たった、それだけ

著者 :
  • 双葉社
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784575238808

作品紹介・あらすじ

海外営業部長、望月正幸は、贈賄行為に携わっていた。
それに気づいた浮気相手の夏目は、告発するとともに「逃げて」と正幸に懇願する。
結果、行方をくらました正幸の妻、娘、姉……残された者たちのその後は。
正幸とはどんな人間だったのか、なぜ逃げなければならなかったのか。
『誰かが足りない』の著者が、人間の弱さと強さに迫る連作短編集。

感想・レビュー・書評

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  • たった、それだけ
    宮下奈都

    ∞----------------------∞

    文章とか全体の雰囲気がふんわり優しく感じる。でもその優しさが不穏な空気をかもしだして、みじめさや残酷さ、不安な気持ちだったりを強調させているようにも思えた。

    賄賂事件を起こしたとして失踪した望月正幸の周囲のそれぞれの視点。
    第1章 正幸の浮気相手。
    第2章 正幸の妻。
    第3章 姉。
    第4章 娘ルイの小3の時の担任。
    第5章 高1のルイ。
    第6章 逃げた先の正幸の同僚。

    正幸はなんとなく優しい人間のように描かれているけど、浮気相手が1人じゃなかったり、子供の名前を妻には内緒で漢字を付けて届けてたり、私的にはかなり身勝手な人だと思った。

    1度逃げる(諦める)と癖になるからダメなヤツと言う人もいれば、逃げても良いんだと言う人がいたり、初志貫徹が良いとは限らない(でも時々初志を思い出せ)と言う人もいる。
    トータの「逃げてるように見えても地球は丸い。反対側から見ると追いかけてるかも」って言葉も結構響いた。

    涙と名前に付けるの、私もちょっとどうかと思ったけど、色んな種類の涙があるっていうのを最後に気付かせてもらった。

    2024/02/23 読了(図書館)

  • 宮下奈都さんの長編小説。
    望月正幸は、会社で贈賄に加担し、警察に追われる身となり、失踪の道を選ぶ。
    正幸の無事を信じる人々の心情が各話ごとに描かれる群像劇。
    第一話 夏目(正幸の不倫相手)視点
    正幸の贈賄を摘発した夏目。
    あのとき、加納くんに対して、正幸に対して、「どうしたの」とひと声かけるべきだったのか。本当のやさしさとは何か。好きだった人を告発する決断は、正しい判断だったのか。答えのない問いがいくつも浮かび、都度向き合う。夏目の心の中で渦巻くたくさんの葛藤が凝縮された、かなりの読み応えがある第一話。

    第二話 可南子(正幸の妻)視点
    子どもが生まれても変わらなかった夫。一緒の時間を過ごしても、平行線のままでいる切なさがこちらにまで伝わってくる。変わらなかった夫に対し、自分も変わらず待つべきか。それとも変わるべきか。答えのない問いにひたすら向き合った末、夫の帰りを信じて待つことを選ぶ。

    第三話 有希子(正幸の姉)視点
    弟と岸田くんを重ねて胸を痛める姉の有希子。妻の可南子が待ち続けると、弟は帰るに帰れなくなる。可南子とは別の、姉としての視点で正幸を想う気持ちが描かれる。
    正幸が逃げたのは、可南子が必要に無くなったからではなく、自分が必要に無くなったからかもしれない。この発想には、ハッとさせられた。待つ側の人間は、可南子の考えに陥ってしまいがちだが、確かにここまでで読み取れる正幸の性格を思うと、後者の考えが腑に落ちる。流石、実の姉だ。
    "辞めてもよかった。辞めるのは逃げることじゃない。それはひとつの選択だ。でも、逃げたのだとしても、それでよかったのだ。逃げた先でいつかもっといいものに出会えるかもしれない。それを誰にも否定することはできない。あきらめてもいい。むしろ勇気の要ることだと思う。いくらでもあきらめて、また始めればよかったのだ"
    『逃げ恥じ』を思い出す。素敵な考え方。

