世界史としての「大東亜戦争」 (PHP新書)

著者 :
制作 : 細谷 雄一 
  • PHP研究所
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  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784569852515

作品紹介・あらすじ

「ドイツはチェコ支援阻止のために日本と手を結んだ」「15年戦争史観から51年戦争史観へ」。国際史の視座で先の大戦を捉え直す。

感想・レビュー・書評

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  • 「先の大戦」と曖昧に呼ばれることの多い「大東亜戦争」をグローバルな観点から「複合戦争」として捉え、戦争の全体像を把握しようとした本書は、もともと月刊『Voice』の2022年1月号、4〜6月号に掲載された諸論考を編集したものである(第1章と13章、14章は書き下ろし)。レビュアーは『Voice』未見のため、どの論考も初見である。

    「複合戦争」という視点は、本書への寄稿はないが、内閣府アジア歴史資料センター長の波多野澄雄氏らが主張しているものであり、真珠湾攻撃に始まる日米戦争、主に東南アジアを舞台とした日英戦争、1937年に始まる日中戦争、そして終戦間際の日ソ戦争という4つの戦争の複合戦争という意味である(p.7)。

    第1章の中西寛氏による「20世紀史のなかの第2次世界大戦と日本」はこの戦争の始点を1890年に置き、半世紀余りに及ぶ大きな秩序変動過程のなかに位置付けようとしている。1890年は地球規模の国際的秩序の転機となった年であり、象徴的には、ドイツ帝国が帝国主義競争に本格参入したこと、マハンが「海上権力史論」を書いたこと、シベリア鉄道が開通したことなどが挙げられている。慧眼かと思う。同年、日本でも大日本帝国憲法が施行され、教育勅語が出され、維新以来の国家体制が整う。以後、1925年をヨーロッパの修正帝国主義秩序の安定をみた中間点としつつ、1945年の終点までにそれが急速に崩壊するという流れである。日本経済史を専攻するレビュアーにとっては、日本の「1890年頃に設立された体制は、西洋立憲主義の体裁をとり、天皇を君主として位置付ける大日本帝国憲法と、教育勅語に表現される、万世一系の神聖な天皇を中心とした伝統的な倫理的共同体意識が融合しないままに接着された点で脆弱性を内包していた」(p.29)という点がとくに重要な指摘かと思う。日本主義とアジア主義の緊張もそこに胚胎していたという指摘も然りである。また日本国内で「憲政の常道」が確立し、産業帝国の地位が確立した時点を1925年に取るのも賛成である。

    と、この調子で紹介していくとえらく長くなりそうなので詳細な紹介はやめておくが、第2章松浦正孝氏の「日本にとって大東亜戦争とは」での満洲の位置付けに関する指摘(pp.48-49)や、すでに牧野邦昭氏の『経済学者たちの日米開戦』でも指摘されていることだが、第3章の森山優氏の「日米開戦という選択」での「真の対立軸は臥薪嘗胆(避決定)か外交・戦争(決定)かだったのである」(p.69)という指摘、などなど鋭い指摘が多い興味深い論考が並んでいる。

    第4章の村田晃嗣氏の論考から第10章の加藤聖文氏の論考までの7章分は、それぞれアメリカ、イギリス、中華民国、ドイツ、ソ連、フランス、戦後の東アジアとの連続性、という観点から「大東亜戦争」を照射しようとするもので、いわば主要なプレーヤーから観た「大東亜戦争」論である。第11章は、インテリジェンスという視点から、さらに第12章と第13章はいわゆる民主主義対ファシズムの戦いと言われた第2次世界大戦を今一度最新の研究成果を踏まえてそれぞれ論じられている。最後の第14章は、地域主義にもとづく国際協調の試みが広域秩序論に意味転換していく過程で、知識人たちがいかに思想的な格闘を続けていくかの様子を垣間見ている。

    それぞれの論考から刺戟を受けるものの、全体像としてはややまとまりに欠くきらいがあるのは確かだが、編者の細谷雄一氏が簡潔にまとめている序章の問題意識に立ち戻ることで本書の重要性は確認されよう。

  • 19世紀の帝国主義時代から第二次世界大戦までのいわゆる近現代史について、日本、アメリカ、中国、ソ連など様々な角度から14人の学者が共同で執筆している。

    私は大学入試の際、世界史受験であったので、本書に登場する人物や国名などは概ね馴染みのあるものではあったが、なかなか掘り下げ方がすごく、新たな知見も多く興味がそそられた。

