更新される世界
ヨーゼフ・ロートの代表的な短編から、三篇。
☆表題作『聖なる酔っぱらいの伝説』
橋の下に寝泊まりするボヘミアンが、小さな聖女テレーズさまのご加護で、思いもかけぬ大金を手にします。返済までの道のりには、必ずのように邪魔が入ります。しかし奇跡は続く……。人生の最期を金色の美酒で飾る寓話です。
この主人公、確かに飲んだくれですがプライドがあります。ただお金を受け取る人間ではなかったのです。彼を描く文章は少しも酒くさくない。透きとおったアルコールリヴァーに洗い流されたように、いつも新鮮に始まる日々が軽やかです。
☆『四月、ある愛の物語』
小さな町でアンナと愛し合っていた「私」。女について、「彼女たちは世界を更新するためにつかわされている」と感じていたとか。文章が詩的です……。
ある日、「私」は窓辺の娘のあまりの美しさに心奪われます。愛にも満期があるのでしょうか? 「私」にも更新日が来たのかもしれません。つまりは心変わりを描いた短編なのですが……、さらっと明るい。再出発によって世界がみずみずしくなる感覚がさわやかです。
☆『皇帝の胸像』
「近年、世界の歴史がやらかした気まぐれのおかげで」と、茶目っ気さえのぞかせて前置きしつつ、オーストリアの過酷な史実をふんわり説明。国家も更新日をむかえるのか。時代の変わり目というのは、ただ静かに立ち会うしかないものと感じさせる物語です。
誇りは、悲しみを優しさで包むことができるのだなぁ……。
いずれも、ヒトラーのユダヤ人弾圧が始まり、著者の妻が精神を患ってからの作品です。いくらでも暗いものが書けそうな時期に、ロートは小さな楽園の物語にペンをふるいました。さすらう魂が束の間あたたまるような、ささやかな夢が守られています。
追記:Uブックス版に寄せて、訳者はさわやかに書き切っています。
「私はこんな小説がいちばん好きだ」
同感☆