小悪魔 (白水Uブックス)

  • 白水社
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  • Amazon.co.jp ・本 (494ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784560072356

作品紹介・あらすじ

地方都市の学校教師ペレドーノフは出世主義の俗物で、やがて疑心暗鬼に陥り奇怪な妄想に取り憑かれていく。ロシア・デカダン派の傑作。

感想・レビュー・書評

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  • ギムナジウム教師のペレドーノフは、年上の恋人ワルワーラと同棲中。ワルワーラは結婚したがっているが、打算的なペレドーノフは彼女の旧知の公爵夫人のコネで「視学官」にしてもらうまでは結婚しないつもり。結婚してからじゃないと推薦してもらえないというワルワーラの言い分と、地位が確定してからじゃないと結婚しないというペレドーノフの間は平行線。とても恋人同志とは思えないくらいどちらも打算的。

    さてこのペレドーノフくん、とても稼ぎが良いらしく、そしてまだ若くて風采も良いのか、やたらとモテる。といっても近づいてくる女性は皆彼の稼ぎが目当ての打算的な女性ばかりではあるのだけれど、とにかく女性は稼ぎの良い男に嫁ぐ以外にどうしようもない時代。友人も近所の女性もそれぞれがペレドーノフに自分の妹や娘を押し付けようとガンガン紹介してくる。だが面倒くさがりのペレドーノフは結局、雑にあつかっても平気なワルワーラといるのが楽ちんだという理由で彼女と別れずにいた。

    この主人公ペレドーノフの性格の悪さがとにかく酷い!!びっくりするくらい嫌な奴で、読むのが結構なストレス。悪人が主人公の小説はもちろん沢山あるけれど、痛快な悪漢小説でもなく、同情するような不幸な生い立ち等もなく、ただただ性格が悪い俗物という最悪な設定。ある意味ブラックなコメディだと思って読むべきなのかもしれないが、笑い飛ばせないくらい嫌なやつだ。

    まずとにかく他人を見下しており、恋人も友人も教え子も平気で愚弄、侮辱し、それが愉快というサイコパス。ポーランド人に対する人種差別発言、自分が干し葡萄を盗み食いしておきながら女中に濡れ衣を着せて弁償させ、猫も虐待。なぜこんな男に友人や恋人がいるのか謎なほど。ただ子供たちだけは正直なので、この教師を嫌っている。ペレドーノフはわざわざ保護者のもとへ家庭訪問、ありもしない子供の非行を告げ口し、子どもが親からムチ打たれる様を見て喜ぶのが趣味。騙される保護者が多いのも驚くけれど、まあペレドーノフ自身がだいぶ頭おかしい。当然生徒たちはペレドーノフを憎悪・軽蔑しているが、ペレドーノフはそれを校長による自分への嫌がらせだと思い込んでいる。

    そしてペレドーノフは自意識過剰かつ被害妄想がすごい。前述、校長が自分を陥れようとして悪い噂を広めているという妄想に取りつかれており、市長など地域の有力者宅を順番に訪問しては「自分の評判を落とそうと悪い噂を流している人物がいる。自分がいずれ視学官になるので妬まれている」等と言いふらす。だいたいの人は話を聞いてくれるが、たまに冷遇される。これは生徒の保護者も同じ。まともな人間はペレドーノフのほうを変な奴だと思う。ペレドーノフが嫌っている校長、こちらはたぶんペレドーノフに嫌われてる時点でこの校長がいちばんまともな人なんだろうなと思う。

    被害妄想は同棲している恋人ワルワーラにまで及ぶ。手料理を食べながらも毒殺されるのではないかと疑心暗鬼、彼女がパンを切るためにナイフを持っていただけで刺されるのではないかと怯えたり、かと思えば彼女の読んでいた料理の本の表紙が黒かったというだけで魔術書と疑い、彼女をムチ打ったりするDV野郎でもある。(ペレドーノフに限らず、とにかく登場人物がみんな子供や女性をすぐムチ打ちしたがるの怖すぎる。まさにおそろしや)

    では読者はこのワルワーラに同情できるかというと、これまたそんな余地のないほどワルワーラもしたたかで嫌な女性なので全く可哀想にならない。まず公爵夫人のコネでペレドーノフを視学官にできるというのが大嘘。公爵夫人とはたいして親しいわけではなく、むこうもそんな便宜を図ってくれるつもりはない。ただただペレドーノフと結婚するためについた嘘だが、いっこうに彼が信用してくれないため、なんと友人と共謀して公爵夫人からの偽の手紙をでっちあげる。ペレドーノフはすっかり有頂天になり、自慢してまわるが、同時に彼の被害妄想もますます悪化。そして次第に子供たちの保護者らから苦情が出始める。

