで、戦禍から取り残された病院。そこに残った、飛行機が墜落したことで大火傷を負い顔を失った「イギリス人の患者」。その患者の面倒を見るべく、病院に残った若い看護師のハナ。
    物語はその二人の、とても静かな描写から始まる。
    なんとなく居心地の良い静寂を楽しむ物語なのかと思い読み進めると、ハナの亡き父の親友でもと泥棒(かつスパイ)のカラバッジョと、不発弾を処理する兵士のキップが屋敷にやってきてから途端に様相が変わる。
    今までの静寂から打って変わり、様々な人間の様々な愛が語られるようになる。

    突然の展開に若干面食らいながらも読み進めるうちに、これも本作の特徴ではあるのだが、そして作者が詩人であるということも大いに関係しているのだろう、体言止めと曖昧な時制(過去のことを現在形で綴る)を多用しながら視点がぐるぐると変わる不思議な体験をさせられながら、イギリス人やキップの過去が明らかにされていく。

    そしてそれらの過去が明らかになり、いろんなことがつながったとき。そして読者が「うーん、なかなか壮大な愛の物語だったなあ」と思った瞬間に、またそれをひっくり返す。詳細は語らないが、ここでヒロシマナガサキ。

    えっ、となり、急転直下。
    でもここからなぜか涙が止まらなくなる。最終盤。
    本当に涙が止まらなくなる。戦争の悲惨さとか、そういうことも含めて涙が止まらなくなる。

    そして物語が終わる。読み終わった後、どう捉えるかは人それぞれだと思うのだけれども、私は「やっぱり壮大な愛の物語」だったかな、と思う。

    これは、本当に素晴らしい。
    人生で何冊とない一冊。

    こういう出会いがあるから、読書はやめられない。
    本当に素晴らしい小説だった。ブラボー。

  • マイケル・オンダーチェのゴールデン・マン・ブッカー賞受賞作。新潮文庫から版元を代えての復刊。

    第二次世界大戦終戦間際のイタリア。ドイツ軍が撤退した後、廃墟となった僧院に記憶がなく全身に火傷を負った患者と、その看護をする若い看護師が住んでいる。そこに看護師の父の友人と、爆弾の解体工が加わり、四人による生活が始まる。。。

    美しい。ただひたすらに美しい小説。
    詩的な文章により、四人の過去と主に北アフリカ地方の歴史が語られる。北アフリカの話は、描かれるほとんどに馴染みがないので理解できない描写も多いが、砂漠の幻想的な表現が非常に良く読んでいても飽きさせない。
    特にイギリス人の患者の過去がほんのりわかり始めてからが面白く、そうかそういう話だったのかと、その悲劇の美しさに圧倒される。

    訳者の人も解説で説明しているが、ラスト付近がちょっと駆け足か。余韻は良いのだが、そこだけが少し残念。
    また場面転換が非常に多く、読む人を選ぶかもしれないが、ゆっくりと全身で味わう小説なんだと思って時間をかけて読んでみて欲しい。

  • 再読中 新潮の絶版からまさかの創元で復刊。good job!

  • 実はよくわからなかった。

    原爆はアジアだから落とされた という一文が強く残りました。

  • 強いイメージをよびおこす美しい小説には違いないのだが、消化しきれなかったかも。詩的散文か。実はわたくしのように詩がわからない人のための詩なのかもしれないが

    なお、フォーサイスの漏らしたという感想は、わたくしとしてもそんなこと言っても仕方ないよなと思いつつも共感するところで、そうしたリアリズム二の次なところは引っかかるといえば引っかかる

    エジプトあたりが舞台であったり、エスピオナージュ風味であったり、多層的な語りであったり、アレクサンドリア四重奏を思い出す。あの本も読んだ直後は消化できなかったと思ったが、自分の中で長く余韻を引いている感じがある。この小説もそうなればうれしい

    ところで訳者あとがきにある「四人の物語が終わろうとする最後の最後に、作者オンダーチェ自身がひょいと顔をのぞかせたりもする」とは、どこを指しているのだろうか?十数年後のキップを作者に重ねているのかな?

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著者プロフィール

マイケル・オンダーチェ(Michael Ondaatje)1943年、スリランカ(当時セイロン)のコロンボ生まれ。オランダ人、タミル人、シンハラ人の血を引く。54年に船でイギリスに渡り、62年にはカナダに移住。トロント大学、クイーンズ大学で学んだのち、ヨーク大学などで文学を教える。詩人として出発し、71年にカナダ総督文学賞を受賞した。『ビリー・ザ・キッド全仕事』ほか十数冊の詩集がある。76年に『バディ・ボールデンを覚えているか』で小説家デビュー。92年の『イギリス人の患者』は英国ブッカー賞を受賞(アカデミー賞9部門に輝いて話題を呼んだ映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作。2018年にブッカー賞の創立50周年を記念して行なわれた投票では、「ゴールデン・ブッカー賞」を受賞)。また『アニルの亡霊』はギラー賞、メディシス賞などを受賞。小説はほかに『ディビザデロ通り』、『家族を駆け抜けて』、『ライオンの皮をまとって』、『名もなき人たちのテーブル』がある。現在はトロント在住で、妻で作家のリンダ・スポルディングとともに文芸誌「Brick」を刊行。カナダでもっとも重要な現代作家のひとりである。

「2019年 『戦下の淡き光』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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