    第四話 須藤(ルイの担任教師)視点
    前任校で生徒の問題に介入しすぎて教育委員会に密告された須藤。そのトラウマからルイに対しても距離を置いてしまう。
    谷川先生が「初志貫徹」について話した言葉が印象的。
    「こういう現場にいると、初志を貫徹することが必ずしもいいとは限らないと思いませんか。人は生きて動いていく。志も生きて動いていくんです。 理想だと思っていたことが、そうではなかったのだとわかる場合もあります。生きて動いている人が百人いれば百通りの理想があるんじゃないかと思うようになりました」
    小学生の時習字の授業で手作りの団扇に自分の好きな言葉を書くというものがあって、「初志貫徹」を書いたことをふと思い出した。その時は、自分がそうでありたいと思って選んだ言葉だが、今思うとある意味危険な言葉だ。この歳まで来ると、貫くことよりも、時には諦め、折れ、逃げることの大切さがわかる。そしてそんな自分を許すことも。柔軟に生きることが、いちばんだいじ。

    第五話 ルイ視点
    父の失踪後、引っ越しを重ねる母に振り回されてきたルイ。似た家庭環境を持つトータとの出逢いがルイの心を軽くする。
    "働いて、お金を得る。お金は、生活のため。生活するのが精いっぱいで、働いて、働いて、家に帰れば疲れて寝るだけ。それでもまた働く。なんのために生きるのかと思っていた。もっと楽しんでほしいと思っていた。でも、たぶん、楽しんでいたのだ。わざと不幸に生きようとしているみたいに見えたけれど、母は母のやり方を通しただけなのかもしれない"
    私も、働き詰めの母に対して、ルイと同じ気持ちを抱いていた。ボロボロになって、何が楽しいんだろう。最近母娘の会話をするようになって、愚痴を溢しながらも仕事に誇りを持っていたことをよく聞く。

    第六話 大橋(益田=正幸の職場の同僚)視点
    正幸は名字を望月から益田に改名して、介護福祉の職に就いていた。
    正幸が大橋に対して語った言葉が胸に響く。
    「自分の発言を気にしてしまうのは、自分が信用できないから。そう思ってるでしょう」
    「ほんとうはね、自分ではなく、相手を信用していないんですよ。信用しているなら、多少の間違いや失礼は聞き流してくれると思えるはずです。いいですか、大橋くんのまじめな気持ちはよくわかります。あとは、まわりを信用するといい。みんな、大橋くんの味方――とまでは言わないまでも、仲間ですよ」
    人を信用することは、口で言う以上に難しいけれど、愛する家族を残して逃げ続け、悟りの境地に達した正幸の言葉には、自然と重みがある。
    最後の5ページで、可南子と正幸が映画を観た時に抱いたそれぞれの気持ちのすれ違いが伏線回収されると共に、ルイが生まれた時の正幸の嬉し涙が目の前に浮かんだ。きっと、嬉しくて泣いたんだろうなと。

    正幸のことを想うそれぞれの登場人物たちの心の揺れがありありと伝わってくる物語。正解がないから、迷い、悩む。それでも自分が下した判断を信じ、前に進む。それぞれの想いに寄り添っているうちに一気読み。
    正幸の視点は描かれないのに、不思議と彼のパーソナリティがくっきりと浮かび上がってくる。
    そして、ストーリーは切ないのに心が温かくなる。
    宮下奈都さん、さらに好きになった。

  • 始まりのセリフを見て
    まったくあらすじ知らずに読み始めた本。

    思ってた話とぜんぜん違ったけど
    最後の章がよすぎて、読んでよかった。

  • 難しかった

  • 宮下先生らしい前半と後半でした。理不尽さと羨望からくる負の感情、そこから他人の暖かさや今の状況を再認識し、新たな一歩を踏み出すような感覚になる。明日も前を向こうと思えました。