    さて、このペレドーノフの物語とは別に、サーシャとリュドミラという若い子たちの恋愛エピソードが同時進行している。リュドミラは、ペレドーノフの友人ルチロフの妹たちの一人で、ルチロフはペレドーノフと結婚させたがっていた。陽気な若い娘。サーシャのほうは、ペレドーノフの生徒の一人だが、女の子に見まがうほどの美少年。素直で内気なため、クラスの男子からは本当は女の子だろうと冷やかされたりしていたが、なんとペレドーノフは、これを真に受けて、男装の女生徒が紛れ込んでいるとあちこちで触れ回り、校長にも讒訴する。校長はペレドーノフがおかしいとわかりつつ、一応校医に口実を設けてサーシャを診療させるがもちろん正真正銘の男の子。

    そんなサーシャがリュドミラと出会い、お互い恋らしきものに落ちるが、サーシャはまだ子供すぎて、リュドミラと姉妹たちの玩具というか着せ替え人形になっているような状態。ペレドーノフとその友人たちの言動があまりにも醜悪なため、このサーシャたちのエピソードはある意味オアシスだった。(作者は別にほのぼのエピソードのつもりで描いてなさそうだけど)終盤、仮装大会でサーシャは日本の「ゲイシャ」の仮装をして優勝する。

    さてペレドーノフに話を戻すと、ついに視学官になれると思ってワルワーラと正式に結婚する。ワルワーラは目的達成したのでもう後はどうでもいい。ペレドーノフは公爵夫人からの続報を待つが、出世の話はいっこうに来ない。次第にワルワーラの策略が周囲にも露見し、ペレドーノフが騙されたことを周囲の人間は影で嘲笑うようになるが、本人はますますノイローゼが進み、しまいには公爵夫人と自分はかつて愛人関係だったという妄想にまで発展。もはや完全に頭おかしいひととして、校長も彼をクビにすることを考え始める。

    ここでタイトル「小悪魔」について。中盤くらいで突然、ネドトゥイコムカという謎の物体がペレドーノフの周辺に現れ始める。これはすばしっこい小さな生き物で、何か直接危害を加えてくるわけではなく、おもに転げまわっているだけ、ペレドーノフを嘲弄し、都合が悪くなるとふいに消えたりする。もちろんペレドーノフの幻覚だろうが、彼はこれを悪魔の一種だと思っているようだ。後半、ペレドーノフの精神状態が悪化するにつれて頻繁に姿を現すようになる。最終的にペレドーノフは腰ぎんちゃくのような友人ヴォローギンがワルワーラと共謀して自分を殺して彼女と結婚しようとしてるという妄想にとりつかれ、突然ヴォローギンの首をナイフでかき切る。

    先に書いたようにとにかくペレドーノフが嫌なやつなので、どんどん彼の悪事が露見して友人を失い嫌われ、ついに破滅するのが痛快に思えるという、なかなか意地の悪い作品。ペレドーノフ以外も下品な人物のオンパレードで、あやうく序盤で挫折しそうでしたが、サーシャにかろうじて救われました。あとロシアの人名はやっぱり覚えるの大変だった…。

  • 名誉欲に取り憑かれた学校教諭の狂奔。

    視学官(教育行政官)の地位を狙うペレドーノフは、
    またいとこワルワーラを焚きつけて
    ヴォルチャンスカヤ公爵夫人に取り入ろうと目論む。
    ペレドーノフの事実上の妻でもあるワルワーラは
    「早く手を打たねば他の女と結婚する」と脅されて、
    寡婦グルーシナに公爵夫人を装った手紙を書いてくれるよう頼み、
    偽造された書簡を手に入れたが……。

    日本語で「小悪魔」というのは
    主にコケティッシュな女性の比喩だけれども、
    この作品にはナボコフ『カメラ・オブスクーラ』の
    美少女マグダのようなキャラクターが
    登場するわけではない。
    訳者あとがきにも特に注釈はなかったが、
    もしかしたら、ペレドーノフの幻覚に現れる
    捉えどころがないようでいて不格好な妖怪めいた
    《ネドトゥイコムカ》を指すのかもしれない。

    「かくれんぼ」その他の
    https://booklog.jp/users/fukagawanatsumi/archives/1/4003264126
    残酷さとイノセンスが共存する佳品の作者による長編だが、
    テイストはまったく違い、
    俗物たちのエゴイズムがぶつかり合う、
    読んでいてほとんど誰にも共感できない、
    特に主人公に好感を持つことが出来ない奇妙な物語。
    しかし、ギムナジウムの生徒で女の子に間違えられてしまう
    美少年サーシャ(終盤で女装もする)が可愛い。

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著者プロフィール

1863-1927年。ロシア象徴主義の詩人・小説家。ペテルブルク生まれ。学校教師として働きながら詩や小説を創作。1896年に第一短篇集『影』と長篇『重苦しい夢』を発表。長篇第二作『小悪魔』(1907)が大成功を収め、デカダン派の重要作家としての地位を確立する。他に『創造伝説』三部作(1907-13)、戯曲『死の勝利』(1907)など。象徴的な抒情詩、「かくれんぼ」「毒の園」「白い母」などの死と幻想のイメージに満ちた短篇でも知られる。

「2021年 『小悪魔』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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