    例えば、1939年頃、ドイツは日本と軍事協定を結ぼうとしたことがあった。

    本来、当時のドイツからすれば、東アジアで最も抑えるべき国は中国であり、よって親中路線でいくことが理にかなっていた。

    しかし、当時チェコに侵攻しようとしていたドイツは、極東で日本と同盟を結ぶことで、英仏露が東アジアにおいても戦争に突入する覚悟がない限り(実際にはそのような意思はこの三国にはない)、チェコを支援しないと踏んだ。

    このように、ドイツはヨーロッパだけでなく、地球儀上で国家目的を達成するために、日本を必要とした。

    これに対し日本は、あまりに軽率に日独伊三国同盟締結に至った。

    また、現代につながる話しもあった。
    ソ連(現ロシア)の世界戦略である。

    それは第二次世界大戦末期のスターリン時代に遡る。
    スターリンは、ソ連が東欧・中欧へ拡大することがスラブ諸民族団結のために必要だといって、それらの地域へ侵攻した。

    これは、まさに現代のプーチン大統領の言説と全く同じである。
    プーチンはこの第二次世界大戦の頃の思想からアップデート出来ていないのである。

    また、このほかにも現代に連なる問題としては、中国・台湾と朝鮮の話もある。

    第二次世界大戦下にあって、中国・台湾・朝鮮は日本の統治下にあり、その後日本の敗戦によりそれぞれ独立した。

    まず、中国と台湾だが、同じように日本から独立したものの、第二次世界大戦における日本との関わり方は大きく異なった。

    すわわち、中国は自国内で抗日戦争の荒波を経験してきたが、台湾は大陸(中国)の現代史とは無縁に大日本帝国内で日本型の近代化と価値観を享受してきた。

    それが今日の中国は反日、台湾の親日につながるのであろう。

    また、朝鮮についてはそもそもアメリカもロシアも関心がなかった。

    一方、中国にとって韓国は重要な地域であり、それ故、日中戦争以降、庇護下に置いている大韓民国臨時政府を基に朝鮮半島に親中国家を樹立することを目指していた。
    しかし、連合国内での中国の立場は決定的に弱く、米英の同意は得られなかった。

    そして、結局、アメリカが提案した北緯38度線を境界として北はソ連軍、南は米軍が進駐する案を急いで作成し、それに朝鮮半島に関心のないロシアもあっさりと乗った。

    それが、今日の南北分断へとつながる。

    このように、歴史は続き、現代へとつながっていくことを改めて本書を読んで実感した。

  •  今の、ロシアウクライナ戦争を考える意味でも、よい示唆を与えてくれる好著。

    ”「先の大戦」の起点を、その戦争の侵略性を強調することで「1931年」(=満州事変)に設定するのではなく、むしろ世界史的な意義から「1890年」に設定することで、われわれは新しい視野を手に入れることができるだろう。”

     となると、2022年2月24日を起点とするのではなく、2014年のクリミア併合か、いや、もっと前からその因果は含まれていた?
     おそらく2001年9月11日あたりが、その始点となるのだろう。

     いずれ、中台戦争、米中戦争となれば、日本も巻き込まれることになる。
    「先の大戦」から学べる教訓があるなら活用して、なるべく多く思考訓練をして、その時に備えたい。

  •  雑誌連載を中心とした論考集。複数の筆者については単著も読んだことがあり、論には馴染みがある。「先の大戦」を、1937年や41年、また日米や日中にとらわれずより広い視座から見る、というのが本書のテーマ。たとえば中西は起点を1890年に起き、加藤は戦後の東アジア秩序までを見る。
     複数の論を読むと、多元方程式のように各国情勢が絡んでいるのが分かる。対英仏ソ戦を考えた独は親中から親日に「転換」。三国同盟は米の介入を画策していた蒋介石を狂喜させる。英米の思惑が微妙に異なる中、英も米の介入を期待。米は独を最大の脅威として戦争準備を急ぐ。加えて、各国それぞれの国内事情もあったろう。
     また、各筆者の論はもちろん同じではない。松浦は日米衝突は必然だったかのような論。一方森山は日本の政策「避決定」=決定の先送りを強調し、加えて「避決定」を貫徹できず、乙案失敗時の戦争不可避、という「決定」が日米戦に繋がったとする。
     ほか、日米英のインテリジェンスを比較し、縦割りの日米と集約の英、またトップダウンの米英とボトムアップの日、とする小谷の論が興味深かった。

  • 2023/01/18 amazon 855円

  • 「先の大戦」としか言いようがない。
    太平洋を跨いだ日米戦争、東南アジアでは日英戦争、面倒くさい支那事変、最後のととどめ日ソ戦争。確かに、「太平洋戦争」と言ってしまうのは事実を表していない。

    だからこその大東亜戦争。

    まさに全世界を敵に回したんや。負けたんは、対米だけやけどな。

    世界史の中で見れば、いろんな国の色んな思惑に振り回されていた、日本。その日本に確固たる方針がなく、縦割り完了社会で、しかも下手に現場が優秀だったから、完膚なきまでに霧散した。