  • 贈賄の疑いで逃亡した望月正幸。
    その愛人、妻、姉、娘の担任、娘、逃亡後の同僚、の目線から語られる連作。
    それぞれに思う『たった、それだけ』の大切な事。
    愛人にとっては、「どうしたの」のたった、それだけ。
    妻にとっては、生きていてさえくれればいい、それだけ。
    姉にとっては、義妹が正幸にとって必要のある人間だと思っていた、正幸にとってだけ、のたったそれだけ。
    娘の担任にとっては、俺は俺だというたった、それだけ。
    娘にとっては、母は働いて、働いて、父を待つ、たった、それだけ。
    そして正幸本人にとっては、好きな人と好きな映画を観た。短い間だったけど、一緒に暮らした。たった、それだけの記憶だけで、生きていける。たった、それだけ。

    正幸のタブレットにログインするパスワード“Teardrops for me”
    小学生の頃父親に『男が泣くな。みっともない。簡単に涙に逃げるな』と叱られて以来泣くことのなかった正幸。
    娘が産まれて初めて喜びの涙がある事を知る。
    封じ込められた涙、知った喜びの涙、菩薩の様な笑みを浮かべ続ける正幸、それらがどう贈賄に結びついたのか真実は明かされない。
    しかし、娘にルイ(涙)と名付けたこととパスワードが結び付くと何とも言えず胸が詰まる。
    ルイは喜びの涙を教えてくれた。
    私のためのルイ。

    ルイと担任の先生の章と、ルイとトータの章が好きだった。
    ルイと正幸は出会えるのか、希望が持てるラストだった。

  • 望月正幸に関わる人たちの連作。
    いい人のようだが、浮気も一人ではなく何人もでもでは、流され過ぎだろう。贈賄問題も上から罪を被らされている感じではあるが、断りきれない、流されやすい性格が災いしてるんだろうと思った。

    最後の章での、正行が大橋くんに言った言葉。「正直に生きることです。自分に正直でいれば、すべては自分で選んだことだと納得することができます。自分にとことん正直であるなら、後悔しない。〜」重みがある。

    トータのまっすぐさが良かった。介護の世界で頑張り出した大橋くんにエールを送りたい。成長期する中に苦労したルイだがトーイにいい影響を受けて明るくなってきて良かった。皆に幸あれ。

  • 逃げてるつもりが、地球は丸いから実は追いかけてるのかも知れない。トータ、いい奴だな。

    読み終わって何とも言えない後味。
    ルイには幸せになって欲しい。

  • 会社の上司が贈賄に関わっていると知り、明るみに出る前に逃がす浮気相手の女性から物語は始まる。

    失踪を知った妻と弟を心配している姉。
    帰らない人を待ち続ける妻。
    弟のことがわからない、わからなかったということがわかっただけで何もできない姉。
    それでも時だけは流れて1人娘も父のことは、わからないまま成長する。

    転校を繰り返しながら気づいているのは、母はしあわせにならずに父の帰りを待っている。そうやって無意識のうちに父に復讐している。いつまでも不幸でいることで、永遠に罪の意識を持たせる。
    しあわせになった瞬間に、相手をそこに留めておけなくなってしまうとでもいうかのように。もとより相手の気持ちはそこにないのに。

    こんなふうに娘に思わせる結果になってもいつかは会えると思っていたのだろうか。
    どこまでも強い人なのかもしれない。
    娘にしてみれば独りよがりと感じるのだろうが…。
    苦しさと刹那のなかに優しさを見たような、弱さや強さも見たような今までにない読後感だった。

  • 人の人生ってわかんないなあ、、

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著者プロフィール

1967年、福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒業。2004年、第3子妊娠中に書いた初めての小説『静かな雨』が、文學界新人賞佳作に入選。07年、長編小説『スコーレNo.4』がロングセラーに。13年4月から1年間、北海道トムラウシに家族で移住し、その体験を『神さまたちの遊ぶ庭』に綴る。16年、『羊と鋼の森』が本屋大賞を受賞。ほかに『太陽のパスタ、豆のスープ』『誰かが足りない』『つぼみ』など。

「2018年 『とりあえずウミガメのスープを仕込もう。   』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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