    結局、明治の元勲が残っている間だけがまともな国だったわけだ。

    上が無能でも現場が優秀でなんとかしてしまって、出来るじゃんてもっと無茶を押し付けられて結局最悪な状況で破綻するのが、宿痾なんか。

  • ●現在の国際秩序の根幹は、2度の世界大戦の経験とその後の戦後処理を通じて確立したものである。ブレトンウッズ会議→戦後の国際経済体制。ダウンバートン・オークス会議→戦後の国連体制。
    ●この大東亜戦争とは本質的に「複合戦争」であった。真珠湾攻撃で始まる日米戦争、主に東南アジアを舞台とした日英戦争、1937年に始まる日中戦争、終戦前後の日ソ戦争と言う、4つの戦争の複合であった。
    ●その起点を、侵略性を強調することで1931年に設定するのではなく、世界史的な意義から1890年に設定する。
    ●山県有朋が1890年「外交政略論」において朝鮮半島中立維持こそが日本の利益線であると主張して軍備充実を訴えた。
    ●大東亜戦争とは、日本が西洋資本主義や帝国主義の体現者である英国や、旧モデル国である中国の秩序を超えようとした結果であった。日米開戦とは、あくまでもその帰結である。
    ●満州事変から日中戦争、イタリアのエチオピア侵攻、英仏とドイツの戦争、独ソ戦、さらに日米開戦とドイツの対米参戦でこの戦争が文字通り世界大戦となった。
    ●蒋介石。外交重視。満州事変が勃発した際、日本との軍事衝突を避け、この問題を国際化すると言う作戦をとった。各国からの同情と援助を引き出すこと、日本とソ連を戦わせるという作戦。
    ●あの時日本はファシズムのドイツイタリアと手を結ぶより、蒋介石と反共産党で手を結んでいたならば。
    ● 3国同盟の前のドイツは親中で日本のアライバルだったはず。

  • 大東亜戦争(アジア太平洋戦争)の全体像を、押し付けではなく、日本が主体的に総括するために、イデオロギー的対立を超えた広い視野から先の戦争を捉えられる一助となりうる論考がまとめられた一冊。

    英、米、仏、露、独、中といった各国の戦争観、そしてインテリジェンス研究、ファシズム研究、デモクラシー研究など、幅広い視座から検討し直している。すべての論考が統一的な概念を共有しているわけではないものの、興味深い内容ばかりだった。アジア太平洋戦争という事象はその前後も含めて、非常に複雑なつくりになっており、この全体像を完璧に理解することなど不可能なのではないかと思ってしまう。

  • 大東亜戦争は、太平洋で始まった日米戦争と、東南アジアを舞台にした日英戦争と、1937年に始まる日中戦争と終戦間際の日ソ戦争の4つの戦争が重なった「複合戦争」だった。その戦争の重層性を世界史の視点から専門家15名が俯瞰した内容。
    なかでも、
    第6章:蒋介石の外国戦略に乗ったからこそ共産党中国が戦後五大国になれたその背景と理由。
    第7章:チェコ支援阻止のため日本と手を結んだドイツの経緯。
    第8章:スターリンの対日認識=奪われた権益の確保と戦後日本の復興への警戒。
    第9章:植民地帝国だったがゆえに戦後にフランスが生き残ることができた。
    第11章:縦割り行政のため情報共有ができなかった戦中の日本。

    など、興味が尽きない論考が多々あり、参考文献などの索引も豊富で便利な作りだった。

  • 研究者の間では「アジア・太平洋戦争」が定着しつつあるように思えるが、天皇陛下や総理大臣は「先の大戦」を使っているという事実には気が付いていなかったので、あらためて呼称問題の難しさを再認識。
    本書は「大東亜戦争」を肯定・否定の史観から解放し、世界史の中に位置付けるという、相対的かつ多角的な視点で15名による専門家により再解釈・再評価するもの。雑誌連載の小論を集めたものであり、各々10数ページの分量しかなく、掘り下げも弱くて少々物足りなさはあるものの、視野が広がるという意味では大変有意義な論考集である。
    本書からの教訓は「あなたのアクションを他者(他国)がどうみているかを意識・自覚するべきだ」に尽きると言えるだろう。

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著者プロフィール

慶應義塾大学法学部教授、東京財団政策研究所 研究主幹。
1971 年生まれ、慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学、博士(法学)。国際政治、イギリス外交史。主要著作:『外交による平和──アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、2005 年)、『迷走するイギリス── EU 離脱と欧州の危機』(慶應義塾大学出版会、2016 年)ほか。

「2024年 『民主主義は甦るのか?』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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